|
|
1.お師匠さま、整いました! 2.髪結百花 3.お江戸けもの医 毛玉堂 4.おっぱい先生 5.江戸のおんな大工 6.ユーカラおとめ |
「お師匠さま、整いました!」 ★☆ 小説現代長編新人賞 |
|
2019年12月
amazon.co.jp |
江戸時代、舞台となるのは大岡越前守の菩提寺である茅ケ崎の浄見寺にある寺子屋。 そこで師匠を務める桃は、元々貧乏漁師の娘でしたが15歳の時に60歳間近の清道と夫婦になり、夫の死後その跡を継いで寺子屋の師匠を務めているという次第です。 清道との8年間にわたる夫婦生活の結果、なんとか師匠を務めているものの、実は算術嫌いという、おいおい大丈夫か?という人物設定。 幼馴染で今は大工の平助は会うたび桃に遠慮ない口を聞き、9歳ながら利発で生意気な金持ち商人の娘である鈴は、算術好き。 そこへさらに、両親を増水で亡くしたという15歳の春が小田原から入塾を願って訪ねてくるのですが、これがまた算術好きで天分にも恵まれているという次第。 師匠である以上、算術は分からないと逃げる訳にもいかず、春や鈴を前にして桃が大奮闘、というストーリィ。 清道と夫婦になって一番楽しかったことは〇〇することだったと述懐したり、算術なんて人を不幸せにするだけと思っていたという桃と、算術問題を解くのが大好きという春や鈴、桃を師匠扱いしない平助という個性的なキャラクターが実に生き生きとしていて、その4人の絡み合いがとても楽しい。 また、算術に関しては頼りないながら、生意気ぶりを発揮する鈴をピシッと叱りつける辺り、桃の寺子屋師匠ぶりは中々です。 ストーリィや桃の人物設定に多少バランスの悪さを感じることや、寺子屋なのにまるで教え子が2人しかいないかのような展開にはちょっと不満が残りますが、その一方、4人のコミカルで生き生きとしたやりとりは十分魅力的。 江戸時代の女性版“お仕事小説”というところでしょうか。 ※なお、題名の「整いました!」とは、算術の解答が出せた、という意味のようです。 桃の寺子屋/天賦の才/大岡越前守の量地塾/清道の手紙/酒匂川へ/算額の誉 |
「髪結百花(かみゆいひゃっか)」 ★★ 日本歴史時代作家協会新人賞・細谷光充賞 | |
|
吉原の遊女に夫を取られて離縁された梅は、実母であるアサを師として髪結いの道を歩み始めます。 当代一の美しさを誇る花魁として賛美された<紀ノ川>ですが、その絶頂の時に妊娠という事態によって呆気なくその座を失ってしまう。 本作は、吉原遊女の儚く、哀しい運命を、髪結いである梅とアサの視点から描いた長編時代小説。 紀ノ川花魁だけではありません、親に売られ妓楼に買われて紀ノ川付の禿となった<わかな>、紀ノ川の姉女郎であった先代花魁<夕霧>も哀しさを背負っています。 終盤、苦境に陥った紀ノ川にせめてもの援助を差し出した後継花魁の<紫乃>にしても、自分もその運命を背負っているという思いを背負っているからでしょう。 そして、母アサにもまた隠していた秘密があったことを知り、彼女たちの哀しみを背負いながら髪結いを続けていく覚悟を梅も固めるのでしょう。 最後、今後への希望が描かれ、救われる気分です。 ※なお、その時代によっても状況は異なるのかもしれませんが、一世を風靡するような花魁であれば、身重になったくらいで売り払われるとことはないのでは、と思う次第。 花魁を育てるには相当の投資があった筈で、身二つになった後で復活させれば良いだけの筈、と思いますので。 1.かむろ/2.しゃぐま/3.灯籠鬢/4.銀杏返し/5.文金高島田 |
「お江戸けもの医 毛玉堂」 ★☆ | |
