認知症の母の公正証書遺言の効力/弁護士の相続相談
弁護士河原崎弘相談:長谷川式認知症テストで、4点〜10点ですが、公正証書遺言が有効ですか
先日、母が亡くなりました。
母は、ホームに入っており、何度も公正証書遺言を作りましたが、最初の頃の遺言と、最後の遺言の内容が若干違います。
母は、アルツハイマーで、何回かテストをしました。最後の頃のテストの結果は、長谷川式認知症テストで、4点〜10点ありました。
このような状態で作成された遺言が有効なのでしょうか。相談2:公正証書遺言を作りましたが、半年後の長谷川式簡易知能評価スケールでは6点
3年前兄が母を自宅から連れ出し、1年間、母の居所がわからなくなりました。連れ出して2月後に、兄は母に遺言を書かせました。母は、ホームに入っており、「兄に全遺産を相続させる」との公正証書遺言を作りましたが、その半年後の長谷川式簡易知能評価スケールでは6点でした。
母は、アルツハイマーで、何回かテストをしました。最後の頃(遺言から1年後)のテストの結果は0点でした。
母の遺言は有効なのでしょうか。回答:周囲と意思疎通ができたかが重要
意思能力とは、法的判断能力です。遺言においては、遺言能力、すなわち遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力です。 このような遺言をするとどのような結果になるか、利害関係はどうなるかなどを判断する能力です。意思能力がない者がした行為は、無効と解されています。
意思能力の有無に関する主張立証責任は,意思能力の不存在を主張する側が負うものとされています。したがって,遺言無効を 主張する 当事者が、遺言者に意思能力が欠けていたことを立証しなければなりません。 かっては、遺言者に意思能力があったかについて、公証人を証人尋問するしか方法がないことが多かったです。 公証人は、通常、法廷で、「遺言者とは普通に意思の疎通ができ、遺言者は正常であった」と証言します。 遺言を無効にすることは、公証人にとって不名誉なことですので、公証人が、「遺言者には意思能力がなかった」証言することはありません。そのため、通常、公正証書遺言を無効にすることは難しかったのです。
しかし、最近は、痴呆症状が出ていると、病院などで長谷川式テスト(長谷川式簡易評価方法)を実施していますので、意思能力がなかったことの証拠が残っていることが多くなりました。さらに、要介護度を認定する際にも医師が本人を診ていますので、医師を証人申請することにより、意思能力について証明できます。
長谷川式のテストの関係では、15点以下の場合は、遺言能力に疑問が生じます。後は、周囲と意思の疎通ができたかです。意思の疎通ができなければ、遺言能力はなく、遺言は無効です。10点以下は、遺言能力はないでしょう。 単純に、点数だけでなく、周囲と意思の疎通ができたかが重要です。それは、看護日誌などに書いてあることが多いです。
遺言能力判定の際、問題となるのは、遺言の内容です。「全財産を○○に相続させる」との遺言は簡単で、意思能力が低い人でも遺言できます。他方、「遺産の3分の1は○○に相続させる。遺産の3分の2は○○に相続させる」との遺言は、やや難しい遺言です 。後者の遺言は、能力の低い人では遺言できません。
長谷川式テストは、後見開始(禁治産宣告申立)事件でも使用されます。上記テストは,禁治産制度という財産保護の見地では,記憶力の存否や程度に重要な意味があるから、親しむが,遺言能力においては,行為無能力者であっても遺言能力が認められていますから、記憶力に問題があったとしても、当然に遺言能力が否定されることにはなりません。
しかも,上記方法は,あくま で質問に対する答えの評価を基本としているため、例えば、被験者が反抗的な場合とか、非協力的な場合のように意思疎通が困難な場合には,正確な鑑定結果が出ないと いう欠点があります。簡易と名付けられているとおり、確定的な結論として利用するには問題があります。
そして、禁治産宣告の申立を受けたことについて、不快なる悪感情を有し、不名誉と解し、鑑定を受けることも不本意と解していることもあり、上記テストに親しまないケースがあります。判例
公正証書遺言をした遺言者の意思能力についての判例を挙げておきます。裁判所の判断の大体の傾向がわかります。これを見ると遺言が有効となるのは長谷川式である程度の点数をとった場合か、(長谷川式テストも万能ではないので)長谷川式テストの点数が悪い場合には、他の資料(例えば看護記録)から遺言者が自己の意思を表示できると認められた場合です。
