七 言 絶 句 抄(2)
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目 次
50.印度洋海嘯
51.祈平康
52.白鳥飛来
53.何日是帰年
54.朝霧
55.五月
56.傍老父(老父に傍(そ)う
57.暇日出遊(休日の出遊)
58.池塘百合
59.八月尽日
60.台風後総選挙
61.新宿御苑
62.文化の日
63.晩秋
64.冬至前厳寒
65.平成十八歳首詠
66.郷信(郷里の便り)
67.歓待に謝す
68.石神井公園春興
69.箭弓神社牡丹園
70.美しい五月に
71.近夏至
72.多謝郷友医師
73.列菩提寺住持尊母
74.同窓 会食
75.台風十三号
76.平成十九年 歳首詠
76.旧友再会
77.異常気象
78.老父猝茫茫
79.二月尽日
80.森林公園初夏
81.肝中巣病毒
82.脾摘手術前
83.脾摘後二首
84.平成二十年歳首詠
85.立春小遊行
86.謝奏我蕪曲
87.喜旧友電話
88.治療病毒肝炎為入院
89.垂七十多病
90.入院三旬纔看治癒可能性
91.病院窓外有麗有感
92.印旛沼畔煙火
93.秋思
94.高校同級会
95.捧亡父霊
96.平成二十三年歳首
97.中学同窓会
98.東日本大震災
99.大災奥羽未回恒春
100.旧僚会食
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印度洋海嘯
竜神一怒死三万 竜神一たび怒れば死三万
海嘯呑浜印度洋 海嘯(かいしょう)浜を呑みし印度洋
誰想大災行楽地 誰が想いきや大災の行楽地を
唯祈以献鎮魂觴 唯鎮魂の觴(さかずき)を捧ぐるを以て祈るのみ
(下平声七陽韻:韻字=洋、觴:起句は韻の踏み落とし)
(語註)
海嘯=津波
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祈平康
昨年災禍真深甚 昨年災禍真に深甚なりき
濤呑万人印度洋 濤(なみ)万人(まんにん)を呑む印度洋
尚駐修羅伊拉克 尚修羅(しゅら)を駐(とど)むる伊拉克(イラク)
切祈今歳世平康 切に祈る今歳世の平康ならんを
(下平声七陽韻:韻字=洋、康:起句韻踏み落とし)
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白鳥飛来
白鳥飛来下総本埜村 白鳥飛来す下総本埜村(しもふさもとのそん)
涸田貯水作池庸 涸田に水を貯め池と作(な)して庸(もち)う
千鵠飛来越毎冬 千鵠飛来して 毎冬を越す
聞道鳥増村購餌 聞くならく鳥増えれば村は餌を購うと
勿令珍客競神農 珍客をして神農と競(あらそ)わしむる勿かれ
(上平声二冬韻:韻字=庸、冬、農)
語注)
鵠=白鳥
神農=その土地の神
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何日是帰年
夕陽没茜染冬天 夕陽没して茜冬天を染め
秩父山稜眇眇連 秩父山稜は眇眇(びょうびょう)として連なる
九十五翁堪独処 九十五翁独処(どくしょ)に堪ゆ
嗣人何日是帰年 嗣人(しじん)何れの日にか是れ帰年ならん
(下平声一先韻:韻字=天、連、年)
語注)
眇眇=遙かに遠いさま
独処=独居
嗣人=跡継ぎ
杜甫に有名な下の五言絶句があり、上記の作はその結句を拝借した。
江碧鳥逾白 江は碧に鳥は逾(いよいよ)白し
山青花欲然 山は青く花は然(も)えんと欲す
今春看又過 今春看(み)又過ぐ
何日是帰年 何れの日にか是れ帰年ならん
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朝霧
臨明日立春朝霧深 明日の立春に臨んで朝霧深し
客舎開窓旦霧深 客舎窓を開けば旦霧(たんむ)深し
不知夜雨湿柴林 知らず夜雨の柴林(さいりん)を湿せしを
時迷所向研窮路 時に所向(しょこう)を迷う研窮(けんきゅう)の路
若必晴天瞭指針 天必ず晴るるが若く指針瞭(あきらか)ならん
(下平声十二侵韻:韻字=深、林、針)
語注)
旦霧=朝霧
柴林=粗末な林
所向=方向
研窮=研究
