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更新日:2016.11.22

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 山での 1枚 :  柵越しに見た まんだら堂やぐら群

柵越しに見た まんだら堂やぐら群 2016/11/9

 WHAT'S NEW    《 2016年 11月22日 記 かなりの長文ご容赦 

昨年の 12月、とある関係にて鎌倉アルプスを歩くという企画に参加することになり、 建長寺から天園、そして瑞泉寺までのコースを案内したのであった。さらには、その第二弾として、今年の 5月にも浄智寺から葛原岡 (くずはらおか) 神社、 銭洗弁天、佐助稲荷、そして大仏のある高徳院へと至るコースを案内したのだったが、その第三弾として 12月にまたまた鎌倉の山を歩くことになる。

さて、行き先であるが、紅葉を見るのであれば、昨年と同じコースを辿り、 途中から獅子舞谷へと下るのがベストと思われるが、恐らく同じメンバーが多く参加することになると思われるので、 ここはやはり今までとは違ったコースをとりたいところである。
ほとんど鎌倉の知識のない中、ネットにてコースを検討し、最終的に決めたのが杉本寺から衣張山 (きぬばりやま) に登り、名越 (なごえ) 切通に立ち寄った後、 鎌倉市材木座にある長勝寺へと下るコースである。
しかしそうなると、当然 事前調査が必要になる訳で、この 11月9日(水)、晴れとの予報の下に早速下見にでかけることにする。
しかし、期待に反して空には雲が多くガッカリ。この頃、天気予報は外れることが多い気がする。

実施日当日と同じ時間にすべく、横浜駅 9時44分の久里浜行きに乗り、 鎌倉駅には 10時8分に到着。
東口に出て、バス乗り場 5番へと向かう。これまで 2回の鎌倉アルプスは、北鎌倉駅を起点とした徒歩であったが、今回は鎌倉駅を起点の駅とするとともに、 参加するメンバーに高齢者が多いことから、出発地点までバスで行くことにしたものである。
10時15分発の 『 ハイランド行き 』 に乗って、杉本観音のバス停には 10時24分に到着。そのまま車道を少し先に進んでいくと、 すぐに杉本寺の入口が現れる。ザックからカメラを取り出すなどして、身支度を調え、10時27分に杉本寺に入る。
この杉本寺は鎌倉最古の寺で、3体の十一面観音立像を本尊としており、拝観料は 200円である。

寺の詳細は省略するが、まずは階段を昇って運慶作と言われる仁王像が安置されている山門を潜る。
さらに階段はまっすぐ続いていて、上の方に本堂 (観音堂) も見えているのだが、この石段はすり減っているため今は通行禁止となっており、 左側の新しい階段を昇っていくことになる。
なお、この立入禁止の階段であるが、長い間人が入らなかったためか、緑の苔に覆われていて風情があるとともに、大変魅力的である。
先にも述べたように、観音堂には 3体の十一面観音立像がご本尊として安置されており、中央ならびに右の観音像は国の重要文化財に指定されている (なお、左の観音像は行基の作とされている)。
観音堂にはこの 3体の観音像の他に、前立十一面観音、新十一面観音、地蔵菩薩などが安置されている。

また、観音堂の周囲にも権現堂、六地蔵 + 身代わり地蔵、 そして五輪塔群など見るべきものが多くある。
中でも五輪塔群は、北畠顕家 (きたばたけあきいえ) の鎌倉攻めによって戦死した斯波家長 (しばいえなが) とその家臣達の供養塔とのことである (かつてこの寺の裏山に杉本城があったが、ここで足利 (北朝) 方の武将で鎌倉府執事を務めた斯波家長と南朝方の北畠顕家が戦い、 家長以下 300人が自刃、杉本城は落城したとのこと)。
一通り境内を見て回った後、再び車道へと戻る。杉本寺入口脇の信号にて車道 (県道204号線=金沢街道) を横切り、南へと延びる道路に入る。 時刻は 10時49分。