長谷川式テストと公正証書遺言の効力の表 裁判所判決日 長谷川式
テストの点数事情 判決結果 東京地裁令和5.2.27 23点 アルツハイマー認知症 遺言有効 東京地裁令和4.11.24 3点 脳出血 遺言無効 東京地裁令和3,12.22 13点 アルツハイマー型認知症 遺言無効 東京地裁令和3,10.21 16〜14点 脳梗塞後遺症と認知症 遺言無効 東京地裁平成27.7.15 22.5.19テスト4点
22.7.1遺言アルツハイマー認知症 遺言無効 東京地裁平成25.10.9 19.5.15テスト13点
20.12.25遺言平成19年の時点で認知症と診断されているが、単純な内容の意思決定を する能力はあった。遺言をする動機,自筆証書遺言との内容の一貫性,遺言書を作成する経緯,遺言の内容の単純さ等の諸 事情を併せ考慮すると,本件遺言時,本件遺言のような単純な内容の意思決定をするだけの意思能力はあった。
生活自立度 Ub(日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが家庭内でも多少見られるが,誰かが注意していれば自立できる)」と診断されている。遺言有効 東京地裁平成24.7.6 5か月後15点 日常生活自立度はUa
コミュニケーション:良好遺言有効 東京高裁平成22.7.15 7か月前20点
9か月後11点金銭管理が困難、被害妄想的 遺言無効 東京地裁平成22. 3.24 15 服用薬剤管理・金銭管理能力の欠如,言葉のやり取りの困難,時間・場所の見当識障害,手順を践む作業の困難,周 囲の人とのトラブル,間違い行動の多発 遺言無効 東京地裁平成21. 6.24 8.4.5遺言
9.11.20テスト
10.3禁治産宣告
15(加点有)脳血管性痴呆及に比べアルツハイマー型痴呆は、ゆっくり、徐々に進行するので、遺言作成時から後になされた鑑定を採用して遺言を無効とした 遺言無効 横浜地裁平成18. 9.15 9 介護認定審査のための認定調査において、日課を理解できない 遺言無効 広島高裁平成14. 8.27 テスト不能 氏名及び生年 月日すら回答できず、テスト施行不能。
関与者は相続欠格者とされた(民法891条5号)偽造無効 京都地裁平成13.10.10 平11.10.16テスト
平12.1.24遺言
4看護日誌などによると看護婦と会話ができた 遺言有効 東京高裁平成12. 3.16 4 鑑定によると遺言者は重度の痴呆状態であるのに、本文14ページ、物件目録12ページ、図面1枚という大部でかつ複雑な内容の遺言が作成されていた。遺言者はこの遺言の内容を理解、判断することはできない。 遺言無効 東京高裁平成10. 8.26 21 遺言の内容は、不動産と預金を近親者に相続させる旨の8か条の(単純な)ものであること。94歳の老人としての標準的な精神能力を有していた遺言者にとり、その意味内容を的確に認識することが困難であったとは認め難いこと、等から、遺言者は、当時、遺言を行う意思能力を有していたものと認める 遺言有効 名古屋高裁平 9. 5.28 11〜17.5 遺言者が、周囲の人 の話をよく理解して適切な指示を与えたことなどに照らすと、実際は、時に対する見当識や正常な判断力・決断力を保持していた 遺言有効 東京地裁平成 4. 6.19 テスト不能 遺言者はアルツハイマー型老年痴呆により記憶障害及び理解力、判断力の低下が著しい状態にあり、必ずしも単純な内容ではない本件遺言をなしうる意思能力を有していなかった(主治医は、判断力,理解力は4,5歳程度であると診断 ) 遺言無効
京都地裁平成13.10.10判決(出典:判例秘書)
この中で、次の通り、京都地裁の判決は長谷川式テストが4点にもかかわらず、公正証書遺言を有効と認めました。
(1)本件においては,痴呆性高齢者の遺言能力の有無をいかに考えるべきかが最大の問題とされているところ,痴呆性高齢者で あっても,その自己決定はできる限り尊重されるべきであるという近時の社会的要請,及び,人の最終意思は尊重されるべきであると いう遺言制度の趣旨にかんがみ,痴呆性高齢者の遺言能力の有無を検討するに当たっては,遺言者の痴呆の内容程度がいかなるもので あったかという点のほか,遺言者が当該遺言をするに至った経緯,当該遺言作成時の状況を十分に考慮した上,当該遺言の内容が複雑 なものであるか,それとも,単純なものであるかとの相関関係において慎重に判断されなければならない。
