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先日、朝の散歩途中で下山口の旧街道沿いに貼られたポスターが目にとまった。9月13日の丸山稲荷神社の八朔大祭(はっさくたいさい)の案内だった。かつて山口村を構成した各村には各々に村の鎮守がある。名来の愛宕神社、下山口の丸山稲荷神社、上山口の城垣内稲荷神社(秀吉大明神)、金仙寺の金仙寺観音、中野の皇太神社、船坂の山王神社などである。丸山稲荷神社の八朔大祭は下山口自治会の祭礼である。
その八朔大祭の日がやってきた。11時前に会場である丸山の西麓にある丸山稲荷本社に到着した。折りよく境内で会場準備中の知人に出くわした。知人に紹介されて進行役の方に祭礼の写真撮影の了解をもらった。ちなみに「八朔大祭」は、五穀豊穣を祈願し、秋の収穫期を前に氏神に参拝する祭礼とのことだ。「八朔」は「八月朔日」の略で旧暦の八月一日を意味し、早稲の穂が実る頃の祭礼といえる。 |
11時に本殿で祭礼が始まった。公智神社の宮司の息子さんで顔見知りの禰宜さんが祭礼の司祭である。参列者が本殿内とその周りのテントに着席する。司会者の紹介でこの祭礼が自治会の主催のもとに下山口の様々な団体のお世話で営まれていることを知った。式次第に従って参列者お祓い、御神体開扉(かいひ)、献撰(供物奉納)、祝詞奏上、玉串奉奠などの神事がとどこおりなく進められる。 |
祭礼が終了した後、12時からは直会(なおらい)となる。神事に参加した一同が神酒を戴き神饌(供物)を食する行事である。本殿の階段下の長床の座敷には飲み物、お弁当が準備されている。稲荷神社という農業神の氏子たちの神事を媒介にした懇親の場なのだ。
13時からは恒例の「こども相撲大会」が始まる。各地の神社の八朔大祭でしばしば奉納される行事のようだ。境内にしつらえられている土俵が祭礼前に係りの世話人たちによってきれいに整備されている。小学校高学年と低学年に分かれてトーナメント形式で争われる。ズボンの上からマワシを締めて東西から豆力士たちが塩をまきながら登場する。土俵際に集まった観客たちの声援が大きくなり、近親者の切るシャッター音が頻繁になる。行事役の世話役さんの軍配が返る。珍プレイ、好プレイを交えながら1時間ほどの熱戦が続いた。優勝者がはにかみながらも得意満面の笑顔で賞品を受取る姿が微笑ましい。 |
14時からは、これも恒例の「餅まき」である。本殿前の石階段の踊り場から境内で待ち受ける参拝者たちに向って山のように盛られた小餅が次々と投げこまれる。主催者や来賓の手で投げられるお餅の群れが中間の赤い鳥居を越える度に嬌声が上がる。さしもの山盛りの小餅もあっという間になくなり餅まきも無事終了した。 途中で知人のお父さんと懇談の機会を得た。下山口の長老といえる年配である。この祭礼だけでなく丸山稲荷神社の来歴なども教えて頂いた。社務所に案内され、額に掲示された古文書もみせてもらった。天保11年(1841年)に下山口村の有志が伏見稲荷大社の分霊を勧請して奉祀した時の古文書とのことだった。 農耕社会の典型的な伝統行事の実態をつぶさに見聞した。農耕という共同作業を媒介とした村落共同体の絆を固めあう伝統的な行事なのだという感想を抱きながら、2時半頃に丸山稲荷神社を後にした。 |