|
小石川養生所で評判の名医だったにもかかわらず、養生所を出て、谷中感応寺の境内で動物専門の医者となった吉田凌雲。 その凌雲の元に、幼い頃既に親が定めた許婚者だからと押し掛けるようにして女房となったお美津。 その2人の元には、飼っている動物が病気なんです、助けてくださいと様々な人が駆け込んできます。 本作は、いつも明るく振る舞うお美津と、いつも無愛想で言葉少なな凌雲を主役にした、連作<人情&動物情>譚。 もうひとつ盛り上がりを欠くように感じますが、言葉を話すことのない動物が一方の主役であれば、こうしたものか、とも思います。 銭形平次の八五郎さながら、いつも大変だとお美津の処に飛び込んでくる友人のお仙(江戸で評判の美女)や預かり子の善次が、地味になりがちなストーリィを盛り立てています。 ・「捨て子」:夜中、飼い犬たちは何故、預かり子の善次を起こすのか? ・「そろばん馬」:計算ができると評判の老馬。何故急に計算ができなくなったのか? ・「婿さま猫」:大店娘の愛猫、何故母親の内儀を襲うようになったのか? ・「禿げ兎」:浮世絵師の春信がお仙の絵を描き始めたところ、飼っている兎の耳裏が禿げ出す。原因はお仙の妖気か? ・「手放す」:生まれた赤子を愛犬の狆が襲おうとすると、若夫婦から相談。その原因は? ※なお、本作に登場するお仙は、鈴木春信が描いた錦絵のモデルとなった美女3人の内の一人、笠森稲荷の茶汲み娘“笠森お仙”。 そのお仙を主役にして描いた破天荒な時代小説に米村圭伍「錦絵双花伝(文庫改題:面影小町伝)」があります。本作とは全く趣向の異なる時代小説ですが、興味を惹かれましたら是非。 捨て子/そろばん馬/婿さま猫/禿げ兎/手放す |
「おっぱい先生」 ★★ | |
|
泉ゆたかさんには珍しく、現代もの。 赤ん坊のことは愛おしくてたまらないが、授乳に関する悩みごとは多い。 悩み、苦しみ、途方に暮れた母親たちが、ここ「みどり助産院」を訪ねます。 そこは“母乳外来”専門の助産院。明るく元気いっぱいできびきびした看護学生兼見習いの田丸さおりと、白髪で真っ直ぐな視線を向ける「おっぱい先生」こと寄本律子が、悩める母親たちをすんなり迎え入れます。 授乳等の問題で悩みを抱え胸を痛める母親たちが、おっぱい先生のマッサージや助言のおかげでホッと心身ともにくつろぎ、母子共々これからに向けて力強く踏み出していく姿には、感動尽きません。 授乳中の母親がこんなにも色々な問題に頭を痛め、心を消耗するものなのかと、驚きます。でもそれは、私自身が鈍感な夫だったからだったかもしれません。 本作は女性向きの作品かもしれませんが、むしろこれから父親になろうとする男性こそ読むべき、いや是非読んでみて欲しい作品と心から思います。 「おっぱいの始まり」:大塚和美・30代後半。悠太郎が全然おっぱいを飲んでくれない。完全母乳のつもりだったのに。 「おっぱいが出ない」:紺野小春・20代。花菜がおっぱいを飲まなくなった。もしかしておっぱいが空っぽに? 「おっぱいが痛い」:長谷川奈緒子・30代後半、弁護士のシングルマザー。夜遅くまで保育園に預けている梨沙へ授乳する時間はなく搾乳するだけ。その所為なのか、乳房が痛い。 「おっぱいの終わり」:田丸さおりが主人公の篇。寄本律子との出会い、新しい目標。そして悲しみに苦しむ阿部美知佳を知る。 1.おっぱいの始まり/2.おっぱいが出ない/3.おっぱいが痛い/4.おっぱいの終わり |
「江戸のおんな大工」 ★☆ | |
|
