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更新日:2016.9.20

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 山での 1枚 :  五合目小屋跡手前にて 遙か先の九合目(奥) を望む

五合目小屋跡手前にて 遙か先の九合目(奥) を望む 2016/8/31

 WHAT'S NEW    《 2016年 9月20日 記 かなりの長文ご容赦 

かなりのご無沙汰に加え、記録も古いですがご容赦下さい。

山のハイシーズンにも拘わらず、7月は 1回しか山に行くことができず (爺ヶ岳)、 さらには 8月に入っても台風などあってなかなかタイミングが合わずに、たった 1回の山行 (針ノ木岳、蓮華岳) で終わってしまうかと思っていたところ、 ギリギリの 8月31日に山に行くことができるようになる。

さて、そうなると行き先であるが、実は 9月2日に健康診断があるため、 怠惰な生活で弛みきった身体を少しでも絞りたいと考え、少々ハードな山を選ぶことにする。
色々検討した結果、黒戸尾根を使って日帰りにて甲斐駒ヶ岳に登ることにしたのだが、今年の 6月に木曽駒ヶ岳に登った際、 頂上から甲斐駒ヶ岳を見て、西駒 (= 木曽駒) に登ったのなら、東駒 (= 甲斐駒) にも登らねばと漠然と思ったことが心に残っていたようである。
しかし一方で、2009年9月にこの黒戸尾根往復による甲斐駒ヶ岳登山を行った時にも 12時間12分を要したことから、 その時よりも遙かに体力が落ちている今の状態では少々無謀かとも思われ、かなり迷う。
最終的には、ヘッドランプを点けての下山もまた楽しかろうと思い、思い切ってトライすることにしたのであった。

8月31日(水)、2時半過ぎに横浜の自宅を出発する。
いつも通り、横浜ICから東名高速道に入って海老名JCTから圏央道へと進み、さらに八王子JCTにて中央道へと入る。
空の状態はやや雲が多いが、本日の天気は晴れとの予報なので、この後の回復を祈りながら進む。
順調に車を進め、須玉ICで高速を下りて国道141号線を北へと進む。中央道の下を潜った後、薬師堂橋東詰の交差点を左折して県道611号線に入る。 暫く道なりに進み、日野春駅への道を過ぎると、やがて牧原の交差点に至るので、そこを右折して国道20号線に入る。
この国道20号線を 5km強ほど進み、道の駅はくしゅうの手前、白州農協前の信号にて左折する。

後は道なりに進み、 途中に出てくる竹宇駒ヶ岳神社の標識に従って左折すれば尾白渓谷の駐車場と記憶していたのだが、ナビは新しい道を指示しており、 白州中学校の手前を左折して中学校の塀沿いに進み、中学校を過ぎた少し先で右折して田んぼの中の道を進む (舗装道で良い道)。
とにかく真っ直ぐ進んで行くと、やがて道は少し右にカーブした後、竹宇駒ヶ岳神社からの道と合流するのでそこを左折する。
後は道なりに進んでいけば、尾白川渓谷の駐車場である。到着時刻は 4時35分。
まだ暗く、また少し眠いこともあり、明るくなるまで 30分程仮眠する。なお、駐車場には 10数台程の車しかなく、ガラガラである。

5時8分に起床。 駐車場のトイレを借り、身支度を整えて 5時17分に出発する。
キャンプ場の方へと下って行くと、やがて竹宇駒ヶ岳神社に至るので、本殿前にて本日の無事を祈った後、そのまま本殿横を左に下って吊り橋に至り、 尾白川を渡る。
すぐに山道が始まるが、数分で甲斐駒ヶ岳への道と尾白川渓谷への道との分岐が現れる。時刻は 5時26分。
左に道を取り斜面をジグザグに登っていく。この頃になると、樹林越しに朝日が当たるようになり、周囲が黄色に染まり始める。 本日は良い天気のようである。
やがて再び尾白川渓谷の分岐が現れるが、これは尾白川渓谷への道が渓谷沿いの道と尾根道の 2つあるからで、今回現れたのは尾根道である。 時刻は 5時36分。

