奥田英朗作品のページ No.3



21.リバー 

22.コメンテーター 

23.普天を我が手に 第一部 


【作家歴】、イン・ザ・プール、マドンナ、野球の国、空中ブランコ、サウスバウンド、ララピポ、ガール、町長選挙、家日和、オリンピックの身代金

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純平考え直せ、我が家の問題、噂の女、沈黙の町で、ナオミとカナコ、我が家のヒミツ、向田理髪店、ヴァラエティ、罪の轍、コロナと潜水服

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21.

「リバー ★★☆   


リバー

2022年09月
集英社

(2100円+税)



2022/10/26



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群馬県桐生市の渡良瀬川河川敷で、絞殺された若い女性の全裸死体が見つかる。さらに、栃木県足利市の渡良瀬川河川敷でも同一犯人の仕業かと思われる若い女性の全裸死体が。
そしてその2つの殺人事件の手口は、10年前にやはり渡良瀬川河川敷で起きた若い女性の連続殺人事件に酷似していた。
しかも10年前の事件は、重要容疑者があがったものの物的証拠が見つからず、未解決のままとなっている・・・。

再び起きた事件に、当時も捜査にあたった
群馬県警、栃木県警の刑事たちは色めき立ちます。
色めきたったのは現役刑事たちだけでなく、元刑事、さらに10年前に娘を殺され今も犯人を執拗に追い続けている父親も。

一般的な警察事件もの小説では、事件解決に活躍する捜査官は絞り込まれるものですが、本作はそうではありません。
警察では上層部から地道な捜査を繰り広げる刑事たち一人一人、県警担当となった若い女性記者、前述した被害者の父親。
そして前回重要容疑者された人物、加えて新たに容疑者として浮かび上がってきた2人の人物、さらに容疑者に関わりもつ登場人物たちについても、その状況が描き出されていきます。
此処に至って気づいたのは、これは単なる警察ミステリではなく、事件に何らかの形で関わった大勢の人たちを描く群像劇なのだということ。

読んでいて、じれったいくらい捜査は進みません。そのうえ、思いも寄らぬ事実が判明し、刑事たちを呆然とさせます。
しかし、実際の事件とはそうしたものなのかも知れません。素人には全く分からないことですが。

最後は予想もしなかった事実まで判明し、最後まで飽きさせません。
刑事たちだけでなく、女性記者や被害者の父親も、そして読者まで含めて遂にここまで辿り着いたか、という充足感たっぷり。

これだけの犯罪捜査小説は、そうはお目に掛かれないでしょう。渾身の大作。お薦めです。

※登場人物の中では、女性記者=
千野今日子に好感、プロファイラーで大学准教授という篠田のキャラクターが楽しい。
また、被害者の父親である
松岡芳邦の扱いがお見事。

序章.再来/1.追憶/2.再訪/3.糸口/4.迷路/5.転調/6.決断/7.沈黙/8.決壊/終章.残響

          

22.

「コメンテーター Commentator ★★   


コメンテーター

2023年05月
文芸春秋

(1600円+税)



2023/06/05



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前作町長選挙以来17年ぶり、ヘンな精神科医=伊良部一郎と色っぽくて不愛想な看護師=マユミというコンビが登場する連作シリーズ、第4弾。

最初の3作を読んだ時には、奇妙な笑いを味わう希少性あるシリーズと思っていましたが、今回は考えを改めました。
モリエール全集ダルタニャン物語全巻を翻訳した鈴木力衛氏はかつて、「日本人にはモリエールの笑いが必要である」と語られたそうですが、それをもじって言いたい、現代の日本人にはこの伊良部の笑いこそ必要である、と。

難しく悲観的に考えるのではなく、開き直って明るく楽観的に考えてみることも、今の日本には必要なことと思います。
後ろ向きにならず、やってみればいいじゃん、と前向きに考えようとしてみる。そうすれば、この先が少し明るくなるのではないか、と思います。

「コメンテーター」:畑山圭介、TV局制作スタッフ。視聴率ばかり気にする上司の宮下は<視聴率依存症>?
「ラジオ体操第2」:営業マンの福本克己、理不尽なことへの怒りを我慢し続け、ついに<過呼吸>の発作が頻繁に。
「うっかり億万長者」:河合保彦、ディトレーダーで多額の資産を持つにいたるが、<パニック障害>。解決方法は?
「ピアノ・レッスン」:藤原友香、ピアニスト。狭い処に閉じ込められるのが耐えられなくなり、<広場恐怖症>とか。
「パレード」:北野裕也、W大3年生。コロナによる自粛が終わってみれば、孤独と気づく。<社交不安障害(元・対人恐怖症)>と。

各患者に繰り出す伊良部の治療方法、というのが愉快というか驚きというか、いい加減というか。
それでも結果的に治療成る!のですから、名医なのか。

コメンテーター/ラジオ体操第2/うっかり億万長者/ピアノ・レッスン/パレード

       

23.

「普天を我が手に 第一部 ★★☆   


普天を我が手に 第一部

2025年06月
講談社

2450円+税)



2025/07/17



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昭和という時代を、<戦前><戦中><戦後>に分けて描く、壮大な昭和史三部作の第一部。

大正天皇の崩御直後、昭和元年に生まれた4人の子どもが本作の中心軸となっていくようですが、第一部はその親たち4人を描くストーリー。

・一人目は
竹田耕三、陸軍少佐(少将)。大陸進出を強硬に進める陸軍の皇道派に反対、米国との和平を目指す人物。
 (※末っ子の息子は
志郎
・二人目は
矢野辰一、北陸・金沢に一家を構える博徒の親分。地元政治家や右翼に担がれ、右翼団体の会長に。
 (※地元有力者と女工の子を引取り、
四郎と名付ける)
・三人目は
森村タキ、進歩的な婦人雑誌「群青」の編集者。軍国主義が蔓延る風潮に抵抗します。
 (※社会主義活動家との間に未婚のまま娘
ノラを産む)
・四人目は、
五十嵐譲二、満州(大連)に渡ったジャズ奏者。
 (※息子の名は


上記4人をそれぞれの舞台における主役として描く構成。それによって、この時代の状況、経過を、複眼的に描き出しており、読み応え、充足感、たっぷり。
竹田耕三は陸軍の状況を、矢野辰一は右翼の状況を、森村タキは左翼主義者の状況を、そして五十嵐譲二は関東軍が軍事侵攻した満州の状況を。

改めて本作を読むと、何と酷い時代だったのかと、溜息します。
軍部の横暴・暴走、資本家による労働力の搾取、暴力がまかりとおり、、特高・憲兵による言論弾圧、等々。
戦後の時代に生きて来れたことを、つくづく幸せに思います。

一番の問題、日本国民を凄惨な戦争に巻き込んだ原因は、やはり陸軍にあると言わざるを得ません。
関東軍の身勝手な軍事侵攻拡大、それを抑えられなかった陸軍上層部。
阿川弘之「井上成美の中で作者は、陸軍は知性欠如、昭和維新等わけのわからぬことを言い出す体質があったと非難していますが、結局、一方的に見下げて中国の深さを知ろうとせず、また米国の国力も知らず、自分の見たいようにしか世界をみていなかった、ということなのでしょう。

「第一部」だけでも読む甲斐は大いにありますが、「第二部」「第三部」でどのようにその時代が描かれるのか、今から楽しみです。
※なお、森村タキと、監視する刑事たちとのやりとりが小気味よく、面白い。人間味が感じられて救われる気がします。

        

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