生命保険金は特別受益か/弁護士の法律相談
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2024.11.10 mf
弁護士河原崎弘
相談:生命保険金は特別受益ですか
母が亡くなり、その後、父が亡くなりました。私のほか、兄が2人います。
父は、生命保険に入っており、受取人を私に指定していました。私が、女で、結婚もせずにいたので、父は心配していたのです。
私は、生命保険金1000万円を受取りました。父の遺産は預金約5000万円です。
私たち、子供3人で遺産分割の話をしていますが、兄2人は、遺産は生命保険を入れて計算し、従って、私が預金から相続できるのは、1000万円だと言います。私は、生命保険は相続財産ではないので、5000万円の預金の3分の1(約1700万円)を相続できると主張しています。この場合、どちらの主張が正しいでしょうか。
相談者は、第二東京弁護士会がデパート内で開いている法律相談所を訪れました。
回答:生命保険金は原則として特別受益に当たらない
受取人指定の生命保険金が遺産(相続財産)であるかについては問題があります。
判例では、保険金を相続財産とは扱いません。
学説では、生命保険金を遺贈ないし死因贈与と見る説が有力です。この説では、生命保険金は 特別受益(民法903条)となりますので、遺産分割の際のそれを加えて遺産を計算します(あなたの兄の主張)。
判例では、特別受益に当たるとするものと、特別受益に当たらないとするものがありました。ところが、最近、最高裁で、原則として、特別受益に当たらないとする決定がありました(あなたの主張と同じ)。
特別受益に当たるか、否かは、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人と
の関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、公平であるかを判断します。保険金の額の遺産の総額に対する比率が重要でしょう。下記審判例では、保険金額が遺産の5割を超えると特別受益です。ここでは、遺産と保険金の額を比べてみます。
- 原則として、特別受益に当たらない。
- 大阪家庭裁判所堺支部平成18年3月22日審判(出典:家庭裁判月報58巻10号84頁)
遺産6963万円、保険金428万円(遺産の6%)
- 最高裁判所第2小法廷平成16年10月29日決定(出典:家庭裁判月報57巻4号49頁)
遺産5247万円、保険金792万円(遺産の15%)
- 例外として、特別受益に当たる
保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合は、特別受益に当たる。大きな要素は、遺産に比べて保険金が大きい場合です。
この場合は、生命保険金は遺産の先取りとして扱われ、遺産分割の対象となります。
- 東京高等裁判所平成17年10月27日決定(出典:家庭裁判月報58巻5号94頁)
遺産約1億0134万円、保険金約1億円(遺産の99%)
- 名古屋高等裁判所平成18年3月27日決定(出典:家庭裁判月報58巻10号66頁)
遺産8423万円、保険金5154万円(遺産の61%)
相談者のケース場合、遺産5000万円に対し、生命保険金1000万円(遺産の2割)です。15%で、特別受益に当たらないとの判例がありますので、大丈夫とは思います。しかし、若干、微妙です。
とりあえず、父の遺産5000万円を分割する際、あなたが受取った生命保険金1000万円は特別受益ではないと主張し、裁判所の審判にまかせたら、いかがでしょう。
判決
- 東京地方裁判所令和5年12月1日判決
3 争点2 本件不動産3の被告Y2持分は特別受益に該当するか
前記認定事実(3)ア、ウのとおり、被告Y2は、本件不動産3ないしその取得資金となったHの持分を取得するために、亡Aから平成13年頃に550万円、平成22年に1610万円の贈与を受けているから、これらの合計2160万円は特別受益に該当する。もっとも、これ以外の被告Y2持分については、亡Aからの取得資金の贈与があったことを裏付ける客観的な証拠はなく、前記認定事実(2)のとおり、被告Y2には一定程度の収入があったことが認められることに照らして、特別受益と認めるに足りない。なお、原告は、相続時の価値についての主張立証をしないため、特別受益額は贈与額である2160万円とする。
4 争点3 本件生命保険の保険金は特別受益に該当するか
(1)被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した保険契約に基づく死亡保険金請求権は、その保険金受取人が自らの固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産に属するものではないというべきである(最高裁判所昭和40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)。また、死亡保険金請求権は、被保険者が死亡した時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく、被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであるから、実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできない(最高裁判所平成14年11月5日第一小法廷判決・民集56巻8号2069頁参照)。したがって、保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。
(2)これを本件についてみるに、前記前提事実(5)、(7)のとおり、本件生命保険は、@加入時期は本件遺言の後であって、亡Aの死亡の3年半前であり相続発生に近接した時期といえること、A保険金額は約1億5000万円(後記遺産総額約9億円の約15%であり、うち金融資産(預貯金、株式)約1億8000万円に匹敵する)であり、相当多額であること、B保険料一括払いの保険であり(甲9)、その性質は投資信託と類似点が多いこと、C本件遺産において原告に相続させるものとされたのは金融資産の5分の1のみであることを考慮すると、本件生命保険に係る保険金は、亡Aがその預貯金から払い込んだ保険料といまだ等価性が失われたと評価することはできないものである。そうすると、公平の見地に照らし、前記認定事実(2)のとおり被告Y2が亡Aと同居し、亡Aの世話をしていたことを考慮しても、上記特段の事情が認められ、本件生命保険の保険金1億5016万5000円(被告Y1 1億0511万5500円、被告Y2 4504万9500円)は特別受益に準じて持戻しの対象になると解する。
- 東京地方裁判所平成25年10月28日判決
イ 本件においては、@ Bが受け取った保険金及び死亡退職金は、それぞれ1億3787万7175円及び3億6100万円で