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五月
杜鵑花赤詰朝林 杜鵑の花は赤し詰朝の林
風樹葉青薫夕森 風樹の葉は青し薫夕の森
精気蒸蒸盈地処 精気蒸蒸として地に盈つる処
欲然亦是少年心 然(も)えんと欲するは亦是少年の心
(下平声十二侵韻:韻字=林、森、心)
語注)
杜鵑花=つつじ
詰朝=早朝
薫夕=夕方
蒸蒸=物事が盛んにおこるさま
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傍老父
秩父連山一碧遐 秩父連山は一碧にして遐(とお)く
雪冠富士更遙霞 雪冠の富士は更に遙かに霞む
老翁病院在三日 老翁病院に在ること三日
故里風光見傍爺 故里の風光爺(ちち)に傍(そ)いて見る
(下平声六麻韻:韻字=遐、霞、爺)
語注)
遐(か)=遠い、遙か
一碧=碧一色
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暇日出遊
近時暇日出遊稀 近時暇日に出遊すること稀なり
百歩経寛喘汗衣 百歩経(すで)に喘汗(ぜんかん)の衣を寛(ゆるく)す
此態豈惟因到老 此の態豈に惟だ老いに到るに因(よ)るのみならんや
朝雲去忽夏炎威 朝雲去(ゆ)けば忽ち夏の炎威
(上平声五微韻)
語注)
暇日=休日
喘汗=喘いで汗をかくこと
炎威=酷い暑さ
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池塘百合
驕陽将没起微風 驕陽将に没せんとして微風起こり
白影池塘動雑叢 白影池塘に動いて叢に雑(まじ)う
近有僅残芬馥気 近づけば芬馥の気を僅かに残す有り
数花百合半瓏瓏 数花の百合半ば瓏瓏たり
(上平声一東韻)
語注)
驕陽(きょうよう)=:盛んに照り輝く太陽
雑う(まじ)う=混じる
芬馥(ふんぷく)=よい香り
瓏瓏(ろうろう):「瓏瓏」について、学研『漢字源』は「玉のように白いさま」
といい、角川『大字源』には単に「乾燥するさま」とある。
何れも韓愈「瓏瓏晩花乾」を引いており、乾燥して白っぽくなった事を言う
のではないかと解した。
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八月尽日
朝光窓入已微傾 朝光窓より入るに已に微(わずか)に傾き
隅奥何虫震細声 隅奥何の虫ぞ細声を震わす
八月将過渝景物 八月将に過ぎんとして景物渝(か)わる
秋風到復自心更 秋風到らば復(ま)た自ずから心更まらん
(下平声八庚韻)
語注)
隅奥(ぐうおう)=部屋の隅
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台風後総選挙
台風三近幸無害 台風三たび近づけども幸にして害無し
翌霽陰虫処処鳴 翌霽(は)れて陰虫処処に鳴く
請選駅頭号候補 選を請いて駅頭に号する候補の
誰能治国泰民情 誰か能く国を治め民情を泰らかにせんや
(下平声八庚韻)
語注)
陰虫=秋の虫
新宿御苑
菊花競艶蘆簾裏 菊花艶を競う蘆簾(ろれん)の裏(うち)
桂葉滋香草蓆中 桂葉香を滋(ま)す草蓆(そうせき)の中
口哨誰能声切切 口哨(こうしょう)誰が能(よ)くするや声切切たり
御園遊歩信秋風 御園の遊歩 秋風に信(まか)す
(上平声一東韻)
語注)
蘆簾=芦のすだれ(よしず)
草蓆=芝のむしろ
口哨=口笛
信=任に同じ
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文化日
菊花争色白紅黄 菊花色を争う白紅黄
文化日初閑故郷 文化の日初めて故郷に閑(かん)たり
晩与老爺聴合唱 晩(く)れて老爺と与(とも)に合唱を聴く
清声和是正辰良 清声和すれば是(これ)正に辰良(しんりょう)
(下平声七陽韻)
辰良=良い日、良い時
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晩秋
風鳴楓葉催黄落 風は楓葉を鳴らして黄落を催(うな)がし
雨褪菊花還暗流 雨は菊花を褪(あ)せしめて暗流に還る
鮭激衰身遺子処 鮭の衰身を激(はげ)まして子を遺す処
