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百名山登頂目指して


更新日:2016.5.15

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 山での 1枚 :  東仙波手前の岩場から和名倉山方面を望む

東仙波手前の岩場から和名倉山方面を望む  2016/5/6

 WHAT'S NEW    《 2016年 5月15日 記 かなりの長文ご容赦 

頂上を目差したものの、体調不良や天候の悪化などにより登頂を断念した山は過去に沢山あるが、 直近におけるその類いの山としては和名倉山が上げられる。
その和名倉山は、昨年の暮れに 14年ぶりの再登山を試みたのであったが、体調不良のために途中で断念し、 その時は手前にある竜喰山に登って何とか体裁を取り繕ったのであった。
そして、その後も和名倉山に登る機会を窺ってはいたものの、厳冬期に入り、小生の車では登山基地となる一ノ瀬までアプローチするのが難しくなったこともあって、 今日まで再登山に至っていないのである。

一方、4月も末になってゴールデンウィークに突入した中、 平日の山歩きに慣れてしまっている身にとっては道路、そして山が混雑するこの期間中に山に行くことに怖じ気づいてしまい、結局、 連休の狭間の 5月6日に山に行くことに決めたのであった。
しかし、残念ながらこの日はあまり天候が良くないようなのである。
そこで思い浮かんだのがこの和名倉山である。
和名倉山の頂上は樹林に囲まれていて展望は全く無いため、折角頂上に到達したのに展望を得られないというケースは起こりえず、 また奥秩父の山々には数多く登っていることから、途中の展望が今一つであっても残念に思わないであろうということがその理由である。
加えて、自宅からそう遠くないということも決め手の一つになったのだった。

5月6日(金)、4時30分に自宅を出発する。
天気予報通り空は曇り模様。しかし、起床して最新の予報を見たところ、14時前後には関東地方にも雨雲がかかってくるとのことだったので少々慌てる。 前日の予報では雨は夕方からとのことで安心していたのだが、これでは下山中に雨となる可能性もある訳で、少々不安を抱えながらの出発となる。
いつも通り横浜ICから東名高速道に乗り、海老名JCTにて圏央道へと進んで、さらに八王子JCTから中央自動車道に入る。 やはり平日だけあって道路は空いている。
空の方は相変わらず曇り気味で、笹子トンネル、日影トンネルを抜けると見えてくる南アルプスも薄ボンヤリとした状態である。

勝沼ICで高速を下り、国道20号線を大月方面へと進んで、 最初の信号である柏尾にて左折して県道38号線に入る。
そして、200m程進んだところですぐに右折して、今度はフルーツラインと呼ばれる広域農道に入る。 このフルーツラインは果樹園地帯となっている山の斜面中腹を横切って進むため、左下方に勝沼の街並み、 そしてその後方に南アルプスや奥秩父の山並みを見ることができるのだが、やはり本日は曇り空で景色はあまりハッキリしない。
暫くフルーツラインを進んでいくと、やがて新千野橋東詰の交差点にて国道411号線にぶつかるので、そこを右折して丹波山、奥多摩方面へと進む。 ここからは 23km程この国道を進むことになる。
道は徐々に高度を上げていき、やがて大菩薩嶺への道を右に分けると、カーブが多く続く山の中に入る。 以前に比べてかなり道が良くなっているのがありがたい。

途中、柳沢峠の少し手前にて富士山が見えたが、やはり背景が曇り空だと、 少々ぼやけ気味である。
柳沢峠を越すと、今まで登り一辺倒だった道は下りに変わる。この辺も道が大分整備されているが、途中少々狭いところもあるので、 スピードの出し過ぎには要注意である。
柳沢峠から 9km程下り続けていくと、やがてヘアピン状に右に曲がる所に、一ノ瀬高原へと続く林道一ノ瀬線の入口が現れるので、そちらに入る。
ここからは林道を 6kmほど進むことになるのだが、道は舗装されてはいるものの、途中、狭くて擦れ違えないところもあるため慎重に進む。
そして、前回、和名倉山に登れなかった山行の際に車を駐めた民宿みはらしには 6時48分に到着したのだった。

