明慧 みょうえ 承安三〜貞永元(1173-1232) 法名:高弁

承安三年(1173)正月八日、紀州有田(在田)郡石垣庄吉原村(今の金屋町大字歓喜寺中越)で生れる。父は平重国(旧姓は伊藤)、母は湯浅宗重の息女、共に武士の出である。治承四年(1180)、八歳の時相次いで両親を亡くす。養和元年(1181)、母方の叔父上覚(『和歌色葉』の著者)を頼って神護寺に入山し、文覚(もんがく)の弟子となる。華厳宗を修し、文治二年(1186)、出家得度。成弁を名のる(のち高弁と改名。明恵は房号である)。建久四年(1193)、東大寺に出仕。その後、紀州に戻り、白上の峯、筏立(いかだち)などで修行した。正治元年(1199)春、神護寺に帰るが、同年二月、師文覚が流刑となり、神護寺は荒廃、再び各地を転々とする。建永元年(1206)、後鳥羽院より栂尾の地を賜り、華厳宗興隆の道場とする(高山寺)。承元元年(1207)、院宣により東大寺尊勝院の学頭となる。承久の乱の際には後鳥羽院方の武士をかくまったため、捕えられて六波羅の北条泰時のもとに連行されたが、かえってその説法に感動させられた泰時は明恵に帰依することとなった。貞永元年(1232)正月十九日、高山寺禅堂院にて示寂。六十歳。
少年時、神護寺を訪れた西行に会い、歌話を聞いたという(『栂尾明恵上人伝記』)。著書に『夢記』『金師子章光顕抄』『摧邪輪』『摧邪輪荘厳記』『華厳修善観照入解説門義』『光明真言土砂観信記』など。自撰の歌集『遺心和歌集』があり、これを中心に弟子高信が編んだ『明恵上人集』がある。「高弁上人」の名で新勅撰集初出、勅撰入集は二十七首。

―明恵上人遺訓より―
「心の数寄(すき)たる人の中に、目出度き仏法者は、昔も今も出来(いできた)るなり。詩頌を作り、歌連歌にたづさはることは、あながち仏法にてはなけれども、かやうの事にも心数寄たる人が、やがて仏法にもすきて、智恵もあり、やさしき心使ひもけだかきなり」。

秋歌とて

あはれ知れと我をすすむる夜はなれや松の嵐も虫の鳴く()(玉葉615)

【通釈】心なき我が身にも、もののあわれを知れと、その気にさせるような夜ではないか。松を吹く嵐も、虫の鳴く声も。

【語釈】◇あはれ知れと 秋の情趣を知れと。「心なき身にもあはれは知られけり」(西行)。◇夜(よ) 夜。夜更け。

【補記】『明恵上人集』では「物あはれなるに、世の中あぢきなくおもひつづけて侍る筆すさみに」と詞書された連作十首のうち。

その暁、虫のねをききて

山寺に秋のあかつき寝ざめして虫とともにぞなきあかしつる(上人集)

【語釈】◇なきあかしつる 空が明るくなるまでずっと泣き続けていた。

【補記】『上人集』で前歌につづく歌。

冬の比、後夜の鐘の音きこえければ峰の坊へのぼるに、月雲よりいでて道をおくる。峰にいたりて禅堂に入らんとする時、月また雲をおひてむかひの峰にかくれなんとするよそほひ、人しれず月のわれにともなふかと見えければ

雲を出でて我にともなふ冬の月風や身にしむ雪やつめたき(玉葉996)

【通釈】雲を出て、私について来る冬の月よ。風が身に浸みないか、雪が冷たくないか。

【語釈】◇後夜の鐘の音 未明から行なう後夜の勤行の時刻を知らせる鐘の音。

【補記】『明恵上人集』によれば、元仁元年(1224)十二月十二日夜の作。

このあかつき禅堂の中にいる。禅観のひまにまなこをひらけば、有明の月のひかり、窓の前にさしたり。我が身くらきところにて見やりたれば、澄める心、月のひかりにまぎるるここちすれば

くまもなくすめる心のかかやけば我が光とや月おもふらむ(上人集)

【通釈】隅々まで澄み切った心が、余すところなく輝いているので、自分の光だと月は思うだろうか。

【語釈】◇すめるこころ、月のひかりにまぎるるここちすれば 澄んだ心が、月の光と区別がつかないような気持がしたので。

文覚上人遠忌の日よみ侍りける

(ここの)めぐり春は昔にかはりきて面影かすむ今日の夕暮(風雅2039)

【通釈】文覚(もんがく)上人が亡くなって九年、生きておられた春の思い出は昔になってゆき、面影もかすむ今日の夕暮だことよ。

【語釈】◇文覚上人 明恵の師。高雄山神護寺の再興に奔走した。政争に関わって建仁三年(1203)対馬へ配流され、客死した。

賀茂の山寺の古跡にして

昔みし道はしげりて跡たえぬ月の光をふみてこそ()(上人集)

【通釈】あの時の道は今雑草が茂って、痕跡もなくなってしまった。月の光を踏んで、入ってゆくのだ。

【語釈】◇賀茂の山寺 賀茂仏光山寺(現存せず)。明恵が栂尾から賀茂に移ったのは、建保六年(1218)八月と承久三年(1221)秋の二度。この歌は二度目の時の作であろう。

なき人の手にものかきてと申しける人に、光明真言をかきておくり侍るとて

書きつくる跡に光のかかやけば(くら)き道にも闇ははるらむ(新勅撰624)

【通釈】故人が書き付けた筆跡に、この光明真言が光り輝けば、冥土の闇路も明るく照ることでしょう。

【語釈】◇光明真言 一切の罪業を除く真言。

〔題欠〕

あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月(上人集)

【語釈】◇あかあか 月光の明るい様。


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日