2026.10.06
午前中、トマトの片付けを続けて、やっと抜いた。午後、疲れてお休み。NHKFM の昼の歌謡曲をぼんやりと聴いていたけど、女が女としての運命を受け入れて男に媚びる歌ばかり。確かに戦後の日本社会を表現しているのかもしれない。そこで、中島みゆきの「夜会1990」 のDVDを観ようとしたら、ディジタル音声で躓いた。どうやらアンプのディジタル入力がDVDのディジタル出力を受け付けないらしい。形式が異なる、と警告が出る。(試しに次ぎの「夜会vol.3 邯鄲」 のDVDは大丈夫であるから、これは「夜会1990」での形式が古いということだろう。)ネットで調べて判った。DVD再生の音声出力が bitstream になっていたので PCM に変えたら出来た。副音声も切った。
ところで、この最初に映像化された夜会の中島みゆきはまだ若いという感じで、声が上ずっていて、お喋りも演技も今となっては何となくわざとらしく、意地を張っている感じがする。現在のような余裕はない。でも名曲「窓ガラス」はこのビデオでしか聴けないし、その上ずった緊張感が何とも言えない魅力なのである。そして、いつもそうであるが、盛り上がってくるのは後半、「クレンジングクリーム」辺りから。迫真の演技が曲想を明確化していて、なかなか心に迫るものがある。「ショウ・タイム」もコーラスとの掛け合いが素晴らしい。特に、最後の「ふたりは」はなかなかの熱演で、最初の「二隻の舟」と照応させたんだろうなあ、と思った。そういう視点で「二隻の舟」を聴いてみるとまた新たな発見がある。考えてみると、同じく女の運命を語っているにしても、歌謡曲とは違って戦闘的であり、男社会に対して挑発的である。それがまた意地を張っているように見えるのであろう。この時、中島みゆきは38歳である。。。まだ、やさしさとか赦しとかいう要素は皆無である。。。この頃のみゆきファンは世間から「ネクラ」と見られることを恐れて隠れていた、というのも頷ける。