弁護士に対する懲戒請求が不法行為になるか
河原崎法律事務所
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2024.4.18 mf
相談:弁護士報酬が高過ぎる。懲戒請求したい
私は、友人に紹介された弁護士に 離婚訴訟(裁判) を依頼しました。約 1 年の裁判後、和解で、被告(元夫)から、3000万円(慰謝料、財産分与)が入りました。お金は私の弁護士の口座に振り込まれました。弁護士は、そこからから報酬368万円と実費6万円を取りました。
私は着手金として100万円、裁判所出頭日当9回分27万円を支払っています。委任契約では、離婚の着手金50万円、報酬50万円、経済的利益があった場合は、弁護士会の旧報酬規定
の標準報酬額となっています。
しかし、弁護士が取った368万円の報酬は高すぎます。
そこで、私は 弁護士会 に懲戒の請求をしようと思っています。
私が懲戒請求をすると、弁護士から損害賠償請求されると言う人がいます。懲戒とはどんな制度ですか。私の申立ては認められますか。
回答:妥当な報酬である。懲戒請求は無理
綱紀委員会の調査
懲戒請求があると、弁護士会では、綱紀委員会が、弁護士に懲戒事由があるかどうか、必要な調査を行います。綱紀委員会で懲戒相当と決議をすると、事件は、懲戒委員会の調査に付されます。
2023年1月1日から同年6月30日までの
全国の弁護士会の綱紀委員会での処理状況は以下の通りです。
継続 | 新受 | 既済 | 未済 |
審査相当 | 審査不相当 | 却下 | その他 | 計 |
292 | 204 | 1 | 322 | 7 | 2 | 332 | 164 |
懲戒委員会
弁護士法 57条によると、
懲戒には、次の4種類があります。
退会命令あるいは除名では、弁護士として活動できなくなります。除名の方が退会命令より重いです。退会命令は、弁護士名簿から登録を取消されますが、その後(実際には難しいです)他の弁護士会に入会を認められれば再び弁護士活動ができます
。
これに対して、除名は、3年間弁護士資格を剥奪するという効力があり、その後も登録請求があっても、弁護士会は登録を拒絶できます。退会命令あるいは除名の懲戒処分の受けた弁護士が、再度、弁護士登録を認められることは難しいです。
ほとんどの懲戒申立は、下記判決のように濫訴であって、理由がありませんが、それでも、毎月、数件の懲戒処分が出ます。多い懲戒事由は、依頼された手続きを怠った(戒告)、非弁護士と提携した(業務停止)、預り金の横領(業務停止、退会命令、除名)などです。
懲戒処分は、弁護士会に掲示され、報道機関に公開され、日弁連(日本弁護士連合会)発行の雑誌「自由と正義」に掲載されます。
懲戒処分は、その告知が行われたときに直ちに効力が発生します(最大判昭和42年9月27日)。処分確定時ではありません。異議の申出、審査請求しても、効力に関係ありません。
懲戒処分を受けることは、弁護士にとっては、大きな痛手です。特に業務停止以上の懲戒処分は弁護士の社会的信用を失わせ、弁護士にとって、致命的でしょう(業務停止では、各委任契約、顧問契約を解除します。業務停止に関する日弁連規則)。3か月程度の業務停止の懲戒処分を受けたが、懲戒処分期間中に、法律相談などをして、さらに懲戒処分を受けた例が結構あります。法律相談をしないと、依頼人は、逃げて行ってしまうので、弁護士は懲戒処分期間中に法律相談をしたのです。継続的に弁護士活動をしていないと弁護士としての業務は成り立ちません。
懲戒処分は重要な意味を持ち、反面、不当な懲戒請求(申立)は、不法行為になることもあります。
虚偽の事実を主張して懲戒請求するとか、嫌がらせ目的で懲戒請求すると、不法行為になり、請求人に損害賠償支払い義務が生じます。下記判決参照。
あなたの場合、離婚についての報酬が50万円です。さらに、離婚裁判で3000万円の経済的利益があったのですから、旧報酬会規では、この標準報酬額は318万円です。そうすると、あなたの代理人(弁護士)の請求する報酬は、当初の契約とおりであり、不当とはいえません。
あなたの弁護士費用をめぐる問題は、純粋の民事の問題で、弁護士会の紛議調停あるいは裁判所で解決すべき問題で、弁護士会の懲戒手続きで解決すべき問題ではないですね。しかし、あなたの場合、事実を曲げて述べる(虚偽を述べる)のではなく、「報酬が高くて不当である」と、評価の主張をするのですから、懲戒請求が不法行為にはならないでしょう。