江戸で“おんな大工”とは! ぶっ飛んだ設定だなぁ、と思うところ。 泉ゆたかさん、寺子屋師匠、髪結い、けもの医者、そして大工ときて、さながら江戸版“お仕事小説”シリーズを書いていこうとしているのでしょうか。(笑) 主人公のお峰は18歳、江戸城の小普請方を務める御家人である柏木家の長女で、子供の頃から大工仕事が大好き、父親である伊兵衛の後をついては作業場に出入りしていたという経緯。 その父親が一年前に急死、跡取りである弟=門作(かどさく)は漢詩にばかり夢中で、大工修業をまるでしてこなかった身。 頼りない門作を見ていて、このままじゃダメだと、元乳母の嫁ぎ先である采配屋の与吉の家に転がり込み、町中で職人として生きようと決意した、というのが出だし。 御家人といっても父親の代まで一介の町大工に過ぎなかった家。 武家言葉と町人言葉を使い分けるお峰ですから、元々気持ちの上でも町民の方に近いのでしょう。 与吉の家は、元乳母のお芳、乳姉妹のお綾、その幼い娘のお花もいて、居候先としては如何にも居心地良さそうです。 注文主が投げかける難題に、お峰が知恵を振るって思わぬ仕事ぶりを見せる、それが本作の面白さです。 ・「虎の極楽」:炊事場で火打石から火が付かない、何とかしてくれ、との依頼。 ・「猫の柱」:死んだ義母が暮らしていた隠居宅は猫屋敷化。売却のため、猫を追い出し立て直して欲しいという依頼。 ・「親子亀」:悪戯の絶えない幼い息子を閉じ込めるための住居内牢を作って欲しいという職人夫婦からの依頼。 ・「河童の家族」:呆けてしまった母親が、我が家だと思える家を作って欲しいとの依頼。 1.虎の極楽/2.猫の柱/3.親子亀/4.弟の恋/5.河童の家族 |
「ユーカラおとめ Yukar Otome」 ★★ | |
|
知里幸恵(ちり・ゆきえ)、1903〜1922年。北海道登別のコタン出身のアイヌ女性。 絶滅の危機に瀕していたアイヌの口承文芸“ユーカラ”を日本語に訳し、ローマ字を使ってその音も記した名著「アイヌ神謡集」によって、アイヌ伝統文化の復権復活へ重大な転機をもたらしたことで知られる女性。心臓に持病を持ち、19歳で死去。 その知里幸恵が、言語学者である金田一京助の要請を受け、旭川から上京して本郷の金田一宅に身を寄せ、ユーカラの翻訳作業に力を尽くした、19歳の若さで死去するまでの僅か5ヶ月という短い日々を描いた作品。 ただし、本ストーリィはその偉業を描くというより、知里幸恵という女性が知った哀しみを描いているという印象を受けます。 金田一京助という人物、アイヌ語、アイヌ文化を守らなくてはならないという使命感の強さは感じるのですが、その熱中ぶりには身勝手さも感じざるを得ません。 妻=静江の悲しみを共にせず、幸恵の体調悪化を気に止めず、自らの研究一辺倒、アイヌ文化を尊重しながらも「土人」と呼んで憚らない(土着民→土人ということのようですが)。 また、中條百合子(後の宮本百合子)を登場させ、男性の都合に翻弄されるばかりの女性の哀しみも描いています。 19歳という若さで人生を終えなくてはならなかったのは、さぞ悔しいことだったでしょう。しかし、「アイヌ神謡集」という生きた証を遺せたことはせめてもの救いだったでしょうか。 本作を読んで、知里幸恵という女性の存在が決して忘れられないものになった気がします。 いつか機会が得られれば、<知里幸恵 銀のしずく記念館>に行ってみたいものだと思います。 ※なお、文芸作品で金田一京助を読むのは二度目。最初は井上ひさし「泣き虫なまいき石川啄木」でした。 プロローグ/1.東京/2.静江/3.コタンピラ/4.村井/5.百合子/6.貴女の友/7.おとめ/8.靄/9.銀の滴 |