ここからも樹林帯をジグザグに登る道が続く。 順調と言いたいところであるが、鼻水が出て咳も時々出る状態。この頃 涼しい夜が続いたため、若干風邪気味であるらしい。 これは本日苦労しそうである。
黙々と登る。道には時折大きな花崗岩が現れるが、花崗岩はこの甲斐駒ヶ岳のトレードマークで、道の上にも花崗岩の屑が多く見られる。
傾斜はそれ程急ではなく、また足下はよく踏まれており、さらには左右を土手に囲まれたような溝状の道が多く現れる。
これならば暗くなっても道に迷うことなく歩けそうだと思いながら登っていく。
展望のほとんどない登りが長く続くため、この辺は我慢であるが、それでも途中、前方樹林越しに烏帽子岳、坊主山方面がチラリと見える。 ただ、その左方はガスが多く、甲斐駒ヶ岳はガスの中のようである。一方、青空も見えるので、今後の回復に期待したいところである。

平らな道が時々現れる中、緩やかに高度を上げていく。
横手駒ヶ岳神社の分岐はまだかと思いながら登っていくと、烏帽子岳がチラリと見えてから 5分程進んだところで周囲にササ原が現れ始め、 その後 分岐に到着。時刻は 7時丁度。
標識にはここから甲斐駒ヶ岳まで 7時間とあるが、それほど時間はかからないと思うものの、今の体力、体調ではやはり 13時を過ぎることを覚悟する。
この分岐を過ぎて暫く登ると、やがて道は右へと下るササ原の斜面を横切っている、ほぼ平らな道が長く続くようになる。
今の体力では、登り斜面での時間稼ぎは難しいため、こういう平らな道で時間を稼ぐべく足を速める。
そのほぼ平らな道も、やがて小さな谷にぶつかって左の斜面を登ることになる。ササ原の斜面を登り、少し平らな場所に登り着くと、 そこには記憶通りに 『 駒ヶ岳黒心龍神 』 と彫られた石碑、そして石仏が置かれていた。時刻は 7時23分。

3分程休憩した後、出発。ここからはササ原の急斜面が始まる。
恐らくここが八丁登りと言われる急坂であろうが、この辺から日頃の運動不足が露呈し始める。 さらに風邪気味ということも加わってとにかく苦しい。少し登っては立ち止まって上を見上げるというバテた時のパターンを繰り返しながら登る。 先の石碑の所で一緒になった女性はドンドン先へと進んで行き、差がつく一方である。
山に登る度に日頃の運動不足を痛感し、普段から運動せねばと強く思うのだが、下山するとそんなことはケロッと忘れてしまう次第で、 この頃ますます体力低下がひどくなっているという状況である。とにかく苦しい。
なお、この登りも展望がほとんど無いが、時折右手樹林越しに日向山とその頂上付近にある白き 雁ヶ原を見ることができる。

辛かった登りも徐々に傾斜が緩み始め、やがて前回休憩した場所に到着する。時刻は 8時8分。
ここからは鳳凰三山の地蔵岳がよく見えるはずなのだが、本日はガスに覆われていて全く見ることができない。
テンションがグッと下がってしまった上に、身体の方が休憩を強く欲しているため、前回と同じく木の根に腰掛けて休憩する。
小腹を満たし、8時16分に出発。嬉しいことに、その頃になるとガスの中から地蔵岳のオベリスクが姿を見せ始め、少し元気をもらう。
この休憩場所からも登りが続くが、ここからはそれ程急斜面ではなく、また周囲はササ原に代わって苔生した土が目立つようになる。
足下はすぐに平らとなり、やがて弓を持った武神が彫られている石碑の立つ場所に到着する。ここが地図上に記されている前屏風ノ頭かもしれない。 時刻は 8時23分。

