2002年2月


「R.P.G」
宮部みゆき 集英社文庫

 ネット上の疑似家族の「お父さん」が殺害され、3日前に絞殺された女性との遺留品が共通する。合同捜査の段階で、「模倣犯」の武上刑事、「クロスファイア」の石津刑事により、疑似家族の残りお母さん、カズミ、ミノルの取り調べが行われる。マジックミラーの向こうで、「お父さん」の実の娘、一美が自供を見守る…。

 物語は、取調室に限られる演劇的な空間。ネタは単純でミステリー性は低く、どっちかというと叙述ミステリーという雰囲気。長さも文庫一冊にはちょっと短く、中途半端。まあ、それなりには楽しめるけれど、ちょっと物足りないという印象が強い。
 ネット=ヴァーチャルという視点自体がちょっと古くさく感じた。


「ヒトラーの脳との対話 パラノイアに憑かれた人々 上」
- Interview with Hitler's Brain/Whispers:The Voice of Paranoia - Ronald K.Siegel
ロナルド・シーゲル 小林等訳 草思社

 「ケイブマン」を読んだせいでパラノイアものを読んでみる。パラノイアとは妄想系の精神障害で、妄想症、偏執病とも訳される。
 著者はカリフォルニア大学ロサンゼルス校精神医学行動科学科准教授であり、麻薬関係の鑑定証人を努める。タイトル通り、著者が関わったパラノイアについてまとめた11のケースをまとめた話であるが、パラノイアとともに、著者本人もかなり危ないヤツ。検証のために、自分で麻薬をやって実証する。ロナルド・シーゲルの視点は好奇心の目ではないが、「火星の人類学者」「妻を帽子とまちがえた男」のオリバー・サックスの様な、患者を見守る暖かい目は無い。著者自身がパラノイア・マニアな印象を受ける。
 原因が薬物、脳の障害であってもパラノイアとして捉え、本書では著者の専門もあって、麻薬がらみのパラノイアが多い。

 コンピュータでヒトラーの脳を蘇らせた大学院生のヒトラーの脳との対話、個人監視用人工衛星に監視されていると思いこんでいる科学者、歯がささやくと訴える老女、相手も自分を思っていると妄想を抱くバレリーナ、の5例が上巻。
 猜疑心、敵対心、投影、妄想がパラノイアの特徴と言えるらしい。


「蟲の群が襲ってくる パラノイアに憑かれた人々 下」
- Invasion of Bugs/Whispers:The Voice of Paranoia - Ronald K.Siegel
ロナルド・シーゲル 小林等訳 草思社

 蟲の群が襲ってくる妄想、殺人生物群、チェス・プレイヤー、自分を神だと信じる失業者、小人の襲撃に備える麻薬の売人、証言のために寝台列車での殺人者の追体験する著者の6例が下巻。特に、被告の精神状態を理解するため自分自身で実験する最後の章は、パラノイアより著者の方が怖い。


「ファーストフードが世界を食いつくす」☆
- Fast Food Nation - Eric Schlosser
エリック・シュローサー 楡井浩一訳 草思社

 音楽雑誌の「ローリング・ストーン」に掲載された二部構成の告発記事が元になっている。若者向けに書かれていたというのは大したもんだと思う。広範囲な調査と綿密な取材が感じられる。
 
 香料で作られた味のハンバーガーやフライドポテト、それが破壊するのは子供たちの健康と味覚だけではなく自営農民、労働者、国家の産業、つまりは経済、社会、文化さえも破壊する事が判る。
 食べ物の中身も恐ろしいが、その生産の現場の描写が恐ろしい。過酷で非人間的な分業システムで働く、低賃金の労働者。特に鎖かたびらを着て肉を切り分ける作業の描写が圧巻。
 「トキシン-毒素」「死の病原体プリオン」とこの本で、三大アンチ・ファーストフード本としたい。


「ケイヴマン」
- The Caveman's Valentiine - George Dawes Green
ジョージ・ドーズ・グリーン ハヤカワ文庫

 ニューヨーク、セントラルパークの中の洞窟に住むホームレスの通称ケイブマンことロミュルス。かつては著名な音楽家であったが、今はクライスラー・ビルを根城とする悪の首領スタイヴェサントが光線で狙っていると信じるパラノイア。そんなロミュルスが洞窟の前で発見された青年の死の謎を追う…。
 
 ストーリの展開に盛り上がりが無く冗長な印象を受けるが、それを上回る不思議な感覚がある。パラノイアの現実と妄想がごっちゃになった思考の流れをすんなりてしまう奇妙な体験を味わえる。また文章が、簡潔で美しく、それが元芸術家のパラノイアという不思議な世界を構築している。
 不思議な感覚だけに、もっと面白くして欲しかった。ちょっと残念だけど、捨てがたい。


「M(エム)」
馳星周  文藝春秋

 中編集。外資系企業のサラリーマン、児玉弘樹の義理の妹への妄想の「目眩」。就職活動中の内藤裕美の幼なじみの父である金子達也への恋、そしてデートクラブでの売春の「人形」。夫は失業中、小学生の息子にはいじめられっこの疑惑の中、自分は伝言ダイヤルで援助交際を続ける主婦の小川聡子の「声」。親を殺した稔、汗をかかないSM嬢にのめり込む「M」、の4作。

 普通の人々が、どこか精神にひっかかるような幻に落ちていく、このスタイルは馳星周らしい。中編としてはそれなりに面白いが、個人的には長編の方が好き。


「23分間の奇跡」
- The Chidren's Story..but not just for children - James Clavell
ジェームズ・クラベル 青島幸男訳 集英社

 一つの国が敗れ、占領され、新しい教師による新しい教育が始まる9時に物語は始まり、23分で終わる。短い物語。
 日本人が読むと、第二次世界大戦後の占領軍による教育を連想する。正直、どう読んでいいのかとまどう。洗脳者とも読めるし、新しい改革とも読める。善悪は明確に無い。寓話ではあるけれど、やはりどう読んでいいのか判らない。
 映画の脚本、制作者のジェームズ・クラベルの唯一の短編。


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