早朝のため民宿はまだ開いていなかったのだが、 身支度中に民宿のおばあさんが窓を開けられたので、駐車料金 500円/日を支払う。
なお、駐車場には既に車が 2台駐まっており、先行する登山者がいると分かったが、必ずしも全員が和名倉山に登っているとは限らない。
身支度を調え、6時56分に出発。車道を少し下って戻り、『 将監登山道入口 』 と書かれた標識の所から未舗装の林道に入る。
暫くは一ノ瀬川の支流に沿って林道を進む。この林道は結構勾配があり、朝一番でまだ目覚めきっていない身体には少々キツイ。
暫く林道を登っていくと、やがてお馴染みの牛王院平への分岐 (牛王院下) が現れたので、いつも通り ここで林道を離れて山に取り付く。 時刻は 7時21分。

ここからはいきなりササ原の中の急登が始まる。前回の和名倉山断念時には、 この登りで身体の変調に気づいたのだが、本日は大丈夫のようである。
一旦 平らになった道は再び傾斜がついて、やがて左にカーブして斜面を横切って進むようになる。この辺になると、 本来であれば左手に南アルプスを見ることができるはずであるが、本日は全く見ることができない。
道の周囲は自然林からカラマツ林へと変わり、それに呼応するように傾斜もかなりキツクなる。しかし、その分 高度が上がって展望が開けてくる訳で、 右手には飛竜山、そしてさらに登っていくと、後方樹林越しに大菩薩嶺の姿も見えるようになる。
さらに少し先で、大菩薩嶺の右後方に富士山の姿も見えるようになるが、こちらはまだ雪もあって山自体が白っぽいため、 背景の灰色の中に紛れ気味である。

キツかった登りも漸く緩み始め、ほぼ平らな道が続くようになり、 周囲の木々はシラビソに変わる。
気持ちの良いササ原の中を進んでいけば、やがて前方に西御殿岩から唐松尾山、黒槐ノ頭 (くろえんじゅのあたま) へと続く尾根が見えてくる。 それとともに、周囲は再びカラマツ林に変わり、そこに鹿除けのネットが加わるようになる。
そして、鹿除けネットに沿うようにして暫く進んでいくと、道は将監峠から山ノ神土 (やまのかんど) 方面へと向かう道にぶつかることになる。 時刻は 8時19分。
和名倉山へは左に進んで山ノ神土方面を目差すのだが、その前に いつものように道を外れて右手前の高みへと立ち寄ることにする。
その高みに立つと、北北東の方角にカバアノ頭が見え、東の方向には竜喰山とそこから飛竜山方面へと続く尾根を一望することができる。
そして、その高みを東の方へと少し下れば、南西方向に大菩薩嶺、富士山が遮るものなく見ることができる。
本日は曇りではあるものの、昨年ここに登った時よりも展望は良いようである。

先程の分岐に 8時25分に戻り、左に道をとる。 木々が疎らに生えるササ原の中を少し進めば、すぐに山ノ神土に到着。時刻は 8時32分。
ここで道は 3方向に分かれる。右に進めば目差す和名倉山で、残り 2つの道は左へと進むのだが、 1つは山側を進んで唐松尾山経由にて笠取山に至るもので、もう 1つは等高線に沿って進み、やはり笠取山へと至るものである (笠取山の手前で 2つの道は合流する)。
なお、ここの標識には 『 和名倉山 』 ではなく 『 白石山 』 と書かれている。白石山というのは甲州側の呼び名で、 和名倉山というのは武州側におけるこの山の呼び名である。
また、この山ノ神土の所で本日最初の登山者を見かけたが、その若者は唐松尾山方面へと進むようであった。
ここは休まずにそのまま右へと進む。この山ノ神土まではよく踏まれた道であったが、ここからはややササが五月蝿くなる。 しかし、テープもしっかりとあり、またササの下にある踏み跡は明瞭なので迷うことは無い。
道は小さなアップダウンを続けながら、頂上に西御殿岩を有する高みの斜面右側を横切って進んでいく。

