一図書館員から見た日本

プライバシー問題

図書館が守ってゆくべき理念を掲げた「図書館の自由に関する宣言」 (1954。1979年改訂)というものがある。その中に「図書館は利用者の秘密を守る」とある。このことが世間にそれほど知られていない為か、小説やテレビ番組などで図書館が借りている本を警察や第三者に簡単に教えてしまう場面が登場することがある。NHKの朝のテレビ小説「ぴあの」でのシーンが問題となり、撮影に使われた中ノ島図書館と日本図書館協会がNHKに抗議をした事件が記憶に新しい。

マスコミがこんな塩梅なのだからなのかどうかはわからないが、プライヴァシー保護についての認識がある人とない人の差が極端であるような気がする。

家によっては家族間のプライヴァシーがない家があるのではないか。50年ほど前の我が国は家に風を入れる為に戸を開けっ放しにし、その家の中をよその子供が通り抜けたりしていたそうで、そんな状態からたかだか50年でプライヴァシーの概念が突然生じたら奇跡かもしれないな、とも思う。こんな事例があった。

「●●さんのお宅ですか。○○さんの予約なさった本が返ってきましたので1週間以内にお越しくださるよう、お伝えください」

「何という本ですか」

「ご本人以外には書名はお教えできないのですが」

「私は親ですよ。それに○○はまだ10歳です。そんな子供にもプライヴァシーがあるのですか、親には親権がある。なぜ教えてくれないんですか」

話がここに至るまでにいくつかのやりとりがあったのだが、とにかくどうしても書名を教えろ、なぜ言えない、私は親である、と強烈な主張。最後には「教えてくれないとは冷たい」とも言われてしまった。ただ、私の勤め先にも当時まるで問題がなかったわけでなく、家族の貸出券の使用を黙認していたのでプライヴァシーを確実に守れているか、と問われたら、そうでもない、としか答えられないのであった。その方からも、「家族の券で私が予約した場合でも書名を言えないのですか」と怒られた。そうであったとしても電話では答えないのだけども。以前から問題となっていたこの件については貸出冊数制限を5冊から30冊とし、本人以外の貸出券を使用不可にするという方法をとることでほぼ解決した。ただ、まだ今のところ、貸出券をスキャンしても年齢がすぐにわかるシステムにしておらず、近隣の図書館は家族の券の使用を認めているため(というか全国的にも本人以外不可の館は少ないらしい)、親が子供の券を使っているケースがまだ時々ある。登録時に「本人以外は使わないでください」とお願いをし、表示もしてはいるのですが。

アメリカでは、「ひとりにしておいてもらう権利」という概念が一般に浸透してきているそうだ。これは例えば、「図書館に今いることを他人に知られたくない権利」で、私の勤務先ではこの権利について館内整理日に話し合い、数年前から館内での利用者の呼出は断わることにした。ところが、これが当初クレームだらけであった。大抵は家族からのものである。

「どうしてそこにいることがわかっているのに呼び出してくれないのか。サービスが悪い」

「ここにいることを妨げないで欲しいというプライヴァシーを守るという方針で、お呼び出しはお断わりしているのです」

この説明は一般の日本人に通用しない。理由を言わず、「ともかく一切お断わりいたしております」、と言うようになった。

プライヴァシー保護の概念を持っている人はしっかりと持っているのだが、少数である。個として評価する以前に、どこそこの誰、何々会社の誰といった捉えられ方をする風潮とも無縁ではないだろう。

「図書館雑誌」の96年5月号に熊谷市立図書館の藤原さんという方が、貸出冊数を増やし、貸出券を本人だけの利用にすべきだ、と提案をなさっていました。が、しかし貸出冊数を増やすことが現実にはなかなか難しい。電算を導入している図書館は物理的には簡単にできるのだけれど、「なぜ増やさねばならないのだ」という上司、議員のいる図書館、市がなかなか多いようなのだ。私の勤務先が5冊から30冊にしたことを、「多すぎる」と言った議員、他館の館長もいたのでした。どういう経緯で何を目的として増やしたのかを説明してもなぜだかなかなか納得してもらえない。登録者に説明をするときでも、「3冊ですか」と訊き返されることが多く、「いえ、30冊です」と答えると、「へえ。そんなに読めないよ。沢山だね」と驚かれることがしばしば。しかし実は逆に冊数を制限する理由はあまりない。貸出冊数を多くしても読めない本を借りていっても重いだけで、大抵は読める分だけしか借りてゆかない。無制限としなかった理由は、「トラックに乗って来た利用者が図書館の本をみんな借りていったらどうするのか」といったくだらない質問を避ける為。こういうことを言いそうな人が現実にいそうだから怖い。他市との足並合わせなどといったことが地方都市ではよく言われるみたいです。まるで「誰それちゃんがなんとかを持ってるから欲しい」「誰それちゃんが死んだら死ぬか」の世界であると思えるのだけれども。状態を良くするためには何かをせねばならないのは当然なのだけれど、今までと違うことをするのはいけないことであるとの感覚が役所には蔓延しているように思えてならない。話がそれました。プライヴァシー保護。藤原氏は登録の際にプライヴァシー保護についての説明を行わなくてはならない、と書いておられました。私もそう思うのですが、しかし、この概念、ちょっとやそっとでは理解してもらえやしません。一日の登録者が多い日には40人もいるのに職員の数が多くない我が館では口頭での説明は難しい。ならばと、パンフレットを作ろうと試みたのでしたが、字だらけになって読んでもらえそうもないものになってしまい没。が、しかし何かせねば。家族間でも私信を開けてはならないという概念はかなり浸透しているのだから、図書館でのプライヴァシー保護の概念がもっと浸透したって良いはずだ。

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