1998/9/12
日はまた暮れる


 翌日、従姉妹が会社を休んで、車で松島へ連れていってくれるという。
 彼女は俺より三つ年下で、白石市内の会計事務所に勤めている。俺の父親は七人兄弟で、父方の従姉妹の数は、二十を越す。殆どの従姉妹達は、父親の実家のある新潟県に集中しているのだが、顔と名前が一致する従姉妹はその半分ほどだ。盆暮れに従姉妹達が勢揃いすることがあるのだが、誰が誰やらさっぱり解らないことがしばしばあって、「久しぶり」等と挨拶されたところで、その名前すら思い出せなかったりする。そんな中、何故か彼女とだけはウマが合った。まぁ、お互い他の従姉妹達とは離れた場所で暮らしている関係で、妙な連帯感が生まれたのだろう。帰省の度に味わう疎外感の中、彼女の姿を見つけるとほっとしたものだ。

 仕事のこと。恋愛のこと。他愛ない会話に花を咲かせながら、車は仙台空港の側を通り、松島を目指していた。別に松島に興味があったわけではなかった。案内すると言われたので従っただけだ。時間だけは売るほどあったし、断る理由もなかった。わがままな旅人のために貴重な有給休暇を使ってくれているわけだから、むしろ感謝すべきことであると気が付いたのは、さらに後になってからだった。

 二時間ほどで松島と呼ばれる辺りに到着し、遊覧船に乗るべく乗り場の駐車場に車を停めた。彼女が二人分のチケットの代金を支払い、何故か紙袋入りのかっぱえびせんを手に船に乗り込んだ。船が出発して間もなく、その訳が解った。カモメの群が餌を求めて船の周りに集まってくるのだ。どうやら、くだんのかっぱえびせんは、カモメの餌だったようだ。
 餌を放り投げてやると、器用に嘴でキャッチする。甲板に取り付けられたスピーカーから、各島の説明がテープによって流されていたのだが、俺達はカモメに餌をやるのに夢中で、一向に聞く気がなかった。島を眺めて悦に入る趣味はないので、その方が楽しかったというのが本音なのだが。小一時間ほどで、カモメの餌やり船は桟橋に着いた。

 売店でソフトクリームを買い、それを舐めながら土産物屋を冷やかして回った。ふと、彼女が焼き物のコーナーで足を止め、熱心に湯飲みに見入っていた。青と紺の中間、といった微妙な色使いのその湯飲みは、確かに女性が喜びそうな一品ではあった。
 魔が差したのだろう。貧乏旅行で余分な金などないはずなのに、何故か「買ってやろうか」と言ってしまった。自分でもよくわからないままに、口をついて出た台詞だったが、きっと彼女へのお礼のつもりだったのだろう。だがしかし、湯飲み一つの値段などたかが知れてる、とタカをくくっていたのが大きな間違いだった。心の底から嬉しそうに、「本当に買ってくれるの? 本当にいいの?」と聞く彼女に、もう、冗談だとは言えない雰囲気だった。
 彼女が、大事そうに両手で包むようにしてその湯飲みをレジへ持っていくと、おばちゃんがレジスタに金額を打ち込む。「五千円です」「は?」「五千円になります」我が耳を疑った。咄嗟に辺りを見回したが、他に客は居なかった。確かに、俺に向かって発せられた言葉だった。「えーと、ご、千円ですか」「はい」間違いなかった。五千円だ。五千円なのだ。たかが湯飲み一つが五千円もするのだ。
 呆然と立ちつくしたまま、俺がなかなか金を払おうとしないものだから、業を煮やしたレジのおばちゃんが再び言った。「五千円です」慌てて財布から五千円札を抜き出し、おばちゃんに手渡すと、レジスタに飲み込まれていった五千円札と引き替えに、土産物屋の店名が印刷された包装紙に包まれた湯飲みと、レシートが戻ってくる。それらを受け取って振り返ると、彼女は笑いをこらえるような表情になっていた。ちくしょう騙された、と思ったが、素直に「ありがとう」と言われて、全てを許す気になってしまった。「いやぁ、大したことないよ」と強がったものの、五千円あればガソリンを入れても三日は暮らせるのだ。無念さが表情に出てしまったのだろう。「夕食は奢るからさ」と言われて、やたらと気恥ずかしかった。

 出発したのが昼過ぎだったので、そろそろ夕暮れが近づいていた。彼女の運転する車に乗り込み、ぼんやりと窓の外を眺めていた。他人から見たら、俺達は恋人同士に見えただろう。荷物満載のバイクで走る俺は、他人の目にはどう写るのだろう。気ままな旅に見えるだろうか。だとしたら、羨ましいと感じる人も、腹立たしいと感じる人も居るだろう。たとえ不安な気持ちで走り続けていたとしても、経験の無い人には想像もできないだろう。それは自分自身もそうだった。経験の無さは、想像力の無さだ。豊かな想像力は、豊かな経験に裏打ちされている。経験してみなければ解らない事が、この世の中には沢山ある。今やっと、そういう事に気が付き始めたところだった。
 ひょっとしたら、この旅が終わる頃には、それまでの人生を否定することになるかも知れない。だが、そのことに気づかないまま生きるのはまっぴらごめんだと思った。たとえ傷ついても、傷つけることになっても、昨日と同じ明日に媚びるつもりはなかった。
 そしてまた、今日という日が暮れようとしている。


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