遺産分割協議成立前の預金の払戻し(引き出し)
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2015.6.12mf
弁護士河原崎弘
相談:遺産分割協議前の預金の払戻し(引き出し)
父が亡くなりました。兄弟3人が相続人です。
まだ
遺産分割協議は成立していません。相続人全員の合意がないと預金の払い戻し(引き出し)はできないと考えていました。
ところが、相続人の1人が、銀行預金のうち、自分の法定相続分(1/3)約2000万円の預金の払戻し(引き出し)をしようとしています。銀行は、これを認めるでしょうか。
回答:法定相続分の預金の払戻し(引き出し)は可能
銀行によって、対応は異なります。法定相続分なら、払戻しに応じる銀行はあります。あるいは、遺産分割協議書、あるいは、銀行所定の書式で全員の同意書を要求する銀行もあります。
遺産の中には、遺産分割協議を経ることなく、数量的に分割できるもの(金銭、債権、預金債権など可分債権)と、できないの(不動産など)があります。
法律上は、相続人が複数存する場合において、相続財産中の金銭その他の可分債権(普通預金債権はこれに入ります)は、法律上、当然、分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継すると考えるのが普通です。
従って、
銀行は、自分の相続分に関しては払戻しに応ずる義務があります。払い戻しを拒否した場合は、銀行の行為は不法行為になり、銀行は、払戻額の約1割の弁護士費用を付加して支払う義務を負います。
ただし、特約などで、金融機関が払戻し拒否をできる預金もあります。これまでの判例:預金は、可分債権である
- 通常郵便貯金、普通預金
普通預金などは分割債権ですから、法定相続分に応じて、当然、分割され、遺産分割の対象ではありません。相続人は、各自、分割された自己の相続分の払い戻し請求ができます。
- 定額郵便貯金(10年の据え置き期間経過前)
各自による払戻し請求はできません。10年を経過すると、通常貯金となりますので、各自払戻請求ができます。
- 定期預金
- 各自による払戻し請求はできないとの考えがあります(民法544条、解除は全員でする必要あり)。
- 定期預金についても、法定相続分に応じて分割され、従って、自動継続の定期預金でも、法定相続人は、各自、自己の相続分を払戻し請求できるとの考えもあります(下記山口地裁の判決)。
新判決:預金は不可分債権である
上記扱いは、平成28年12月19日の下記最高裁判決により、変わりそうです。新判決は、預金債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものとしています。
従って、自己の法定相続分のみの払い戻しはできず、払戻には、常に、相続人全員の合意が必要とされるかもしれません。
判例
-
最高裁判所平成28年12月19日判決
ウ 前記(1)に示された預貯金一般の性格等を踏まえつつ以上のような各種預貯金債権の内容及び性質をみると,共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。
(3) 以上説示するところに従い,最高裁平成15年(受)第670号同16年4月20日第三小法廷判決・裁判集民事214号13頁その他上記見解と異なる当裁判所の判例は,いずれも変更すべきである。
5 以上によれば,本件預貯金が遺産分割の対象とならないとした原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
- 大阪高等裁判所平成26年3月20日判決(金融・商事判例1472号22頁
)
以上検討したところによれば,被控訴人(銀行)は,母の死亡による相続開始により控訴人及び二女が法定相続分2分の1宛の割合に従って当然に分割取得し,控
訴人が本件預金の2分の1の払戻しを受ける正当な権限を有し,法律上控訴人の本件預金分割払戻請求を拒むことができないことを十分認識していながら,控訴人の本
件預金分割払戻請求に対し,後日の紛争を回避したいとの金融機関としての自己都合から,他の共同相続人である二女の同意ないし意思確認ができない限り応じられな
いという到底正当化されない不合理な理由を構えて頑なに拒絶し,殊更故意に控訴人の本件預金債権に対する権利侵害に及び,控訴人をして,本来不必要であるはずの
本件訴訟の提起並びにその追行に要する弁護士の選任及び弁護士費用の負担を余儀なくさせ,財産上の損害を与えたものであるから,このような行為は,銀行の業務の
公共性や預金者の保護の確保を旨とする銀行法1条の目的に反することはもちろん,遅くとも本件預金分割払戻請求があった平成24年10月23日からさらに払戻手
続に要するであろう期間2か月程度(上記請求の内容等に照らすと,この程度あれば十分と認めるのが相当である。)が経過すれば,その時点(同年12月23日)に
おいて,本件預金の単なる債務不履行の域を超えて,不法行為が成立するものと認めるのが相当である。
<<中略>>
前記3(4)で説示した被控訴人の不法行為により,控訴人は本件訴訟の提起を余儀なくされ,本件訴訟の提起及び追行に要する弁護士費用を負担せざるを得
なくなったところ,上記不法行為と上記弁護士費用の負担との間に相当因果関係があることは明らかである。そして,本件訴訟の提起に至る前記2の事実経過に加え,
本件訴訟における預金払戻請求の額及び認容額を考慮すると,控訴人の被った弁護士費用相当の損害額は,7万円と認めるのが相当である。
- 山口地方裁判所下関支部平成22年3月11日
判決(判例タイムズ1333号193頁)
解除権不可分の原則は民法544条に規定されているが,その趣旨は,もし,一方当事者が複数人である場合,各別的に解除を認めると,該当者については,
遡及的に契約が消滅し,他の者については,契約が依然存続することとなり,これは法律関係を複雑化させ,実際上不便であるという点にある。
しかるに,相続人が数人ある場合において,相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは,その債権は法律上,当然に分割され,各共同相続人がその相続分に応じ
