
WALKING IN RUSSIA
PART 1
「1台見送るつもりで行けば、必ず座れますよ」
旅行社の人の言葉を信じて1時間早く駅についた私。ボストンバッグは1週間前に日通便で送り済みなので、小さなリュックだけの身軽ないでたちがうれしい。るんるん。ホームに降りてみると、自由席の列に並ぶ人は意外に少ない。これなら、次の電車でも座れるのではないかしら。ラッキー!
10分ほどしてホームに電車が入ってきた。でも、この時間だと発車までほとんど時間がない。車内清掃は省略するのかしら。などと考えているうちにドアが開き、並んでいた人たちは、乗っている人が降りるのも待たずにドヤドヤと乗り込んでいく。「なんてマナーが悪いんだ」と思っているうちにドアが閉って、電車は発車してしまった。
エッ???????
頭の中が真っ白。私の前に並んでいた人の中にも、乗らなかった人が何人かいたので、順番は4〜5番目となった。それにしても今のはどうなってるんだぁ?
みなさんはもうお気づきでしょう。そう、上越新幹線は東京が始発。なのに私は上野に行ってしまったのだ。何台見送ったって座れる当てなんてありゃしない。すごすごと次の電車に乗った私は、通路に立ちながらこれからの先行きに対する不安に包まれるのであった。
2日前の電話が脳裏によみがえる。
「私、このたびの旅行の添乗をいたします、コ・ガ・ワ・と申します」
(1音1音はっきり区切った発音。プロだなあ)
「出発前のご注意をいくつかさしあげますので、メモをご用意ください」
(お、マニュアル通り)
けれど、そのあとに続く注意は、時すでに遅しといったものが多かった。
日差しが強いので帽子、サングラス、水筒を持参のこと 石鹸、トイレットペーパーなどが充分でない場合も多いので用意を 持って行くのは米ドル、それもなるべく小額が好ましい 日通便は遅くとも出発5日前には送っていなければならないのだし、出発2日前にまだ両替をしていない人なんているのだろうか・・・と思ったけど、あまり気難しい参加者だと思われても損なので、「あら、まあ、それはどうも」とか愛想よく答えてしまう。
「で、他の参加者の方たちはおいくつくらいなんでしょう?」
「最高が65歳でいらっしゃいます。それと、今回は珍しいことに10代の方がおひとりいらっしゃるのですよ」
妙にうれしそうだ。が、そこで急に気がついて、
「あ、でも、SHOH様くらいの方もたくさんいらっしゃいます」
と、取り繕うのがかえって失礼だっていうの。団体行動が大の苦手の私に、8日間も知らない人たちと寝食を共にするなんてワザができるんだろうか・・・。
新潟駅西口11番の乗り場からバスに乗る。290円。毎時ジャストと30分という時間割りだ。30分に1本というわけね。大型できれいなバスだけど、確かに荷物を置く場所がないから、スーツケースを持っている人たちは大変そう。約25分で空港着。
旅行社の人から「パスポートチェックなんかありませんよ。ただの国内線空港と変わりませんから」と聞いてはいたが、それ以上(?)かもしれない。な〜んもない。もちろん売店はあるが、売っているのは新潟特産コシヒカリ(自動販売機もあった!)や漬けものばかり。
食堂でお昼を食べたりして時間をつぶし、待ち合わせの場所に行った。旅行社のバッジを胸につけて歩くのは、すご〜く恥ずかしいけど我慢、我慢。カウンター近くに立っていた、紺のブレザー、グレーのズボンの若い男性が、私のバッジを見て寄ってきた。
「*****のお客様でいらっしゃいますね。私が添乗の狐川でございます」
う〜〜〜む。なんというか今どき珍しいタイプだ。添乗員に男性的魅力を期待する気はさらさらないが、よく言えばヤナギバトシロウ、悪く言えば甲子園には行けない高校球児といったところ(ごめんね、狐川さん!)。話し方はあくまでソフト、ささやくよう。
さて、全員が集まり、説明が始まった。同じ旅行社の旧ソ連一周15日間の人たちもハバロフスクまで一緒なので、30人くらいが集まっている。どの人がどちらのツアーなのか、まだわからない。さすがに年齢層は高い。例の10代少女は背がすごく高く、いかにも運動やってました、というタイプだ。てっきりひとりかと思っていたら、30代くらいの男性が連れらしい。父親には見えない。ふむ。どういう関係かわかるまでは、うかつに声をかけては悪いかもしれない、とぐっと我慢をし、とりあえずニコッとだけしてみせた。
狐川さんは、説明の最後にこう付け加えた。
「え〜、この度は日程の変更等がございまして、大変ご迷惑をおかけいたしました」
全員がうなずく。
「今後はさらになんらかの変更が起こる可能性も充分ございますので、その節はどうぞ事情をご理解いただきまして、ご了承いただけますようお願いいたします」
全員うなだれた。さて、ようやく出発ロビーに入るのだが、ここの危険物チェックはことのほかきびしい。なぜか、金属探知ゲートをくぐる人が軒並ブザーが鳴ってしまい、そのたびに白い手袋(気持ちわかるなあ)をはめた女性係員が入念にボディチェックをする。手荷物は小さなポーチの類まで全部開けて、中身をチェック。成田でもこんなの見たことなかったなあ。と、思って壁に目をやったらポスターが1枚。
「ハイジャックのない空、楽しい旅」
そりゃそうだ。
さて、さまざまな酷評を聞かされていたアエロフロート初搭乗。搭乗券には狐川さんの字でいちいち「右列窓側」とか書き入れてある。そこまで世話を焼かなくてもと思ったが、実際に乗ってみて納得。ロシア文字で座席表示が読めないんだわ。
なんでも新潟ーハバロフスク間は国内線扱いだそうで、機内は狭い。なぜか、天井附近からスモークのような冷気がシューシューと吹き出している。まるで、これからロックコンサートでも始まるかのような勢いだ。寒がりの私は、これを一目見るなりまず毛布を確保しようとした。ところが、これが最初から4枚しかない。あわてて1枚を抱きしめる。
あややや。水色の毛が私の黒いTシャツ一面にべったり。ふえ〜ん。よく見れば、洗濯なんかしばらくしてないような感じ。
冷気はその後、窓の縁から絶え間なく吹き出してきた。場所によっては窓が凍りついて、外がまったく見えない席もあったようだ。
予想と違って、スチュワーデスさんはきれいだあった。特にひとり、ボンドガールか(古いね私も)と思うほどの超美女がいて、彼女が救命胴着の装着法を説明するのを、みんなしてうっとりと見てしまう。
愛想も悪くない。飲み物の種類は少なくて、ミネラルウォーターと色をつけただけのジュースくらいしかなかったのだが、水を頼むと「氷を入れますか?」と聞いてくれた。
ランチも配られた。きれいなブルーの紙箱で、なかなかおしゃれだ。が、喜んでテーブルをおろしたとたんに、
「わっ!」