可憐人亦各勝秋 憐れむべし人も亦各(おのおの)秋に勝(た)う
(下平声十一尤韻)
語注)
暗流=伏流=地下水
激=励に同じ
可憐=大きく心を動かされる(感動的)の意
勝=堪に同じ(「秋」には老の意味もある)
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冬至前厳寒
寒気已厳冬至前 寒気既に厳し冬至の前
行愉落葉舞靴先 行く行く落葉の靴先に舞うを愉しむ
心身尚幾勝従事 心身尚幾ばくか事に従うに勝うれども
六十五誰如壮年 六十五の誰か壮年に如かんや
(下平声一先韻)
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平成十八丙戌年歳首詠(毛筆書)
青山畳畳西天下 青山畳畳たり西天の下
白水浅浅南畝中 白水浅浅たり南畝の中
臨老倍佳郷里景 老に臨んで倍々(ますます)佳し郷里の景
改年先拝土神宮 年改まらば先ず拝さん土神の宮
(上平声一東韻)
畳畳(じょうじょう)=何重にも重なる様
浅浅(さんさん)=さらさらと速く流れる様
南畝(なんぽ)=南の方角にある田地
土神=道祖神、産土神
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郷信
桜花欲発尚盈梅 桜花発(ひら)かんと欲して尚梅盈つ
寒異常年春漸来 寒きこと常年に異なりしが春漸く来る
旧友二三臻短信 旧友二三より短信臻(いた)る
帰山何日共觴杯 帰山何れの日ぞ觴杯(しょうはい)を共にせんと
(上平声十灰韻)
語註:觴(しょう)=さかづき
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歓待に謝す
早春一夜友三名 早春の一夜 友三名
小宴愉愉到二更 小宴愉愉(ゆゆ)として二更(にこう)に到る
甘酒旨鮭方玩味 甘酒(かんしゅ)旨鮭(しかい)方(まさ)に玩味すれば
如何多謝主人情 如何にか多謝せん主人の情に
(下平声八庚韻)
語註:二更=午後11時頃
旨鮭(一般にうまい料理を言うが、ここでは特にフグ料理:漢語では鮭はフグの事)
甘酒(うまい酒)
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石神井公園春興
桜満天偸飼雀鵯 桜は天に満ちて偸(ひそか)に雀と鵯(ひよどり)を飼(やしな)い
柳敲水薦喚魚亀 柳は水を敲(たた)いて薦(しきり)に魚と亀を喚(よ)ぶ
人如化蝶飛花上 人の如(も)し蝶と化して花上を飛ばば
応酔春風忘橘枝 応に春風に酔って橘の枝を忘るべし
(上平声四支韻)
語註:
橘枝:アゲハ蝶は柑橘樹の枝に卵を生み付け、幼虫はそこで孵化する。
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箭弓神社牡丹園
早朝古社牡丹園 早朝古社の牡丹園
花白風清揺祭幡 花は白く風は清くして祭幡(さいばん)を揺らす
此有一株聞漢贈 此に一株漢より贈られしと聞く有り
黄英黄蘂秘香魂 黄英(こうえい)黄蘂(こうずい) 香魂(こうこん)を秘す
(上平声十灰韻)
語註:漢=中国
幡(ばん)=はた、のぼり
蘂(ずい)花のしべ
香魂=花の精、また美人の魂
箭弓稲荷神社と称する古社が埼玉県東松山市にあり、境内に大正十二年開園という
牡丹園がある。毎年連休頃には赤、白、ピンク、臙脂等各種の牡丹が三千株開く。
その中に一株、中国から贈られたという幾分小さめの黄色い花をつけるものがある。
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美しい五月に
杜鵑赤赤内園栽 杜鵑(とけん)赤赤(せきせき)たり内園の栽(さい)
楓葉青青幽院隈 楓葉(ふうよう)青青たり幽院の隈
徳語低吟詩一句 ドイツ語もて低吟す 詩の一句
景韶五月蕾皆開 景韶(けいしょう)の五月蕾皆開く
(下平声十灰韻)
語註:
杜鵑=ほととぎす、また、ツツジの一種、内園=御苑、栽=植え込み
幽院=奥の庭、徳語=現代中国語でドイツ語のこと
景韶=景色の美しいこと
連休頃の皇居東御苑は赤、白、紫の久留米躑躅の植え込みが満開になり、楓や欅の新緑と共に
