清水 満のデンマーク報告2(2007年3月)

生のための教育の幼稚園「レグスゴー」を訪ねて

幼稚園「レグスゴー」入口
 デンマークのユラン半島のほぼ中央部に位置するイカスト市の公立幼稚園「レグズゴー」を訪ねた。この幼稚園は「Plads til liv(生のための場)」という別名をもっている。

 ここはもともとは由緒ある農園で、「レグスゴー」はその農園のもともとの名前である。所有者がなくなった後、市と隣人に1999年に売却された。2000年8月21日に子ども42人をもって市立幼稚園としてオープン。現在、3歳から6歳までの子ども68人が集い、4クラスでそれぞれ教員2名、計8名が担当する。

 基本方針は二つあって、1,個々の人間の能力と社会的関係を最適に発展させることができるような発育フレームの形成。2、たしかな子どもの世界が最善の条件、というものである。この方針を実行するために個々の教育内容は以下のようになっている。

 幼稚園は、朝8時半から始まり16時頃に終わるが、まずはみなで歌を歌って天気や服装の諸注意をしたあと、9時ー15時までは基本的に外で遊ぶ。何をするかは指示しない。子どもたち自身が自分で決めるようになっている。デンマークでは一日に天候が頻繁に変わり、また晴天時と曇天あるいは雨のときの寒暖差が激しいので、服装の諸注意は大事である。子どもは夢中になって遊ぶと寒さも忘れて薄着で過ごしてしまうが、自分で天候に応じて判断できるようにしていく。雨が降ろうが風が吹こうが原則は外で遊ぶとされており、雨風をしのぐ一時的な避難小屋も用意されている。

避難小屋

 外で自分たちで遊ぶ中で、自然に男女に分かれたり、グループができる。できる子ができない子を助けたりする相互扶助関係が自然発生的に生じるという。ときには教員が子どもたちと話し合って、流れの中で、いろいろなワークショップを提案したりする。訪問したときはパンづくりを外でやっていた。農園もあるので、農作業もするし、家畜の世話もする。農園の一部は隣人が提供している。

子どもたち

ムービー

 園は池、家畜のいる場所、林、緑地などあり、2万平方メートル以上ある。子どもが自由に自分たちだけでいける場所と、大人に許可を求めていく場所(多くは大人もついていく)の二種類の場所に別れている。家畜は山羊やロバ、ウサギなどいて、子どもたちが自由に近づいてよい場所とそうでない場所に別れる。ロバのところにいくときは教員もいっしょにいくが、ウサギなどと遊んだり世話したりするときはまったくの自由である。教員が家畜の世話をするときに手伝うなど、ごく自然な形で動物と関わっている。Plads til liv(生のための場)が意味するように、子どもたちが生きる場所として構想され、この考えは「生のための学校」を唱えたグルントヴィ、コルの伝統を引き継いでいる。

山羊のいるスペース

 主に野外で遊ぶという姿勢は「森の幼稚園」「自然幼稚園」と称される既存の幼稚園と共通しており、デンマークではとくに目新しいというわけではないが、この幼稚園がそれらと違うところは、たんなる野外活動ではなく、家畜とのかかわり、農作業、建物の修理やいろいろな道具の製作、料理など、自然とかかわりふつうに暮らす活動そのものの中で子どもたち自身が生きるようにされている点である。

 メインの建物は基本的にどこも出入り自由で、絵を描いたり、工作をする場所、絵本を読む場所、ゲームをする部屋、集会所などいろいろな部屋がある。子どもたちは自分の判断でここへ来て、好きなことをする。教員が指示して何か授業をするということはない。部屋の中であれ屋外であれ、教員は子どもたちの活動の流れに自然に入り込んで、そのメンバーの一部として行動しながら、子どもが不適切な言動をしたときにのみ、アドバイスを与える。だから教員は指導するのではなく、子どもたちといっしょに暮らしているといえるだろう。教員にとっても「生のための場」なのである。

アトリエ 子どもたちは自由に好きなものを描いたり工作する

 近所の大人で退職者が木工所に毎日来て作業するという。幼稚園の職員ではないが、彼に木工所を無償で開放している。子どももそこには出入り自由で、自然な形で彼とともに木工作業をするという関係ができている。いわばおじいちゃんが作業するところに子どもが来て、おじいちゃんがいろいろ教えてくれたり、子どもが手伝ったり、あるいはいっしょに何かつくるというかつて世間でよくあった人間関係が再現されているのである。双方にとっても大きな意味がある。ほかにも二人中年男性がボランティアで来て、いろいろな作業をするが、子どもたちもそれに混じり、手伝ったり、遊んだりする。この幼稚園は地域の大人たちにも開かれていて、子どもたちと自然な関係をもつのである。