滑川を渡った後、川沿いに進んでいくと、やがて十字路に到着する。 右は釈迦堂切通、左は報国寺、そして目差す衣張山は直進である。
時刻は 10時51分。ここは折角なので、当日のコースには入れていないものの 釈迦堂切通を見に行くことにする。
右折して暫く車道を進んでいくと、やがて赤茶色をしたトタン塀の家の横から左へと進む道が出てくるが、これが釈迦堂切通への道である。
左折して暫く住宅地内を進んでいくと道は行き止まりとなり、その先から釈迦堂切通への山道が始まる。
釈迦堂切通は現在通行止めとなっているため、人があまり通らないのであろう、少々周囲の草や木が煩い。
暫く山道を進んでいくと、『 工事関係者以外立入禁止 』 の立て札が現れるが、ここはその脇を通ってさらに先へと進む (けっして褒められたことではないが・・・)。
道はすぐに柵にて塞がれてしまい、完全に進むことができなくなるものの、その柵の向こうに釈迦堂切通が見えている。時刻は 10時57分。

この釈迦堂切通は鎌倉の他の切通と違い、崖を刳り貫いたトンネル型になっており、 その姿は迫力満点である。
落石の危険があるために通行止めとしているようであるが、通れないにしても、是非とも見学だけはできるようにすべきであり、 その価値は十分にあるものである。
11時6分、先程の十字路へと戻り、今度はそこを右折する (左折は杉本寺)。民家の間を暫く進んでいくと、徐々に道は狭くなり、 やがて 『 浄明寺一丁目 12 』 の街区標示板が付けられた電柱が見えてくると、そこから衣張山への登りが始まる。時刻は 11時8分。
やぐら跡らしき洞窟を左に見て山道に入り、杉の中に檜が少し混ざった林の中を登っていく。杉は植林と思われるが、足下には多くの草木が生えていて、 丹沢などの植林帯とは全く趣が違っている。

そして意外だったのは、この山道が結構 本格的なことで、当日のメンバーを考えると、 これは少しキツイかもしれないレベルなのである。
道は明瞭、良く踏まれており、石段などもあって整備されているものの、如何せん登りが長く続き過ぎる。
前々回の建長寺裏手から大平山へと至るコースや、前回の浄智寺裏手の山でさえも少し苦労された方がおられたことを考えると、 この登りが長く続く道は厳しいかもしれない。
当日はどうしようかと思いつつ登り続けていくと、やがて前方に大きな岩が見えてきて、その足下に身を寄せ合うようにした男女 ? の石像が置かれている。 夫婦 (めおと) 像とのことらしいが、小生には母娘のように見える。時刻は 11時17分。
その石像の所からさらに少し登ると、道が 2つに分かれる。右の道は石段が続いていて明瞭だが、左の道は少しササに覆われていて分かりにくい。 時刻は 11時18分。

左の道には石切場跡があると聞いていたので、ここは迷わずに左の道に入る。
少し下ると右手に 4基ほどの五輪塔が現れ、そのすぐ先が石切場跡であった。時刻は 11時19分。
石切場は岩壁を刳り貫いた形になっており、その中は結構広くなっている。少し中に入ってみたが、曇り空の上に樹林の中であるため、 中は暗くてよく見えず全容が掴めない。それでも、ノミなどを使って岩を切り出していたことがしっかりと見て取れる。
しかし、やはり気味が悪いのですぐに外へと飛び出して山頂へと向かう。時刻は 11時21分。
ここからは自然林の中、石段の道が続くが、ここもかなり急登で高齢者には厳しかろう。
少し喘ぎつつ登っていくと、道は先の右側の道と合流した後、ササ藪の先の方に開けた場所が見えてくる。
衣張山頂上に到着である。時刻は 11時23分。

ここは広場になっていて、傍らには 2基の五輪塔と、比較的新しい石仏 1体が置かれている。
そして、広場の正面 (南) は開けており、そこから相模湾、鎌倉の街並み、江ノ島が見えるとともに、その後方には伊豆・箱根、 そして丹沢の山々が並んでおり、そのさらに後方に富士山も見ることができる。
と言いたいところであるが、この日は雲が多く、富士山は右側の小御岳 (こみたけ:五合目付近) が僅かに見える程度で、ほとんどが雲の中である。 その他の山々も、丹沢は丹沢三峰、丹沢山が辛うじて確認できるだけ、箱根の山も金時山がうっすらと見えているだけである。
好天、好展望を期待していただけに残念でならない。11時27分、衣張山を後にしてさらに先へと進む。