非常に美しい。
ハイネの詩集「歌の本」中の十数編にシューマンは曲をつけ、自ら『詩人の恋(Dichterliebe)』
と名づけた。その第一曲が『美しい五月に(Im wunderschonen Monat Mai)』である。
Im wunderschnen Monat Mai, 素晴らしく美しい月、五月に
Als alle Knospen sprangen, あらゆる蕾が開いた時、
Da ist in meinem Herzen, 正にその時、私の心に、
Die Liebe aufgegangen. 愛が芽生えた。
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近夏至
栗花芬烈艶姫香 栗花(りっか)芬烈(ふんれつ)たり艶姫(えんき)の香
桜子色濃嬌女粧 桜子(おうし)色濃し嬌女の粧
夏至近晴心大快 夏至近く晴るれば心大いに快
業終猶見赫残陽 業終おえて猶見る残陽赫(かく)たるを
(下平声七陽韻)
語注:
芬烈=香りが強いこと
桜子=桜の実
残陽=夕日
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多謝郷友医師
家翁一腑苦患時 家翁一腑苦(はなはだ)患いし時
早癒正依君療治 早(つと)に癒えしは正に君が療治に依る
郷友厚情無勝此 郷友の厚情此れに勝る無し
諸生老健負良医 諸生の老健 良医に負う
(上平声四支韻)
語注:
家翁=自分の父
一腑=内臓の一つ
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列菩提寺住持尊母葬儀
細雨陰陰屋瓦濡 細雨陰陰たりて屋瓦濡る
老鶯頻惜落紅芙 老鶯頻りに惜しむ紅芙の落つるを
華経威重僧堂裏 華経(けきょう)威重(いちょう)たり僧堂の裏(うち)
霊魄安安冥福途 霊魄安安たるべし冥福の途
(上平声七虞韻)
語注:
紅芙=紅の芙蓉
華経=法華経
威重=厳かで重々しい
安安=穏やかなさま
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同窓 会食
一翁三媼会横浜 一翁と三媼 横浜に会す
笑貌相呼幼字頻 笑貌もて幼字を相呼ぶこと頻(しき)りなり
旨菜微醺方瞬刻 旨菜(しさい)微醺(びくん) 方(まさ)に瞬刻
旧朋情誼老弥淳 旧朋の情誼 老いて弥(いよいよ)淳(あつ)し
(上平声十一真韻:韻字=浜、頻、淳)
語注:
幼字=幼時の呼び名(あざな)
旨菜=旨い料理
微醺=ほろ酔い
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台風十三号
台風二去近秋分 台風二たび去って秋分に近し
気爽天高逗片雲 気爽やかに天高くして片雲を逗(とど)む
雖幸関東免災禍 幸にして関東は災禍を免ると雖(いえど)も
九州疑是過兇軍 九州疑うらくは是(こ)れ兇軍の過ぎしかと
(上平声十二文韻:韻字=分、雲、淳)
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平成十九年 歳首詠 毛筆書
秩父畳峰青渺渺 秩父畳峰 青くして渺渺(びょうびょう)たり
都幾流水白潺潺 都幾の流水 白くして潺潺(せんせん)たり
訛音時雑行徒語 訛音(かいん)時に雑(まじ)う行徒の語
故里風情好暮年 故里風情 暮年に好ろし
(下平声一先韻:韻字=潺、年
語註:
渺渺=遥かに遠いさま
都幾=埼玉中西部を流れる荒川支流
潺潺=川がさらさら流れるさま
訛音=なまり、方言
雑う=混じる
行徒=通行人
暮年=老年、晩年
旧友再会
四十年無相見君 四十年君と相見(まみ)ゆること無かりき
今茲面語不勝欣 今、茲に面語するは欣(よろこび)に勝(た)えず
各生各業同垂老 各々に生き各々に業して同(とも)に老に垂(なんなん)とす
願得交情倍旧懃 願わくは交情の旧に倍(ま)して懇(ねんご)ろならんことを得ん
(上平声十二文韻 韻字=君、欣、懃)
語注)
面語=会って話す
勝う=堪える
同に=同様に
垂老=今にも老いようとする(「垂老」には七十歳に近い年齢の意もある)
