別れのキスは瞼に

                              

  最上階の窓越しに広がる東京の街は、無声映画のように寡黙に見 

 える。 

 「こうして飲むのも久しぶりね。七年ぶりかしら。私が福岡に転勤 

 になる前の晩だったわね」 

 「ああ……」 

  久田は、昔の女と飲む居心地の悪さに、曖昧に答えた。あの時と 

 同じホテルのスカイラウンジ。三十二になるというのに、智子のプ 

 ロポーションはあの頃のままだ。引き締まった足首。やや硬そうな 

 上向きの胸。絶妙なくびれを描くウエストライン。 

  この春から智子は本社の課長になったが、付き合っていた頃はま 

 だ入社二年目だった。久田の会社では、総合職でも二年間はコピー 

 取りなどの下働きをさせられるのが習わしだった。久田の課に配属 

 になった智子との交際は、その期間が明けるとともに終ったのだ。 

 営業希望の彼女は、久田のいる中央研究所から、福岡の支社に移っ 

 て行った。ちょうど入れ替わりにエンジニアとして配属になった現 

 在の妻と付き合うようになっていったのは、自然なことだと言える 

 だろう。しかし、久田にはどこか後ろめたさがある。智子がいまだ 

 に独身でいるのも気に掛かった。 

  智子がグラスを掌で弄びながら、窓の外を眺めて言う。 

 「今日のプレゼンテーション、助かったわ。やっぱり技術担当が付 

 いていてくれると、説得力が違うわ。契約までいけると思う。あり 

 がとう」 

  智子は寂しげに微笑むと、黙って水割りを掲げた。久田も手に取 

 る。二つのグラス越しに七年前の相手を見ながら、澄んだ音をさせ 

 る。 

 「久田さん、幸せそうね」 

 「あ、ああ、幸せなんだろうな」 

 「美しい妻との満ち足りた生活?」 

  自分は幸せではない、と言われている気になって言葉に詰まる。 

 「ごめんなさい。何だか意地悪な言い方になっちゃったわね。そん 

 なつもりはなかったんだけど……」 

  慌てて繕う智子に、救いを求めるように答える。 

 「そろそろ帰ろうか」 

 「あら、奥様、今日は遅いんじゃなくて」 

  たしかに妻は外出している。大学の同窓会で、十時過ぎまでは戻 

 らない。 

 「よく分かるね」 

 「まあね。女の勘よ」 

  また窓の方を向いて飲み続ける智子の横顔を見ていると、久田は 

 考えてしまう。 

 (もしも、と言うことが許されるなら。彼女との別の人生があった 

 のかもしれない) 

  久田には大切な妻がいる。当時の和江は、美人だということで、 

 社内でも有名だった。また優秀なエンジニアでもあった。なぜ、自 

 分が結婚できたのか不思議なぐらいだった。子どもには恵まれてい 

 ないが、二人だけの生活も十分に満足であった。たしかに幸せに違 

 いない。ただ、今でも職場に残り、第一線で活躍している智子の姿 

 を見ると、妻がかわいそうに思える。エンジニアとしての経歴をさ 

 っさと捨てて、専業主婦に収まってしまった。毎日の退屈な日々が 

 彼女の華やかさを奪っていったように思えてならない。最近では肌 

 の艶もめっきり無くなってしまって、とても智子と同い年には見え 

 ない。ぼんやりと考え事をすることも多くなった。 

 (それに比べ智子はいっそう輝きを増している) 

  どちらの女をも自分は不幸にしてしまったように思えた。 

  

  自宅のチャイムを押す。まだ妻は帰っていない。真っ暗な玄関に 

 入ると、電話が鳴っている。妻だと思った。小走りに、受話器を取 

 りに急ぐ。 

 「遅くなってごめんなさい。今から帰りますから、先にお休みにな 

 っていて」 

  酒が入っているのか、押さえの効かない音量で早口に告げる。 

 「分かった。気を付けて帰るんだよ」 

  そう答えると、電話は切れた。久田はまた自宅の暗闇に引き戻さ 

 れた。 

 (まあ、こうして出かけることで、若返ってくれればそれもいいか) 

