弁護士(ホーム) > 弁護士による遺言、相続法律相談 > 相続開始前の相続放棄の効力/弁護士の法律相談
2023.4.20mf
弁護士河原崎弘
相続開始前の相続放棄の効力
海外から日本の弁護士に依頼した実例
相談:母の生前に相続放棄しました
私は32年前にアメリカ人と結婚し、アメリカに住んでいます。
2006年父が亡くなりました。その後、母と兄と姉が日本から私を呼びますので、帰国すると、相続の話でした。母と兄と姉が私に現金で1500万円をくれ、一切の遺産を母が相続する旨の遺産分割協議書に署名させられました。
同時に、「今後の相続(母の遺産の相続のこと)につき、一切相続権を主張しない」旨の念書にもサインするよう求められ、私は、サインしました。
2008年、母が亡くなりました。この場合、私には相続権がないのでしょうか。2006年のときは、財産として何があるか、一切説明のないままサインを迫られました。このような行為は、法的に効力がないのではないでしょうか。
回答:被相続人の生前の相続放棄は無効
お父さんの 相続 については父が亡くなった後ですから、遺産分割協議は有効です。その結果、全ての遺産は、お母さんの所有となります。
「今後の相続につき一切相続権を主張しない」旨の念書に法的効力があるかを検討します。相続開始前(母死亡前)の相続の放棄は効力ありません。さらに、相続開始前の、遺産分割協議も無効です。
これは、将来の相続人間で契約しても、あるいは将来の被相続人(母親)と相続人(相談者)間で契約をしても無効です。
判例 もあります。従って、この念書は無効です。お母さんの相続については、相談者は相続権を主張できます。
処理/海外から日本の弁護士に依頼
相談者は、アメリカから日本の弁護士に委任状を郵送し、日本の弁護士に、(念書の無効を前提として)遺産の分割協議を依頼しました。
弁護士は、相談者の兄と姉に連絡し、話し合いをしました。相談者がアメリカ人と結婚した際に家族が反対したことが、互いに、疎遠になった原因であり、そのため、他の兄弟は、「相談者には相続させたくない」と思っていたようでした。
念書の効力も問題になりましたが、兄と姉も、専門家に相談し、無効であることは認めてくれました。遺産としては兄が居住している自宅とアパートがありました。半年ほど話し合いをしましたが、まとまりませんでした。
調停
1999年3月、相談者の弁護士は、相手方の住所地を管轄する東京家庭裁判所に遺産分割の調停を申立てました。
1999年12月、調停が成立し、相談者は3000万円を取得しました。これは、姉よりも1500万円低い金額でした。父の相続のときの取得分を考慮したためです。このお金は、兄が負担しました。
相談者は日本に1度も来ることもなく、事件は解決できました。
弁護士との(日米間の)連絡方法は、主にメールでした。当時、依頼人は日本語を使えるPCをもっていませんでした。英語のメールだけですと、微妙な気持ちが伝わりませんので、時々、電話でも、話しました。
*今ではスカイプで無料で国際通話ができます。
判例
-
東京地方裁判所平成17年12月15日判決(出典:判例秘書)
遺産分割は,共同相続した遺産を各相続人に分割する手続であって,遺産及び相続人の範囲は,相続の開始によって初めて確定するものであり,相続開
始後における各相続人の合意によって成立した協議でなければ効力を生じないものと解すべきである。民法909条は,遺産分割協議の遡及効を定めるが,これは相続開
始後に遺産分割協議が行われることを前提にしたものであり,また,相続放棄が相続の開始時点における相続人の真意に基づいてなされるべきである(一定期間に家庭裁
判所に申述する必要がある。民法915条1項。)のと同様,相続開始前の処分行為は無効だからである。このことは,遺留分の放棄についてのみ,家庭裁判所の許可を
要件として有効とする規定(同法1043条1項)の存することからも明らかである。
そうすると,被告補助参加人の主張は(これを被相続人の生前にした原告らの相続放棄の約束と解しても),抗弁には該当しない。
- 東京地方裁判所平成15年3月6日
判決
2 停止条件付遺産分割協議の成否,効力について
被告は,原告らが本件同意書に署名捺印した平成11年12月8日の時点において,被相続人の死亡を停止条件とした遺産分割協議が成立したと主張する。
確かに,原告らが本件同意書に署名捺印していることからすると,同年12月8日,原告らと被告との間でA及びBの相続財産に関する合意が成立したものと認め
られるが,そもそも遺産分割協議の対象となる相続財産の有無及びその範囲は,相続開始時において定まるものであって,仮に相続債務が存在した場合には,遺産分割協
議において相続財産を取得しなかった者も債権者との関係においては債務を免れるものではないことからすると,相続人による遺産分割協議は相続開始後に行われること
が当然の前提とされており,その限りにおいて効力を有するものと解すべきであり,そして,民法915条1項は,相続の承認・放棄をなすべき期間を,相続人が,「自