スダジイなども見られる樹林帯に入っていくと、道は一旦下った後、 少し平らな道が続き、その後 緩やかな登りとなる。
先程までと比べてかなり楽であるが、やはり問題は衣張山への登りをどうするかということである。
やがて、道の傍らに三角点が現れ (119.9mの三等三角点)、その少し先で再び小広い場所に飛び出す。
衣張山はどうやら双耳峰になっているようで、こちらは南峰、そして先程の頂上が北峰らしい。
ここにも五輪塔が置かれており、ここからは相模湾がよく見える。時刻は 11時30分。
道は左へと曲がり、再びスダジイ、ヤマザクラなどが見られる樹林帯に入る。小さなアップダウンを繰り返していくと、 やがて道は下りとなってすぐに公園のような場所に飛び出す。ここは報国寺方面からの道との合流点となっており、報国寺は左、名越切通は右である。
時刻は 11時38分。

右へと進み、地蔵尊を過ぎると、その先で 『 鎌倉市こども自然ふれあいの森 』 に入っていくが、 この辺は大変面白い構造になっている。
道自体は尾根道のようになっており、右側が下り斜面になっているため、西側の展望が大きく開けている。
一方、左側は生け垣を挟んで車道が通っており、その向こうには住宅地や幼稚園があるのである。
なお、ここからは富士山の他、伊豆や箱根、そして丹沢の山々を見渡すことができ、『 関東の富士見百景 』 77番目の場所にも登録されているとのことである。 しかし、折角の富士見百景ではあるが、先程の衣笠山よりも状況は悪くなっており、富士山は完全に雲の中である。

その見晴らしの良い場所を過ぎると、再び樹林帯に入る。
階段を昇り、木橋を渡ると遊歩道の様な道に合流する。右に進むのが正しいのであるが、傍らにあった案内図を見ると、 先程の 『 関東の富士見百景 』 の場所にあるトイレを見落としてしまったことに気づく。
本番当日のことを考えると、ここはトイレの場所を確認しておくべきと思い、左に進んで車道に至り、途中から左に折れて先程の尾根筋のような道へと入る。
トイレを確認した後、再び先程の案内図の所へと戻ってからは右に道を取って、舗装された幅広い遊歩道を進む。時刻は 11時48分。
この道は左手の高みの方へ延びて行っており、登った先には展望広場があるとのことだが、名越切通へは途中から右に分かれて土の道に入ることになる。
その道の傍らには地蔵尊がある他、少し先に稲荷神社にある狛狐 ? が 2体置かれていたが、周囲に祠などなく、少々意味不明である。

やがて、道の右側にパノラマ台への分岐が現れる。本日、展望は期待できないと分かってはいるものの、 当日のことを考えて行ってみることにする。時刻は 11時51分。
ササの中の道を登る。この道も意外に急斜面。細い道をジグザグに登ってパノラマ台には 11時53分に到着。
パノラマ台というだけあって、ここは狭いながらも展望はかなり良い。後方の山々は相変わらず雲の中であるが、 手前の相模湾、稲村ヶ崎、そして江ノ島などがよく見える。
1分ほどでパノラマ台を後にして、先程の分岐には 11時56分に戻り、先へと進む。すぐに道は細くなって山道らしくなり、 少し下った後再び緩やかな登りに入る。

やがて左手に柵が現れ、土を盛り上げたような場所の横を通過していくと、 左右が落ち込んでいる、細い土手のような道となる。ただ、樹林に囲まれているため、展望は無い。 途中に、迷うような標識が現れるが、基本的にそのまままっすぐ進めば良い。
左下は大切岸 (おおきりぎし) と呼ばれる岩壁になっており、やがて道は少し下って樹林を抜け出し、その岩壁の下を通る道と合流する。
時刻は 12時1分。
道の左側にはウッドチップを敷き詰めた広場があり、そこにこの 『 お猿畠の大切岸 』 についての説明書きが置かれている。
振り返れば、先程通ってきた道の下方にある大切岸の岩壁が良く見えており、その下にウッドチップの道が通っている。
この大切岸は、かつては鎌倉幕府が三浦一族の攻撃に備えて防衛のために築いたものと言われていたようだが、 近年の調査で建物基礎に使う石材を切り出していた場所と判明したとのことである。ウッドチップが敷かれた道の下には石材を切り出した跡が埋まっているらしい。
ここの岩壁はなかなか見事で、高さはそれ程ではないものの (3〜10m程)、凝灰質砂岩と思われる岩壁が長く続いている姿は一見の価値がある。 岩の種類は違うようだが、その岩肌は宮崎県の双石山にある針の耳神社や瑞牆山のカンマンボロンを思い起こさせてくれる。