木工室 近所の大人が来て作業する

 建物はもともと農家であったので、住居部をメインの建物として改装した他は、農家のまま残されている。家畜の建物はそのまま家畜が入っているし、機材置き場も前のまま残っている。そこには廃車のトラクタなどがあるが、それ以外にも多数の廃物、ガラクタ、機械部品などが山積されていた。これを集めるのは園長の仕事だ。いろいろな粗大ゴミ、廃車、廃棄された道具、木材、家屋の廃材などが出るとそれをもらって集め、機材置き場に置く。

 ここも子どもの出入り自由の場所と、大人がいっしょにいないといけない場所の二つに分かれているが、出入り自由の場所では、子どもはそこにあるもの、ガラクタを使って、何してもよい。木材などで遊んだり、何かをつくったり、機械の上に上ったり、さまざまなことをする。こうしたガラクタは子どもの創造性を刺激するすばらしい宝であると園長のロベルトは力説していた。

 こういうスタイルをとると、日本なら、子どものケガや事故などはどうするという心配が先に立つが、この三年間でケガは一件だけで、それも深刻なものではなく、現実にはうまく機能しているそうだ。ここで暮らす中で、子どもたちは自分でどこまでが危険でそうでないかを判断できるようになっている。

園内は子どもの解放区

 両親にはここの方針をあらかじめきちんと説明する。多くは評判を聞いて入園させる人が多いので、最初から理解をもっているという。しかし、彼らはまず、子どもを迎えに来たときなどに、教員に「うちの子どもはどこにいるか」と訊いても、「さぁ園内のどこかにはいると思いますが」という答えが返ってくることから慣れなければならない。親たちもいつでも参加できるようになっており、子どもと一緒に土遊び、家畜の世話、畑での仕事、大工仕事など好きなようにできる。その際この園の方針、子どもにあれこれ指示しない、親の決めたやり方を押しつけない、ということさえ守ればよい。子どもといっしょに何かをすることで親たちも楽しむことができるし、変化もある。理事会は親たちが多数を占めて、理事会、父母会などでいろいろ議論もする。

 障害者の受け入れも当然行っているが、現実にいろいろな作業があるので、身体障害者の入園はあまりないということだ。精神障害児は身体を動かすには支障がないので、よく来るという。また学校のクラブ活動で、クラブの児童たちが来ていっしょに遊んだり、卒園生が来ることも多い。異年齢集団での遊びの機会には事欠かないわけだ。またいわゆる「引きこもり」といわれる大人たちも積極的に受け入れている。ここで農作業や家畜の世話、小屋づくり、畑での作業、あるいは子どもたちと遊んだり、子どもの世話をすることで、モチベーションを取り戻し、社会に復帰していく者も多いそうだ。基本的に親、地域の人々、訪問者など誰にでも開かれた「生きるための場」である。そういう場であるからこそ、子どもたちもいろいろな刺激を受け、生を自分で学び、成長していくのであろう。子どもたちの実際の活動の様子は「レグズゴー」のホームページにあるフォトアルバムで見ることができる(左のメニューのAktuelle Billeder やBilledarkiv、Lejr Billder などをクリックしてそこに出るテーマをクリックすればよい)

 基本原則は、決まりをできるだけ減らす、問題があればその都度議論して解決し、規則で判断することはなるべく避ける、子どもたちの自由を最大限に尊重するということである。これはもちろんグルントヴィにその伝統をもつ。子どもたちの自由を尊重して、彼らが自然、動物、大人たちといっしょにこの場で暮らし、生を学ぶ場として位置づけられる。昔の農村の子どもたちと同じ環境といえるが、当時は親の命令で子どもでも大人並みに働かされたり、創造力を発揮する自由があまりなかった。児童労働や劣悪な環境、親の虐待などといった負の側面を除いて、昔の農村の子どもたちの生活を今に伝えるものということはできるだろう。そして人々が生きて働く場所、そしてそれを取り囲む自然は子どもたちに活動意欲、表現意欲を与える最良の場であり、想像力を刺激するものに満ちあふれた場であるという思想がそこにはある。

左が園長のロベルト

 リーダーのロベルトは、赤十字社で難民支援担当で働いた後、難民の減少に伴う職場縮小のためにいったん退職し、オーフス大学で教育学を学びなおして、その後イカスト市の幼稚園教員となる。最初は自然幼稚園、次は町中の幼稚園を経て、ここの設立の際の責任者となって、ほかの創設スタッフ二人といろいろな議論や検討を行った後にこの幼稚園をスタートさせたという。スタッフは人間性第一で選び、キャリアは二の次である。子どもたちの反応も大事だという。難民支援のあと幼稚園教員になったロベルトは、基本的に他者をケアすることに関心の高い人なのだろうかと思われた。

Daginstitutionen Laegdsgaard
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