1999/8/30
FUKUSHIMA STRIKES TWICE


 雨が降っていた。朝六時に目を覚まして外に出てみると、アスファルトがしっとりと濡れていた。取り敢えず様子を見ることにして家に戻り、朝食を摂り、着替えを済ませて出発の時を待った。
 七時半丁度に、バイクに荷物を積むために再び外へ出て見ると、雨はあがっていたが、空はまだどんよりと暗い。天気予報ではこれから晴れてくるというので、それを信じて合羽は着ないで出発することにする。
 八時少し前に家を出発し、常磐道の桜土浦ICを目指す。車の数もまばらで、四十分ほどで常磐道に乗ることが出来た。空は依然として陽が出る気配すらない。
 リアシートに積んだ荷物のせいで、ペースの早い常磐道の流れに乗るのに苦労する。北に向かうにつれて空は一層暗さを増していき、しかも、スモークシールドを通して見ているせいで、今すぐにでも雨が降り出しそうに見える。夏休みの最後の週末を行楽地で過ごそうとする車の群が、水戸を過ぎた辺りでやっと姿を消し、タイアが路面の継ぎ目を拾う単調な音に身を任せながら、走行車線をのんびりとしたペースで走る。ヘルメットの中で「ドナドナ」を唄いながら。
 九時半に中郷SAに到着し、まずは給油する。燃費を計算してみると、リッター当たり三十キロほどだ。バイクはどうやら完全に復調したらしい。バイク専用の駐車スペースにバイクを停め、トイレに寄ってから缶コーヒーと五千円分のハイウェイカードを買って、バイクのところへ戻った。
 バイクまで戻る途中で、文ちゃんのバイクが入って来るのが見えた。ヘルメットを脱ぐなり、「早いっすネ」と言う。そう言う文ちゃんだって予定時間より二十分以上も早いのに、と思ったが、それなのにさらに早く俺が到着していたことを指して言ったのだ、ということにやっと気が付いて、「まあね」と答えるのが精一杯だった。

 ツーリング部のイベントとしてバイクで福島を走るのは、今回で二回目だ。前回からもう三年の月日が経つ。やーふるだけが、今回初めて福島ツーリングに参加するメンバだ。
 大盛り野郎が長期出張で上京しているので、その間に一度ツーリングに行こうというのが発端で、季節的に必然と北へ向かうことだけは決まっていて、一泊のツーリングなら、勝手の分かる場所の方が時間を無駄にしなくて良いだろうということになり、福島行きが決定したのだった。
 キャンプ地は、前回と同じ沼沢湖にしようと決めた。前回、そのキャンプ地近くの西山温泉という温泉に寄ったのだが、露天風呂が工事中で、室内風呂にしか入れなかった。その露天風呂に入る、というのが、今回のツーリングの主な目的だ。
 大盛り野郎は、熊本から自分のバイクで自走して上京するかどうか迷っていたが、結局レンタルバイクを利用することになった。外環大泉ICの近所にバイクを貸し出してくれる店を見つけ、そこでバイクを借りることにしたようだった。レンタルできるバイクのリストには、アプリリアの二百五十や隼やブラックバードといった、一度は乗ってみたいと思わせる魅力的なバイクもあり、大盛り野郎が何を借りてくるかは、当日、合流するまでの楽しみにすることにして、敢えて聞かないでおいた。
 沼沢湖へ行くには、磐越道の会津坂下ICで降りるのだが、常磐道から磐越道に入る俺と文ちゃん、圏央道〜関越〜外環〜東北道から磐越道に入るやーふる、外環〜東北道から磐越道に入る大盛り野郎と、メンバの出発経由地がまちまちなため、それぞれ合流地点を、常磐道中郷SA、磐越道磐梯山SA、キャンプ地近くのスーパー、と決めておいた。
 やーふると大盛り野郎は当初、東北道のSAで合流して一緒に来ることにしていたのだが、大盛り野郎がバイクを借りる店が午前十時まで開かないとわかり、大盛り野郎一人でなら、四時間ほどで現地に辿り着けるだろうとの目論見から、やーふるは一足先に出発して俺と文ちゃんと高速上で合流することになった。
 大盛り野郎とは彼が会津坂下ICを降りたところで、携帯電話で連絡を取り合うことにして、そこからキャンプ地へ向かう途中のスーパーで、買い出しを済ませた先発隊と合流することにしてあった。彼は前回も参加していたし、待ち合わせ場所は前回買い出ししたのと同じスーパーだったので、何も問題は無いだろうと考えていたのだった。「馬鹿の考え休むに似たり」とも言うが……。