懲戒請求、懲戒処分統計
最近の統計(日弁連新聞より)では、懲戒処分を請求された弁護士のうち、懲戒処分を受けたのは、3.6%(2015年)、3.3%(2016年)、3.3%(2022年)です。多くの懲戒処分請求は、濫訴ですが、悪質な弁護士がいることも事実です。
全国の弁護士会の懲戒処分統計
年 | 懲戒請求総数 | 除名 | 退会命令 | 業務停止 | 戒 告 |
1997 | 488 | 3 | 1 | 23 | 11 |
1998 | 715 | 2 | 2 | 20 | 19 |
1999 | 719 | 3 | 5 | 27 | 17 |
2000 | 1030 | 1 | 7 | 16 | 17 |
2001 | 884 | 0 | 4 | 24 | 34 |
2002 | 840 | 3 | 3 | 32 | 28 |
2003 | 1127 | 4 | 3 | 32 | 28 |
2004 | 1268 | 2 | 3 | 23 | 24 |
2005 | 1192 | 2 | 3 | 22 | 35 |
2006 | 1367 | 3 | 2 | 33 | 31 |
2007 | 9585 | 1 | 1 | 28 | 40 |
2008 | 1596 | 1 | 2 | 14 | 42 |
2009 | 1402 | 1 | 5 | 30 | 40 |
2010 | 1849 | 1 | 7 | 29 | 43 |
2011 | 1885 | 5 | 2 | 34 | 38 |
2012 | 3898 | 0 | 2 | 23 | 54 |
2013 | 3347 | 2 | 6 | 29 | 61 |
2014 | 2348 | 6 | 3 | 37 | 55 |
2015 | 2681 | 3 | 5 | 30 | 59 |
2016 | 3480 | 4 | 3 | 47 | 60 |
2017 | 2864 | 3 | 4 | 31 | 68 |
2018 | 12684 | 3 | 1 | 39 | 45 |
2019 | 4299 | 1 | 7 | 25 | 62 |
2020 | 2254 | 3 | 8 | 35 | 61 |
2021 | 2554 | 2 | 6 | 33 | 63 |
2022 | 3076 | 2 | 6 | 32 | 62 |
2023 | 2587 | 1 | 5 | 36 | 72 |
弁護士会の力にも限界あり
最も重い懲戒処分は、除名です。除名の懲戒処分を受けた者は弁護士資格を失います。しかし、刑罰と比べると除名処分も軽いです。処分を受ける弁護士にとっても、最悪、弁護士の資格がなくなるだけで済むのです。懲戒処分に効果がない場合があります。その場合は、横領罪などで弁護士を刑事告訴をする必要があります。
判例
- 東京地方裁判所令和3年1月26判決
(*懲戒処分が違法であり、弁護士会に高額な損害賠償義務が認められた例)
主 文
1 被告(*〇〇〇〇弁護士会)は,原告に対し,4283万0474円及びこれに対する平成31年4月24日から支 払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
<<中略>>
(2)そして,前記1で認定判断したとおり,本件綱紀議決において懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と
認める旨の議決がされた懲戒事由は,原告が別件不当利得返還請求事件の着手金として315万円という高額すぎる
報酬を得たこと(前記1(3)アBの事実)のみであって,原告がCの詐欺破産を主導ないし関与した事実(同Aの事実)
は懲戒事由として取り上げられていない。被告の懲戒委員会は,このことを認識し,自ら本件綱紀議決の内容と
してその旨を本件懲戒議決の議決書(甲2)に記載しているにもかかわらず,その範囲を逸脱する事実(同Aの事実,
前記1(3)イCないしEの事実)を懲戒事由として本件懲戒議決を行ったものである。
このような本件懲戒議決における手続上の違法は,通常の注意を払いさえすれば容易に回避することができたものという