己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内とし,相続放棄の申述を家庭裁判所に対して行うことを求めていることや(同法938条),同法104
3条1項が,相続開始前の遺留分の放棄については家庭裁判所の許可にかからしめていることなどに照らしても,相続開始前の遺産分割協議は効力を有しないものと解さ
ざるを得ない。
<<中略>>
本
件同意書の文言を見る限り、本件同意書は原告らが相続を放棄する旨記したものと解するのが相当であり、民法915条、9
38条に照らすと、相続開始前における推定相続人の相続放棄の意思表示は無効と解さざるを得ないから、本件同意書も無効である。
よって、原告らの請求には理由があるから、主文のとおり判決する。
- 東京地方裁判所平成6年11月25日判決(出典:判例タイムズ884号223頁)
遺産分割は、共同相続した遺産を各相続人に分割するものであり、相続人及び遺産の範囲は、相続の開始によって初めて確定するのであ
るから、その協議についても、相続開始後における各相続人の合意に
よって成立したものでなければ効力を生じないというべきである。
相
続放棄は、相続開始後一定期間内に家庭裁判所に対する申述によって
されなければならず(民法915条1項)、また、相続開始前におけ
る遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限りその効力を
生ずるものであって(同法1043条1項)、これら相続に関する権
利の相続開始前の処分が認められないのと同様、遺産分割についても、
事前に協議が成立したからといって、直ちに何ら効力を生じるものと
解することはできない。
民法907条1項は、いつでも共同相続人の
協議で遺産の分割をすることができる旨定めているが、相続開始前の
分割協議の効力を認めたものとは解されない。民法909条は、遺産
の分割は相続開始の時に遡って効力を生ずる旨定めており、これは、
相続開始後に遺産分割協議がされるべきことを当然のこととした規定
というべきである。
- 東京高裁昭和54年1月24日決定(出典:判例タイムズ380-158)
相手方が被相続人Aの生前、前記遺
留分放棄許可の申立をした際に、被相続人Aの相続をする意思のないことを表明したことは前記のとおりである。
しかしながら、相続
開始前の相続放棄は法律上なんらの効力も有しないのであるから、遺留分放棄許可申立の際における相手方の相続放棄の意思表明は法
律的効力を有しない。単なる遺留分放棄の縁由にすぎないものというほかない。
そして、被相続人Aが遺言もしくは生前処分をするこ
とにより相手方に事実上遺産の相続をさせないことができたのにAがこれをしない(なお、本件においてはAが遺言もしくは生前処分
をしなかつたことについて相手方の干渉、介人等の妨害があつたとの事情は認められない。)ままで、死亡し、本件相続が開始した以
上、相続開始前に相手方のした遺留分の放棄はなんらの法的効果をも生じないものであるから、相手方が自己の相続権を主張するのに
なんら妨げがないというべきである。したがつて、相手方が相続権を主張することは正当な権利行使であつて、それが権利濫用に当り、
もしくは信義則に反するとの抗告人らの主張は到底採用できない。
- 東京家庭裁判所昭和52年9月8日審判(出典:判例タイムズ558号255頁)
共同相続人の一人が、被相続人の生前に相続放棄の意思を表示したとしても、生前の相続放棄について規定を設けていない現行法のもとでは、その効力を否定せざるを得ない。
- 横浜地方裁判所川崎支部昭和44年12月5日判決
右贈与契約のうち、将来相続すべき物件に関する相続を停止条件とする贈与契約は、相続開始前における事前の相続放棄もしくは事前の遣産分割協議を認め
るのと同じ結果をもたらすものである。いうまでもなく、遺産の範囲は相続の開始により初めて確定するのであつて、その相続放棄や分割協議の意思表示は、そのとき以
後における各相続人の意思によりなさるべきものであるから、当事者間で事前にこれらの意思表示をなすも何らの効力を生じないものといわなければならない。このこと
は、吾が民法が、相続放棄は相続開始後一定期間内に、家庭裁判所に対する申述によりなさるべきことを定め(民法第915条第1項)、また、相続開始前における遺留
分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずると定めている(同法第1043条第1項)ことによつても明らかである。
そうだとすれば、前記相
続人間における相続を停止条件とする贈与契約は、右相続制度の趣旨に反するものであつて無効といわざるを得ない。従つて、松男の所有に属し、被告宏らのためにまだ
相続の開始していなかつた別紙目録第二(イ)の農地及び同目録第三(イ)の建物についての相続を停止条件とする持分の贈与契約は、他の争点の判断を待つまでもなく
無効といわなければならない。
登録 August 2, 2000
港区虎ノ門3丁目18-12-301(神谷町駅1分)弁護士河原崎法律事務所 03-3431-7161