8時44分に水場となる小さな流れを横切り、徐々に高度を上げていくと、 やがて道は樹林帯を抜け出し、ササ原の斜面を南側に有する小さな高みと、こちらからその高みまで続くササ原の斜面が見えるようになる。
大変気持ちの良い場所で、後方に青空が広がっていればなお良いのだが、本日は曇りとなることを承知の山行なので、贅沢は言えない。
道は右に緩やかなカーブを描きながらササ原の斜面を横切って高度を上げ、すぐに先程見えた小さな高みから派生する尾根上に登り着く。 道はその高みへと向かって進んでいくものの、途中から左に折れて高みを巻くことになるのだが、そこに至る迄の間、右手に素晴らしい展望が広がる。 最初に雲取山が目に着き、緩やかにカーブして行くに連れて、雁ヶ腹摺山、大菩薩嶺、富士山を見ることができるようになる。
但し、この辺は風の通り道なのであろうか、風が結構強く、少し寒い位である。本日は気温が高いと聞いていたので、シャツだけで十分と思っていたが、 どうやらこの先 薄手のアウターが必要になりそうである。

道は先に述べたように高みを巻いて左へと折れ、再び樹林帯の中を進むようになる。
少し進むと、前方樹林越しに目差す和名倉山の姿が見えてくる。記憶通り、大きな山容、そして頂上付近は平らべったく長い。しかし、まだまだ遠い。
やがて道が下りに入ると、先の方に形の良い三角形の高みが見えてくる。リンノ峰である。
ありがたいことに、道の方はこのリンノ峰も巻いてその左側を進んでいく。斜面を横切っていく道は、 青笹から黒金山に登るルートにおける牛首という高みを巻く道の雰囲気と似ており、少し荒れ気味の岩混じりの道が続く。
しかし、倒木などはほとんど無く、道はしっかりと踏まれている。
この巻き道を過ぎると、狭いササ原が現れるが、恐らくここは仙波ノタルで、位置的にはリンノ峰とこれから登る西仙波との鞍部となる。
ここからは緩やかながらも登りが続く。

やがて周囲にはコメツガに変わってシャクナゲが現れ始め、 登るに連れてその量は増えていき、最後は甲武信ヶ岳を彷彿とさせるシャクナゲのトンネルへと変わる。但し、まだシャクナゲに花は見られない。
断続するシャクナゲのトンネルを進んでいくと、やがてトンネルの出口の先に岩場が見え、その岩場に登り着くと、 そこには手書きで 『 西仙波 』 と書かれた標識が置かれていた。時刻は 9時24分。 ここは岩場ながら樹林が多く展望は得られない。
道は再びシャクナゲのトンネルに入るが、この辺はほとんど平らな道が続く。
シャクナゲのトンネルを抜けると、木が疎らに生えるササ原となり、その後、コメツガとシャクナゲが混生する樹林帯を過ぎた後、 再びシャクナゲのトンネルが続くようになる。この辺では傾斜のある斜面を登って行くのだが、それ程キツイものではない。

シャクナゲのトンネルを抜け出すと、周囲は岩稜地帯となり、 その尾根上を登っていくことになる。その岩稜帯の先にはササ原の斜面が美しい東仙波も少し見えている。
岩稜帯であるため展望は大きく開け、上部にある岩の上に立てば、周囲の山々をしっかりと見渡すことができるようになる。 南の方角には富士山、大菩薩嶺が見え、さらに右手を見れば、リンノ峰の他、西御殿岩、唐松尾山と続く尾根がよく見えている。
唐松尾山の右後方には古礼山、水晶山、そして雁坂嶺が続き、古礼山の後方にはうっすらと北奥千丈岳、国師ヶ岳も見えている。