その石碑から少し進めば刃渡りで、到着時刻は 8時27分。
ここはナイフリッジの岩場を登っていくことになるのだが、鎖が付けられているので安心して登っていくことができる。
一方、ここは岩場のため展望が一気に開ける。地蔵岳の他、八ヶ岳、そしてすぐ手前には日向山、鞍掛山などお馴染みの山が見えている。 しかし、全体に雲が多く、遠くの山々は見ることができない。
刃渡りを過ぎても、岩場のヤセ尾根は続く。但し、左右が樹林に囲まれているため、刃渡りのような高度感、スリルはない。
再び樹林帯に入り、コメツガなどの木々の間を進む。道は意外と緩やかで、尾根の下方を進んで行くのがありがたい。

やがて、この甲斐駒ヶ岳黒戸尾根の特徴の 1つである梯子が現れる。
そして、ここから梯子、鎖場が連続し、それがかなり長い間続くようになる。基本的にはそれ程危険はないのだが、 それでも梯子に手すりがあるわけではないので、場合によっては両手で踏ざん (横木) の部分を握る必要がある。
1つづつ慎重にクリアしていき、やがて丸太を象ったパイプ状の踏ざんのある梯子を昇った後、その上の鎖場を過ぎると 2つの祠が建っている 刀利天であった。 時刻は 8時49分。連続する梯子昇りでかなり息が上がったので、ここでも暫し休憩する。

ユックリ休んで 8時59分に出発。この刀利天を過ぎると、最初 急坂が続くが、 すぐに比較的なだらかな道が続くようになりホッとする。
この辺は黒戸山の斜面を巻くようにして道が作られているため、大変歩き易い。周囲にはシラビソも見られるようになり、 苔生した岩などの間を進んでいく。
この歩きやすい道は比較的長く続くものの、徐々に道は下り始め、やがて大きく下るようになる。そして、下り着いた台地状の場所が五合目小屋跡。 時刻は 9時36分。
なお、その手前の斜面から前方を見上げれば、これから越えて行かねばならない高みが 2つほど高く聳え、 さらにその奥に 剣が刺さった岩を有する高み (九合目) が見えている。しかも、それが遙か遠くに見える。やはりこの道はかなり厳しい。

前回はこの小屋跡にて小休止したのだが、 今回は小屋跡の奥にある五丈岩 (岩を刳り貫いた祈祷所跡) に立ち寄るだけとし、ここよりさらに下にある五合目鞍部まで下ることにする。 斜面をジグザグに少し下り、祠のある五合目鞍部には 9時39分に到着。
ここからは再び登りが始まるので、それに備えて祠の前にて休憩する。
9時50分に出発。ここからは、いきなり長い梯子が現れる。岩の間を梯子にて昇った後は鎖場となり、その後 桟橋のような梯子を昇る。
さらにロープ、鎖場、梯子が現れるのだが、その間隔は空いており、さらには途中 平らな場所もあるため、 先程の刀利天手前よりも余裕を持って登っていくことができる。しかし、厳しいことに変わりはない。
また、そこかしこに多くの石碑 (霊神碑)、剣などが見られ、この山に対する信仰の深さを感じさせてくれる。

道はやがて緩やかになり、今度は少し下りになった後、キレット状の場所を橋にて渡ることになる。
この橋の先にはまた急登が待っていて、今度は梯子が連続するようになって息が上がる。慎重に梯子をクリアし、最後に鎖場を乗り越えれば、 漸く傾斜が緩やかになって一息つけることになる。
しかし、本日は晴れているから良いものの、雨の日などは梯子も滑りやすく、緊張感を伴う区間である。
岩のゴロゴロした斜面を登り、傾斜がさらに緩み始めると、やがて七丈小屋に到着。時刻は 10時38分。
ここまでの梯子、鎖場の登りにかなり体力を消耗したため、小屋横のベンチで暫し休憩する。

