WALKING IN SEOUL

良洞 − 南山 − 慶州 (2001年3月6日)

(写真の上にカーソルを置くと説明が読めます)

良洞民族村は慶州の北、車で30分くらいのところにあり、150戸360世帯の小さな村だ。民俗村とは言っても、観光客のために保存してある施設ではなく、実際に一般の人たちが暮らしている。15〜16世紀に形成された典型的な両班村だそうだ。

幹線道路から標識に従って降り、細い道を入っていくと村の手前に観光案内所らしき駐車場付きの建物とトイレがある。観光シーズンにはバスで訪れる観光客もいるのだろうが、この時期は建物も閉まっていて、他に観光客らしいのは韓国人のカップル1組。彼らも私たちが着いたときにはすでに観光をすませ、車に乗り込むところだった。他に駐車中の車はない。

村の見取り図もあったが、すべてハングル標記なので何がなんだか。たいして広くもない村なので、そのまま歩きだす。畑に囲まれたあぜ道を歩いていくと丘の中腹に段々畑があり、それに沿うように藁葺きの屋根が並んでいる。日本の藁葺き屋根とはちょっと趣がちがっていて、こんもりした感じだ。近くによって下から見ると、色の違う藁の層が幾重にも重なっている。下にいくほど色が乾いた感じになっているところを見ると、毎年新しい藁を上からかぶせていっているようだ。だからこんなにこんもりした形になるのね。妙に可愛い。

それにしてものどか。人の姿もほとんどなく、たまに庭でなにやら動いてる気配がするが、話声も聞こえない。若い人は働きに出てしまい、お年寄りだけが留守番しているのだろうか。丘の上のほうまでいって、人が住んでいるのかいないのか、よくわからないままに養拙亭なる庵から下を眺めると、昔風の韓服を着たお婆さん、ゆっくりゆっくり杖をつきながら歩いている。とても今が2001年とは思えない風景だ。

樹々の枝にはカササギの巣があちらにもこちらにも。韓国語の授業で最初に教わった言葉の中に「カチ」というのがあって、カササギのことだと聞いたのだが、「どうして初心者がカササギなんて言葉を覚えなくてはならないんだろう?」と不思議に思った。こちらに来てみて納得。こんなにも韓国の人たちの暮らしに密着している鳥なんだもの。

こういう藁葺きと瓦葺きの屋根の家が丘の麓から山頂に向かって段々に建っている




写真が暗くてわからないかな。藁の層が重なっているのですが




どこの家にもキムチの甕がある




韓服を着て歩くお婆さん

小さな村なのですぐに見終わってしまった。そろそろお腹がすいた。食事が出来そうな店は2軒しかない。入口近くにある「友好茶屋」というところに行ってみた。看板はあるが、小道を入ったところはごく普通の民家の縁側。どうなってるんだろう?と立っていると奥から主婦らしき人が出てきて、「どうぞ、どうぞ」と手招きしている。招かれるままに縁側の横を抜けるとそこは中庭になっていて、左が母屋の勝手口、右に小さな離れが建っていた。離れには小さな窓がついていて、それが開いているので、中で5〜6人の韓国人主婦グループが大声で談笑しながら食事をしているのが丸見え。どうやら彼女たちも観光客らしい。

母屋のほうから韓服を着た品のいい男性が現れる。この家のご主人らしい。「こちらにどうぞ」と主婦グループの隣りの部屋の扉を開けてくれたので、靴を脱いであがった。扉を開けて、地面から30センチくらい上がった床によじのぼる形になる。これって、昔は使用人の部屋だったのだろうか? 中は例によてオンドルの床で、中央にテーブル、壁にはカレンダーや時計、鏡、ハンガーまでかかっていて、なんというか片づけていない他人の部屋に勝手に上がり込んでる気分。男性がメニューを見せてくれるが、たいして品数はない。このへんの名物だという山菜ピビンバを注文した。5000ウォン。

ゆうべのサンバプの店も、けさの食堂でも、どうやら男性(家長)は客の接待にあたり、女性は裏で調理するというのがこちらの流儀らしい。ここでも私たちの到着とともに母屋の調理場らしき方向から女性たちの声や調理の音が聞こえてきた。料理を運んでくるのは女性だ。

ピビンパは山菜をたっぷり使ったヘルシーなタイプで、例によって副菜の小皿がたくさん並ぶ。きゅうり(ズッキーニ?)の輪切りにハーブで模様をつけてフリッターにしたものがとてもお洒落だった。あとで話したときに家長は英語を話していたので、西欧からの客が多いせいかもしれない。