 いつの間にか雲の切れ間から陽が出ていて、予定通り中郷SAで合流した俺と文ちゃんは常磐道をさらに北上し、いわきJCTから磐越道に入る。出発間際に大盛り野郎に電話してみると、バイク屋に向かって歩いているとのことだった。やーふるにも電話してみたが、留守番電話になっていて、どうやら走っている最中であるらしかった。
 磐越道は殆どが片側一車線の、高速道路としては狭い道なのだが、渋滞することも稀で、割と快適なルートである。山間を縫うように走っているので、カーブも多く、アップダウンも激しい。二車線や三車線の他の高速道路とは明らかに一線を画し、高速道路を走るときの単調で退屈な感じが微塵も感じられない。流れていく景色も美しい。
 一時間ほど走ったところのPAで休憩を取る。やーふるとの合流地点である磐梯山SAまでは、そこからあと五十キロほどであったし、待ち合わせの時間までは、まだあと一時間あった。そこで煙草を三本ほど灰にしてから、再び走り出す。
 郡山JCTで東北道の下をくぐると、暫くは二車線道路が続く。走行車線のペースの遅い車をバックミラーの彼方に投げ捨てながら、ハイペースで飛ばす。腹が減ってしようがない。空はまた雲に覆われていた。磐梯山も雲の中だ。俺達の目指している方向に雲が幾分少ないのだけが救いだった。
 磐梯山SAに約束の時間の十二時少し前に着いて、駐車場をぐるっと一回りしてみる。やーふるはまだ到着していないようだった。SAの出口に一番近いあたりにバイクを停めて、煙草を吸いながらやーふるの到着を待った。
 一本目の煙草を吸い終わる前に、やーふるのXJRが入ってきた。大きく手を振って合図するが、気が付かない。SAの入り口近くに停めたバイクに跨ったまま、タンクバックに入れた地図か何かを見ているようで、うなだれたまま顔を上げようとしない。文ちゃんが走って行ってやーふるの肩を叩く。俺と文ちゃんがバイクを停めたところまでやーふるがバイクを移動し、ヘルメットを脱いで降りてきて、挨拶を交わす。
 早速SAのレストランに入り、昼食を摂ることにする。席について注文を済ませ、やーふるの話を聞く。
「時間丁度じゃん」
「やーふるのことだから、先に到着してると思ってたっす」
「いやぁそれがさ、たまたまこのSAに寄っただけなんだよね」
「えっ?だって、待ち合わせ場所はここだよって掲示板に書いたでしょ」
「うん。ちゃんとプリントアウトしてタンクバックに入れてあるんだけどね」
「じゃあ、たまたまってどういうことよ」
「プリントアウトはしたけどよく見てなくて、どこで合流するのか電話して聞いてみようと思って寄ったの」
「阿呆かいっ!」
「ほらほらここにちゃんと書いてあるじゃないっすか。十二時に磐梯山SAって」
「ここが磐梯山SAなの?」
「だからここで待ってたんだろうがっ!」
「なんでこんなところに文ちゃんがいるのかなぁって思った」
「待ち合わせ場所だからに決まってるっしょ!」
「いやぁ逢えて良かった。一時はどうなるかと」
「そりゃこっちの台詞だっつぅの」
 奇跡的な偶然によって、なんとかやーふると合流することが出来たのだが、しかしそれにしてもやーふるのアバウトさと強運とに感心する。会津坂下ICで降りることは判っていたようなので、いずれにしても合流することは出来たと思うのだが。ツーリング部の伝説がまた一つ増えた。

