1999/7/23
雨の日に


 朝早く、羅臼のキャンプ場を後にして、太平洋岸を南下していた。小さないくつかの漁村を過ぎ、尾岱沼のあたりまで来たとき、空一面に分厚く垂れ込めた雲から雨が落ちてきた。明らかに降り続きそうだったので、すぐに合羽を着込むことに決めて、近くのバス停の待合所に飛び込んだ。
 雨の降り始めはいつも、いつ合羽を着るかで迷うのだ。ひょっとしたらすぐに止んで、わざわざ合羽を着るほどのことはないのかも知れないし、益々雨足が強まっていくのかも知れない。要するに合羽を着たり脱いだりという行為が非常に面倒なのである。だから、きっとすぐに止むだろうという希望的観測が先立ち、気がつくといつの間にかずぶぬれ、ということも珍しくない。
 その時は、これから進もうとしている先の空が真っ黒で、こりゃもう間違いなく降り続けるなというのが見て取れたため、潔く合羽を着込むことに決めたのだった。
 タンクバックを手にして待合所に入り、タオルを取り出して衣服の水滴を拭う。リアシートに積んだメインのバックは防水加工が施されているし、テントやシュラフは黒いゴミ袋に包んである。タンクバックにはレインカバーをかければいいだけだ。取り敢えずポケットから煙草を取り出して火を着ける。待合所のトタン屋根を叩く雨音がやけに大きく聞こえてきて、それは小学校のプレハブ教室を思い起こさせた。

 俺は丙午の生まれで、いわゆるベビブーマーの世代にありながら、小学校、中学校と、校内で一番生徒数の少ない年代だったのだ。そのせいかどうかは判らないが、小中学生時代は共に、ずっとプレハブ教室が割り当てられることが多かった。
 夏は暑く、冬は寒く、やたらと埃っぽいその教室で、教師が黒板に書き付けるチョークのカツカツという音と、トタン屋根を叩く雨音が、鮮明な記憶となってその時突然、俺の中の郷愁を揺り起こしたのだった。

 雨音の中に溶けてゆく煙草の煙を見つめながら、なんだか妙な高揚感に捕らわれ、雨の中をバイクで走るのも悪くないかも、と思い始めていた。
 再びバイクに跨り、走り出す。シールドを少しだけ開けて曇りを取る。グローブは着けない。水たまりを通過する度にタイアが大きく水を跳ね上げ、ハンドルを通して伝わる抵抗感に身構え、両腕に力が入る。対向車線を走るトラックが跳ね上げた水を頭から被り、一瞬、何も見えなくなる。体は冷え切り、強ばってくる。それでもこうして雨の中を走るのを楽しいと感じていた。

 根室の駅前に到着してもまだ、雨足は一向に衰える気配を見せなかった。駅前にバイクを停めて、蟹を売る店へ入る。店内には店番の老婆が一人で茹であがった蟹をざるに移しているところだった。軽く会釈をすると、老婆は作業の手を止めて、足許のざるの茹であがったばかりの蟹を一杯掴むと、その脚を一本ねじり切って俺に差し出した。面食らう俺をよそに、老婆は続けて「おにいさん、どっからきたかね」と聞いた。鮮やかな紅色に染まった花咲蟹の脚を手に、ぼそぼそと「千葉からです」というのに対して、「そら遠くからご苦労さんで。ほら、こっちで火にあたんなせ」と、丸椅子をストーブの近くに引き寄せた。
 ストーブの暖かさにほっとしつつ、鋭い棘に手こずりながら蟹と格闘し、老婆の作業をじっと見つめていた。老婆はそれきり黙ったまま黙々と蟹をざるにあげる作業を続け、客である俺に対して、せかすような素振りさえ見せないでいた。
 やがて老婆が全ての蟹をざるにあげ終え、腰にぶら下げた手ぬぐいで皺だらけの掌を拭きつつ、所在なげに身を食べ尽くした後の蟹の脚をぶらぶらさせていた俺に向き直り、「んまいっしょ。うちのは茹でたてだからね」とだけ言った。俺は「ええ」と答え、さらに、蟹を二杯ずつそれぞれ別の場所へ送りたい旨を伝えた。
 俺が送り先の住所を用紙に記入している間に、老婆は手慣れた手つきでざるの中から蟹を取り上げ、「小さいのはおまけしとくからね」と言いながら、大きめの蟹を二杯と、小さな蟹を一杯、それぞれの箱に詰め始めた。
 彼女は、全ての蟹を箱に詰め終えて送り先の住所の書かれた用紙をぺたんと張り付け、「明後日には届くからね」と言い、料金を受け取りながら「今日はどこまで行くんだい」と聞いた。
「納沙布まで行こうと思うんです」と告げると、やおら新聞紙を取り出して、蟹を一杯だけ包み始めた。「これね、おまけしとくから夕飯に食べな」そう言ってその包みを俺に手渡し、初めて笑ってみせた。俺はなんだか申し訳なくなり、「この包みの蟹は買わせて貰いますよ」と言ったのだが、頑として取り合おうとはしなかった。老婆は笑いながら、「若いモンが遠慮するもんじゃねぇ。人の好意は黙って受けるもんだ」と言った。
 思いがけず、激寒の地でなお暖かい優しさに触れ、不覚にも涙が出そうになった。何度も頭を下げながら店を出ようとすると、老婆が同じように何度も頭を下げながら「ありがとうございました」と繰り返し言った。
 店の外に出てみると、雨足は少し弱まったようだった。

 根室の駅前から、根室半島を時計回りに納沙布岬を目指した。左手には海、右手には牧場が広がる。
 小さな可愛い傘に隠れるようにして、学校帰りの子供達とすれ違う。すれ違いざまに彼等は、どこで覚えたのか、俺に向かって嬉しそうな笑顔でピースサインを送ってくる。果たしてそれが、バイク乗りの間だけに通じる特別なものであることを知ってか知らずか、とにかく大きく左手でそれに答えると、彼等はあどけない顔をくしゃくしゃにして喜んだ。

 納沙布岬の日本最東端の宿、というふれ込みの旅館で荷物を紐解き、夕食前に風呂に入りに行った。
 雨で冷え切った体を湯船に横たえて、こんな雨の日も悪くないな、と考えていた。


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