|
|
1.暗い夜、星を数えて 2.あのひとは蜘蛛を潰せない 3.骨を彩る 4.神様のケーキを頬ばるまで 5.桜の下で待っている 6.やがて海へと届く 7.朝が来るまでそばにいる 8.眠れない夜は体を脱いで 9.くちなし 10.不在 |
珠玉、森があふれる、さいはての家、まだ温かい鍋を抱いておやすみ、草原のサーカス、川のほとりで羽化するぼくら、新しい星、かんむり、花に埋もれる、なんどでも生まれる |
嵐をこえて会いに行く |
「暗い夜、星を数えて−3・11被災鉄道からの脱出−」 ★★ | |
2019年03月
|
たまたま東北旅行中のローカル線の中で、3.11東日本大震災に見舞われ、さらに同乗していた女性と一緒に歩き出したところ、津波に襲われ命からがら高台にある学校まで逃げ延びたという経験をした新人作家の彩瀬まるさん。 地震・津波、福島原発の爆発と、被災規模は余りに大きく、その被害をすべて一冊の本で書き切ることなど、とても出来ないことでしょう。 そして本書を読んで直面せざるを得なかったことは、被災した人たちの現実と、被災経験のない私たちとの距離の大きさです。 1.川と星/2.すぐそこにある彼方の町/3.再会/終わりに |
「あのひとは蜘蛛をつぶせない」 ★★ |
|
2015年09月
|
主人公の野坂梨枝は28歳、ドラッグストアチェーンで店長。でも自分に自信が持てないことから人に強く対することができず、ついつい自分が引き下がって無難に収めてしまうというのが毎度のこと。 住まいは実家、兄が結婚して家を出て以来母親と2人暮らし。梨枝が幼い頃に離婚して以来女手一つで兄と梨枝を育てあげた母親は、今なお娘に対して喧しく、まるで梨枝は母親にがんじがらめにされているよう。梨枝の自信なさの原因はそのためか? そんな梨枝の状況に変化が生じたのは、梨枝が店長を務めるドラッグストア店に三葉陽平という大学生バイトが入って来てから。 初めて感じた恋は梨枝にどんな変化をもたらすのか? 自分に自信がなくいつも揺らいでいる梨枝に対して、いい加減イラッとしてしまう部分もあります。 しかし、これまでの梨枝の過去および現在の状況を考えると、仕方ないことなのかもしれない。梨枝自身、それで良しとしている訳ではないのですから。 母親の苦労、その寂しさが判るからこと自分が我慢してしまう。優しい人間はそれだけで辛いのです。 家から出ること、そんな簡単な一歩を踏み出すところから、梨枝には少しずつ変化が訪れます。 変われない自分に悩み、苦しんでいる人たちに一筋の光明を示す長編ストーリィ。 不器用で中々うまく対処できないからといって、彼・彼女たちを決して馬鹿にしてはいけない。むしろその努力を正当に評価してあげるべきなのでしょう。 |
「骨を彩る」 ★★☆ | |
2017年02月
|
胸の奥深くに、暗いもの、あるいは悔恨を抱えて生きる人たちの物語。 冒頭の「指のたより」は、10年前に癌で29歳だった妻を失くした津村が主人公。最近、その妻が夢に度々出てくる。妻はいったい何を訴えようとしているのか・・・。 各篇の主人公に共通するものは、元気よく振る舞っているその奥深くに、消そうと思っても消せない喪失感、悔恨を抱えているという事実。 |
4. | |
「神様のケーキを頬ばるまで」 ★★☆ | |
2016年10月
|
彩瀬まる、・・・いいなぁ。
本書は、錦糸町にある6階建ての雑居ビルを共通項にした連作短篇集。 |
5. | |
「桜の下で待っている」 ★★ | |
2018年01月
|
桜前線が日本列島を北上する春、様々な理由で新幹線に乗り北へ向かう男女5人を主人公にした5篇。 本書のテーマは“ふるさと”だそうです。 “ふるさと”って何でしょうか。 私の場合は東京生まれ、東京育ち、ずっと東京暮らしのため、いわゆる“ふるさと”と呼ぶような処はありません。 そのうえで想像すると、戻ることのできる処、素の自分になれる処、居心地のよい処、懐かしい処、そんなところでしょうか。 だからといってずっと住むべき場所、ということにはならないようです。その辺りは、「からたち香る」に登場する婚約者同士の2人が会話する中から読み取れます。 自分のルーツとなる処、そんな表現が相応しいかもしれません。 5篇の主人公は様々です。 ・1人暮らしする祖母の手伝いをするために栃木へ向かう大学生の孫 ・婚約者の実家に挨拶するため一緒に郡山へ向かう若い女性 ・母親の7回忌のため仙台の実家へ向かう30代の息子 ・叔母の結婚式に出席するため両親に連れられて新花巻へ向かう女の子 ・そして、新幹線の車内販売員の女性 いずれもごく日常的な、ささやかなストーリィ。でも“ふるさと”“春”という背景が心を軽やかにしてくれる気がします。 また、どの篇にも新幹線車内の様子が描かれていて、主人公が見かける車内販売員の女性の姿が良いアクセントになっています。 “春”という舞台を背景に“ふるさと”という言葉を噛みしめていると、温かな想いが胸を満たしていくようです。 本書はそんな軽やかな気持ち良さと、始まりの時を感じさせてくれる連作集。 モッコウバラのワンピース/からたち香る/菜の花の家/ハクモクレンが砕けるとき/桜の下で待っている |
「やがて海へと届く」 ★★ | |
2019年02月
|
東日本大震災時の津波の犠牲になったのか、ついに帰ってくることのなかった親友すみれ。 その喪失の痛みを、主人公の湖谷真奈28歳は今なお引きずったまま。そんな真奈の元に、すみれの恋人だった遠野敦から連絡が入ります。転勤で引っ越す、ついてはすみれの遺品を整理したいので手伝ってほしいと。 今なお忘れずにいる親友のことを、恋人だった遠野は忘れようとしているのか。湖谷の心は揺れ動きます。 大事な人を失った悲しみを今も整理できていない主人公が、ようやく痛みに折り合いをつける道を見い出し、自分自身の新しい一歩を踏み出す勇気を見いだす迄を描いく物語。 ストーリィは、湖谷の現在の現実と、過去のすみれとの思い出、そして妄想的あるいは幻想的な次元でのことが交互に、織り合わせられるようにして書き綴られていきます。 結局、こうした悲しみとは亡くなった人より、取り残された人にとっての問題なのでしょう。まして、遺体が発見されず行方不明のまま、ついに帰ってこなかったという状況であれば尚更に。 時間の経過だけでは癒されるものではない、当て所もなく亡き人と会話を繰り返すことによってようやく折り合いを付けていく心の道のりを克明に描いた力作。 鎮魂歌であると同時に、これから始まる未来への一歩を記す物語になっている点を評価したい。 |
「朝が来るまでそばにいる」 ★★ | |
2019年09月
|
心が弱っている主人公たちの前に現れた、怪しいものたち。 主人公たちにとってそれは、吉か、それとも凶なのだろうか。 そんな共通の趣向をもつ短編集、6篇収録。 ・「君の心臓をいだくまで」:海外出張で夫不在の中、胎児の状況を懸念する日菜子。その前に現れた真っ黒な鳥は・・・。 ・「ゆびのいと」:脳梗塞で急死した妻の千尋は、光樹が焼き場から帰ってきた日も台所に立つ。千尋はいつまで現れるのか。 ・「眼が開くとき」:瑠璃は転校してきたきれいな少年=坂口暁を見た時、むさぼり食いたいという欲情を感じた・・・。 ・「よるのふち」:母親が交通事故で急死。遺された小学4年の宏之は、幼い弟の良昭、荒れていく父親を懸念するが、どうする術もなく・・・。 ・「明滅」:日本の滅亡が予言された時間まであと僅か。共に家具作りが趣味の夫婦はいつも通りに時間を過ごす・・・・。 ・「かいぶつの名前」:イジメで飛び降り自殺した主人公は、今もその学校から離れられずにいる。学校には他にも自分と同じような霊がいて・・・。 途中、悍ましいような、これからどうなるのだろうかと不安をかき立てられる気分になります。それでも読後に穏やかな気持ちになれるのは、主人公たちが心理的危機を乗り越え、前へ一歩踏み出すというストーリィになっているから。 人間って強いなァ、と感じます。そう信じられればそこに希望も生まれる、と言って良いのではないでしょうか。 君の心臓をいだくまで/ゆびのいと/眼が開くとき/よるのふち/明滅/かいぶつの名前 |
「眠れない夜は体を脱いで」 ★★☆ |
|
2020年10月
|
