登山NO.0042 宮 之 浦 岳( 宮之浦岳:1,935m )1993.5.3登山


 投石平付近から見た雨の宮之浦岳( 1993.5.3 )

【宮之浦岳登山記録】

【宮之浦岳登山データ】


NO.42 宮之浦岳登山記録

宮崎に単身赴任している間にどうしても登らねばと思っていた山は、宮之浦岳であった。
それもそのはずで、 九州にある百名山のうち、 他の5つは出張を利用してでも登れる可能性はあるものの、 この宮之浦岳は やはり相当の覚悟で行かねばならない遠い地だからである。

しかし、いざ一人で登ろうと思って、なかなかそのアプローチの長さに二の足を踏まざるを得ず、 さんざん考えたあげく、 やや不本意ではあるが登山ツアーに参加して登ることにしたのである。

ゴールデンウィークの長期休みのうち、最初の3日間ほど横浜の家族のもとに帰っただけで、あとは九州へトンボ返りしてツアーに参加するという 家族には不評の日程であったが、 滅多にないチャンスであり、 是非に宮之浦岳へ登りたいという一心であったので これも致し方なかろう。

5月2日、マイカーにて宮崎自動車道を走り鹿児島空港に向かったが、雨がかなり強く降ってきており、 飛行機が飛ばないのでは と心配される程であった (事実空港では屋久島方面飛行調査中のランプがついていた)

ツアーの一行は福岡空港を起点としており、私は鹿児島空港から合流することになっていて、 屋久島行きの出発時間が近づいても なかなか福岡からの飛行機が到着せずに やきもきさせられたということはあったものの、 何とか一行と合流でき、 さらに屋久島行きの飛行機も飛ぶということで、 一安心であった。

屋久島空港では一旦自由解散になったが、雨もほとんどやんでいたので私は一人バスに乗って宮之浦港まで行き、 港周辺を暫く散策してからタクシーにて集合地・宿泊先である安房へと向かった。

安房の旅館では、ツアーのメンバーにて大部屋 (無論男女別) に泊まるという合宿のような感じで、 夜は懇親を深めるために 食事時間に自己紹介などがあり、 なかなか楽しいものであった。

メンバーはガイド1名 (名前は牛島さん) にツアー参加者13名 (うち女性6名) という構成で、 最高齢の方は 60歳を過ぎていたと思う。
その日は翌日の宮之浦岳登山に期待を膨らませながら、 皆早めに床についた。

翌日はツアーメンバー全員の期待に反して天候は雨で、林芙美子が小説 「浮き雲」 の中で「1ヶ月に35日雨が降る」 と書いてこの屋久島に雨が多いことを表現したそうであるが、 全くそれを実感させるものであった。

宿の前からツアー会社の用意してくれたマイクロバスに乗り込んで山へと向かい、途中屋久杉ランドの横を通ると、 その後、道は未舗装の林道に変わり、 やがて淀川入口 (登山口) の手前でバスを降りることになった。

運転手の話によると、このまま進むと登山口前ではUターンできなくなるとのことで、約10分程歩いて登山口に着いてみると、 成る程、 小さな広場は車で一杯で、 とても折り返すことが無理な状態であった。

登山口はかなり整っており、トイレも設置されていて、宮之浦岳登山遊歩道入口と書かれた立派な標識とその下には 宮之浦岳まで 7.5km と書かれた標識があった。

登山口からシャクナゲやヒメシャラであろうか、自然林の中を暫く進んでいくと、しっかりした造りの淀川小屋があり、 小屋の中および周辺には、 雨宿りなのか、前日宿泊したものの雨のために停滞しているのか、 大勢の人達が集まっていた。

雨具を身につけ、傘をさしながらの登山であったが、それはあまり気にならなかったものの、 それよりもいつも単独行が多いために、 このようにゾロゾロとつながって ユックリしたペースで歩くのに慣れておらず、 初めのうちはこれが大変苦痛であった。

小屋の前の橋を渡ると根っこが露出した道を登ることとなり、やがて尾根に出ると道の左側に高盤 (コウバン) 岳展望台があったので そこに立ち寄ったが、 雨に煙っていて景色は何も得ることができなかった。

高盤岳展望台を後にするとすぐに小花之江河 (ショウハナノエゴウ) に着いたが、 そこはガイドブックに書かれている通り 日本式庭園を思わせるような湿地帯で、 白い砂と雨がはねている水の流れが印象的であった。

