脱ダム宣言

2001年2月20日、長野県の田中康夫知事が原則、ダムに頼らずに利水・治水対策を推進する「脱ダム宣言」を発表しました。グリーンウッド氏はこれを歓迎します。

明治以来、発電と治水のためにダムを作ってきたのですが、ダムは一定の期間が経てば土砂で埋まりただの崖または滝になってしまうということがわかってきました。一方海岸の砂浜は砂の供給が止まってやせ細っています。やむを得ずテトラポットを投げ込んで、醜悪な海岸に作り変えているわけです。

山と海の中間にある場所に住む人々にとってはダムはその建設直後はありがたい存在です。しかしこれも1100年というタイムスパンで考えれば何の解決にもならないどころかかえって害がでてくるということに今われわれはようやく気がついたのです。伊那谷の人々は土砂で埋まったダムの影響で水位があがり、新たな洪水に苦しんでいます。土砂が溜まらないように土砂を抜くことができるダムが建設されるようになりましたが、間欠的に抜くと生態系に悪い影響がでます。山は自然に静かに崩れてゆくのが一番なのでしょう。一時的に止めると、かならずしっぺ返しがきます。農業や工業のために建設した河口堰が漁業に与える悪影響も表面化しております。

米国では同じ問題にいち早く気がつき、米国のクリントン時代の内務長官ブルース・バビット1993年にダム推進から抑制・撤去の方向に政策のかじを大きく切りました。ブルース・バビット氏自身「ダム壊しの旅」と称して8年間の任期中10ダム撤去の式典でハンマーを握りました。1994年に当時の内務省開拓局総裁ダニエル・ビアードが「アメリカではダム建設の時代は終わった」と宣言してます。田中康夫知事の宣言は7年遅れの宣言となります。歴史的な宣言になると思います。国土交通省の役人も政治家も反発してますが、この人々こそ自分が何をしているか分からない人々なのです。いや分かっていても、自分の利益を守るために表向きわからない顔をしているかわいそうな人々なのかもしれません。

戦後、深山の谷深くまで、コンクリートの堰を築かざるを得なかったのはあるいは戦後、農林省がおこなった拡大造林、すなわち広葉樹林を皆伐し針葉樹を植林したためかもしれない。針葉樹は広葉樹に比べ、根は浅く、台風などですぐ倒木になる。また落ち葉の保水性も悪いので雨水は斜面を流れ落ち、谷に入り、急流を作り、土砂をおし流す。倒木でもあれば下流の橋を壊す。なんのことはない戦後復興のためと考えた政策が土木事業を作り出して、国は土木王国となり、財政の逼迫を生み出したわけである。

こうして建設省が作ったダムはまた川と海を往復するサケのような魚の産卵の機会を奪い、漁業資源を枯渇に追いやる結果となっている。吉田氏からうかがった話だが、木1本もないバハカルフォルニアとメキシコの間にあるとある島だけ青々とした森林があることに疑問をもった学者が調査したところ、この島には川があり、魚がこの川を遡り、上流で死んで、森の栄養源になっているのを発見したそうである。

ガイア仮説なるものを提唱した英国のジェームズ・ラブロックが似たようなことを書いていたことをおもいだす。先進国が一様に苦しんだ二酸化硫黄の公害も人間の呼吸気管と酸性雨に弱い針葉樹林には害となっても、常に硫黄を雨で失いつづける山に生えている植物にとっては大切な元素であるという指摘である。そういえば中国などのアルカリ性の強い土壌では硫酸アンモニウムなどの肥料が理想的などのだと東大の定方先生にもうかがったことがある。

中央集権政府が自然の仕組みを理解しないまま、大規模で一律の政策を推し進めるといかに自然を捻じ曲げ、結局自然に逆らえないと気がつくまでに膨大な国民の活力を浪費するかがわかっていただけるとおもう。

関連ページ:「基本高水量

2001/2/24追補

Rev. October 23, 2005


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