10時48分に小屋前を出発し、桟橋などを通って崖の縁を進む。
すぐに七丈第二小屋で、道は小屋横の岩壁を梯子にて登っていく。その岩壁の上に立てば、前方に高みが見えてくるが、ほぼガスに覆われており、 やはり本日甲斐駒ヶ岳からの展望は期待できないようである。
テント場を過ぎ、樹林帯の中を登っていく。この辺も展望は得られない。
周囲にダケカンバが目立つようになり、木々もかなり低くなってくると、やがて道は岩の斜面にぶつかり、そこを梯子にて昇る。
その先で、『 㳒力不動明王 』 (と思う) と彫られた石碑と剣が立っている大岩の下を回っていくと、そこから周囲はハイマツ帯へと変わる。
当然展望も開けるはずであるが、甲斐駒ヶ岳方面は完全にガスに覆われており、時折ガスの間から剣が 2本突き刺さった岩 (九合目) が見える程度である。
かなりくたびれてきている中、このコンディションではテンションがグッと下がる。

ハイマツの斜面を緩やかに登っていく。恐らく登り着いた所が御来迎場 (八合目) と思われるが、 足がなかなか進まない。
ただ、所々に青空が見え、さらには先程の剣が突き刺さった岩も時折ハッキリ見えるようになるので、まだ望みはあるようである。
喘ぎつつも斜面を登り切り、御来迎場には 11時41分に到着。もうバテバテである。
日頃の運動不足に加え、風邪気味であるため、さらに体力は落ちており、壊れた鳥居の横の岩に倒れ込むように座り込む。
地図ではここから頂上まで 1時間30分となっており、頂上到着は 13時半近くになる計算である。 従って、下山途中で真っ暗になってしまうことは間違いないが、ここまで来ながら時間切れとして戻るのは絶対に納得できない。
とは言え、周囲はガスで何も見えない状態であるため、気力の方は今一つである。と思ったら、やがて八ヶ岳方面のガスが切れ、 赤岳、横岳、阿弥陀岳、硫黄岳が見えてくる。
さらには、まだガスが多いものの、今まで全く姿を見ることができなかった甲斐駒ヶ岳方面も見えるようになり、その周辺には青空が広がり始めている。

この状況に少し元気をもらい、頂上を目差して 11時52分に出発する。
暫く緩やかな道を進み、やがて登りとなって大きな岩群の右側を登っていく。すぐに岩場を鎖にて越えることになるが、 岩にはステップがしっかりと付けられているので安心である。なお、ここの鎖には 『 結婚記念 』 云々の金属札が付けられていることで結構 有名である。
この鎖場を終えると、難所の鎖場が現れる。三角錐の形をした岩がこちら側に飛び出していて足場が取りにくいのであるが、 今回はその三角錐の岩の左下にコンクリートで固めたような足場があり、前回よりも楽に登ることができたのであった。

前方を見れば、先程 御来迎場手前から見えた 2本の剣が突き刺ささる岩もかなり近づいてきているが、 まだまだ遠い。
一方で、ここで少々嬉しいことがあった。ガスに囲まれてしまって全く見えなかった地蔵岳が再び姿を現しており、 さらには北岳、間ノ岳も見えるようになってきたのである。そして、少し進むと、地蔵岳の右後方には観音岳も見え始める。
この状況に久々にテンションが上がるが、頂上までの道程はまだまだ長い。
再び鎖場を通過していくと、今度は甲斐駒ヶ岳がハッキリ見えるようになり、その後方には青空が広がっている。 先程まで甲斐駒ヶ岳を覆い隠していたガスはすっかり抜けてくれたようである。これは嬉しい。

