埋み火



  −−−juneへ

  お前が羨ましい。
  あの日、身も心も傷ついた可哀相なお前を
  手厚く介抱してくれた人がいた。
  あれから随分経ったけれど、
  今でもずっと愛されているのかい。
  雨に打たれ続け、泣き崩れていたお前を
  心やさしく慰めてくれた人がいた。
  あの時の無垢な乙女心を
  今も独り占めにしているのかい。
  嫉妬せずにはいられなかった、あの頃
  お前の逞しい生命力で、いつまでも
  あの人のことを守ってあげておくれ。
  人知れずあの人の幸せを祈りたい。
  強く抱きしめたかったのに
  愛を奪いきれなかったあの頃が悔やまれてならない。

 
  泣かないで
  魅力的なあなたを、誰も気付かないとしても
  人知れず憧れている人がいることを信じて
  好きな人に振り向いてもらえないとしても
  嘆かないで
  それが当たり前
  思い通りに行かない
  それが人生だと
  捨て鉢になってはいけない
  人を愛せただけ幸せじゃない
  報われないからと言って、落ち込まないで
  あなたの幸福は誰にも知り得ないところにあるさ、きっと

 
  本当のことが言えなくて
  ただ、悲しむ顔を見ているだけだった。
  想いは届かないまま、過去のことになってしまった。
  語られなかった想いの中に真実があったのに。
  でもどうしようもなかった。
  言い訳を拒否されてしまった。
  言葉に愛情を滲み込ませることが出来なかった。
  好きだったのに。
  でも言いきれなかった。
  本心を伝えることが出来なかった。
  いつもそう
  誤解されてばかり
  せめてあなたにだけは分かってもらいたかった。
  成就することのない愛だとしても
  祝福されることのない秘めたる想いだとしても
  戯れの遊びではなかったはずだから。

 
  −−−行くあてのない二人

  何処へ行こう
  あてどないドライブ
  午前零時のレストラン
  二人を待っているのか。

  雨の日は物憂くて
  あなたの言葉を思い出す。
  雨の日のせつなさに
  涙したのは誰のせい。

  あなたが朝帰りをしたとしても
  私には咎めることも出来ない。
  あなたが誰のことを好きでいようと
  今更、嫉妬しろとでも言うのかい。

  今では一人ドライブする度に
  甘美な日々のことを思い出す。
  浮気とか不貞とか、人がどんなに憶測しようと
  あの濃密な時間を否定することは出来ない。

 
  −−−駐車場にて

  出会いがあり
  別れがあり
  きっかけがあり
  いつも待合わせ
  ときに睦みあい
  尽きぬ会話に時も忘れ
  見えぬものを見つめあい
  未来は約束されることもなく
  今ある充実感に笑顔満たされ
  そこが出発点であり
  同時に終結点でもあった
  もう戻れないあの頃
  忘れられない幸福感が落ちていた

 
  −−−あのうしろ姿は

  ふとすれ違ったあのうしろ姿はあの人だろうか
  涼やかなあの声音はあの人だろうか
  今もなお、あの人の面影にとらわれている自分が滑稽
  忘れたはずなのに、忘れきれない
  乗り越えたはずなのに、未熟なまま
  どれだけ傷つけば大人になれるのだろう
  今そこを通り過ぎたあの車にはあの人が乗っていたのだろうか
  この街で今も、あの人は生きているのだろうか

 
  −−−忘れたいのに

  初めてのデートの朝のことを憶えていますか
  初めてキスをした時のあっ気なさを憶えていますか
  陶酔の疼きを初めて知ったあの夜の気だるさを憶えていますか
  恋心を忘れたあなたに伝えたい
  大人も恋をすることがあるという現実を知ったあなたに伝えたい
  純粋だった昔の自分を思い出せないでしょう
  今ある忙しさに慣らされてしまってはいませんか
  日々のわずらわしい付き合いに飽き飽きしてはいませんか
  ほら心躍る懐かしい時期があったでしょう
  せつない想いに涙した季節があったでしょう
  その時の彼女はどんな雰囲気だったのでしょう

   黒のストッキング 颯爽と
   見て 見て 見て!

  純情を忘れた今では誰も心ときめいてくれません
  いくら誠意を尽くそうとしても想いは届きません

   忘れましょう 忘れてください 忘れることにしました

  せめてもの罪滅ぼしに
  静かにそっと消えてしまうしかないのでしょう
 



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