また、雁坂嶺を真ん中にして、その左後方には木賊山、甲武信ヶ岳、 右後方には甲武信ヶ岳から続く三宝山を確認することができる。
そして、三宝山のさらに右にも尾根が続いており、恐らく武信白岩山、大山、十文字山といった山々と思われるが、あまり馴染みのない地域のため、 確信が持てない。
さらに右には御座山 (おぐらさん) と覚しき山や浅間山もうっすらとではあるが確認することができる。 そして、北の方向にはこれから目差す和名倉山が見えている。しかし、そこに至る迄にはいくつもの高みを越えていかねばならないのがよく分かり、 少し怯んでしまう。
また、目を大菩薩嶺の方へと戻せば、大菩薩嶺の左手前、この岩場の目の前には、谷を間に挟んで竜喰山が見え、 さらにその左に大常木山、飛竜山が並んでいる。

一頻り周囲の山々を眺めた後、さらに岩稜帯を進む。
ここも風が強く、やはり寒いくらいである。また、この岩稜帯にもシャクナゲが見られるが、ここは日当たりが良いためなのか、 赤い蕾が膨らみ始めている。
やがて下り斜面に入ると、南側がササ原、北側が樹林帯となっている東仙波が目の前に良く見えるようになり、東仙波の後方には雲取山も見えている。
慎重に岩の斜面を下った後、鞍部からはササ原の斜面を登って、東仙波には 9時47分に登り着く。
ここには三等三角点が置かれており、南側が開けているので、富士山方面がよく見える。
なお、出発してから 3時間近く経っているのでここで休憩したかったのだが、先程も述べた様に風が強いため、休まずにそのまま北側の斜面を下って先へと進む。
ダケカンバの生える斜面をジグザグに下り、鞍部からは木々のない斜面を登って目の前の高みを目指すことになるのだが、 この高みが焼小屋ノ頭であろう。右手には武甲山も見えている。

木々のない斜面もやがて周囲にダケカンバが見られるようになり、 また傾斜の方も緩んで気持ちの良い尾根歩きが続くようになる。
ここで 1名の登山者と擦れ違う。昨日 山中で 1泊していないのであれば、相当な健脚の方なのであろう。
右手には芋木ノドッケ、雲取山、三ツ山、飛竜山と続く尾根もよく見える。そして、振り向けば、 三ツ山の左手前、東仙波から東に派生している尾根の先には、美しい姿のカバアノ頭も見えている。 帰りに時間と体力があれば、このカバアノ頭にも登ってみたいところであるが、14時前後からは雨とのことなので無理かも知れない。

ほぼ平らな道も、やがて岩屑の目立つ下りへと変わる。 下った所からは樹林帯に入り、そこを抜けるとまた岩屑の下りとなる。
そして、この辺では面白い岩が見られるようになる。岩の構成が層状になっており、しかもその層が真っ直ぐではなく途中で褶曲しているのである。 NHKのブラタモリ 嵐山編にて、チャートから地形の成り立ちを知るということをやっていたが、専門家から見ればこの和名倉山においても岩から地形の成り立ちを知ることができるのであろう。
道はこの辺から小さなアップダウンを繰り返していくことになり、加えて樹林に入ったり、開けた場所を通過したりといったことが続くようになる。 基本的に尾根の左側 (西側) を進むことになるため、開けた場所では甲武信ヶ岳方面を見ることができる。

吹上ノ頭と言われる高みの西側を巻き、シラビソの樹林帯を進む。
足下の岩や倒木は苔生しており、如何にも奥秩父という雰囲気が漂う。
また、この辺からは道の周辺に錆びたワイヤーロープがかなり多く見られるようになる。林業が盛んだった頃に使われていたものと思うが、 道の周辺に見られたものだけでもその量は多く、合わせればその長さは “ km ” という単位になるのではなかろうか。
山に登っていると、トロッコ軌道やウインチ類の残骸などを多く見かけるが、日本全国の山々に放置されているそういった鉄類を合わせると、 相当な量になることであろう。勿体ないことである。