道は大岩の間を登っていく。鎖場もあるが、さほど難しくはなく、 むしろ下りの方が気を遣う気がする。
やがて件 (くだん) の 2本の剣が刺さった岩が大きく見えるようになり、道はその大岩の下を左から巻いていく。
周囲はすっかりガスがなくなったため、ここから北岳、間ノ岳がよく見える。そして鳳凰三山の方を見ると、まだガスが絡んではいるものの、 地蔵岳の後方に富士山が少しだけ姿を見せてくれている。
かなり ノロい歩みを続けてきたが、このことが逆に幸いし、タイミングの良い時に頂上に着けそうである。

この 2本の剣が刺さった大岩 (九合目) を過ぎれば、 甲斐駒ヶ岳の急所部分は終わりとなり、後は岩場の道が続くだけである。
大きな岩がゴロゴロした間を縫うように進む。再びガスが少し絡み始めるが、左手には北岳、間ノ岳、そして右手には鋸岳が見えている。
ハイマツの中、左手の高みを巻くようにして岩の道を登っていく。
高みに沿って左へ左へと登って高度を上げていくと、やがて前方に甲斐駒ヶ岳頂上が見えてくる。 さらに左へと進んでいくと、甲斐駒ヶ岳の西峰も姿を見せる。頂上はその右後方である。
まずはハイマツの斜面を登って西峰を目差す。甲斐駒ヶ岳頂上の方を見れば、頂上の石祠も見えてきている。もう少しである。
また、鳳凰三山はガスに囲まれているものの、その後方にある富士山はその平らな頂上がガスから顔を出している。

そして、13時丁度に駒ヶ岳神社本社の立つ西峰に到着。
そこから少し登れば西峰と頂上の鞍部に至るが、ここは北沢峠からの道との合流点にもなっている。
この鞍部からは北岳、間ノ岳に加え、その右後方に悪沢岳も見ることができるようになる。
悪沢岳の右には赤石岳が少し姿を見せ、その赤石岳の右手前には塩見岳がズングリとした姿を見せている。
そして、さらに右の方には本日初めてのご対面となる仙丈ヶ岳がドッシリとした姿を見せている。
頂上はすぐそこであるにも拘わらず、つい写真を撮りまくる。

その後、岩場を登って甲斐駒ヶ岳頂上へと向かう。 そして、13時6分、三角点、石祠のある甲斐駒ヶ岳頂上に到着。
何と竹宇駒ヶ岳神社から 7時間49分もかかったことになる。前回は 6時間47分で登ったことから、1時間も遅くなった訳で、 この 1時間の差が如実に体力が落ちていることを示している。
さて、途中まではガスに完全に囲まれていた甲斐駒ヶ岳であるが、この時間はガスも無く、ほぼ 360度の展望を得ることができる。
遅く着いたことがこの好展望に繋がった訳で、何が幸いするか分からないものである。

その展望であるが、まず南の方角に北岳が見え、先にも述べたように、 その右に間ノ岳、悪沢岳、赤石岳、塩見岳が並び、さらに右に兎岳、中盛丸山、大沢岳が続く。
中盛丸山、大沢岳の手前に見えるのは恐らく小河内岳であろう。そしてさらに右には奥茶臼山がうっすらと見え、 その右手前、南西の方向には仙丈ヶ岳が大きく、小仙丈沢カールもよく見えている。
仙丈ヶ岳の右側には、少し間を空けて中央アルプスが姿を見せている。確認できただけでも越百山、仙涯嶺、南駒ヶ岳、木曽駒ヶ岳、熊沢岳、檜尾岳、三ノ沢岳、 宝剣岳、中岳、木曽駒ヶ岳、将棊頭山、茶臼山といった山々が壁のように並んでいる。
そして、茶臼山の右後方には御嶽が姿を見せてくれているが、剣ヶ峰付近に噴煙は確認できない。