岩壁の下を往復した後、元の道に戻って先へと進む。時刻は 12時5分。
ここからは再び登りとなって樹林帯に入っていく。一登りすると、右手に小さな広場が現れ、そこにかなり風化した 2基の石廟が立っている。
説明書きなどはないのでその由来は不明だが、かつてはその内部に火葬骨を納めた蔵骨壺が納められていたとのことである。
時刻は 12時6分。
この石廟を過ぎると前方に洋館が現れ、道はその洋館の石塀に沿って進むようになる。石塀を離れると、金網柵の下、あるいは横を進むようになるのだが、 道の傍らにある大石には 『 法華宗 日蓮大上人 やきうちひなんろ 』 と書かれている。
日蓮四大法難と呼ばれるものの一つである 『 松葉ヶ谷法難 』 (鎌倉幕府に対して、法華経を正法とすべしと宗教政策の転換を促したため、 浄土教信者である念仏者たちによって草庵を夜間襲撃・焼き討ちされた事件) の際に、日蓮はこの道を逃げたということであろうか。

やがて、道は樹林を抜け出し、小広い場所に出る。 道の傍らには五輪塔の残骸のようなものがあったので、昔この場所には何かの建物があったのかも知れない。
すぐに道は左にヘアピンのように曲がっていく。カーブの内側には比較的新しい 『 無縁諸霊之碑 』 が立っている。
再び樹林帯に入って下って行くと、すぐに少し歪んだ形の丁字路に突き当たる。右は 『 長勝寺、安国論寺 』、左は 『 名越切通、まんだら堂やぐら群 』 となっている。 時刻は 12時13分。
まずは左に道をとって名越切通を目差す。道は低いながらも両側から斜面が迫っている間を抜けて徐々に下って行く。
普通の山道になった後、名越切通の説明書きを過ぎると、まんだら堂やぐら群への道が左手に現れる。時刻は 12時15分。

まんだら堂やぐら群には 150以上のやぐら (=横穴式墳墓) が集中して存在しており、 これだけ良い状態でまとまったやぐらを見ることができる遺跡は鎌倉市内にも少なく、たいへん貴重な遺跡とのことである。
現在保存工事を行っているため、柵で仕切られていて中には入れないが、毎年限られた期間だけ見学が可能である。
ちなみに、今年は 10月22日(土)〜12月12日(月)までの間の 土・日・月・祝日のみ見学することができるとのことである。
当然、本日は見学できないものの、階段を昇り、柵の所まで行ってその様子をカメラに納める。やぐら群は 3〜4階建ての団地のような感じで、 岩壁に横穴が掘られており、その中に五輪塔が見えている。なかなか不思議な光景であり、是非とも間近で見学したいものである。

12時18分に引き返し、先へと進む。なお、この頃になると時々薄日が差し出すが、 まだまだ雲が多い。
第2切通を過ぎ、左手にやぐら跡と思しきものを見て、右に小坪への道を分けると、前方に両側がかなり狭まった第1切通が現れる。 左右の岩壁も高く、こちらも一見の価値がある代物である。
切通を抜けた後、先程と同じ説明書きが現れたところで Uターンする。時刻は 12時20分。
なお、第1切通の上部に登っていける道もあり、そこは展望台となっていて、切通を見下ろすことができるようになっている。

先程の丁字路には 12時25分に戻り、そのまままっすぐ進む。
ここちら側も下りとなっており、苔生した大岩が道の真ん中にあるなど、先程の名越切通を含め、古 (いにしえ) に多くの旅人が通ったであろうことを思い起こさせるような 風情のある道が続く。そして、すぐに道は急な下りに変わり、シダ類の中をジグザグに下っていく。
古の人々の往来に思いを馳せながら下って行くと、突然 道の左手にコンクリート + 金網の塀が現れて少々しらけてしまうが、 塀の向こうにある高みの下にはJR横須賀線のトンネルが通っているようである。
そして、前方下方にも線路が見えてきたので、再び文明の世界に戻って来たことになる。
なお、ここからも正面に富士山が見えるようであるが、本日は全く見ることができない。