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異常気象
払雲風吼立春天 雲を払い風は吼ゆ立春の天
捲土塵軽学囿辺 土を捲き塵は軽し学囿の辺
暖化愈遒狂気象 暖化愈よ愈よ遒(はや)くして気象を狂わしむ
未観雪合異常年 未だ雪を観ざるは合(まさ)に異常の年なるべし
(下平声一先韻)
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老父猝茫茫
孤棲親父猝茫茫 孤棲の老父猝(にわか)に茫茫たり
九十六翁神幾傷 九十六翁、神(こころ)、幾ばくか傷つくならん
病褥旬余遅帰舎 病褥(びょうじょく)すること旬余、帰舎を遅(ま)つ
小庭唯有蝋梅香 小庭唯だ蝋梅の香有るのみ
(下平声七陽韻)
語註)
茫茫:心がぼんやりする
神:神経、心
病褥:病床
帰舎:家に帰る
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二月尽日
鳩含檍実廻卑樹 鳩は檍(もち)の実を含んで低樹を廻り
鵯哺梅花度細柯 鵯は梅の花を哺(ふく)んで細柯(さいか)を度(わた)る
切切閑吟老翁唱 切切たる閑吟老翁の唱
欲徂二月気経和 徂(ゆ)かんと欲する二月気経に和らぐ
(下平声五歌)
語註)
檍:鳥もちを作るのに用いた木
細柯:細い枝
徂:過ぎ去る
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森林公園初夏
頭上鶯啼嫩緑柯 頭上鶯は啼く嫩緑の柯
誰能口哨往時歌 誰か口哨を能くす往時の歌
両三肺腑盈清気 両三肺腑に清気を盈たす
翠裏漫行神体和 翠裏の漫行 神体和らぐ
(下平声五歌韻)
語注)
嫩緑=新緑
柯=枝
口哨=口笛
神体=心身
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肝中巣病毒
十年病毒在肝中 十年病毒肝中に在り
羸血肥脾脅我躬 血を羸(やせ)しめ脾を肥やして我が躬(み)を脅かす
垂老欲猶為事事 老いに垂(なんなん)として猶事事を為さんと欲す
冀唯医術比神功 こいねがわくは唯だ医術の神功に比(たぐい)せんことを
(上平声一東韻)
語注)病毒:現代中国語でウイルス
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脾摘手術前
病肝久血亦孱羸 肝を病むこと久しければ血も亦孱羸(せんるい)
加療先爰欲摘脾 加療先ず爰(ここ)に脾を摘さんと欲す
傍我妻娘何有患 我に傍える妻娘 何ぞ患(うれえ)ること有らんや
鎮心今只信名医 心を鎮めて今や只名医に信(まか)すのみ
(上平声四志韻)
語注)
孱羸=痩せ細ること
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脾摘後二首
其一
僅五日前全摘脾 僅かに五日前 脾を全て摘したり
歩餐経肆亦書嬉 歩餐(ほさん)は経に肆(ほしいまま)亦書も嬉し
足驚老体猶能復 驚くに足る老体猶能く復すとは
応謝此都依大医 応に謝すべし此れ都(すべ)て大医に依ると
(上平声四支韻:韻字=脾、随、医)
語注)
歩餐=歩行と食事
大医=名医
其二
生来初臥病床頭 生来初めて臥す病床の頭(ほとり)
術後時萌更大憂 術後時に萌す更なる大憂
看護婦扶勝苦痛 看護婦に扶(たす)けられて苦痛に勝(た)う
不知何以謝還酬 知らず何を以て謝し還(ま)た酬いんかを
(尤韻:韻字=頭、憂、酬)
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平成二十年歳首詠 (毛筆書)
老梅将癒樹身痍 庭梅将に癒さんとす樹身の痍(きず)
能耐寒風保蕾枝 能(よ)く寒風に耐えて蕾と枝を保(まも)る
養病寧居我如此 病を養って寧居すれば我も此(かく)の如し
自回生気到春時 自ずから生気回るべし春到る時
(上平声四支韻:韻字=痍、枝、時)
語注)
樹身=幹
寧居=気楽に過ごす
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立春小遊行
立春和気小遊行 春立ち気和らげば小遊行す