 昼食を終えてSAのガソリンスタンドで給油し、予定通りの午後一時丁度に磐梯山SAを出発する。ところどこに設置された外気温の表示は、摂氏二十三度から二十六度の間を示していて、その頃にはすっかり晴れていたのだが、バイクで走っている間は快適だった。会津坂下ICを降りて、一時半には大盛り野郎との合流地点であるスーパーに到着した。会津坂下ICを降りてすぐに交差点があり、左右に走る道路が国道四九号線。そのまま真っ直ぐ進む道が国道二五二号線。その二五二号線を沼沢湖に向かう途中にあるスーパーで、今夜の夕食と明日の朝食の食材を買い込み、駐車場で大盛り野郎が到着するのを待つ。
 俺の考えでは、遅くとも二時半から三時までの間には到着するだろうと読んでいたのだ。彼のことだから、きっと昼飯も喰わずに、給油する間に煙草を一本吸うだけで走り続けるだろうと思っていたのだ。事実、彼自身もそのようなことを掲示板に書き込んでいた。外環大泉ICから会津坂下ICまでは約三百キロ。百キロ巡航で二回休憩しても、四時間あれば十分な筈だ。十時にバイク屋に着いて手続きを済ませ、遅くとも十時半には出発出来る筈で、それから四時間かけて会津坂下ICまで走り、そこから十分ほどのこのスーパーに到着するのは二時四十分くらいであろう。
 が、実はここで一つの誤算があった。会津坂下ICで降りたら携帯電話で連絡するように大盛り野郎には言ってあったのだが、そのスーパーの駐車場では俺の携帯電話は圏外になってしまって、通話ができない。やーふるの携帯電話も、俺と同じJ-PHONEの文ちゃんの携帯電話も、圏外表示になってしまって役に立たない。まぁ前回もこのスーパーで買い物したし、ICを降りてからここまでは一本道だし、迷うことはないだろうと高をくくっていたのだ。
 ところが、三時近くになっても大盛り野郎が現れない。心配になって公衆電話から電話してみるが、電波の届かないところに居るらしく、いきなり留守番電話になってしまう。仕方が無いので、携帯電話が使えないことと、スーパーで待っているとの伝言を残し、夏の陽射しが照りつける中、さらに待ち続けた。
 三時を回り、それでもまだ大盛り野郎は現れない。電話も通じない。ひょっとしたら俺の携帯電話の留守電に何かメッセージが入っているかも知れないと思い、電話の通じる会津坂下ICまで、捜索を兼ねて行ってみることにした。
 スーパーの駐車場を後にして一キロほど走ったところで、対向車線を走ってくるライムグリーンのバイクが見えた。ひょっとして大盛り野郎か、と思い、すれ違ってすぐにバイクを停めて振り返ると、同じようにそのZRX1100が道端にバイクを寄せて停まっていた。Uターンしてそのバイクに近づくと、やはり大盛り野郎だった。「道に迷っちゃいましたぁ」と言う彼を引き連れて駐車場まで引き返す。
 スーパーの駐車場で彼の話を聞く。
「二時半には会津坂下ICには着いてたんですよ。で、いきなり交差点じゃないすか。まぁ確か真っ直ぐだったとは思ったんですけど、心配だったんで電話したら繋がらなくて、でもまぁいいやと思って走っていったら、どうも変だな、こんな道走った憶え無いなと思って引き返したっすよ。ほら、あそこに見える橋のとこで」このスーパーは、その橋から百メートルほどのところにある。「で、ICまで引き返して右行ったり左行ったりしたんですけど、どうも違うんで、やっぱり真っ直ぐで良いんだと思い直して走ってきたら部長が迎えに来てくれたんすよ。いやぁ逢えて良かった。一時はどうなるかと」
 掲示板にはちゃんと、「IC降りて真っ直ぐ走っていって、その途中のスーパーだよ」と書いたのだが、上京して仕事をしている職場では頻繁にネットに繋げず、そのためログが流れてしまい、どうやら俺の書き込みを見ることが出来なかったらしい。まぁそれでも携帯電話さえ使えていれば問題はなかったのだが、それもままならず、結論としては、「掲示板も携帯電話も、それだけを信じると酷い目に遭う」ということであった。この点は次回以降のツーリングに生かそう。

