2026.04.23
ウィトゲンシュタインはとても有名な哲学者で、よく引用されているので気になっていたのだが、直接読む気にはなれなくて、基本的なことも知らない。今回 NHK の「100分de名著」に採り上げられたので、あちこち情報を集めてみた。
●「トイビト」中村昇の「哲学のイチ語」「ウィトゲンシュタインの語りえないもの」(インタヴュー)
語りうるものというのは、命題、つまり真偽確定可能な文章(基本的には自然科学的命題)である。論理実証主義ではその枠内での言語の在り方を研究し、語りえないものを無視する。(「語りえないもの」というのは体感のような「語りにくいもの」ではなくて、哲学的な考察のことである。)しかし、ウィトゲンシュタインは語りえないものを否定したのではなくて、それは無意味であるが重要性を認めた。実際ウィトゲンシュタインのような哲学者は語りえないものについて語ろうとする抑えがたい欲望を捨てきれないのである。
ウィトゲンシュタインは大富豪(鉄鋼王)の息子として産まれ、生活に不自由は無かったが、兄3人は自殺していて、彼自身にも自殺願望があった。航空工学を専攻し、やがて数学に目覚める。バートランド・ラッセルの弟子になる。第一次世界大戦では生まれた国オーストリアの軍に志願して活躍し、哲学的メモ書きとして「論理哲学論考」を書き、バートランド・ラッセルに送った。しかし、その論考の結論は「語りえないもの」つまり哲学は無意味な駄弁であるということで、「論考」もまたその内の一つであるということなので、彼は哲学を捨てて、小学校の先生等をしていた。(この辺はアルチュール・ランボーが詩を捨てたのと似ている。)しかし、論理実証主義者からの問い合わせに応じている内に、哲学に復帰して、大学に戻った。
中村先生の意見では、彼は宗教的な義務感が非常に強くて、自分が生きていることに対する義務を果たすという使命感に動かされていた。彼が論理実証主義と異なるのは、語りうるもの(実証論理の世界)と語りえないもの(現実世界)が「対応」している、ということの主張である。言い換えれば、この現実世界を生きるためには哲学的な駄弁や根拠のない強弁ではなくて、実証科学が必要なのだ、ということだろう。まあ。こういうと身もふたもないけど。
●「100分de名著」(古田徹)
第1回は「論理哲学論考」で、言語が世界のモデル化能力が高すぎるために、言語世界が事実世界(成立している事実=事態)だけでなく、それを包み込むような仮想世界から成り、人間は本能的に仮想世界に浸りたがる、と述べる。読者は「論理哲学論考」を辿ることで、哲学を卒業し、現実世界に戻ることができる。その時には「論理哲学論考」自身も無意味なものとして捨て去ることになる。大学を出る時、「街中で飢えている人のことはここ大学の中に居ては判らない。」と言ったらしい。
第2回は、その後、ケンブリッジ大学に戻った後の話。「論理哲学論考」があまりにも狭い観点に立っていたことに気づく。それには、多分、小学校の教師として一生懸命努力して職を追われてしまったという苦い経験が生きている。言語を事実との関係でしか分析していなかったこと(自然科学での言語)に気づいた。実際には言語というのは生活の中で使われて初めて意味を持ち、その意味というのは言語に固有のものではなくて、使われる文脈や人間関係に依存している。これを「言語ゲーム」と称した。そういった曖昧性を積極的に認めて「家族的類似性」という風に語った。これは、従来の哲学で一般的に行われていた、言語を定義から考える「本質主義」への批判である。
妻が街に出かけたので、100分de名著「ウィトゲンシュタイン」のテキストを買ってきてもらった。まだ放送していない第3話と第4話を読んで、なるほどと納得した。僕の考えに近い。というか、この人の前期から後期への思索の振れ幅は、自然科学絶対主義から関係的存在論までの振幅を持っていて、その中に僕の思索もすっぽりと入ってしまう、という感じである。そういう意味では、近代以降の哲学的問題を包括している。言語というものが生活とその歴史と社会関係といった全てを含む関係性の網目の中にあり、論理的に仮説と演繹で整理できるようなものではない、ということ。勿論、物理学の体系はそれに抗して精密な実験技術の上に築かれたものなだが、その根幹となる仮説は、もはや我々の直観の及ばない数学的操作の領域にある。そのほかの「科学」もせいぜいその守備範囲を限定して、専門的な体系を作るしかない。しかし、それは技術的実用性はあるとしても、個人や社会が生きていくという問題にはもはや答えられないので、この「心」の問題についてはやはり何らかの哲学的考察が必要となる。
ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」という見方はそのまま現代の生成AIとして実験されている。それが心と言えるのかについてはウィトゲンシュタイン自身も悩んでいる。確かなことは「私の心」ではないということであるが、「誰かの心」では有りうるし、それが危険なことでもある。
気になったこと。「うさぎ・あひる図」は、同じ対象に対して二つの異なる認知が同程度の確率で生じてくる、という例で、認知(錯覚)科学ではよく知られている。AI との関連で言えば、確率分布に二つの山があって、ちょっとした刺激でどちらにも答えを出してしまうということである。「アスペクトの閃き」。統計物理では1次相転移、カオス理論にも出てくる。これを音楽や詩における美と結びつけている。まあそうかもしれないなあ、と思った。暗喩の技術。バッハのフーガにもそれは感じる。一つのテーマが状況の推移の中で別々の意味として立ち現れる。