ほかないから,被告の懲戒委員会は,その職務上通常尽くすべき注意を怠って,漫然と,審理の対象とすべき事実の範囲には
含まれない事実を認定して,本件懲戒議決をしたものというべきである。
したがって,本件懲戒議決に基づいて行われた
本件懲戒処分には,国家賠償法1条1項にいう違法が存すると認められる。
<<中略>>
したがって,原告に生じた経済的損害(平成30年12月31日までに生じたもの)及び精神的損害の額は,合計4283万0474円であると認められる。
- 東京地方裁判所令和2年7月3日判決
そして,懲戒請求に係る被告の行為の多数・継続性及び態様の類似性等に照らすと,被告のこれら行為は,一連一体として,原告の名誉・信用を侵害するおそれ及び弁明を余儀なくされる負担を生じさせる不当なものであって,弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠く違法な懲戒請求として不法行為を構成すると認められる。
(2)争点A(原告による本件本訴提起の不法行為該当性)について
上記のとおり,被告の本件各懲戒請求に係る一連の行為は不法行為を構成するから,当該行為に対する原告の本訴提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)といえないことは明らかであって,原告の本訴提起は不法行為に該当しない。
(3)争点B(損害額)について
ア 本件本訴に係る損害額
被告は,本件懲戒請求1につき2年間にわたり懲戒請求事由を追加した後,更に1年以上にわたって多数回,別途の懲戒請求や懲戒請求事由の追加等を行っている。さらに,被告は,懲戒請求手続及び原告に対する前記別件訴訟手続において,自身の主張が理由を付されて排斥されているにも関わらず,同様の行為を繰り返しており,また,この際,原告の人格や能力を根拠なく非難する言辞を用いるなどしている。
以上を考慮すると,被告の行為は悪質で執拗なものであり,これに対応を余儀なくされた原告の負担は極めて大きいといえるから,原告の受けた精神的苦痛への慰謝料としては100万円が相当であり,これに,弁護士費用としてその1割である10万円を加えた合計110万円が損害として認められる。
また,本件では,不法行為を構成する行為につき,本訴提起後のものが含まれるところ,遅延損害金の起算日は,最終の行為日である令和2年1月14日と解するのが相当である。
- 東京地方裁判所平成28年11月15日判決
(エ) 弁護士法に基づく懲戒請求をする者は,対象者の利益が不当に侵害されることがないように懲戒事由を事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査・検討をすべき義務を負うことは,前記(1)で説示したとおりであり,これに加え裁判制度の趣旨目的にもかんがみれば,上記のような事情の下で,なお被告の主張のみを根拠として,詐欺・横領・偽造など原告の名誉・信用を害する表現を用いて行われた本件懲戒請求3は,被告において,懲戒請求を受ける原告の利益が不当に侵害されることがないように,懲戒事由を事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査・検討をすべき義務を怠った恣意的かつ濫用的なものと言わざるを得ず,弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らして相当性を欠くと認められるから,不法行為を構成するというべきである(なお,本件訴訟において被告が求める上記各証拠調べは,新たな根拠もなく既に2回の確定判決によって退けられた主張の立証を求めるものであって,必要性が認められない。)。
- 大阪地方裁判所平成20年10月23日判決
キ したがって,本件懲戒請求には,何ら事実上及び法律上の根拠が存在しないものと認められる。
(3) 注意義務及び相当性について
ア 上記(2)のとおり,本件懲戒請求は,事実上又は法律上の根拠が存在しないことが明らかであることからすれば,被告らの立場に立った通常人であれば普
通の注意を払うことにより,被告らの主張が懲戒委員会において採用されないことを知り得たということができる。
