
WALKING ON A HILL OF HEATH
ヒース・ストリートを戻り、駅まで来ると左に曲がるハムステッド・ハイ・ストリートという通りとぶつかる。今度はこの通りをずんずん歩く。
両側はおしゃれなブティックが並んでいて、日本で言えば青山や原宿(昔のね)みたいな感じ。人通りもかなり多いけど、観光客よりは住んでいる人のほうが多いかな。
車も多く通るし、にぎやかではあるけれど、ビルがなくて建物が低いのと緑が多いのとで、歩いていて気持ちがいい。店の外に椅子とテーブルを出して、外で座って飲めるようになっているパブがたくさんある。
夏のセール真っ盛りの店を横目でチラチラと眺めながら(実は何軒かには吸い込まれたのだけれど)、どんどん道をくだっていくと、左側にダウンシャー・ヒルという通りが見えてきた。
ここを曲がってずんずん行くと、もう完全に住宅街。それもほんとうにきれいな家ばかり。さらにしばらく行くと、キーツ・グローブという通りにぶつかる。そう、ここは詩人キーツが住んだ家のある通りだ。
緑はますます濃くなり、家と緑の比率が繁華街が7:3だったとしたら、ここは3:7という感じ。日本でいうと軽井沢みたいといえばわかりやすいかな。
キーツ記念館は、このキーツ・グローブを端のほうまで歩いたところの右側にひっそりとあった。記念館といっても普通の民家で、庭を通って玄関まで行き、勝手にどんどん家の中に入って行って見ることができる。
向こうの住居って、靴のままあがるから、あんまり人の家に侵入してるという気持ちにはならない。これが日本だと、いくら公開された住居といっても、なんとなく悪いことをしているような気になってしまうのが不思議だ。
小さい庭にはベンチがあり、そこに座って熱心に本(キーツの詩集だろうか)を読んでいる女性がひとり。
さあ、中に入ってみよう。
それぞれの部屋は意外に小さい。天井も低い。欧米は、日本とは違って住宅事情がいい、という思いこみがあるせいかもしれないけれど、「なんだ、これなら日本のウサギ小屋とたいして変わらないじゃない」なんて思ってしまった。
でも、よくよく考えてみたら、2階建て(地下室もある)で、各階に4つも部屋があり、庭もある家なんて、東京じゃあ絶対に住めっこないわね。
キーツの寝室には、フリルのついた天蓋付きの可愛らしいベッドがあって、これまた意外。だって、みょうに少女趣味なんだもの。あ、ひょっとしたら、このベッドはあとからこの家に住んだ女優のものなのかな?地下は台所なのだが、これが使い方のよくわからない作りになっていた。かまどはあるのだが、煮炊きをする部分がなくて、どうやって調理をしたのか見当もつかない。オーブンだけですませていたのだろうか? でも、お湯が沸かせなくては、お茶も淹れられないわよね。
ロンドンの美術館の多くがそうだったが、ここも基本的には入場無料。寄付だけでまかなっている。1階の奥の部屋にその寄付金を入れる箱が置いてあり、そのそばに来訪者の名前や感想を書くノートが置いてある。
へえ、日本人もけっこう来ているのね。
寄付をしようとしてお財布を出した。3ポンドくらいでいいかなあと箱に入れてから、ちょっとイケナイ考えが浮かんだ。
「小銭がどんどんたまっちゃって重くてしょうがないから、これも入れちゃおう。塵も積もればだわよね」
勝手に決めて、お財布の中の小銭をガンガン入れてしまう。
「ああ、これでずいぶんリュックが軽くなった」と思いながら、向き直ったら・・・なんと部屋の隅のほうの椅子に座ってこっちを見ている中年女性と目が合ってしまった。
そうか、ここにはお金が置いてあるから、一応だれかが見張ってるんだ。それにしても、さっきからの私の一部始終を見られてしまったのかと思うと・・・恥ずかしくて顔から火が出る思い。
しかたがないのでにっこり笑い、向こうも笑みを返してくれたので、そしらぬ振りを装いながらその部屋を去ったのであった。