系譜等は未詳。奈良朝後期の代表的歌人の一人。万葉集に二十九首の歌が載るが、すべて大伴家持に贈った相聞歌(恋歌)である。これらは、万葉集の排列から天平年間の初め頃の作とされているが、異論もある。勅撰二十一代集では玉葉集・新千載集・新拾遺集に各一首採られている。
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笠女郎、大伴宿禰家持に贈る歌一首
水鳥の鴨の羽色の春山のおほつかなくも思ほゆるかも(万8-1451)
【通釈】水鳥の鴨の羽の色をしている春の山がぼんやりと霞んでいるように、あなたの心が分からなくて不安に思われるのです。
【語釈】◇水鳥の 鴨の枕詞的修飾句。◇おほつかなくも… 芽吹き始めた春の山が、ぼうっと霞んだような青色に見える様を、恋人を思って胸のふさがる心情の喩えとした。
笠女郎、大伴宿禰家持に贈る歌三首
【通釈】託馬野に生える紫草、その根を衣に染めるように、あなたに心を染めて、まだ思いを遂げてもいないのに、知られてしまったのです。
【語釈】◇託馬野 近江国坂田郡。◇未だ着ずして 約束を交わしただけで、実際思いを遂げてはいないことの比喩。◇色に出でにけり 恋が表面化してしまった。人に知られてしまった。
【補記】この歌は新拾遺集に採られている。第三句は「きぬにそめ」。
【通釈】陸奥の真野の萱原――あなたはそのように遠いけれども、面影として私にはありありと見えるのです。
【語釈】◇陸奥の真野の草原 今の福島県相馬郡鹿島町の真野川流域一帯の野という。ここでは《遠いもの》の象徴としてあげている。
【補記】「萱原」までは「遠けども」を導く序。
【他出】歌枕名寄、夫木和歌抄、新千載集、井蛙抄、東野州聞書
【主な派生歌】
雪ふかきまののかやはら跡たえてまだこととほし春のおもかげ(藤原定家)
みちのくの真野のかや原かりにだにこぬ人をのみまつがくるしさ(源実朝)
人しれぬしたのみだれやかよふらん真野のかや原程とほくとも(藤原為家)
まだみねば面影もなしなにしかも真野の萱原つゆみだるらん(藤原顕朝[続古今])
古郷の人の面かげ月にみて露わけあかすまののかや原(宗尊親王[新続古今])
霜枯のまののかや原風さえて面かげにのみ残る秋かな(頓阿)
冬枯のまののかや原ほに出でし面かげみせておける霜かな(大江忠広[新拾遺])
里人の夢のおもかげしたふとも雪に跡みしまののかや原(正徹)
かりねせしまののかや原分出でて見し面影にまよふ夢かな(三条西実隆)
奥山の
【通釈】奥山の岩の根もとに生える菅の根は深く張っているという――その根のようにしっかりと約束を交わした心を、忘れることなどできません。
【語釈】◇磐本菅 岩根に生えた菅。◇根深めて ねんごろに。
【補記】一・二句は「根深めて」を言うための序。
笠女郎、大伴宿禰家持に贈る歌 (全24首より17首抜萃)
我が形見みつつ偲はせ荒玉の年の緒長く我も偲はむ(万4-587)
【通釈】さしあげた形見の品、これを見るたびに私のことを想い出してくださいね。たとえ逢えなくとも、何年も何年も、私も貴方のことをお慕いしていますから。
【語釈】◇かたみ 想い出のよすがとなるもの。長くなる別れの際、夫婦や恋人の間で取り交わされた物もこう言った。衣服などの場合が多かったようである。
白鳥の
【通釈】白鳥の飛ぶ飛羽山の松ではありませんが、貴方のおいでを待ちながら、私はずっと慕い続けておりました、この何カ月の間というもの。
【語釈】◇白鳥の 「飛羽山」の枕詞。◇飛羽山 未詳。奈良県内の山とする説、福井県鯖江市の鳥羽付近の山とする説などがある。
【補記】「飛羽山松の」までが「待ち」を導く序。
【他出】五代集歌枕、歌枕名寄、夫木和歌抄、井蛙抄
【主な派生歌】
やすらひに出でけむ方もしら鳥のとば山松の音にのみぞ鳴く(藤原定家[続後撰])
かすまずは春ともえやはしら鳥のとば山松に雪はふりつつ(大江頼重[風雅])
我が思ひを人に知るれや
【通釈】あなたへの想いが他人に知られてしまったのでしょうか、開けてはならぬ玉手箱の蓋を開けてしまった夢を見ました。
闇の夜に鳴くなる
【通釈】闇夜に鳴く鶴の声を聞くように、遠くからお噂ばかりを聞いて過ごすのでしょうか、お逢いすることもできないまま。
【語釈】◇よそのみに聞き 姿を見ることはなく、噂ばかりを聞く、ということ。
君に恋ひ
【通釈】あなたが恋しくて、もうどうしようもなくなり、奈良山の小松の下に佇んで、嘆くばかりです。