イ さらに,被告らは,前記第2,1(7)のとおり,自ら提出した本件懲戒請求の存在を理由として,窓口不在通知等により,原告との交渉を積極的に拒絶し
ており,本件懲戒請求は,被告らとAとの交渉において,邪魔な存在であった原告を排除するために行われたものと認められることも併せて考慮すると,本件懲戒請求
は,弁護士懲戒請求の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められ,違法な懲戒請求として不法行為を構成するというべきである。
(4)以上のとおりであって,被告らの本件懲戒請求は,違法な懲戒請求であるので,原告に対する不法行為を構成する。
3 争点(2)(原告の損害額)に対する判断
本件懲戒請求は,大阪弁護士会及び日本弁護士連合会のいずれにおいても理由のないものと判断されているが,たとえ根拠のない懲戒請求であったとしても,被
請求者である弁護士は,懲戒請求に対する,弁明,反論や反証活動のために相当の労力を注ぐ必要がある上に,懲戒請求がなされたという事実が第三者に知れるだけでも,その弁護士の業務上の信用や社会的信用に大きな影響を与える可能性があることは明らかである。
本件懲戒請求が本件交渉事件から原告を排除しようとする不当な目的に基づくものであり,被告らが懲戒請求中であることを理由に原告との交渉に応じようとし
なかったこと,併せて,手続上認められているとはいえ,大阪弁護士会の決定に対して日本弁護士連合会に異議の申立てを行い,これを棄却する決定に対して更に日本
弁護士連合会に対して綱紀審査の申出を行うなど執拗に諸手続を取り,その間原告を交渉の相手方から排除しようとしたこと,その他本件にあらわれた一切の事情を考
慮すると,原告が被った精神的損害に対する慰謝料額は,50万円と認めることが相当である。
-
東京高等裁判所平成19年11月29日
判決
控訴人が違法行為と主張する行為は,被控訴人が第二東京弁護士会の懲戒委員会委員長として行った行為であり,国家賠償
法の適用の有無に関する限り,公共団体の公権力の行使にあたる公務員としての行為であると解するのが相当であり,被控訴人の行為が国家賠償法上,故意又は過失に
よって違法に控訴人に損害を加えたと評価されるとしても,第二東京弁護士会が同法1条1項により損害賠償義務を負うこととは別に,被控訴人が個人として不法行為
の責任を負うものではない(最高裁判所昭和30年4月19日民集9巻5号534頁,同昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁等)。
- 東京地方裁判所平成19年10月30日判決
被告の原告らに対する紛議調停申立は2度に及び,その手続きにおいて被告が作成し原告らの所属する弁護士会に対して提出された文書の内容は悪意に満ちたもの
で,原告らの弁護士としての名誉を著しく毀損するものである。
また,それに加えてほぼ同一の理由に基づく本件懲戒請求は,紛議調停を有利に運ぼうとする被告の主観
的目的さえ推定される内容のものであって,原告らの名誉感情を著しく害していることは明白であると思われるが,他方,紛議調停申立にせよ懲戒請求にせよ,原告らの
所属する弁護士会に宛てられたものに過ぎず,被告の作成した文書を目にする者は弁護士会の中でも極く一部の者に限られるということが推定される上に,いずれの文書
の内容(甲1〜7)も,一読して前後矛盾することが明らかであったり,根拠のないことが容易に窺われるものや,記載内容そのものが常軌を逸していると感ぜられるも
のが多く,それ故,原告らの客観的名誉に対する脅威となり得るものが多くないと認定される。
よって,以上を総合的に考慮すると原告らに対する精神的損害額は各々3
0万円が相当であると判断される。
- 東京地方裁判所平成19年6月25日判決
ウ 更に、本件弁護士懲戒申立てについて検討するに、弁護士法58条1項は、「何人も、弁護士について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添え
て、その弁護士の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。」と規定して、弁護士懲戒制度の運用の公正を担保するため一般人にも弁護士に対する懲戒
