TATUYA ISHII CONCERT TOUR 2001
ZERO CITY -AQI-
ライブレポート Part 3


【サウス・ハルヲの演説劇】


ステージ中央には演説台。机の上面には照明が仕込まれ、白く光っている。

(下手より佐々木フランチェスコ登場)
ここはゼロシティの西北に位置するドレスロックス市郊外にある小さな町、アキー。紀元節の日の夕暮れ時、町の中央の広場に建てられた演説台に、一人の男が神妙な面もちで立っていた。彼の名はサウス・ハルヲ、ゼロシティきっての予言者である。彼は聴衆に向かって切々と語り始めた。(退場)

(ナレーション中、中央の階段より降りてくるサウス・ハルヲ、黒のつば広帽子(東金公演では無帽)に黒を基調とした着物地の長衣姿。帽子を脱いで演説台に着く)

 お集まりの皆さん、私がゼロシティきっての予言者、サウス・ハルヲでぇ〜(声ひっくり返る)ございますぅ。
 今日私がここに立ちましたのは他でもない、新たなる予言の告白です!

〔音楽、静かにインサート〕

 ひと月ほど前、私の夢枕にあの霊験あらたかなスケベラッキョ将軍が立たれました。そしてこう言われたのです。「サウスよサウスよサウスよ。時は来たれり来たれり来たれり(口エコー)。この予言を民衆に伝えよ」と。

 その予言とは、〔徐々に高まる音楽。漂う緊迫感〕このゼロシティに、あと3ヶ月のうちに核爆弾が投下されるという予言でございましたぁ!

〔音楽断、ざわめく人々〕

 …(間)…みなさん、落ち着いてください。私も正直この啓示を受けたときは足がすくみました。私の予言は今まで100%的中してきましたから、皆さんが驚くのも無理はない。みなさん、今こそ沈着冷静な行動ををとらなければなりません。この予言を的中させてはいけない。今日はこの神の啓示を、私と共に考えようではありませんか。

(男の声:何言ってるんだよ。あと3ヶ月で核ミサイルが降ってくるっていうんだろ? 今さらそんな悠長なことしてられないよ。おれは家族を連れてさっさと逃げ出すぜ!)

(サウス、演説台の下手脇に出て手をさしのべる)〔徐々に高まる音楽〕(さしのべた手がぶるぶる震え、ついには身体も震え出す)〔音楽断〕
待ちなさい!(叫ぶ)
 (戻っていきながら)待ちなさい、時間はまだある。私の話を聞きなさい。

 家族を連れて逃げ出す、それもいいでしょう。しかし、今はまだそのときではない。
 私は予言を広める布教者であると同時に、その予言を解く研究者でもある。私は神の啓示を伝えなければならないんだ。

(女の声:たしかにあなたは戦争を予言し、その模様までつぶさに言い当てたわ。でも私たちには今そんなことをしている余裕はないの)

 たしかにたしかに!お静かに。
 しかしそのような自分勝手な考え方がこのゼロシティをむしばんでいるのではないでしょうか?

(男の声:そういうあんただって、あの戦争の時なにもしなかったじゃないか。ただきれいごとを並べ立ててただけじゃないか)

 …そうかもしれません。
 …(間)…モンゴル草原の奥深く築き上げられた理想都市ゼロシティは、勝利の美酒に未だ酔い続け、ゼロの精神を忘れてしまっています。他国への無配慮な思想、自由主義は利己主義へと変わってしまった我々はただただ平和をむさぼっている。しかし、他の犠牲のうえに築かれた幸福は、本当の幸福といえるでしょうか? 

 私たちは幸運にもあの戦争で勝つことができた。しかし今のような状況を惹き起こしたゼロの過ちは、その勝利を自分たちのだけのものとし、他国の犠牲者を忘れてしまったことにあるのではないでしょうか。

(女の声:私たちだってあの戦争では犠牲を払ってきたわ。今さらどうすればいいって言うの?)

 たしかに、そのとおりです。

〔音楽インサート〕

 先日、隣国でもあり、我が国の友好国でもあるランシッドの行商人が、ゼロの心ない若者によって殺されました。彼はあの戦争で我が国と共に戦った勇者でした。

(女の声:そりゃ私だってあの事件で亡くなった方はお気の毒だと思うわよ。でもそんなことはあちこちで起こっているのだし、今さらしかたないことでしょう)

 しかたない? それではその老人があなたの夫や父親だったらどうしますか!

(女の声:ばかばかしい。その人は私の父親ではないし、私が乱暴されたわけでもない。そんなことより、今は自分たちの生活の方がよっぽどたいせつだわ)

 彼は身をもって我が国を救ってくれた英雄だった。彼の死は自然死や病死じゃない。(机を叩く)殺されたんだ! そこのところをよく考えて欲しい。彼は助けてくれとも言わなかった。なぜなら彼には(胸を叩く)プライドがあったからだ。そのプライドだけが彼を支えていたものだった。

 裕福な生活は心にも贅肉を付け、もはや他人の痛みも感じない。ゼロは百万をかけてもゼロなり、つまりは(机を叩く)原点に帰れということだ。

 いっしょに私の話を聞いてくれ。私は理想や空論を言っているのではない。私はこのゼロシティを愛している。幼いころに見た、あの風景を取り戻したいだけなんだ。

〔人々の席を立つ音〕

 (急き込んで)あなたの心を守ってくれ、あなたの命を守ってくれ、あなたの愛を守ってくれ。そしてそれが、いつでもこの地球上のあらゆるものと繋がっていることを忘れないでいることだ。そして、あなた以外にも愛があるということ忘れないでいることだ!  私の話を聞いてくれ。みんな、戻ってきてくれ

 (演説台を離れ、上手へ)私はまちがっているのか?! 私の話を……。(肩を落とし、がっくりとひざをつく)

〔ステージは暗転、サウスの真上からピンスポット〕

(フランチェスコ、下手より登場)
広場にはもう誰もいなくなっていた。降りしきる冷たい秋の雨が、彼の肩を濡らしてゆくのであった……。彼はゼロ警察に捕まり、その後脱走した。
それから早一年、彼の予言は未だ現実のものとはなってはいない……。

(再びサウス)ゼロは百万をかけてもゼロなり!

〔ゆっくりとスポットが落ち、暗転〕


【切々と…Far Away】


 ステージが明るくなると中央に石井。淡いオレンジのピンスポットに浮かび上がる。歌われるのは【Far Away】、♪言葉さえも失うほど so far away……。演説劇からの連なりのせいか、誰にも受け入れられなかった予言者の孤独と絶望感が迫ってきて、胸が痛くなる。

 オレンジ色の木の葉模様のライトに導かれるように、エンディングのリフレインを歌いつつ階段上へ、最上段でゆっくりと最敬礼して退場。期せずして起こる静かな拍手に、観客の思いを見た気がした。


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