樹林帯を黙々と進む。一方で、休憩場所を求めているのだが、 なかなか良い場所が見つからない。時刻は 10時をとっくに回っており、また少し風を受けて肌寒く感じるので、 休憩して体制を整え直したいところなのだが、休むのならそれなりの開けた場所が良いと思い、ズルズルと進んでしまう。
さすがにノドの渇きに耐えられなくなり始めた頃、周囲の木々が疎らになってきたかと思うと、道は樹林を抜け出し、 奥の方にダケカンバが生える広い場所に飛び出すことになる。恐らくここが八百平であろう。
実際には、道の方はこの八百平には踏み込まずに、西側の樹林帯の中を進むのであるが、時刻を見ると既に 10時38分、 かなり空腹も覚えてきているので、道を外れ、小さな岩に腰掛けて休憩することとする。
しかし、この場所は奥のダケカンバがなかなか美しいものの、周囲は樹林に囲まれていて展望も無く静かな上に、 足下には草も生えておらずに倒木が骨のように散らばっていることから、木々の墓場という雰囲気を感じてしまい、どうも落ち着かない。

ノドを潤し、空腹を満たし、さらには薄手のアウターを着込んで 10時44分に出発する。 やはり、あまり落ち着いて休むことができなかった次第である。
再び樹林帯を進んでいくと、今までほぼ平らであった道が一旦下った後、久々に登りが始まるようになる。
ここから周囲はカラマツ林に変わる。ほとんど下草がない斜面を登っていき、周囲に再びシラビソが現れるようになると、 前方に 『 川又分岐 』 と書かれた手書きの標示板が見えてくる。和名倉山の山頂は右、左は秩父湖の西にある川又へと下る分岐となっている。
久々に文字を見た気になったが、そう言えば、東仙波からこの分岐までの 1時間程の行程の間、全く標識を見なかったのであった。 時刻は 10時53分。

表示に従って右方へと斜面を登っていく。
一旦、勾配が少し緩やかになると、また周囲はカラマツの林となり、その後、その斜面をジグザグに登っていくことになる。
ここで 1人の登山者を追い抜く。追い抜く際、『 かなり長い行程ですね 』 と声をかけたのだが、その方の 『 本当に長いね 』 という返事には、 かなり実感が込められていたのであった。確かに長い。

長く続くと思われたこの登りは、斜面の途中、 『 二瀬分岐 』 と書かれた手書きの標示板が現れた所で終わりになる。
左へ進めば二瀬尾根を秩父湖畔まで下る道であり、和名倉山に向かうには右へ進むのだが、ここから暫くは斜面を横切るような道が続くようになるのである。 時刻は 11時5分。
なお、面白いことに、この手書きの標識が取り付けられている柱には、プラスチックに印刷された標識もいくつか付けられている。
そのプラスチック板を見て、山奥、それも山頂近くになった所で急に文明に接した様な気がして、少々ビックリした次第。
しかし、標識の内容を見ると、秩父側からの登り中心のもののようなので、埼玉側が力を入れているということなのであろう。
この分岐を過ぎて暫く進んだ所で 1名の登山者と擦れ違う。

道が下り始めると、すぐにカラマツ林を抜け出し、 斜面が大きく切り拓かれた場所を通過することになる。ここが千代蔵ノ休場である。
ここは前回 和名倉山に登った時、頂上を踏んだ後に休憩した場所である。その時は道から離れて斜面を少し登った所で休んだ記憶があるが、 今は道の周囲にシラビソか何かの若木がびっしりと生えていて、斜面を登るのが少々面倒くさい状態になっている。
開けた斜面を横切り、再び樹林帯に入る。頂上方面へと向かって道にも徐々に勾配がつき始める。
暫く緩やかに登っていくと、やがて前方に 『 左 和名倉山 』 を示す標識が現れるので、ここで左に道をとる。時刻は 11時14分。
ダケカンバが生え、足下に岩が少々見られる斜面を登っていくと、少し平らな場所に登り着き、その後 道はシラビソの樹林帯に入っていく。 先程の標識を見てからすぐに頂上だと思っていた身にとっては (前回登った時のことなど全く覚えていない)、頂上までの行程が結構長く感じられる。

