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13.我らが共通の友 14.エドウィン・ドルードの謎 |
【作家歴】、ボズのスケッチ−短篇小説篇、ピクウィック・クラブ、オリヴァー・トゥイスト、骨董屋、バーナビー・ラッジ、アメリカ紀行、マーティン・チャズルウィット、クリスマス・カロル、炉辺のこおろぎ、ディヴィッド・コパフィールド |
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●「荒涼館」● ★☆ |
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1852-3年発表
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イギリスにおける訴訟制度を辛辣に風刺した作品。 作中人物エスタの手記と、作者の視点から書かれた章が交互するため、ちょっと複雑な構成になっています。 ディケンズの場合、どこか欠点のある或いは滑稽さのある人物の描写は上手ですが、善人を書こうとすると余りに“善人だ、善人だ”と言い過ぎて、かえって白々としてしまいます。 後期のディケンズ作品は、時代世相を描こうとすることによって、その良さである単純明快さを欠いてしまった気がします。もっとも、本作品でもディケンズらしい面白みのある人物は何人か登場しますし、貧乏アパートの人々の生活ぶりを描いた部分は、やはりディケンズならではのもの。 |
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●「リトル・ドリット」● ★★★ |
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1855-7年発表
1991年01月
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債務者監獄に20年以上も閉じ込められたドリット一家を中心にした物語であり、資本主義社会の矛盾をつくものと評価される作品です。 初めて本書を読んだ時には、債務者監獄という物語の舞台や、登場する人物が老人くさいことから、その陰気さ故あまり好きになれませんでした。ところが、次に読んだ時には、債務者監獄というディケンズならではの舞台、そして主人公エイミーの可憐さから「ディヴィッド・コパフィールド」に並ぶ、好きな作品となりました。 “リトル・ドリット”と呼ばれるエイミーは、債務者監獄で生まれた、ドリット氏の末娘。 このドリット一家とアーサーを中心に、富の変遷によって如何に人間性が損なわれるものか、という姿が描かれていきます。圧巻は、出獄したドリット氏が過去の事実の暴露に常時怯え、パーティ席上であろうことか監獄に居た時のような虚言をしゃべりだす場面。人間の哀しさをつくづく感じます。 本作品で好感の持てる人物は、監獄門番の息子ジョン・チヴォリー。常に自らの墓碑を創作するところが愉快なのですが、誠実な青年で、エイミーやアーサーへの献身ぶりも男らしい。 |
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「我らが共通の友」 ★★★ |
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1997年01月
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久々に読んだディケンズ作品なのですけれど、あぁ、こういう小説が読みたかったんだ、というのが第一に感じたこと。あとは、このストーリィから離れ難い思いで、ひたすら読みふけりました。 塵芥処理業で築かれた莫大な遺産を相続しにアメリカから帰国したジョン・ハーマンが、テムズ川で死体となって発見されたことから、遺産は使用人だったボッフィン夫婦が引き継ぐことになります。 この2つのラブ・ストーリィを中心とする一方、側面において様々な人間の欲深い姿、等々が描かれています。 この作品の素晴らしさは、圧巻とも言うべき場面が幾つもあること。そこでは、深い感動を覚えます。 ディケンズ作品としては、完成度の高い作品です。そして、現実社会における様々な人間の姿を描いたこの作品は、サスペンス小説以上にスリリングな興奮を呼び起こします。 |
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●「エドウィン・ドルードの謎」● ★☆ |
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講談社 1988年05月
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ディケンズ最後の未完かつ推理小説、という作品。 ところが、エドウィンの失踪後はローザの行動が明確になり、クリスパークル師や、ローザの後見人グルージャス、ターター等、如何にもディケンズらしい善良な人物達が活躍し始め、またダチェリーという謎の人物も登場し、面白くなってきます。
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