左下に線路を見ながら、斜面を横切るようにして下って行く。 右手に五輪塔と仏像を見て桟橋を下って行くと、やがて道は車道に合流して住宅地に入る。時刻は 12時32分。 坂を下った後、左手に現れた横須賀線の踏切を渡り、すぐに右に曲がって住宅地を進む。
途中、道の左手に石に囲まれた場所があり、そこには 『 南無妙法蓮華経日蓮水 』 と彫られた石碑とともに、竹で蓋をされた井戸があったが、 ここが鎌倉五名水の一つ 『 日蓮乞水 (にちれんのこいみず)』 とのことである。時刻は 12時35分。
さらに進んでいくと、道は県道311号線にぶつかるとともに、名越踏切に至る。目差す長勝寺はこの県道311号線の向かい側である。
時刻は 12時37分。
ここからは長勝寺、安国論寺、安養院、八雲神社、常栄寺、妙本寺、本覚寺にそれぞれ立ち寄りながら車道を歩き、鎌倉駅には 14時10分に戻り着いたのであった。

その結果、名越切通から下山後に立ち寄る寺として、 当初は長勝寺を考えていたのであったが、紅葉の季節であること、寺の趣などを考え、安国論寺、妙本寺に立ち寄ることにする。 やはり現地で実際に確認しないと、こういうことは分からない。
特に安国論寺は、『 松葉ヶ谷法難 』 の原因となった 『 立正安国論 』 を日蓮が書いた場所に建っており、 法難の際に一時避難したと言われる南面窟も見ることができて歴史を感じることができる。
また、この安国論寺には富士見台なる高台があり、そこに登ってみると (この登りも意外とキツイ)、 これまで雲が多くほとんど見ることができなかった富士山をうっすらとではあるが確認することができたのであった。


ということで一応コースの下見は終了したものの、問題が生じてしまった。
先に述べたように、衣張山への登りが意外に本格的であり、当日のメンバーには少々厳しいのである。
例え、何とか引っ張り上げるようにして衣張山に登ったとしても、スタミナを使い切ってその後の行程が心配である。
そこで、帰宅後に本日のコース周辺についてネットで調べたところ、杉本寺から報国寺に至り、 そこから巡礼古道を進んで衣張山の南側に出るコースを辿るという案が浮上する。
このコースを辿ると衣張山はパスすることになるが、その後の行程で景色などはカバーできることから、十分と思われる。
なお、巡礼古道というのは、坂東三十三観音霊場の第1番札所である杉本寺から報国寺のある宅間ヶ谷を越えて、 第2番札所である逗子の岩殿寺 (がんでんじ) を目指すための巡礼の道とのことである。
しかし、古に巡礼者が通った道とは言え、実際に歩いてみなければ当日のメンバーに適しているかどうかの判断ができない訳で、 やむを得ず、11月16日(水)に下見の第二弾を実施する。

前回と同じ電車、そしてバスに乗り、杉本観音にて下車。 杉本寺を見て回った後、10時40分に杉本寺前から県道204号線を東へと進む。
なお、この日も天気予報は大きく外れて曇り空、本当についていない。
バス停 1区間を歩き、報国寺入口の信号にて右折して少し進むと、右手に報国寺の山門が見えてくる。時刻は 10時45分。
山門を潜り暫く進むと、右手に本堂が見えてくるが、この寺の一番の魅力はその本堂左手から入る 『 竹の庭 』 にある。
拝観料 200円也を払って中に入ると、すぐに目の前に孟宗竹の竹林が広がる。秋でも青々として真っ直ぐに伸びている竹の林は見事で、 加えて竹林の隙間から降り注ぐ日の光が優しく (尤もこの日は薄曇りのため、それが良かったのかも知れない)、何故かホッとさせられる場所である。 観光客が多いと少々しらけてしまうが、誰もいない時を見計らって是非とも写真に収めたい場所である。
また、この竹林の他に、やぐらや石仏、そして見事に手入れされた枯山水の庭園もあってなかなか見応えのある寺であった。

10時55分に報国寺を出発し、先程歩いてきた道をさらに先へと進む。
2分程歩くと、道の左手に巡礼古道の入口が見えてくるがこれが少々分かりにくい。少し入った所に 『 浄明寺宅間C地区急傾斜地崩壊危険区域 』 の標示板があり、 その下に手書きの 『 巡礼古道 』 と書かれた木札がぶら下がっているのだが、事前に知識を得ておかないと見過ごしてしまう可能性が高い。
なお、その入口の所には、『 浄明寺二丁目 6 』 との街区標示板が付いた電柱が立っているので、これを目印としたいところである。
時刻は 10時57分。
その電柱の横から民家の私道のような細い道に入る。民家の前を進んでいくと、すぐにコンクリート製の階段が現れる。
その階段を昇り、左に曲がって金網の塀の横を登っていくと、道はすぐに山道に変わる。既に樹林帯に入っており、足下には階段状に石が置かれていて、 いかにも古道という風情が漂っている。

