本名=辻 征夫(つじ・ゆきお)  
昭和14年8月14日—平成12年1月14日   
享年60歳   
千葉県松戸市田中新田48–2 八柱霊園27区1種69側13番  
 
 
                   
                   
                    詩人。東京府生。明治大学卒。俳号は貨物船。10代半ばから詩作に熱中、投稿も始めた。20代は職を転々とし、『ヴェルレーヌの余白に』で高見順賞、『河口眺望』で芸術選奨文部大臣賞、『俳諧辻詩集』で萩原朔太郎賞を受賞。『かぜのひきかた』『天使・蝶・白い雲などいくつかの瞑想』などがある。  
                     
   
                   
                                       
                      
                 
                   
                   
                  こころぼそい ときは  
                    こころが とおく  
                    うすくたなびいていて  
                    びふうにも  
                    みだれて  
                    きえて  
                    しまいそうになっている  
                  こころぼそい ひとはだから  
                    まどをしめて あたたかく  
                    していて  
                    これはかぜを  
                    ひいているひととおなじだから  
                    ひとは かるく  
                    かぜかい?  
                    とたずねる  
                  それはかぜではないのだが  
                    とにかくかぜではないのだが  
                    こころぼそい ときの  
                    こころぼそい ひとは  
                    ひとにあらがう  
                    げんきもなく  
                    かぜです  
                    と  
                    つぶやいてしまう  
                  すると ごらん  
                    さびしさと  
                    かなしさがいっしゅんに  
                    さようして  
                    こころぼそい  
                    ひとのにくたいは  
                    すでにたかいねつをはっしている  
                    りっぱに きちんと  
                    かぜをひいたのである  
                        
  (かぜのひきかた)  
                   
                   
                   
                     
                   一篇の詩のなかに流れひろがる哀しみと喜び、浮揚する空想の物語。永遠に放たれた情景、過去なのか未来なのか、呼吸の音、人がいて、会話があって、陽の滴、泪の影、平明な言葉の中にやわらかく収束する余韻、浅草で生まれ向島で育った辻征夫。 
                     抒情詩人として歩み、貨物船(俳号)なる俳人として歩み、小説も書いた。平成12年1月14日午後9時21分、脊髄小脳変性症起因による運動機能に障害が起こる難病のため、千葉県船橋市の病院で亡くなった辻征夫は、小説『ぼくたちの(俎板のような)拳銃』にこう書く。〈-----書くことはもういちど生きることのようだった。そしてもういちど生きなければ、生きたことにならないのではないかと思った〉。 
                     
                     
                   
                   
                    
                   霊園の正門から一番遠いところにあった辻征夫の墓所。茜雲を微かにのこして冬の日は落ちている。急速に空の色が変わって、見る間もなく色を失っていく世界。還り来ぬ物語を秘めて、いまある場所に形を置く「辻家」墓。風の音も強くなって、闇がするりとおりてくる。コートのポケットに凍えた両手を突っ込んで『突然の別れの日に』を想う。〈ぼくはもうこのうちを出て 思い出がみんな消えるとおい場所まで 歩いて行かなくちゃならない そうしてある日 別の子供になって どこかよそのうちの玄関にたっているんだ〉。 
                     新しい家と、新しい家族と、新しい未来と、無味乾燥なこの世界の中に、ああ今日もまた一人、心に宿る詩人が生まれていればうれしい。 
                   
                   
                   
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                      
                    
                    
                    
                  
  
                    
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