申立権を認めているが、弁護士に対する懲戒申立ては、当該弁護士の社会的名誉や信用を害するものであるから、懲戒事由の存在について相当な根拠もなくなされた懲戒
請求で、一般人においても必要な注意をすれば相当な根拠を欠くことを知り得た場合には、当該懲戒請求は違法であり、請求者は当該弁護士に対して損害賠償責任を負う
と解するのが相当である。
本件弁護士懲戒申立ては、原告乙山が原告丙川の代理人としてした本件懲戒請求申立てが不当であることを理由とするものであるところ、本件懲戒請求申立てが正当な
ものであることは前判示のとおりであるし、前提事実において示した事実関係からすれば、被告がした本件弁護士懲戒申立ては、被告を被請求人としてされた本件懲戒請求申立てに対する報復的措置としてされた理由のないものであることは明らかである。
よって、被告は、原告乙山に対して、本件弁護士懲戒申立てについても、損害賠償責任を負うことになる。
エ そして、乙25(原告乙山の陳述書)によれば、被告の前記一連の行動によって、原告乙山は、多大の精神的苦痛を被ったことが優に認められるところ、本件の諸
般の事情、とりわけ、被告の面談強要は、不相当な言辞を用いて行われ、執拗であり、原告乙山の両親宅まで架電したり、ファックス等を送付していること、被告が開設
しているホームページのブログ中の本件記事は、弁護士である原告乙山に犯罪の嫌疑があることを示すものであること、本件弁護士懲戒申立てについて、相当な理由がな
いことを被告は知悉した上で行っていると解されること等を考慮すれば、被告が支払うべき慰謝料の額は150万円を下ることはないと認めるのが相当である。
また、弁護士費用は、本件認容額や諸般の事情にかんがみて15万円と認めるのが相当である。
- 最高裁判所平成19年4月24日判決
弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成する
- 東京地方裁判所平成17年2月22日判決
懲戒請求は,これを請求された弁護士にとっては,このための弁明を余儀なくされ,根拠のない懲戒請求によって,名誉・信用等を
毀損されるおそれがあるから,懲戒事由が事実上又は法律上の根拠を欠き,通常人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易に
そのことを知り得たのにあえて懲戒を請求するなど,懲戒の請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし著しく相当性を欠くと認められ
る場合には,違法な懲戒請求として不法行為に該当する。
被告は,給料債権が差し押さえられ,勤務先で詰問を受けたにせよ,なんら裏付けをとろうともせず,原告がシティズを別訴控訴審
において代理したことを捉え,「被調査人(原告)は,甲91A(別訴甲91)が偽造文書であったが,B(借主)が偽造したもので
あり,シテイズは関係ないと反論し,偽造公文書により裁判官の判断を誤らせて勝ち得た判決の下に,すでに請求人(被告)を脅迫し
て140万円余を支払わせ,十二分の資金を回収しているにもかかわらず,請求人の給料を差し押さえた」などと,事実とは認められ
ない記載をした本件懲戒申立書を弁護士会に提出したのであって,これが事実上の根拠を欠くことは,被告において容易に知り得たと
いえるし,さらには被告がその根拠について全く無頓着無関心であったと認められ(甲2,5,被告,弁論の全趣旨),したがってま
た,被告は他人の損害に全く無関心無頓着であったというほかない。このような被告の様態は,悪意に近似する重大な過失に該当し,
本件懲戒請求は不法行為に該当する。
被告の主張は,本件懲戒申立書の記載を撤回するでもなく,これとは異なる非難を原告に加えるのみであって(この非難も根拠がな
いことは前記1記載のとおりである。),本件懲戒請求が事実上の根拠を有すること又は事実上の根拠がないことを知り得なかったこ
とを主張するものですらなく,失当である。
4 そこで本件に現れた全ての事実を考慮し,原告の無形損害を金銭的に評価するとき,慰謝料は100万円をもって相当と認める。
- 最高裁昭和42年9月27日判決
弁護士法(以下法という。)は、弁護士の使命および職務の特殊性にかんがみ、弁護士会および日本弁護士連合会(以下日弁連という。)に対し、公の権能を付与するとともに、その自主・自律性を尊