お勘定は家長の仕事だ。中庭にある甕を見せてもらった。中は全部キムチなのかと思っていたら、醤油やらコチュジャンやら調味料の甕もある。「これは200年前からのもの」と家長が誇らしげに言っていたが、そ、そ、それって甕のことよね(^^;)? 調味料だとしたらちょっと怖すぎる。

友好茶話の離れ




例によって食べ始めてから写真を撮るのを思い出した




友好茶屋の中庭

お腹がいっぱいになり、じゃあ、あとは南山で仏像でも見て歩いて腹ごなしにしようか、と慶州に戻った。ガイドブックによると、いくつかのハイキングコースがあるらしいが、あまりがんばって歩く気分ではなかったので、出来るだけ車でそばまで行けそうな拝里三尊石仏立像までと思ったのだが、なぜか車では入れない。仕方がないので、手前の松林のところで駐車し、林の中に入っていった。入口には人が数人固まっていて、土産物を売ってるようでもあり、ピケを張って何かのデモをしているようでもある。林の中にも木と木の間に1メートル四方くらいの布になにやら書かれたものがあちこちに吊ってあって、落着かないったらない。単に「落石注意」とか「火気厳禁」などと書いてあるのか、あるいは「賃上げ要求」とか「不当解雇反対」などなのか、ハングルは読めても意味がまったくわからないので気になって仕方がなかった。

とはいうものの、登り道をどんどん登っていくに従ってこうした標識はなくなり、松林を吹き抜ける風の音と、小川のせせらぎの音、そして小鳥の鳴き声だけが聞こえるようになっていく。う〜ん、こんなに静かな場所を歩くのは何年ぶりだろう。

と感激はしつつも、悲しいかな日頃運動不足のうえ食べたばかりでお腹の重い3人は、「まだ歩くのかなあ」「もうどのへんまで来たんだろう」「地図だとそろそろ石仏があるんじゃない?」とだらしのないことおびただしい。たまに傍らを我々より年のいった方々が慣れた足取りでさっさと通り抜けていく。みんなこのあたりは毎日の散歩コースといった雰囲気だ。

やっとのことで何かそれらしいもののある所に来た。「げ、ここってまだ地図のここだ」「え〜っ! 10分の1も来てないじゃない。あとまだこんなに登らないと見られないの? だったら私、もういい。見なくてもいい。今来た道を戻ろう。今まらまだ間に合う」なにやら遭難しかけてでもいるような会話が交わされ、あっという間に合意が出来て戻り始めた(^^;)。

旅館に戻ると部屋の用意が出来ていて、鍵を渡された。これがなんと木のしゃもじに結びつけてある。ユーモアなんだか縁起かつぎなんだかわからないな。この旅館、働いてるのがみんな人のいいお兄さんばかりで、なんとなく商売っけがないのよね。多分、部屋の掃除をしたりするのは女性なんだと思うけど、姿はまったく見かけない。友人たちは最初に見せてもらったフロントの傍の部屋で、私は2階だった。上がってみるとけっこう広くて、廊下に沿って部屋が10くらいはありそう。人の声も聞こえるので、泊まり客は私たちだけではなさそうだ。

夕食までにはまだ時間があったのでめいめい部屋で昼寝することにした。ベッドに入ろうかと思ったけど、着替えるのも面倒なので、床に枕だけ置いて上着をかけて寝てしまう。オンドルの床だとこういうことができるから幸せ(*^_^*)。

2時間くらい寝て起きた。「なんだかお腹がすかないなあ。どうしてだろう?」と考えてみたら、朝からしっかり食べたうえに、市場で買った餅をことあるごとに車の中で食べていたのだった。だっておいしいんだもの。周囲にまぶしてある黄色と黄緑の粉がきな粉かと思ったらちょっと違っていて、もうちょっと粒子の粗い黍みたいな感じ。甘いのは餅の中に入った餡だけだから、あっさりしていていくらでも食べられる。が、そこはなんといっても餅だからしっかり腹もちするのよね。

たったひとつ見られた南山の石仏






定番備品。ティッシュペーパー、櫛、水、灰皿。手前が噂のしゃもじキー


シングルベッドひとつと、床に寝るための布団が1組ある


調度品はTV、鏡、冷蔵庫と必要最低限

1階のロビーに行くとダルマストーブに火が入っている。寒いものねえ。宿のお兄さんが暇そうにTVを見ていたので「セメダイン、イッスムニカ?」と聞いてみた。時計のベルトがとれてしまったのでくっつけたかったのだ。案の定通じなかったので、現物のベルトを見せると「ああ!」と言ってボンドを出してきて私から時計をとりあげくっつけてくれる。そのうち別のお兄さんも出てきて「なにしてんだ?」とちょっかいを出し、ふたりしてああでもない、こうでもないと言いながら妙に熱心に修理してくれた。そのうちに友人たちも出てきて「どうしたの?」。これこれこういうわけでと言うと、「うん、この人たち、やけに親切なんだよね。さっきも酒屋でビール買って帰ってきたら、シャワーの湯がしばらく出してないと出ないというのをずーっと実際にやって教えてくれた」「え〜? あのあとビール飲んでたの?」(^^;)