【補記】奈良山からは、家持の邸のある佐保の里を眺めることができたろう。しかし、作者はそこへ行って「小松の下」に佇み、嘆くばかりだ、という。せめて、なにか寄り添えるものがほしかったのだろうか。
我が屋戸の
【通釈】庭にある夕陰草の葉に置く白露のように、今にも消えてしまいそうなほど無闇に恋い焦がれているのです。
【語釈】◇夕陰草 万葉でこの一首にしか見えない語。陰草には例があり、「蔭草の生ひたる屋戸の夕影に鳴く蟋蟀は聞けど飽かぬかも」(10/2159)。「物陰に生えている草」の意の「陰草」に夕を冠せ、「夕方の光の中に、ほのかに浮かび上がって見える、物陰の草」の意としたか。◇もとな とめどなく・やたらと。
【派生歌】
庭におふる夕かげ草の下露や暮を待つまの涙なるらん(藤原道経[新古今])
水無瀬山夕かげ草の下露や秋なく鹿の涙なるらん(源通光[続千載])
我が命の
【通釈】私の命が損なわれない限り、貴方のことを忘れるものですか。たとえ日に日に恋心が増すことはあっても、忘れるなんて。
【通釈】歩き尽くすのに八百日もかかるような長い長い浜―そんな浜の真砂(まさご)を全部合わせたって、私の恋心の果てしなさには敵いますまい。そうでしょう、沖の島の島守さん。
【語釈】◇八百日ゆく 歩くのに何日もかかる。八百(やほ)は膨大な数を表わす。
【補記】拾遺集などは読人不知とし、「やほかゆく浜の真砂と我が恋といづれまされり沖つ島守」という形で載せている。
【他出】拾遺抄、拾遺集、綺語抄、奥義抄、和歌初学抄、和歌色葉、古来風躰抄、定家八代抄、色葉和難集
恋にもぞ人は死にする
【通釈】恋のためにだって人は死んでしまうのです。伏流水のように目には見えず、ひそかに慕う恋心から、私は痩せてゆくのです、日毎に月毎に。
朝霧の
【通釈】朝霧のようにほのかに逢っただけの人のために、私は死にそうなほどの思いで、ずっと恋をし続けるのですねえ。
【語釈】◇鬱に 万葉集の原文は「欝」。相手の顔をはっきり見なかったことや、思いをはっきり確かめなかったことなどを言うのだろう。◇相見し 逢瀬を遂げ、契りを結んだことを言う。
伊勢の海の磯もとどろに寄する波かしこき人に恋ひ渡るかも(万4-600)
【通釈】伊勢の海の磯に轟々と音立てて寄せる波―そんな身も竦むほどの勿体ないお方に、私はずっと恋し続けているのですねえ。
【補記】「寄する波」までは「かしこき」を導く序。波の音がおそろしい意に、身分違いのゆえ畏れ多い人(家持)、の意を掛けている。また波の音には世間の噂の喧しさも暗示しているだろう。
【派生歌】
おほ海の磯もとどろによする波われてくだけてさけて散るかも(*源実朝)
夕されば物
【通釈】夕暮れになると物思いがいっそう募ります。お会いした方の、話しかける時の姿が、面影に浮かんで来て。
【補記】この歌は玉葉集に入集。「夕されば物思ひまさるみし人のこととひしさま面影にして」。
思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我は死に還らまし(万4-603)
【通釈】もし思うだけで死んでしまうものであるなら、私は千遍も繰り返し死んだことでしょう。
【通釈】今、剣大刀をしっかり身に添えて寝る夢を見ました。いかなる前兆でしょうか。きっと、あなたに逢えるということでしょう。
我も思ふ人もな忘れおほなわに浦吹く風のやむ時無かれ(万4-606)
【通釈】私はあの人のことを思い続けている、あの人もどうか私のことを忘れないでほしい。(おほなわに、未詳)浦に吹く風の止むときが無いように、二人の思いがずっと続いてほしい。
【補記】「おほなわに」の原文は「多奈和丹」。意義未詳。
この歌、後撰集には均子内親王の作として次のように改変されて掲載されている。
我もおもふ人も忘るなありそ海うら吹く風のやむ時もなく
皆人を寝よとの鐘は打つなれど君をし
【通釈】「皆の者、寝よ」と、亥の刻を告げて打つ鐘の音が響くけれど、貴方のことを思って私は寝るに寝られません。
【主な派生歌】
山寺の寝よとの鐘もうちはてて後こそ虫の音はすみにけれ(木下幸文)
時鳥よふかき声を聞きにけり独り寝よとの鐘にそむきて(大国隆正)
相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の
【通釈】片思いの相手を頼んでひたすら思い続けるのは、まるで大寺の餓鬼の像を後ろから額づいて拝むようなものだ。
更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日