湿原に敷かれた木道を進み尾根を一つ越えると 今度は花之江河で、ここもまた素晴らしい自然庭園となっており、 萎縮したようになった杉に囲まれた湿原と、 そこに浮かぶ大小の島々 (島のように見える) そしてまだ枯れたような黄土色をした草々と 緑色をしたコケ類が見事な美景を造り出していた。
また、 湿原の傍らには小さな赤い鳥居と小さな祠が置かれていた。

花之江河の木道を進んでまた山道に入り、暫く歩くと黒味岳への分岐となったが、黒味岳は全く見えない状況であった。

分岐を左に分け、黙々と黒味岳を巻くようにして進んで行くと、やがて投石 (ナゲイシ) の沢に下りるようになり、 滝のようになった沢の横を再び登り返すと、 そこは投石平であった。

テントが張られていた岩屋を過ぎ、暫く登っていくと周囲はヤクザサの中の道に変わり、途中の水場を過ぎてからは流水の中を進むようになった。

その後ヤクザサの中の緩やかな道に変わり、翁岳との分岐を過ぎて緩やかに登っていくと、 大きな岩の所で道は右に曲がるようになり、 そこからヤクザサや巨岩の間を縫うように登って、 やがて宮之浦岳の頂上に着いた。

実は水場以降はガスの中の歩きとなり、ほとんど近場しか見えない状態で、いよいよ頂上だという心構えもないままに いつの間にか頂上に着いたという感じであり、 全体的にペースがユックリだったこともあって、 苦しい所のほとんどない、 余裕の登頂であった。

しかし折角の頂上もガスで展望をえられず、一等三角点と標識、そして岩に打ち付けられた鉄製のプレートを目にしただけであったが、 それでもツアーメンバー全員で記念写真を撮り、 万歳三唱すると、 それなりの満足感を得ることができたから不思議である。

皮肉なことに宮之浦岳を下山し、道を左に曲がる所にある大きな岩のすき間に入って皆で昼食をとり始めた頃になると、 雨はまだ降り続いていたもののガスが晴れだし、 往きには見えなかった翁岳や縦にヒビが入った大岩 (落雷によって割れたのであろうか) またヤクザサと岩に囲まれた宮之浦岳への登路を 見ることができるようになった。

また戻る途中でも、頂上に巨岩を有す黒味岳の姿をとらえることができ、黒味岳直下からは宮之浦岳と永田岳の姿を見ることができたので、 何となくホッとすることができた。

登ってきた道を忠実に戻りながら、ツアーメンバーのお年寄り夫婦のペースに併せてガイドの牛島さんとユックリしんがりを歩き、 色々な話をさせてもらったのが大変楽しく、 最初の頃 ペースが合わずに苦痛を感じていたことも忘れて、 このようなゆとりがある登山も結構良いものだ と感じるようになっていた。

待っていたマイクロバスに乗って安房の宿に戻ったが、林道を下る途中、バスの運転手が気を利かせてくれて、 紀元杉 が見えるようにバスを停車してくれたものの、 車窓から見るそれは 残念ながら大きさなどを実感することができなかった。

宿では夕食時、皆で祝杯をあげたが、いつも単独行の私にとってはこのように登頂の喜びを皆で分かち合うということが初めてだったので、 大変楽しく、 雨で山の良さを半分も得られなかった登山ではあったが、 思い出に残る登山となった。


宮 之 浦 岳 登 山 デ ー タ

上記登山のデータ登山日:1993.5.3 天候:雨ツアー参加前日泊
登山路:花之江河登山口−淀川小屋−小花之江河−花之江河−黒味岳分岐 −投石平−翁岳・栗生岳鞍部−宮之浦岳−翁岳・栗生岳鞍部−投石平−黒味岳分岐−花之江河−小花之江河−淀川小屋 −花之江河登山口
交通往路:宮崎−(車)−鹿児島空港−(飛行機:ツアー合流)− 屋久島空港−(タクシー)−安房()−(マイクロバス)−花之江河登山口
交通復路:翌日オプションで本富岳登山。本富岳の項参照
その他:登山ツアーに参加して、宮之浦岳を登山。
5月2日は安房泊。翌3日宮之浦岳登山。3日も安房泊。


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