ほぼ平らになった樹林帯の中を進む。シラビソの密度は高く、 また道の両側には苔生した倒木が多く見られ、奥秩父の雰囲気十分である。
そして、まだかまだかと思いながら進んでいくと、やがて樹林に囲まれた小さなスペースに飛び出した。和名倉山頂上に到着である。 時刻は 11時20分。ここには標識の他、二等三角点があるだけで、冒頭に述べたように展望は全く得られない。
なお、15年前の記憶なのでかなり不確かであるが、この頂上付近のスペースは当時に比べて心持ち広くなったような気がするし、 また周囲の木々の密度もかなり増したような気がする。
なお、奥の方に 『 仁田小屋登山口 』 を示す標識があったが、これは仁田小屋尾根、仁田小屋ノ頭を経て雲取林道へと進む道らしく、 健脚、そしてルートファインディングができるベテラン向きの道と思われる。

この頂上は、先の八百平よりもさらに落ち着かない雰囲気にさせられる場所なので、 周囲の写真を撮った後、すぐに下山することにする。時刻は 11時22分。
往路を戻る。途中、樹林帯を抜けた所の岩場にて暫し休憩する。ここはダケカンバの向こうに西御殿岩から唐松尾山へと続く尾根が見えているので、 少し落ち着いて休むことができる。
10分程休憩した後、往路を戻る。途中、二瀬分岐の下部でテントを設営している方がいたが、 個人的にはあまりこの山で山中泊をしたいという気にはなれない。
2012年に アサヨ峰に登った際、頂上で一緒になった方と色々な話をしながら北沢峠まで下ったところ、この和名倉山のことも話題となり、 その方曰く、霊的な雰囲気を感じ、気味が悪く二度と行きたくない山とのことであったが、小生もその言葉に感化されてしまったようである。

さすがに疲れて足が重くなってきてはいるものの、何とか休まずに進み続け、 東仙波には 12時57分に戻り着く。
ここから東に進めば、形が美しいカバアノ頭であるが、疲労気味である上に、雨が降り出す雰囲気がかなり出てきたため、 立ち寄らずに下山することにする。
その後、今朝ほどと同じ岩稜帯で周囲の写真を撮る。しかし、この頃には富士山は全く見えなくなっている。
そして懸念したとおり、西仙波 (13時18分に通過) を過ぎた頃からポツリポツリと雨が降り始める。 総じて雨の量はそれ程多くなかったものの、途中、リンノ峰を巻いた後、ササ原の尾根道を歩く頃には、 強く吹く風に雨が横殴りに降ってくるという状態であった。
カメラを濡らさないように注意しながら進み、山ノ神土を 14時1分に通過する。
雨なので、時間がかかる将監峠経由の道はとらず、往路を忠実に下ることにする。ここからは道がしっかりしているので、 雨傘をさしながら下山したのだったが、とにかく牛王院下までの下りが長く感じられたのであった (牛王院下を14時47分に通過)。
林道を歩く頃には雨はほぼ止んでくれ、民宿みはらしには 15時7分に戻り着く。

本日は、昨年暮れに途中で断念することになった和名倉山に登り (15年ぶり)、 宿題を 1つ片付けることができたので嬉しい。
昔は秘峰と言われたこの和名倉山であるが、今は最早 普通の山と変わらない状況に驚いた次第である。
しかし、急登はほとんどないものの、とにかく遠い山であった。
一方で、ほとんど人と会わず、静かな山旅を楽しむにはもってこいの山である。 