「きょうは軽くすます?」と友人たちに聞くと「あ、でも、なんか焼き肉食べたい気分になってきたな」と私とは正反対の気分でいるらしい。まあでも、焼き肉のほうが食べる量が加減できていいかも。

というわけで、ガイドブックにも出ている森園ガーデンという店に行ってみた。ここは完全に観光客向けの店らしく、駐車場も広いし、本館と別館がある。手前の土間みたいなところに椅子とテーブルも置かれていて、欧米からの観光客が食事をしていた。私たちはオンドル床の座敷に通される。襖が閉じてあるが隣りも日本人客だ。

店員のお姉さんも手慣れたもので、しっかりした日本語で応対してくれるので、こちらはなんの苦労もいらない。しかし贅沢なもので、そうなればなったでなんだか日本で焼き肉屋に入ったような錯覚に陥ってしまい、つまらない。 向こうも日本人のくせにほんの少ししか注文しない客にあきれているようだ。なにしろ隣りから聞えてくる会話から推察するに、あちらは男性だけの社員旅行のようで大盤振る舞いだ。ごめんね、お姉さん、私たちお腹いっぱいなの。 生カルビ(骨付き)、焼き肉、タン、チヂミ、それにビールを頼んで。3人で68000ウォン。焼き肉はそばにお姉さんがついて、どんどん焼いてくれる。なので、焼けるそばから食べなくちゃいけなくて、休む間もない。団体客を素早くさばくための知恵なのかな。でも、私たちはほんの少ししか注文していないから、そんなに急がなくても・・・ああ、苦しい。

チヂミは大きな皿1枚分くらいのサイズで、かなり油っぽかったので半分くらい残してしまった。するとお姉さんが「おいしくなかったですか?」と聞いてくれる。「はい」と言うのも悪い気がして「いいえ、お腹がいっぱいなもので」と答えてしまった。正直に言ったほうがよかったのかな。でも、お腹がいっぱいだから油っぽく感じたのかもしれないしね。

森園ガーデンはきのうのサンバプの店と同様、町外れにあるので、車で市内まで出て小さな駐車場に入れ、PCバンを探して入った。インターネットカフェだ。こちらには街中にそれこそ山ほどある。もっともほとんどはゲームをさせるのがメインのようで、この店も入っていくと若い男女がみんなゲームをしていたので一瞬ひるみ、「インターネット?」と聞いてみた。すると上の階だと言われる。なるほど、ゲームをする階とインターネットの階に分かれているのね。そりゃ、この喧騒の中でインターネットってのもつらいよね。

パソコンの前に坐ると店の人がスイッチを入れてパスワードなどを入れ、セッティングしてくれる。Nifty のサイトに行ったまではよかったが、自分のパティオのパスワードがわからなくなって、ああでもない、こうでもないとしばらく格闘。なさけない・・・。やっとのことでたどり着き、日本に残っている友人にみんなでメッセージを書いて(日本語は読むことはできるが書くことはできないので英語・ローマ字まじり)送信した。これだけのことに30分もかかってしまった。30分700ウォン。駐車場は1時間1000ウォンだった。

旅館に戻り、そばの酒屋でビールと焼酎を買って帰り、部屋で宴会。なぜか友人たちの部屋には冷蔵庫がなく、床がオンドルなので、気をつけないとせっかくの冷えたビールがすぐに生ぬるくなってしまう。「この部屋ってひょっとしたら使用人部屋なんじゃないの? ドアに部屋番号が書いてないもの」「でもまあ中の作りは同じだからかまわないけどね」「もともと家族の部屋に泊めてるような感じだものね、どこの旅館も」

12時すぎに自分の部屋に戻り、シャワーを浴びようとしたら、お湯が出ない! 友人の話を思い出してしばらく水を出してみたが、それでも湯にならない。どうやら夜遅くなるとボイラーのスイッチを切ってしまうようだ。食事の前にすませておけばよかった・・・。仕方がない。あきらめて寝よう。ベッドの脇の壁からリモコンのようなものが下がっている。オンドルの温度調節器らしい。そうか、ここのオンドルって電気が熱源なんだ。だからお湯が出なくても温かいのね。これなら使ってない部屋は暖めなくてもすむから経済的なのかな。


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