昨雪消催野草萌 昨の雪は消え野草の萌ゆるを催(うなが)す
三月絶無愉漫歩 三月漫歩を愉(たの)しむこと絶えて無かりしが
澄空輝水亦心晴 空澄み水輝けば心もまた晴る
(下平声八庚韻:韻字=行、萌、晴)
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謝奏我蕪曲
嫩水穀風春気多 嫩(どん)水穀風春気多し
諸生発動我痊痾 諸生は発動すれども我は痾(あ)を痊(いや)す
韶音合唱奏蕪曲 韶音(しょういん)の合唱蕪(ぶ)曲を奏すれば
百薬不如之一歌 百薬も之の一歌に如(し)かず
(下平声五歌:韻字=多、痾、歌)
語注)
嫩水=春水。穀風=東風。
緒生=諸々の生き物。痊痾=病を癒す
韶音=美しい音。蕪曲=拙い曲
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喜旧友電話
一別以後四十五年喜旧友電話 一別以後四十五年、旧友の電話を喜ぶ
細雨陰陰湿室隅 細雨陰陰として室隅(しつぐう)を湿らせ
養痾鬱鬱冷肌膚 養痾鬱鬱肌膚(きふ)を冷やす
今朝不料君声久 今朝料(はかr)ずも君が声久し
笑語一時忘病躯 笑語(しょうご)すること一時病躯を忘る
(上平声七虞:韻字=隅、膚、躯)
語註)養痾=痾を養う=病気を治療する。笑語=笑いながら話す
平成二十年五月入院前
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為治療病毒肝炎入院
十五年来養疚肝 十五年来疚(きゅう)肝を養う
殄殲病毒是応難 病毒を殄殲(てんせん)するは是れ応に難かるべし
薬師像画牀頭在 薬師像の画 牀(しょう)頭(ほとり)に在り
平癒途希此発端 平癒の途(みち)希(ねが)わくは此に端を発せよ
(上平声十四寒韻:韻字=肝、難、端)
語註)
疚(きゅう)=(長く)病む。病毒=現代中国語でウイルス。
殄殲(てんせん)=滅ぼし絶やす
平成二十年六月
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垂七十多病
我垂七十病羸多 我七十に垂(なんなん)として病羸(へいるい)多し
肝疚脾亡肢痺苛 肝は疚し脾は亡く肢は痺れて苛たり
羞以妬心看人健 羞(はず)らくは妬心(としん)を以って人の健なるを看る
十年余命算如何 十年の余命算うること如何
(下平声五歌韻:韻字=多、苛、何)
語註)
垂(なんなん)とす=やがて…になろうとする。
病羸=病み衰えること。疚=長く病む。苛=ヒリヒリするさま
妬心(ねたむ気持)。看=見。
平成二十年六月入院中の病院にて
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入院三旬
暁陽銀映印旛沼 暁陽(ぎょうよう)銀に映ゆ印旛沼
新夏緑濃岸上芦 新夏緑は濃し岸上の芦
入院三旬纔欲癒 入院三旬纔(わずか)に癒(い)へむと欲す
可憐惟合我前途 憐れむべし惟(こ)れ合(まさ)に我が前途たるべけん
(上平声七虞韻:韻字=湖、芦、途)
語註)
暁陽=朝日。三旬=三十日
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病院窓外夕麗有感
夏日没天燃紫朱 夏日没して天紫朱に燃え
彩雲金耀印旛湖 彩雲金に耀やかす印旛の湖
五旬今尚在医院 五旬今尚医院に在り
一刻凭窓忘病躯 一刻窓に凭(よ)りて病躯を忘る
(上平声七虞韻:韻字=朱、湖、駆)
平成二十年七月
語註)
夕麗=夕日。印旛湖=千葉県印旛沼。五旬=五十日間
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印旛沼畔煙火
夜天煙火是紛葩 夜天の煙火 是れ紛葩(ふんぱ)
五彩明珠合落花 五彩の明珠(めいしゅ)合(まさ)に落花なるべし
病棟窓前嘆声屡 病棟の窓前 嘆声屡(しきり)なり
養痾励処楽些些 養痾(ようあ)励(つと)むる処楽しきは些些(ささ)たり
(下平声六麻韻:韻字=花、華、些)
語註)
煙火=花火。紛葩=乱れ咲く花。
明珠=光耀く珠。養痾=養病
些些=ほんのわずか