ここも衣張山と同じくキツイ登りが続くのかと思ったら、 ありがたいことに道はその後かなり緩やかになったため、これならば当日のメンバーでも問題なかろうとホッとする。
道の傍らには 『 庚申塔 』 と彫られた板状の石 (板碑) が多く見られ、やはり巡礼の道であることを感じさせてくれる。
やがて、道の左側に小さな広場が見えてくる。ここは 『 金剛窟地蔵尊 』 のある場所で、岩壁にできた (あるいは彫られた) 奥行き 1m弱の窟 (いわや) に、 磨崖仏が造立されているのである。
周囲に説明書きなどないのでその由緒は分からないが、この場所は巡礼者の目的の 1つになっていたことであろう。時刻は 11時4分。

地蔵尊を過ぎ、緩やかなアップダウンのある道を進む。 これならばメンバーの負担も少ないはずである。そして、相変わらず道の周囲には多くの板碑が見られる。
小さなアップダウンを繰り返しながら進んでいくと、やがて小さなマウンドを乗り越えた後に下りに入り、その先に人家が見えてくる。 ハイランド住宅地に到着であり、山道もこれで終了である。時刻は 11時16分。
車道に出ると、すぐに右側に公園があるのでそちらへと進む。ケヤキなどの紅葉が始まっている細長い公園の中を進んでいくと、 やがて広々とした芝生公園に出る。時刻は 11時20分。
ここには芝生に覆われた小山や東屋があり、ベンチとテーブルもいくつか置かれていて休憩にはもってこいの場所である。 当日はここで昼食にするのが良いかも知れない。

芝生公園を抜けると道は衣張山から下ってくる道との合流点に至り、 ここで 1週間前に歩いたコースと合流することになる。
時刻は 11時22分。
道を右に進めば衣張山、左に進めばすぐに 『 関東の富士見百景 』 77番目のスポットがある 『 鎌倉市こども自然ふれあいの森 』 である。
ここまでの行程を振り返り、本番当日はこの巡礼古道を辿ることに決める。これで一安心である。
さて、ここからはユックリと 1週間前に通った道を辿るだけである。
途中、まんだら堂やぐら群に立ち寄ったところ、この日は大勢の人たちが保存作業中であった。
そして、名越切通に立ち寄った後は、安国論寺、妙本寺の 2つの寺に立ち寄るだけとし、鎌倉駅には 13時2分に戻り着いたのであった。

2度に渡り衣張山近辺を歩くことになってしまったが、低山とは言え、 歴史的な見所が多く、なかなか楽しい散策であった。
惜しむらくは両日とも天候に恵まれなかったことであり、本番当日は是非とも快晴の小春日和になって欲しいものである。