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 更新記録

 5/15 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 十石山 を掲載しました。  
 4/29 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 天狗岳 を掲載しました。
 4/14 古新聞ですが、簡易登山記録に 地蔵岳 を掲載しました。
 3/26 古新聞ですが、簡易登山記録に 大山三峰山 を掲載しました。
 3/16 古新聞ですが、簡易登山記録に 鉢伏山 を掲載しました。
 3/5 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 杓子山、鹿留山 を掲載しました。
 2/25 古新聞ですが、簡易登山記録に 三ツ峠山 を掲載しました。
 2/15 古新聞ですが、簡易登山記録に 相州大山 を掲載しました。
 2/9 古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳、丹沢山 を掲載しました。
 1/30 古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳 (尊仏岩跡) を掲載しました。
 1/16 古新聞ですが、簡易登山記録に 竜ヶ岳 毛無山 を掲載しました。
 2016/1/6
かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 竜喰山 を掲載しました。
 12/29 古新聞ですが、簡易登山記録に 硫黄岳 を掲載しました。
 12/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉アルプス を掲載しました。
 12/1 今更ではありますが、簡易登山記録に 天狗岳 硫黄岳 を掲載しました。
 11/7 古新聞ですが、簡易登山記録に 根石岳 (天狗岳敗退) を掲載しました。
 10/27 またまた古新聞ですが、簡易登山記録に 北 岳 を掲載しました。
 10/16 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 水晶岳 を掲載しました。
 10/7 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鷲羽岳 を掲載しました。
 9/27 古新聞ですが、簡易登山記録に 瑞牆山 を掲載しました。
 9/19 相当な古新聞ですが、簡易登山記録に 奥白根山 を掲載しました。
 7/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 金峰山 を掲載しました。
 7/1 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 雨飾山 を掲載しました。
 6/17 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 常念岳 を掲載しました。
 6/5 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 太郎山 を掲載しました。
 5/23 古新聞ですが、簡易登山記録に 黒金山 を掲載しました。
 5/13 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鉢盛山 を掲載しました。
 4/21 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 横岳 (杣添尾根) を掲載しました。
 4/9 古新聞ですが、簡易登山記録に 倉掛山 を掲載しました。
 4/2 古新聞ですが、簡易登山記録に 美ヶ原 を掲載しました。
 3/23 古新聞ですが、簡易登山記録に 御正体山 を掲載しました。
 3/15 古新聞ですが、簡易登山記録に 節刀ヶ岳 を掲載しました。
 3/1 古新聞ですが、簡易登山記録に 武甲山 を掲載しました。
 2/19 2年前の蔵出しですが、簡易登山記録に 雁ヶ腹摺山 を掲載しました。
 2/17 古新聞ですが 簡易登山記録に 大菩薩嶺 を掲載しました。
 2/8 古新聞ですが 簡易登山記録に 雲取山 を掲載しました。
 1/25 古新聞ですが 簡易登山記録に 黒金山 (敗退) を掲載しました。
 2015/1/15 古新聞ですが 簡易登山記録に 北横岳 を掲載しました。
 12/31 古新聞ですが 簡易登山記録に 乾徳山 を掲載しました。
 12/18 古新聞ですが 簡易登山記録に 燕 岳 を掲載しました。
 12/1 古新聞ですが 簡易登山記録に 四阿山 を掲載しました。
 11/22 古新聞ですが 簡易登山記録に 焼 岳 を掲載しました。
 11/13 かなり古新聞ですが 簡易登山記録に 平ヶ岳 を掲載しました。
 10/20 古新聞ですが 簡易登山記録に 槍ヶ岳 を掲載しました。
 10/8 かなり古新聞ですが 簡易登山記録に 笠ヶ岳 を掲載しました。
 9/19 かなり古新聞ですが 簡易登山記録に 荒沢岳 を掲載しました。
 8/17 古新聞ですが 簡易登山記録に 美ヶ原 を掲載しました。
 8/10 古新聞ですが 簡易登山記録に 悪沢岳 を掲載しました。
 8/3 古新聞ですが 簡易登山記録に 大滝山 を掲載しました。
 7/19 古新聞ですが 簡易登山記録に 妙高山 を掲載しました。
 7/6 古新聞ですが 簡易登山記録に 越後駒ヶ岳 を掲載しました。
 6/22 古新聞ですが 簡易登山記録に 白馬岳 を掲載しました。
 6/8 古新聞ですが 簡易登山記録に 鳳凰山 を掲載しました。
 5/19 古新聞ですが 簡易登山記録に 女峰山 を掲載しました。
 5/6 古新聞ですが 簡易登山記録に 日留賀岳 を掲載しました。
 4/20 古新聞ですが 簡易登山記録に 甲武信ヶ岳 を掲載しました。
 3/30 今更ではありますが 簡易登山記録に 男体山 を掲載しました。
 1/29 簡易登山記録に 茶ノ木平 を掲載しました。
 2014/1/18 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 麦草岳 を掲載しました。    

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