あって、比較的高額ではあるものの、本件被相続人の遺産総額に対する比率でみれば、過半を占めるようなものではないこと、A 本
件被相続人と同居していたのは、B及び被告らであり、Bは、本件被相続人の配偶者として長期に渡り貢献してきたことが推認される
一方、B 原告は、本件被相続人が締結した生命保険契約に基づく保険金3000万円を受領し、さらに、本件被相続人の生前に、経
済的援助として毎月定額の振込送金を受けていたことがうかがわれること(乙2)等の事情があることを総合すると、相続人間に生じ
る不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存するとは
いえない。
ウ よって、本件における生命保険金及び死亡退職金については、いずれも相続財産への持戻しは認められず、支払価額の算定の
基礎に含まれない。
- 名古屋高等裁判所平成18年3月27日
決定
保険契約に基づき保険金受取人とされた妻が取得する死亡保険金等の合計額は約5200万円とかなり高額で、相続開始時の遺産価額の61%を占めること被相続人と妻との婚姻期間が3年5か月程度であることなどを総合的に考慮すると、保険金受け取人である妻とその他の
相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほど著しいものであると評価すべき特段の事情が存するとしても、同条の類推適用により死亡保険金等を持戻し持の対象とした
- 大阪家庭裁判所堺支部平成18年3月22日
審判
ア 前記第3の2(1)のとおり,被相続人は,その死亡当時,別紙8(1)記載の各簡易保険(いずれも被保険者は被相続人,保険金受取人は相手方Bであ
る。)の契約者であり,相手方Bは,被相続人の死亡により,死亡保険金請求権を取得し,死亡保険金合計428万9134円を受領した。
イ 申立人は,「相手方Bの受領した上記死亡保険金428万9134円は,相手方Bの特別受益に当たる。」旨主張する。しかしながら,簡易保険契約に基づき
保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産に当たらない
と解するのが相当であるし,相手方Bが受領した死亡保険金は合計428万9134円であるところ,これは被相続人の相続財産の額6963万8389円の6パーセン
ト余りにすぎないことや,後記第5の1(1)のとおり,相手方Bは,長年被相続人と生活を共にし,入通院時の世話をしていたことなどの事情にかんがみると,保険金
受取人である相手方Bと他の相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情
が存在するとは認め難いから,同条の類推適用によって,相手方Bの受領した上記死亡保険金428万9134円を,特別受益に準じて持ち戻しの対象とすべきであると
はいえない(最高裁平成16年10月29日決定・民集58巻7号1979頁参照)。
- 東京高等裁判所平成17年10月27日決定(家庭裁判月報58巻5号94頁)
抗告人は,被相続人が契約した生命保険の受取人になり,その保険金を受領したことによって遺産の総額に匹敵する巨額の利益を得ており,受取人が変更された時期やその当時抗告人が被相続人と同居しておらず,被相続人夫婦の扶養や療養介護を託するといった明確な意図のもとに上記変更がされたと認めることも困難であることなどからすると,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存することが明かであるから,抗告人が受け取った死亡保険金は特別受益に準じて持戻しの対象となる。
- 最高裁判所平成16年10月29日決定(判例時報1884-41)
前記2(5)ア及びイの死亡保険金について
被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した養老保険契
約に基づく死亡保険金請求権は,その保険金受取人が自らの固有の権利として取得するのであって,保険契約者又は被保険者から
承継取得するものではなく,これらの者の相続財産に属するものではないというべきである(最高裁昭和36年(オ)第1028
号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)。また,死亡保険金請求権は,被保険者が死亡した時に初めて発
生するものであり,保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく,被保険者の稼働能力に代わる給付でもないの
であるから,実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできない(最高裁平成11年(受)第113
6号同14年11月5日第一小法廷判決・民集56巻8号2069頁参照)。
したがって,上記の養老保険契約に基づき保険金受
取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は,民法903条1項に規定する遺贈又
は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも,上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は,
被相続人が生前保険者に支払ったものであり,保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請
求権が発生することなどにかんがみると,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条
の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用
により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。
上記特段の事情の有無について
は,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受
取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。
これを本件についてみるに,前記2(5)ア及びイの死亡保険金については,その保険金の額,本件で遺産分割の対象となった
本件各土地の評価額,前記の経緯からうかがわれるBの遺産の総額,抗告人ら及び相手方と被相続人らとの関係並びに本件に現れ
た抗告人ら及び相手方の生活実態等に照らすと,上記特段の事情があるとまではいえない。したがって,前記2(5)ア及びイの
死亡保険金は,特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない。
登録 2005.4.21
東京都港区虎ノ門3丁目18-12-301(神谷町駅1分)弁護士河原崎法律事務所 03-3431-7161