て権利を取得するものであり(最判昭和29年4月8日,民集8−4−819),預金債権も可分債権であり,定期預金債権も同様である。
定期預金債権も相続と同時に分割されるものである以上,その分割された定期預金について,その相続人が解約権を行使するのであれば,その分割された定期預金は解
約されるのであり,解約権を行使しない相続人が取得する定期預金については解約されないのであり,そうであれば,何ら,法律関係は複雑化しない。
したがって,本件の場合,解除不可分の原則の適用を欠くといわざるを得ない。
<< 中略 >>
以上によれば,原告の被告に対する平成20年12月24日になされた解約権の行使は有効になされたものであり,原告は,被告に対し,本件預金債権の8分の3につ
いて払戻請求権を有するものである。
- 東京地方裁判所平成19年9月25日判決(出典:判例秘書)
本件約款(終身年金保険約款)14条2項は,改正前の法(簡易生命保険法)69条4項,36条1項を受けて,年金継続受取人が代表者1人を定めるべきことを規定したものである。
法36条1項は,同一の保険契約につき保険契約者又は保険金受取人が数人あるときは,それらの者は,各代表者1人を定めなければならない旨を定めるが,こ
れは,二重払いを避け,大量の保険事務の迅速,簡明な処理を可能にする目的があり,保険金受取人の利益にも合致する。
しかし,同条2項が,前項の代表者が定まらな
いとき,又はその所在が不明であるときは,当該保険契約につき保険契約者の1人に対してした行為は,他の者に対しても効力を有する旨定めるところからすれば,その
要請も絶対的なものとはいえない。もしいかなる場合にも複数の保険金受取人が代表者を定めなければ権利行使できないとすれば,被告の側には民法478条により二重
払いの危険を回避する方法があるのに対し,複数の保険金受取人には代表者を決める法的手続がなく,合意ができない限り,いかに長期間経過しようと保険金の支払を受
けることができないことになり,著しく不公平である。
そうすると,長期間にわたり複数の保険契約者ないし保険金受取人が協議しても代表者を定めることができない状況にある場合において,保険契約者ないし保険
金受取人の一部が自己の権利を証明したときは,法36条1項の趣旨が害されることはないこと,衡平及び信義則の観点から,相続人の一部による自己の相続分の範囲内
の権利行使も認められるというべきである。
-
東京地方裁判所平成18.7.14判決(出典:金融法務事情1787号54頁)
相続人が数人ある場合、遺産に属する普通預貯金債権は可分債権であるから法律上当然に分割され、各共同相続人はその相続分に応じて権利を承継し、その払戻請求権を行使できる。
共同相続人の合意により普通預貯金債権を遺産分割協議の対象とすることができるとしても、共同相続人の一部から払戻請求訴訟が提起されている場合にはその可能性は存しないから、払戻請求を拒絶することはできない。
相続開始後遺産分割協議成立前においては、金融機関が共同相続人全員の同意に基づきその全員に対して一括して預金の払戻しを行う、という事実たる商慣習は存しないし、顧客であった被相続人がかかる慣行に従う意思を有していたとは認
められない。
- 東京地方裁判所平成18年3月30日判決
定額郵便貯金は,一定の据置期間を定め,分割払戻しをしない条件で一定の金額を一時に預け入れするものであり(郵便貯金法7条1項3号),預入の日から起
算して10年が経過したときは,通常貯金となる(同法57条1項)。
よって,現時点において,据置期間が経過しておらず,通常貯金に転化していない本件定額貯金に
ついては,分割払戻しは認められないというべきであるから,原告の主位的請求のうち,本件定額貯金について原告の相続分16分の15に応じた分割払戻しを請求する
部分は理由がない。
- 東京地方裁判所平成17年7月27日判決
相続人が数人ある場合において,相続財産中に金銭その他の可分債権がある場合には,その債権は法律上当然に分割され,各相続人はその相続分に応じて権利を承
継するものと解すべきところ,故Aに係る相続財産の一部である本件通常郵便貯金の払戻請求権も可分債権であるから,これと同様に解するのが相当である。
したがって,原告は,法定相続分の割合である2分の1相当額について前記払戻請求権を取得したものと認められ,被告に対し,その相当額の払戻しを請求できる。
また,本件の場合,前記争いのない事実等のとおり,相続人間の遺産分割調停は他の相続人の非協力的な態度により取り下げられたのであるから,本件払戻請求権が遺産分割協議の対象となって,被告が,原告の法定相続分相当額の払戻請求に応じた後に,他の相続人から法定相続分と異なる払戻しを請求される可能性はほとんどな
いものと認められるのであるから,被告は,原告の法定相続分相当額の払戻請求を拒み得ないというべきである。
- 最高裁判所平成16年4月20日
判決
相続財産中に可分債権があるときは,その債権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり,共有関係に立つも
のではないと解される(最高裁昭和27年(オ)第1119号同29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁,前掲大法廷判決参照)。したがって,共同相
続人の1人が,相続財産中の可分債権につき,法律上の権限なく自己の債権となった分以外の債権を行使した場合には,当該権利行使は,当該債権を取得した他の共同
相続人の財産に対する侵害となるから,その侵害を受けた共同相続人は,その侵害をした共同相続人に対して不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めるこ
とができるものというべきである。
- 最高裁判所昭和29.4.8判決(出典:判例タイムズ40号20頁)
相続人数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権は法律上当然分割され各
共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する
2010/9/29
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