上手いなぁ。 いずれの篇もストーリィ中、主人公がネット掲示板で「手が大好きなので、いま起きている人の手の画像をください!」という書き込みを見て・・・という共通項がありますが、ストーリィならびに主人公像とも各篇それぞれ、まったく別のもの。 「小鳥の爪先」の主人公は、女子にモテてばかりの男子高校生。 「あざが薄れるころ」は、合気道を学んでいる50代独身女性。 「マリアを愛する」は、死んだ恋敵には勝てないという重荷を抱えている女子大生。 「鮮やかな熱病」は、フツーではないことに拒否反応を示す銀行支店長。 「真夜中のストーリー」は、ネット上で可愛い女性のアバターを操る、いかつい風貌の30代独身男性。 各篇主人公が抱えている悩みや将来への不安はありきたりのものと言えますが、どれもごく普通の人間だからこそ抱くものであって、そんな主人公たちがとても愛おしく感じられます。 そして最後の篇は、各篇で感じていた疑問を一気に解き明かす内容になっているのですが、それもまた意表を突いていて、実にお見事。 感動的といったストーリィはこれといってなく、どれもありふれた日常の出来事に過ぎませんが、どの篇も嬉しいくらいに味わい十分。何度噛んでも味わいは尽きず、と言って過言ではありません。 本作における彩瀬まるさんの上手さに、ただ脱帽。 なお、連作5篇、どれも好き!です。 小鳥の爪先/あざが薄れるころ/マリアを愛する/鮮やかな熱病/真夜中のストーリー |
「くちなし」 ★★ |
|
2020年04月
|
恋愛は人様々と言いますが、本作で描かれるのは、これまで想像もしなかったような恋愛の姿。 心奪われるくらい、すっかり魅了されてしまった恋愛小説8篇を収録した、まさに逸品というべき短篇集。 ・「くちなし」:主人公のユマ、芸能事務所に所属した18歳の時から10年間、スポンサー企業の社長アツタさんと不倫愛。そのアツタからついに別れを告げられた時、ユマがその代償としてねだったものは、アツタさんの左腕・・・。 ・「花虫」:運命の相手に出会ったとき、お互いの身体から花が咲くのが見える、というのがその証し。しかし、それはすべて人間の体内に寄宿した羽虫のなせる業なのか・・・。 ・「愛のスカート」:美容師のミネオカは、かつて高校生の時に自分を振ったトキワに、奇妙な縁から再会します。しかし、本当に恋はままならない・・・。切なくも愉快でもあり。 ・「けだものたち」:昼の世界に生きる男と、夜の世界に生きる女とはっきり分かれた世界。しかも女は、愛する余り男を喰らうこともあり。非現実的とも言えない現実感あり。 ・「薄布」:ごく普通の主婦が味を占めた人形遊びとは・・・。 ・「茄子とゴーヤ」:理容室で茄子色に髪をカラーリング。それって正解だったのか。 ・「山の同窓会」:SF的ストーリィ。恋愛観をどう持つかによって人生の送り方も変わる、ということか。 8篇の中では断然、「くちなし」と「花虫」が好きだなぁ。 くちなし/花虫/愛のスカート/けだものたち/薄布/茄子とゴーヤ/山の同窓会 |
「不 在」 ★★ | |
2021年04月
|
家というものがどれだけ人の人生を狂わせるものなのか。 その家に囚われてしまった人、そこから抜け出て自由を手に入れた人、その双方を対照的に描いた長編。 錦野明日香は、斑木アスカという筆名で活躍中の漫画家。私生活では、劇団員である年下の泉冬馬と結婚を視野に入れ同棲中。 それなりに充実した生活を送っていましたが、あることがきっかけで明日香の生活は狂いだします。 それは、両親が離婚して音信不通のままだった父親が死去し、遺言で預金等は兄の鷹光と母親に遺される一方、何故か明日香には自宅が遺されます。しかも「私の死後、明日香を除く親族は屋敷に立ち入らないこと」という条件付きで。 家の中を整理するため、祖父・父と医院を営んでいた元自宅に通うようになった明日香ですが、何故か次第に、編集者とも、あろうことか冬馬ともギクシャクするようになります。 親というのは多少なりとも子供に期待や夢を課したりするものだと思います。しかし、それが子の適性を無視したり、一方的に重荷を与えるようなものであってはならない筈。 何故、明日香は冬馬らとギクシャクするようになったのか、そこに元自宅からの影響はなかったか。 そして、祖父に対する亡父、叔父の智はどうだったのか。 一方、離婚して家を出た母親の堀越昌子、兄の鷹光、そして冬馬の生き方と、そこには違いがあるのか。 自立には、責任だけでなく、強さも必要なのだと感じさせられます。 しかし、そこに親からの愛情を求めるという気持ちが介在してくると、事態は難しくなっていくのかもしれません。 本作は、楽しくもなく、判り易くもない内容ですが、かなり骨太のストーリィ。 彩瀬さんがまた一つステップアップしていく、その手応えを感じさせられる作品になっています。 |
彩瀬まる作品のページ No.2 へ 彩瀬まる作品のページ No.3 へ