重し、その一還として、その会員である弁護士に一定の事由がある場合には、弁護士会または日弁連が、自主的に、これに対する懲戒を行なうことができるものとしている。この意味において、弁護士会
または日弁連が行なう懲戒は、弁護士法の定めるところにより、自己に与えられた公の権能の行使として行なうものであつて、広い意味での行政処分に属するものと解すべきである。所属弁護士会がした
懲戒について、日弁連に行政不服審査法(以下審査法という。)による審査請求をすることができるものとし(法59条参照)、さらに、日弁連のした裁決または懲戒に不服があるときは、行政事件訴訟
法による「取消しの訴え」を提起することができることにしている(法62条)のも、右懲戒が一種の行政処分であることを示しているものということができる。そして、このような特定の相手方に対す
る処分である懲戒については、当該懲戒が当該弁護士に告知された時にその効力を生ずるものと解すべきであつて、この点については、他の一般の行政処分と区別すべき理由はない。もつとも、当該処分
に対しては、叙上のように審査法による審査請求、さらには、行政事件訴訟法の定める「取消しの訴え」の途が開かれているが、これらの手段がとられた場合においても、審査法34条または行政事件訴
訟法25条に基づく執行停止がなされないかぎり、その処分の効力が妨げられないことは、一般の行政処分の場合と同様であつて、このような執行停止に関する特別の規定が設けられているのも、処分は、
その告知によつて直ちにその効力が生ずることを当然の前提としていることを示すものということができる。
叙上の理由により、弁護士に対する懲戒は、それが当該弁護士に告知された時にその効力を生じ、業務停止懲戒を受けた者は、その時から業務に従事することができなくなるものと解すべきである。も
つとも、法17条には、弁護士について退会命令、除名等が確定したときは、日弁連は、弁護士名簿の登録を取り消さなければならないと規定されているので、これらの懲戒については、その確定をまつ
てはじめてその効力が生ずるものとなし、したがつて、業務の停止という懲戒についても、規定の有無にかかわらず、同様の趣旨で、それが確定しなければその効力が生じないとする見解がないわけでは
ない。しかし、法17条は、弁護士名簿の登録に関する日弁連の事務処理について、登録を取り消さなければならない場合を明示するとともに、弁護士の使命および職務の重要性にかんがみ、退会命令、
除名等の処分があつても、それが確定し、もはや争いの余地がなくなつたのちでなければ、登録の取消をさせないように配慮した趣旨の規定にすぎないと解すべきである。けだし、法17条1号、3号等
の場合における弁護士名簿の登録の取消は、これによって弁護士としての身分または資格そのものを失わしめる行為ではなく、弁護士としての身分または資格を失つているという事実を公に証明する行為
なのである。したがつて、たとえば弁護士が法6条の定める欠格事由に該当するに至つたような場合には、直ちに弁護士としての身分または資格を失うのであつて、仮りに弁護士名簿の登録が取り消され
ないままに残つていたとしても、もはや弁護士ではありえず、弁護士の職務を行なうことはできないのである(公証人法16条、国家公務員法76条参照)。
要するに、法17条は、審査法1条2項およ
び行政事件訴訟法1条にいう特別の定めにはあたらないのであるから、これを根拠として、懲戒は確定しなければ効力を生じないとすることはできない(なお、昭和8年法律第53号の旧弁護士法施行当
時における弁護士の懲戒手続には、明治23年法律第68号判事懲戒法が準用され、同法46条の規定により、懲戒裁判所による懲戒の裁判は、確定の後でなければこれを執行することができないものと
し、同法51条の定めるところにより、必要のある場合には懲戒裁判手続の結了に至るまで職務を停止することを決定することができるものとしていた。これは、懲戒が裁判の形式をとつて行なわれたこ
とに伴う結果であつて、当時と懲戒の手続・構造を異にする現在の法制のもとにおいて、旧法時代の考え方を類推することは許されない。)。
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2008.12.1