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Disturbing the Universe: Power and Repression in Adolescent Literature
by Roberta Seelinger Trites


宇宙をかきみだす --思春期文学を読みとく
R・S・トライツ著 / 吉田純子監訳 人文書院

ISBN: 978-4-409-14062-8


        


テクストのなかの権力(パワー)と抑圧
人種、民族、ジェンダー、階級、宗教、セクシュアリティなど、さまざまな背景
をもつ現代の若者とヤングアダルト小説の主人公たちのあり方を、ポスト構造主
義理論で読み解く。


 本書は、Roberta Seelinger TritesによるDisturbing the Universe: Power and Repression in Adolescent Literature (Iowa UP, 2000) の全訳である。本書のねらいは、ポストモダンの時代に一つのジャンルとして確立した思春期文学 (ヤングアダルト文学) を、さまざまな理論をもちいて重層的におもしろく読み解くことにある。英文タイトルの「宇宙をかき乱す」という表現は、アメリカのモダニストで、ノーベル賞詩人・・エリオットの「アルフレッド・プルーフロック氏の恋歌」(1917) の詩の一節からの引用である。この詩において、中年にさしかかったプルーフロック氏がある女性に愛を告白すべきかどうかと悶々と悩むが、彼にとって想いを告げることは、「宇宙をかき乱す」にも等しい行為なのだ。エリオットは、「プルーフロック」という劇的ペルソナの描写をつうじて、現代人の精神的危機を表現した。それから半世紀あまりたって、このおなじ語句に挑発されて、悶々と苦悩するティンエイジャーが思春期文学に登場した。ロバート・コーミアの『チョコレートウォー』(1974) の主人公ジェリー・ルノーである。モダニストのエリオットの精神を受け継いで、ポストモダンの作家コーミアは、体制や制度と戦うべきかどうか苦悩する一人の少年を描いた。

 一方、21世紀に文学を読むわたしたちは、幸いなことに、「プルーフロック」や『チョコレートウォー』が書かれた時代よりも、書き手として読み手として、多様性を享受する時代に生きている。この間のアメリカの公民権運動やフェミニズム運動、体制の権威を問うその他のさまざまな運動、さらに、近年の文化・政治・経済のグローバル化が進行するなかで、今日の英米文学 (思春期文学も含む) では、正典(キャノン)に対する議論が活発に交わされ、多様な人種、民族、ジェンダー、階級、宗教、セクシュアリティの背景をもつ人物が登場するようになった。また、テクスト解釈も、かつてのように、たった一つの標準的な解釈を読みとるとか、作者の伝えたいメッセージのみにこだわる必要性もなくなってきた。そういう意味で、わたしたちは、文学批評という「宇宙」がかき乱された時代に作品を読んでいるのだ。

 しかし、正確に言えば、本書は、批評の宇宙をかき乱すことを意図しているのではなく、むしろ、批評の宇宙の限界をおし広げようとしている。現代の思春期文学で描かれる多様な文化・社会的背景をもつティンエイジャーは、学校、政府、宗教、家族、セクシュアリティ、人種、階級など、さまざまな制度的な力の抑圧を受けて、それらと葛藤しながら生きている。彼/彼女たちを、権力と抑圧という観点から、ミシェル・フーコー (一望監視施設)、ルイ・アルチュセール (イデオロギー的国家装置)、ジュディス・バトラーの権力論を援用して捉えていくと、これまでの文学批評とはひと味ちがう若者像が見えてくるはずだ。また、本書は、個人が社会的な言説により構築されるというポスト構造主義の立場をとるが、ラカンの理論を使えば、たとえば、ジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』(1912) やヴァジニア・ハミルトンの『わたしの名はアリア』(1976) の主人公たちが、いかに言葉により〈他者〉を作りあげ、また作りあげられたりして、〈象徴秩序〉への参入をはたしているかを解明できる。さらに、ミハイル・バフチンの対話学、カーニバル性、ポリフォニーなどの概念も、言葉により主体構築される若者の現状に迫るための効果的な理論であり、その構築過程の分析的な観察におおいに役立つだろう。本書は、さらに、思春期文学をテクスチュアルに分析するだけでなく、作品の書かれた時代の社会・文化・政治・経済的なコンテクストに注目して、コンテクスチュアルに読み、作品の立体的複眼的読みを促している。 ----本書の訳者あとがきより----