1st Stage <One of these days> |
もし、ここに悪魔がいたなら口元を歪めるであろう、一人の少年が自らの姿を鏡に映しながら独り言を呟いている。暗雲に包まれた闇の中に薄紫色の蛍光色を放つワイシャツが少年のシルエットを浮かび上がらせている。少年を囲むように黒銀板が三つ直立し、その表面には少年の正面、右手、左手をぼんやりと映している。背後には深淵な奈落へ繋がる断崖が迫っているが、少年はそれに気付いていない。ただ、目の前のモノリスに話し続け、時折、俯いたかと思うと、突然、大声を発する。まるで独り芝居の役者のように弛緩、緊張の動作を繰り返すのみ。
「誰も判ってくれないんだ・・・」
少年はふらふら直立している。両腕をだらんと落としたまま、顔を伏せ、ポツリポツリ言葉を絞り出している。傷ついた心のかさぶたを一枚一枚剥がしていくような痛々しい血の匂いが辺りに立ち込める。
「何も判っていなかったのね。」
顔を上げたかと思うと、黒色の鏡を見つめる。やや責めるような冷たく低い響きが僅かな口の動きによって紡ぎだされる。
「イヤな事は何もない、揺らぎのない世界だと思っていた・・・」
「他人も自分と同じだと一人で思い込んでいたのね。」
誰かと話しをしているようだ。声の高低からそれは女の子だろう。少年はその声を発する時のみ鳶色の瞳に精気が宿り、自分を視野に入れるらしい。しかし、言葉を口にした途端、瞳の焦点は失い、再び虚脱した木偶人形が生まれる。
何かに気付いたのように、少年は顔を上げる。目の前の自分の姿を敵意を込めた瞳でじっとみつめている。
「裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったんだ・・・」
突然、感情を爆発させる。膨張したマグマの熱い滾り。心がひび割れ噴出する激声。飛び散った鮮血が少年の身体を赤く染め、滴り落ちる。拳は固く握られ、目は固く閉じられている。
「最初から自分の勘違い。勝手な思い込みにすぎないのに。」
その勢いを抑えようとする声。しかし、溢れ出る激情は更にボルテージを上げる。
「みんな僕をいらないんだ・・・。だから、みんな死んじゃえ!」
「僕がいても、いなくても、誰も同じなんだ。何も変わらない。だからみんな死んじゃえ!」
「むしろ、いないほうがいいんだ。だから、僕も死んじゃえ!」
「でも。その手は何のためにあるの?」
「でも。その心は何のためにあるの?」
という少女の問いかけも聞えない。ただ一つ、
「では、なぜココにいるの?」
少年は立ち尽くした。
凍り付いた風景。全身を染めた血液はどす黒く凝固し、少年の輪郭を闇に浮かばせる。
カサカサ…カサカサ…
少年は纏いつく血塊を壊さない慎重さをもって、鏡に顔を向ける。
…カサ…
口元が微かに開く。
冷たい風が背中を通り過ぎる。
「ココにいてもいいの?」
鏡に映る自分の姿に乞うような視線を送る。
断崖から吹き上げられた風が鏡を揺らす。
「ひ・・・ひ・・・うわぁーーーーー」
少年の絶叫が聞える。
少年は両手で頭を覆いながらその場に蹲っている。
少年は肩を震わせ怯えている。
悪魔の嘲笑が風に震える。
そう・・・答えは自分だけのもの・・・私も・・・
壁の裏側の暗闇。膝を抱えた少女が、俯きながらぽつり呟く。