さらに、御嶽の右には乗鞍岳を初めとする北アルプスの山々が見えるはずであるが、 残念ながら雲の中。その北アルプスがあると思しき北西の方向には、すぐ目の前に鋸岳が見えている。
そして、北西から北に掛けては雲が多く山を見ることができない。北北東の方向に蓼科山、八ヶ岳が見えているものの、かなりガスが周囲を覆っている。
八ヶ岳の右にも暫く雲の波が続き、奥秩父の山々はほとんど確認することができない。
さらに右に目を巡らせれば、南東の方向にガスに囲まれた鳳凰三山が見え、辛うじて地蔵岳、観音岳の頂上部が確認できる。
そして地蔵岳後方の富士山は、頂上、そして右側斜面が少し見えている状況である。
しかし、今朝ほどのことを思えば、かなりの展望であり、苦労して登って来た甲斐があるというものである。

展望に満足して 13時19分に下山開始。往路を戻る。
下る途中で一時的にガスに囲まれたものの、その後ガスがサーッと引いて北岳が見えるようになるなど、周囲の状況は目まぐるしく変わる。
慎重に鎖場を下り、御来迎場には 14時11分に到着。ここでも 9分程休憩する。
ハイマツの斜面を下り、鎖場、梯子を下って七丈小屋には 14時54分に到着。ここでも 10分程休憩し、15時5分に出発する。
下山時に暗くなるのは覚悟の上とは言え、刃渡りまでは明るいうちに通過したいところである (刃渡りより下には梯子、鎖場はない)。
五合目の鞍部には 15時44分に到着、ここでも 5分程休憩する。かなりへばってきているので、小忠実な休憩を取ることにしたものである。
この鞍部からは黒戸山への登り返しとなるが、これがかなり辛い。喘ぎつつ何とか斜面を登り切り、黒戸山を横切るほぼ平らな道を進む。
疲れた身体には、こういう道は本当にありがたい。

刀利天には 16時30分に到着。ここでも 5分間休憩する。
そして梯子、鎖場を下り、刃渡りを 16時54分に通過、まだ明るい。
この頃になると鳳凰三山を囲んでいたガスも無くなり、地蔵岳、赤抜沢ノ頭、高嶺がよく見える。一方、八ヶ岳方面にはガスが掛かっており、 赤岳を初めとした頂上部分は全く見えない。
前屏風ノ頭を 17時丁度に通過した後、今朝ほど休んだ場所で再び 3分程休む。その後、八丁登りの急斜面を下り、 『 駒ヶ岳黒心龍神 』 と彫られた石碑の所には 17時38分に到着する。またまたここで 3分程休憩。
そして、そこから少し下れば、平らな道が続くようになるが、これが本当にありがたい。
この辺は順調に足を進め、横手駒ヶ岳神社との分岐には 17時58分に到着。

周囲はかなり暗くなってきているが、空はまだ明るいため、道は十分に確認できる。
とは言えサングラスではもう無理なので、普通のメガネに交換するとともに、この後のことを考えてヘッドランプをザックから出して手に持ちながら下る。
しかしである、ここで大失敗をしてしまった。少しバランスを崩した時に手に持ったヘッドランプを岩にぶつけてしまい (引っかけてしまい)、 調べてみるとランプが全く点灯しないのである。
さらにはいじくり回しているうちに電池部分とランプを繋いでいる線が切れてしまったのであった。岩にぶつけた際、 線が引っかかって引っ張られてしまったらしい。こうなってはもう使用不可である。
ただ、こういうこともあろうかと、もう一つ簡易懐中電灯を持参していたので、そちらを使用することにするが、 まだまだ行程は 1時間以上残っており、この懐中電灯の電池がどの位持つのか分からず不安になる。 そのため、ギリギリまで懐中電灯を使用しないことにする。