(2)そこで,まず,第2遺言作成時点におけるA(遺言者)の痴呆の程度をみると,前記認定事実(1)によると,Aは,平成9年3月の 時点で既に軽度の痴呆が見られていたところ,回生病院入院後の平成10年12月ころには,経管栄養チューブを自己抜去したり,不 潔行為等が頻回に見られるようになり,その後,いったん,問題行動が収まったものの,平成11年11月16日に実施された長谷川 式簡易知能評価スケールの結果は30点満点中4点と非常に低い得点であり(なお,長谷川式簡易知能評価スケールにおいては,一般 に,20点以下を痴呆,21点以上を非痴呆とした場合に最も高い弁別性が得られるとされ,また,痴呆の重症ごとの平均得点に照ら すと,4点は「非常に高度」の場合のほぼ平均点に相当する。),さらに,同年12月から平成12年1月にかけては,再び,不潔行 為や暴力行為,異常行為等が見られるようになっていたことが認められるから,第2遺言作成当時(注 平成12.1.24),Aの痴呆は相当高度の重症であっ たことが明らかである。 しかしながら,他方,前記認定事実(1)カに記載のAが平成11年12月から平成12年1月24日までの間に看護婦と交わした 会話の内容(看護日誌などで認定)をみると,Aは,第2遺言作成当時,他者とのコミニュケーション能力や,自己の置かれた状況を把握する能力を相当程度 保持していたと考えられる。
(3)次に,Aが第2遺言をなすに至った経緯をみると,前記認定事実(2)によると,被告はAの遠い親戚で,昭和15年ころ からAと付き合いがあり,昭和27年からの約4年間は年に数回,昭和60年以降は月に2,3回の頻度でAの自宅を訪れ,Aの身の 回りの世話をしていたこと,平成二,三年には,Aが被告の娘と養子縁組をしたいと申し入れたこともあったこと,平成9年からは, Aの訪問看護の利用申し込みをしたり,老人ホーム入所のために社会福祉事務所の担当者と打ち合わせをしたこと,回生病院からの連 絡により,回生病院を訪れ,Aの入院手続をするとともに,入院保証金を支払い,その後も,Aの治療費の一部を自己の手持ち金で支 払ったこと,これに対し,DとCは,年に数回,Aの自宅を訪れるにすぎず,Aを初めて見舞ったのは平成11年1月のことで,その 後,同年5月,同年6月,同年7月に各1回見舞ったものの,その後は,平成12年3月まで見舞いに訪れなかったことが認められる。
すなわち,Aは,昭和60年ころからは,DやCとより,むしろ,被告との付き合いが頻繁であったところ,被告は,平成9年ころか ら,Aの介護について何くれとなく世話を焼くようになり,殊に,Aが平成10年11月に回生病院に入院した後は,主として被告が Aの世話を見ていたのであって,加えて,前記認定事実(2)記載のとおり,Aがかねてから家の跡取りあるいは自分が死亡した後の 墓守りをどうするかについて,あれこれ悩んでいたことも併せ考慮すると,自分の老い先が短くなった平成11年の暮れころにおいて, 自分のことを最も親身になって世話をしてくれている被告に対し,自分の財産を引き継がせるとともに,自分の墓を守ってくれるよう に託すことを思い付いたのは,Aにとっては自然なことであったというべきであり,そこに短慮の形跡を窺うことは困難である。
(4)次に,第2遺言作成時の状況をみると,前記認定事実(3)によると,Aは,甲公証人に対して,自己の財産の継承や葬儀 の執行など,後のことは一切被告に任せるとの意思を明確に示し,同公証人の発問に対して躊躇したり,言い淀んだりすることもなか ったことが認められる。
(5)最後に,第2遺言の内容をみると,前記認定事実(4)によれば,第2遺言は,わずか3か条から成るものにすぎず,また, 自分の一切の財産は被告に遺贈し(なお,第2遺言において明示されたAの財産は,Aの自宅の土地建物だけであった点も留意される べきである。),葬儀の執行も被告に任せるという,比較的単純な内容のものであったことが認められる。
(6)以上に検討したところを要するに,Aは,第2遺言作成当時,痴呆が相当高度に進行していたものの,いまだ,他者とのコ ミュニケーション能力や,自己の置かれた状況を把握する能力を相当程度保持しており,また,Aが第2遺言を作成するよう思い立っ た経緯ないし動機には特に短慮の形跡は窺われず,さらに,第2遺言の内容は比較的単純のものであった上,甲公証人に対して示した 意思も明確なものであったことが認められるのであって,これらの事情を総合勘案すると,Aは,第2遺言の作成に当たり,遺言をす るのに十分な意思能力(遺言能力)を有していたものと認めるのが相当である。当事務所で公正証書遺言を無効にする裁判で成功した例