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秋思
未治肝疾已三秋 未だ肝疾を治さずして已(すで)三たびの秋
新疫蔓延重一憂 新疫蔓延して一憂を重ぬ
寿豈欲期余幾歳 寿豈(じゅがい)期せんと欲っするも幾歳をか余(のこ)す
唯将書楽使心遊 唯だ書楽(しょがく)将(も)って心を遊ばしむるのみ
(下平声十一尤韻:秋、憂、遊)
語注)
寿豈=寿楽=長生きして楽しむこと
新疫:ここでは新型インフルエンザ
書楽:書物と音楽
平成二十二年秋
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高校同級会
静居養病両三年 静居して養病すること両三年
真識無優於健全 真に識る 健全に優る無しと
久闊郷朋此同席 久闊(きゅうかつ)の郷朋 此に席を同(とも)にすれば
旧交弥好古稀前 旧交弥々(いよいよ)好し 古稀の前
(下平声一先韻:韻字=年、全、前)
語註)
久闊=久しく会わないこと、無沙汰
平成二十二年十一月
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捧亡父霊
家翁百寿此長眠 家翁百寿此に長(とこ)しえに眠る
二子愛妻亡久年 二子と愛妻を亡くしてより年を久しくし
老健心身耐悲境 老健なる心身もて悲境に耐えたり
四魂相語憩黄泉 四魂相語って黄泉に憩うなるべし
(下平声一先韻:韻字=眠、年、泉)
語註)
家翁=父親
四魂=亡き四名(父、母、弟、妹)の魂
平成二十二年十一月
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平成二十三年歳首
笑声笑語賑清晨 笑声笑語清晨(せいしん)を賑はし
改歳諸家拝社神 改歳諸家社神を拝す
一半暁天紅紫彩 一半の暁天紅紫の彩
冀逢好事古稀春 冀(こいねがわく)は好事に逢はむ古稀の春
(上平声十一真韻:韻字=晨、神、春)
諸家=人々。改歳=新年。社神=土地の神。一半=半分
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中学同窓会
牡丹既散箭弓園 牡丹既に散じたり 箭弓(やきゅう)の園
風度松山嫩葉繁 風度(わた)る松山 嫩葉(どんよう)繁し
旧里旧縁猶協泰 旧里旧縁 猶(な)を協泰(きょうたい)たり
同窓七十友情惇 同窓七十 友情惇(あつ)し
(上平声十三元韻:韻字=園、繁、惇)
語注)
嫩葉=若葉。協泰=和かで安らかなさま
平成二十三年五月
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東日本大震災
奥羽諸州大震災 奥羽諸州の大震災
奔濤海嘯市街頽 奔騰(ほんとう)する海嘯(かいしょう)市街頽(くず)るる
更憂放射能危害 更に憂う放射能の危害
無類積殃祈挽回 無類の積殃(せきおう)挽回を祈る
(上平十灰韻:韻字=災、頽、回)
語注)
海嘯=津波、積殃=重なる災い
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大災奥羽未回恒春
大震災の奥羽、未だ恒春回(かえ)らず
桜花楓葉映青天 桜花楓葉(ふうよう)青天に映え
此地幸春如毎年 此(この)地幸にして春は毎年の如し
噫惨奥州呑海嘯 噫(ああ)惨たるかな奥州海嘯(かいしょう)に呑まる
芳時何日復災前 芳時何れの日にか災前に復さん
(下平声一先韻:韻字=天、年、前)
語注)
海嘯=津波。芳時=春の美称(花の盛りの時節)
平成二十三年三月
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旧僚会食
事超電導一前群 超電導を事として一たびは群に前(さきん)ず
終不大成羞小勲 終に大成せず、勲(くん)小さきを羞(は)ず
苦楽幾年同部署 苦楽幾年ぞ部署をとも同(とも)にしたり
旧僚会食正欣欣 旧僚会食すれば正に欣欣(きんきん)たり
(上平声十二文韻:韻字=群、勲、欣)
語註)
勲=功績。欣欣=大いにうれしい。
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