この日の日没時間は 18時16分頃であることを事前に調べていたが、 山の中ではもっと早く太陽は隠れてしまう。
しかし、空の方はまだ明るく、何とか懐中電灯を点けずとも下っていくことができる。しかも、道は溝状になっている所が多いため、 多少暗くても分かり易く、さらには道に散らばる花崗岩の屑が白くボンヤリと見えているために明かり無しでも何とか進むことができる。
ただ、2010年に雁坂嶺、破風山に登った際、暗い中をヘッドランプ無しで下り、その際に滑って足を捻って捻挫状態になってしまった苦い経験があるので、 段差に気をつけながら進み、暗く怪しい場所では懐中電灯を点けて確認しながら下る。

結局 6時30分頃までは何とか懐中電灯無しで大丈夫だったものの、 流石に周囲は真っ暗になってしまい、仕方なく懐中電灯を点けることにする。恐ろしいのは途中で電池が切れた時であるが、 その場合は携帯の明かりとか、あるいは枯れ木を松明代わりにして下るとかの案を思い浮かべながら下る。
途中、岩に腰掛けて 2分程休憩。ライトを消すと本当に辺りは真っ暗である。電池が切れた時のことを思うとゾッとする。
今どの辺に居るのかも分からずにドンドン下って行くと、やがて樹林の向こう、遙か遠くに文明の明かりが見えてくる。 しかし、その明かりがどこのものかは分からない。

このように不安を抱えながらの下山であったが、LEDであったことが良かったのか、 幸い電池切れすることなく 19時5分に尾白川渓谷 (尾根道) との分岐を通過、この時には本当にホッとする。
さらに 19時13分にもう一つの尾白川渓谷との分岐 (渓谷沿い) を通過してすぐに吊橋を渡る。ここまで来れば一安心。
街灯に照らされた竹宇駒ヶ岳神社の脇を通り、キャンプ場の横の道を登る。この道がかなり長く、辛く感じられる。
そして、19時25分、漸く駐車場に戻り着いたのであった。
駐車場には数台の車が残っていたが、本日の登山者ではなく、明日に登る方達の車のようである。

本日は体力の落ちている中、無理をして甲斐駒ヶ岳の往復にトライしたのだったが、 最終的には天候にも恵まれ、苦しいながらも山を楽しむことができたのだった。
しかし、所要時間は休憩も含めて 14時間8分で、前回 12時間12分であるから 2時間も多く時間を要してしまったのであった。
風邪気味だったこと、そしてヘッドランプの不備などの問題を割り引いても、時間が掛かりすぎ、そして休憩時間が多すぎである (休憩時間はざっと計算して 1時間43分にもなる)。
あらためて日頃の運動不足を反省した 1日でもあった。