  そう思ってはみたものの、一人勝手な寂しさもあった。先月も、 

 友達と旅行に行くとかで一週間も家を空けた。それからは、週に一 

 度は夜遅くまで外出するようになっている。研究所から遅く帰宅す 

 る自分を待つ寂しさを、自分にも味あわせようとしているようにさ 

 え思えた。 

  さっきまで一緒にいた智子のことが思い出された。智子もいつか 

 は結婚して、妻のようになるのだろうか。それを想像することはで 

 きなかったが、彼女が結婚というものに何の夢も持っていないとも 

 言い切れない。付き合っていた頃、彼女は大層世話を焼いた。身だ 

 しなみに無頓着な自分に代って、ネクタイやらシャツを買ってきた。 

 教えたことも無いのに、ぴったりと寸法が合っていた。土曜日のド 

 ライブには、必ず手の掛かった弁当を作ってきた。今でも恋人には 

 そういう事をしているのだろうか。だとしたら、皆が思っているよ 

 り、智子はずっと可愛い女なのだ。 

  

  久田は夢を見た。自分でも夢だと分かっている。あの頃の自分は 

 まだ二十七歳、智子は二十四歳だ。智子の部屋で食事をしている。 

 ワインが美味い。しっかりしたボディの赤。壜を空けてしまう頃に 

 は、二人とも頬が赤くなっている。無言で見詰め合い、唇を重ねる。 

 舌をそっと差し入れると、ワインの苦味とともに熱いぬめりが迎え 

 る。粘りの強い唾液が行き来する。細い体を強く抱き寄せると、見 

 た目以上に豊満な胸の膨らみが感じられた。ノースリーブの腋から 

 そっと掌を忍び込ませて、膨らみの麓をなぞると、さらに身体が熱 

 く感じられた。たちまち、智子の身体から酸っぱいような濃厚な匂 

 いが立ち上がる。 

 「ふううぅ」 

  むずかるような声を漏らして唇を離すと、智子は久田の首筋に舌 

 を這わせた。次の行為を促すように、耳朶を甘噛みする。堪えきれ 

 ず一気にワンピースを脱がせると、パンストの後ろから手を差し入 

 れた。そのまま、ショーツごと引き下ろす。匂いがさらにきつくな 

 った。自分も服を脱いで、智子の草むらに顔を寄せた。豊富な蜜が 

 分泌されて、絨毯に零れている。小ぶりで整った形の秘唇は経験が 

 少ないせいなのかどうか分からないが、それは好ましいことのよう 

 に思えた。そっと啄ばむようにしてやると、次々に蜜が溢れた。そ 

 っと舌を会陰部に這わせる。智子の身体が跳ね上がり、声が漏れる。 

 後ろの穴を優しく舐ってやる。両手の親指で秘唇を押し広げ、小さ 

 な尿道口を舌で擽ると、たまらなそうに訴える。 

 「いやあ、漏れちゃう」 

  それには答えず、敏感な蕾を口に含むと唇で揉みしだく。智子は 

 腰を躍らせて逃れようとするが、腰に手をしっかり添えて、頂上へ 

 追い上げる。 

 「もう、もう」 

  ガクガクと激しく痙攣すると、智子の全身に薄くさらさらした汗 

 が吹き出した。内股が小刻みにひくついている。猛り立ったペニス 

 を、そっと膣孔にあてがう。ぬるりとした感触が心地よい。 

 「ごめんなさい。それだけは駄目。分かって」 

 小さな声で智子が制止する。どんなに迫っても、智子は挿入を拒否 

 した。今、妊娠するわけにはいかない、そういうのだ。避妊具を付 

 けても決して許そうとしない。 

 「おねがい」 

 そう言って、身体を入れ替えると、ペニスを呑込む。熱い舌がねっ 

 とりと絡み付いて、根元からぞろりと舐り上げる。喉の奥まで差し 

 入れたかとおもえば、浅く咥えてカリ裏を擽る。激しく顔を振りな 

 がら、右手で陰嚢を弄び、左手で肛門を刺激する。濃厚な責めに久 

 田は堪えきれなくなってしまう。 

 「ごめんね。いつか必ずさせてあげるから」 

  そう言ってまた深く咥えた智子の喉の奥に、激しく怒りのような 

 精をしぶかせた。 

                              

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