●鬼界彰夫「今こそ読むべきウィトゲンシュタイン」
2011年に河出書房から出版された「道の手帳:没後60年のウィトゲンシュタイン特集」を思い出した。買ったのは2012年である。冒頭の鬼界彰夫の解説が判りやすい。本を買った動機も立ち読みで気に入ったからだろうと思う。まとめておく。
当初彼は「記号論理学」に希望を見出して、その哲学的基礎付けを始めたのだが、第一次世界大戦に参加し、自らの生き方の問題に直面して、それを位置付けることが出来なくなった。そこで、「論理哲学論考」において、記号論理学の限界を明確にした上で、道徳的・宗教的問題は「語り得ないもの」として保護した。存在の可能性だけを担保した。これは彼にとって「救済」であり、一種の「神秘主義」とも言える。
高校生時代の僕も同様な状況にあったのだが、僕はむしろ科学を世界の統一的理解といった(物理学的)問題とは切り離して、日常生活に役立てる(化学的)道具として位置付けることで、自分の将来をそこに定めた。だから、大学では量子力学も必要な範囲でしか勉強しなかった。まあ、言い換えれば、最初から逃げていたということだろうが、それでも生活上の問題は残る。
記号論理学を封印したウィトゲンシュタインは目の前の具体的な人々と関わりながら誠実に生きて行こうとしたのだが、それでも生活の中で直面する自己意識の問題に悩み続けた。自ら完成した「論理哲学論考」の前提とする思考形式(プラトニズム:理想的な形式が現実とは独立して存在する)に捉われていたと気づいた。理想が現実生活と独立しているということは、それが目指すべき目標となり、それが困難であれば努力することが目標となり、その報酬は自己満足や虚栄心になる。彼はこの「理想を演じる」という偽善を自覚した。
結果として「論理哲学論考」での言語の考え方を根底からひっくり返すことになった。言語は人間生活の具体的なやり取りの中で習慣化されて形成されてきたものであって、その規則を整理してみても必ず例外が生じる。それを理想化した言語というものは存在しない。記号論理学は現実生活の「ざらざらした大地」を人為的な均した「ツルツル滑る氷」のようなものであって、その上で前に進むことはできない。
こんなことは今では常識的なように思われるのだが、ウィトゲンシュタインの育った環境とその思想的背景(近代哲学)の呪縛は強かった。「哲学探究」はそれからの脱出の試みである。そこではプラトニズムだけでなくデカルトの考え(人間は根本的には思考する実体、精神、理性である)も覆された。
プラトニズムの呪縛は「規則のパラドックス」として表現される。規則だけで自足する規則体制は存在しえない。これを解決するには、「原制度的な世界」を想定せざるを得ない。規則そのものよりも、規則に従うことが先立つ、という原則である。つまり、規則というのは人々が習慣的にその場その場で行動していることをまとめたものに過ぎない。規則がアプリオリなものとされてしまうと、その解釈が多様となり、懐疑論やニヒリズムが生まれやすい。
デカルトの考えの矛盾は「私的言語のパラドックス」と呼ばれる。「痛み」や「考える」といった心に関わる概念は、デカルト的に思考する実体のものと考える限りは、他者と共有できない。そうではない。むしろそれらは最初から他者との関わりの中で生まれてきた概念である。私と区別されるあなたが私と同じ概念を持つという確信が最初にあって生まれてきた概念である。具体的には、「痛み」は単に痛いということではなくて、この痛みを何とかしてくれという他者への要求である。(心理学では「心の理論」と呼ばれるこの能力は4歳頃から発達してくる人間固有の能力と言われている。)多くの場合それを習得する「あなた」は母親であるが、思春期には自我意識が強くなって、デカルト的に自分だけが感じることとして理解する傾向が強くなる。デカルト的な「私」の見方の背後にある根本的な誤りは、全ての言語は世界の中にある事実を記述するために道具である、という確信である。それは一部の科学・技術的言語にしか通用しない。
僕は西洋哲学を勉強していないので、大学でのベトナム反戦運動に共感し、さまざまな新左翼の人達と議論をして、何か拠り所が必要となって選んだ哲学書はベルグソンだった。あるいは読みかじったサルトルやメルロポンティ。最初から近代哲学に疑念を持っていたから、ウィトゲンシュタインの苦闘はなかなか実感できない。読む資格はないのだろう。ただ、その誠実さには心打たれる。人それぞれに自分の能力に則して現実の矛盾に立ち向かうべきなのだろうし、僕もまあそういう意味ではそれなりに誠実に生きてきたのかもしれない。ただ、具体的にはやはり社会的関係の中で課題が生まれてくるのであって、老衰してきて、社会的にも孤立気味になると、活動も自ずと縮小される。
哲学は結局のところ精神衛生上の技法と考えればよい。全ての人に必要なものではない。哲学者の記録は哲学を必要とする患者にとっては意味がある。とまあ、こういうと言い過ぎで、人は社会に関わらざるを得ず、関わる以上は他者に影響を与えるのだから、それなりの倫理観は必要である。これだけ社会の変化が激しい時代になると、それなりの倫理観というものも自然に身に付くとは限らないから、何らかの指針が必要とされる。そういう時、哲学者の残した記録も参考になるだろう。生き物として、人間は寿命を持ち、世代が入れ替わっていくから、入れ替わっても受け継がれるべき知恵として、哲学の記録も意義があるのだろう。ただし、信じ込んでしまうのは危ないというだけである。