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 更新記録

 11/22 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 奥大日岳 を掲載しました。  
 11/3 古新聞ですが、簡易登山記録に 立山 を掲載しました。
 10/22 古新聞ですが、簡易登山記録に 乗鞍岳 を掲載しました。
 10/8 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 甲斐駒ヶ岳 を掲載しました。
 9/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 針ノ木岳、蓮華岳 を掲載しました。
 8/21 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 爺ヶ岳 を掲載しました。
 7/30 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 白毛門・朝日岳 を掲載しました。
 6/29 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 木曽駒ヶ岳 (上松Aコース) を掲載しました。
 6/10 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉アルプス II を掲載しました。
 5/28 古新聞ですが、簡易登山記録に 和名倉山 を掲載しました。
 5/15 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 十石山 を掲載しました。
 4/29 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 天狗岳 を掲載しました。
 4/14 古新聞ですが、簡易登山記録に 地蔵岳 を掲載しました。
 3/26 古新聞ですが、簡易登山記録に 大山三峰山 を掲載しました。
 3/16 古新聞ですが、簡易登山記録に 鉢伏山 を掲載しました。
 3/5 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 杓子山、鹿留山 を掲載しました。
 2/25 古新聞ですが、簡易登山記録に 三ツ峠山 を掲載しました。
 2/15 古新聞ですが、簡易登山記録に 相州大山 を掲載しました。
 2/9 古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳、丹沢山 を掲載しました。
 1/30 古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳 (尊仏岩跡) を掲載しました。
 1/16 古新聞ですが、簡易登山記録に 竜ヶ岳 毛無山 を掲載しました。
 2016/1/6
かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 竜喰山 を掲載しました。
 12/29 古新聞ですが、簡易登山記録に 硫黄岳 を掲載しました。
 12/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉アルプス を掲載しました。
 12/1 今更ではありますが、簡易登山記録に 天狗岳 硫黄岳 を掲載しました。
 11/7 古新聞ですが、簡易登山記録に 根石岳 (天狗岳敗退) を掲載しました。
 10/27 またまた古新聞ですが、簡易登山記録に 北 岳 を掲載しました。
 10/16 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 水晶岳 を掲載しました。
 10/7 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鷲羽岳 を掲載しました。
 9/27 古新聞ですが、簡易登山記録に 瑞牆山 を掲載しました。
 9/19 相当な古新聞ですが、簡易登山記録に 奥白根山 を掲載しました。
 7/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 金峰山 を掲載しました。
 7/1 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 雨飾山 を掲載しました。
 6/17 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 常念岳 を掲載しました。
 6/5 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 太郎山 を掲載しました。
 5/23 古新聞ですが、簡易登山記録に 黒金山 を掲載しました。
 5/13 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鉢盛山 を掲載しました。
 4/21 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 横岳 (杣添尾根) を掲載しました。
 4/9 古新聞ですが、簡易登山記録に 倉掛山 を掲載しました。
 4/2 古新聞ですが、簡易登山記録に 美ヶ原 を掲載しました。
 3/23 古新聞ですが、簡易登山記録に 御正体山 を掲載しました。
 3/15 古新聞ですが、簡易登山記録に 節刀ヶ岳 を掲載しました。
 3/1 古新聞ですが、簡易登山記録に 武甲山 を掲載しました。
 2/19 2年前の蔵出しですが、簡易登山記録に 雁ヶ腹摺山 を掲載しました。
 2/17 古新聞ですが 簡易登山記録に 大菩薩嶺 を掲載しました。
 2/8 古新聞ですが 簡易登山記録に 雲取山 を掲載しました。
 1/25 古新聞ですが 簡易登山記録に 黒金山 (敗退) を掲載しました。
 2015/1/15 古新聞ですが 簡易登山記録に 北横岳 を掲載しました。
 12/31 古新聞ですが 簡易登山記録に 乾徳山 を掲載しました。
 12/18 古新聞ですが 簡易登山記録に 燕 岳 を掲載しました。
 12/1 古新聞ですが 簡易登山記録に 四阿山 を掲載しました。
 11/22 古新聞ですが 簡易登山記録に 焼 岳 を掲載しました。
 11/13 かなり古新聞ですが 簡易登山記録に 平ヶ岳 を掲載しました。
 10/20 古新聞ですが 簡易登山記録に 槍ヶ岳 を掲載しました。
 10/8 かなり古新聞ですが 簡易登山記録に 笠ヶ岳 を掲載しました。
 9/19 かなり古新聞ですが 簡易登山記録に 荒沢岳 を掲載しました。
 8/17 古新聞ですが 簡易登山記録に 美ヶ原 を掲載しました。
 8/10 古新聞ですが 簡易登山記録に 悪沢岳 を掲載しました。
 8/3 古新聞ですが 簡易登山記録に 大滝山 を掲載しました。
 7/19 古新聞ですが 簡易登山記録に 妙高山 を掲載しました。
 7/6 古新聞ですが 簡易登山記録に 越後駒ヶ岳 を掲載しました。
 6/22 古新聞ですが 簡易登山記録に 白馬岳 を掲載しました。
 6/8 古新聞ですが 簡易登山記録に 鳳凰山 を掲載しました。
 5/19 古新聞ですが 簡易登山記録に 女峰山 を掲載しました。
 5/6 古新聞ですが 簡易登山記録に 日留賀岳 を掲載しました。
 4/20 古新聞ですが 簡易登山記録に 甲武信ヶ岳 を掲載しました。
 3/30 今更ではありますが 簡易登山記録に 男体山 を掲載しました。
 1/29 簡易登山記録に 茶ノ木平 を掲載しました。
 2014/1/18 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 麦草岳 を掲載しました。    

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