 ようやく、西山温泉に向かって走り出した。俺、大盛り野郎、やーふる、文ちゃんの順で走り出したのだが、走り出してすぐに、大盛り野郎の後ろのバイクが着いてきていないのに気が付いた。大盛り野郎をその場に残して引き返してみると、スーパーの駐車場を出てすぐのところにやーふると文ちゃんのバイクが停まっているのが見えた。文ちゃんのバイクに近づいてみると、スーパーで買った食材が痛まないようにと購入した氷の入ったビニール袋が破れて、荷物が水浸しになっていた。どうやら駐車場から出るところの段差を越えた衝撃で破れたらしかった。荷物を一つだけ引き受けて、くくり直し、再出発する。
 あんなに晴れていたのにも関わらず、国道から外れて西山温泉へと向かう山道に入った途端、雲行きが怪しくなってきた。午後四時丁度に西山温泉に到着し、着替えやタオルを手にいそいそと中に入る。勝手知ったるなんとやらで、料金を支払ってレジのおねえさんの説明も聞かずにずんずんと風呂に向かって歩く。さっさと服を脱いで温泉に突撃する。タッタカッタッタッター。
 果たして露天風呂には湯が満たされていた。皆でゆったりと湯に浸かり、目前の山並みを眺めながら至福の時を過ごす。ああ、なんて気持ち良いのだろう。ツーリングに出て、一番ほっとするのがこの瞬間だろう。陶然となりながら汗を流す。
 四時半に西山温泉を出発する。と、雨が振ってきた。土砂降りではなかったが、大粒の雨だ。雨の甘い匂いがする。夕立の匂いだ。少し行くと、俺達が風呂に入っているその僅かな間に振ったらしい激しい雨によって、道のところどころに川が出来ていた。
 国道に戻り、沼沢湖を目指す。雨は止んだが、轍に水が溜まっていて、前を走る車が跳ね上げる水しぶきに閉口する。途中、酒屋を発見し、酒類を購入するつもりでバイクを停めた。文ちゃんと大盛り野郎に先に行くように言って、やーふると二人で酒屋へ近づいてみると、閉店していた。自動販売機も、酒類のものだけが無かった。酒無しのキャンプの夜だけは御免だった。この先、沼沢湖までの間に酒を売る店は無い。確か、キャンプ場の管理棟には売っていた筈だが、果たして管理棟が閉まる五時までに辿り着けるだろうか。文ちゃんと大盛り野郎の熱い走りに賭けるしかなかった。
 やーふるを引き連れ、沼沢湖に到着する。管理棟のそばの駐車場に文ちゃんと大盛り野郎のバイクが停まっていて、彼等の姿が見えない。バイクを停めて管理棟に行ってみると、そこはまだ開いていて、中で文ちゃんが手続きをしているところだった。なんとか間に合った。
 手続きを済ませ、酒類を購入して早速テントを張る。テントサイトまでバイクを乗り入れることが出来ないのが難点だが、俺達の他には二組ほどのキャンパーの姿が見られるだけで、酷くがらんとしている。嬉しい。
 タープを張り、テントを張り、荷物をテントに放り込んで、ビールで乾杯する。昼食以来何も食べず、何も飲んでいなかった。風呂上がりに吸った煙草のせいで口の中が粘ついていた。喉はカラっからに乾いていた。ただこの瞬間のためだけに、俺達は我慢を続けた。缶ビールの半分ほどを一気に呑み干す。旨い。体の隅々にまで水分とアルコールとが行き渡り、今、俺達は幸せの絶頂にいた。

 夕食はカレーライスに決めていて、それだけでは物足りないだろうと、やーふるのリクエストで鰹のノッケ盛りを買ってきていた。カレーには鳥の骨付きもも肉を炒めたのと、茄子を入れた。もも肉の量が多すぎたので、半分はカレーに入れて、半分は炒めてそのまま食べることにした。が、調味料を持ってくるのを忘れていて、しかも買い出しの時にそのことを忘れていて、どうやって味をつけるかで悩んだ。と、酒のつまみに買ったプリングルス(オニオンサワークリーム味)が目に留まり、これを粉々に砕いて調味料とすることを思いついた。これがなかなか良い感じで、もも肉を大変美味しくいただくことができた。俺もたまには役に立つことを思いつくものだ。
 飯盒で米を炊き、少しゆるいカレーをかけて喰う。なんだか小学生に戻ったみたいだ。それから簡単に片づけをして、日付が変わるまで、のんべんだらりと他愛のない話をしたり、次の日の予定を立てたりしながら過ごした。やーふるの持参したヨウラテント一号のスパイシーな臭いに辟易した大盛り野郎が、タープの下で寝るというのを残して、それぞれのテントに入って寝た。
 雲に隠れて星も見えなかったけど、とても優しい夜だった。


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