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 更新記録

 9/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 針ノ木岳、蓮華岳 を掲載しました。  
 8/21 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 爺ヶ岳 を掲載しました。
 7/30 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 白毛門・朝日岳 を掲載しました。
 6/29 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 木曽駒ヶ岳 (上松Aコース) を掲載しました。
 6/10 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉アルプス II を掲載しました。
 5/28 古新聞ですが、簡易登山記録に 和名倉山 を掲載しました。
 5/15 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 十石山 を掲載しました。
 4/29 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 天狗岳 を掲載しました。
 4/14 古新聞ですが、簡易登山記録に 地蔵岳 を掲載しました。
 3/26 古新聞ですが、簡易登山記録に 大山三峰山 を掲載しました。
 3/16 古新聞ですが、簡易登山記録に 鉢伏山 を掲載しました。
 3/5 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 杓子山、鹿留山 を掲載しました。
 2/25 古新聞ですが、簡易登山記録に 三ツ峠山 を掲載しました。
 2/15 古新聞ですが、簡易登山記録に 相州大山 を掲載しました。
 2/9 古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳、丹沢山 を掲載しました。
 1/30 古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳 (尊仏岩跡) を掲載しました。
 1/16 古新聞ですが、簡易登山記録に 竜ヶ岳 毛無山 を掲載しました。
 2016/1/6
かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 竜喰山 を掲載しました。
 12/29 古新聞ですが、簡易登山記録に 硫黄岳 を掲載しました。
 12/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉アルプス を掲載しました。
 12/1 今更ではありますが、簡易登山記録に 天狗岳 硫黄岳 を掲載しました。
 11/7 古新聞ですが、簡易登山記録に 根石岳 (天狗岳敗退) を掲載しました。
 10/27 またまた古新聞ですが、簡易登山記録に 北 岳 を掲載しました。
 10/16 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 水晶岳 を掲載しました。
 10/7 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鷲羽岳 を掲載しました。
 9/27 古新聞ですが、簡易登山記録に 瑞牆山 を掲載しました。
 9/19 相当な古新聞ですが、簡易登山記録に 奥白根山 を掲載しました。
 7/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 金峰山 を掲載しました。
 7/1 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 雨飾山 を掲載しました。
 6/17 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 常念岳 を掲載しました。
 6/5 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 太郎山 を掲載しました。
 5/23 古新聞ですが、簡易登山記録に 黒金山 を掲載しました。
 5/13 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鉢盛山 を掲載しました。
 4/21 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 横岳 (杣添尾根) を掲載しました。
 4/9 古新聞ですが、簡易登山記録に 倉掛山 を掲載しました。
 4/2 古新聞ですが、簡易登山記録に 美ヶ原 を掲載しました。
 3/23 古新聞ですが、簡易登山記録に 御正体山 を掲載しました。
 3/15 古新聞ですが、簡易登山記録に 節刀ヶ岳 を掲載しました。
 3/1 古新聞ですが、簡易登山記録に 武甲山 を掲載しました。
 2/19 2年前の蔵出しですが、簡易登山記録に 雁ヶ腹摺山 を掲載しました。
 2/17 古新聞ですが 簡易登山記録に 大菩薩嶺 を掲載しました。
 2/8 古新聞ですが 簡易登山記録に 雲取山 を掲載しました。
 1/25 古新聞ですが 簡易登山記録に 黒金山 (敗退) を掲載しました。
 2015/1/15 古新聞ですが 簡易登山記録に 北横岳 を掲載しました。
 12/31 古新聞ですが 簡易登山記録に 乾徳山 を掲載しました。
 12/18 古新聞ですが 簡易登山記録に 燕 岳 を掲載しました。
 12/1 古新聞ですが 簡易登山記録に 四阿山 を掲載しました。
 11/22 古新聞ですが 簡易登山記録に 焼 岳 を掲載しました。
 11/13 かなり古新聞ですが 簡易登山記録に 平ヶ岳 を掲載しました。
 10/20 古新聞ですが 簡易登山記録に 槍ヶ岳 を掲載しました。
 10/8 かなり古新聞ですが 簡易登山記録に 笠ヶ岳 を掲載しました。
 9/19 かなり古新聞ですが 簡易登山記録に 荒沢岳 を掲載しました。
 8/17 古新聞ですが 簡易登山記録に 美ヶ原 を掲載しました。
 8/10 古新聞ですが 簡易登山記録に 悪沢岳 を掲載しました。
 8/3 古新聞ですが 簡易登山記録に 大滝山 を掲載しました。
 7/19 古新聞ですが 簡易登山記録に 妙高山 を掲載しました。
 7/6 古新聞ですが 簡易登山記録に 越後駒ヶ岳 を掲載しました。
 6/22 古新聞ですが 簡易登山記録に 白馬岳 を掲載しました。
 6/8 古新聞ですが 簡易登山記録に 鳳凰山 を掲載しました。
 5/19 古新聞ですが 簡易登山記録に 女峰山 を掲載しました。
 5/6 古新聞ですが 簡易登山記録に 日留賀岳 を掲載しました。
 4/20 古新聞ですが 簡易登山記録に 甲武信ヶ岳 を掲載しました。
 3/30 今更ではありますが 簡易登山記録に 男体山 を掲載しました。
 1/29 簡易登山記録に 茶ノ木平 を掲載しました。
 2014/1/18 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 麦草岳 を掲載しました。    

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