登山NO.0031 九 重 山( 中岳:1,791m ) 1991.6.8登山


 中岳山頂から見た御池と久住山( 1993.12.12 )

【九重山登山記録】

【九重山登山データ】

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NO.31 九重山登山記録

長崎への出張の折、前日丸1日と次の朝一番までで仕事を片づけ、そのまま大村経由にて諫早へと向かい、 諫早から長崎本線にて鳥栖へ、 そして鳥栖から久大本線で豊後中村まで行って、 豊後中村を3時半過ぎに出る くじゅう登山口行きのバスに乗った。

時はあたかもミヤマキリシマの最盛期で、バスから見る九重の山々は、ピンク色の花で埋まっていた。

またバス停に降り立った時に見えた 噴煙を上げる硫黄山とその周囲のピンクと緑色に染められた山々が、 今まで見てきた山とは趣を異にして明るく輝いて見え、 何か現実離れしたものを感じてしまった。

翌日、朝7時に宿を出発し (宿の食事は本当はもっと遅いのであるが、丁度この期間中映画のロケ隊が泊まっていたため、 早い朝食にありつけた) 暫く大きな道路沿いに進んで途中から林道に入り、 やがて車止めを越えてそのまま林道を進んだ。

途中、林道横の山の斜面には、熱を有しているためか、通ると暖かさを感じるような場所が数カ所あり、 さすがに火山だと驚かされるとともに、 突然ガスや熱湯が吹き出すのではないかと 少しヒヤヒヤさせられた。

林道は広い草原を大きく迂回して噴煙を上げる硫黄山に続いていたが、実は草原の中を横切るショートカットがあり、 知らなかった私は 15分ばかり時間をロスしてしまった。

しかし、それより気になったのは、周囲にガスが立ちこめてきたことで、昨日バスを降りた時に感じた明るさは 今は微塵も感じられない状況であった。

岩ばかりの山肌が見られるようになった所で林道からはずれて谷へと下り、噴煙を上げる硫黄山の下を横切って 再び登りにかかると、 そこからは岩ばかりの世界となり、 ガスが出ている中、 岩に付けてある目印を頼りに登っていくことになった。

この斜面を登り切ったところがスガモリ越で、石に囲まれているようなスガモリ小屋の前には多くの人が休んでいた。

スガモリ小屋を横目に暫く下り、標識に従って右に折れると北千里浜であったが、この頃になるとガスが完全に周囲を包んでしまって 全く視界が効かず、 従って平らな砂地の北千里浜の歩きは 踏み跡と所々にあるケルンが頼りのつまらないものとなってしまった 千里霧中と冗談が口に出たが、 それもむなしい)

それでも時々ガスが消え、全体をぼんやりと見通せることがあり、この辺は山々に囲まれて球場の様になっているらしいことは 理解することができた。

平らであった北千里浜もやがて行き止まりとなり、ガスの中、草つきの斜面を登り切って稜線らしき所に立ったが、 全く周囲は見えず、 そこから久住山まで 他の登山者の後について行かねば辿り着けない始末であった。

頂上の標柱の前で一応記念写真は撮ったが、何の展望も得られず味気ないことこの上なく、せっかくはるばるやってきたのにと 我が身の不運を嘆くことしきりであった。

久住山山頂にいる時間もそこそこにして来た道を戻り、空池 (からいけ) と呼ばれるところを通って御池に向かったが、 この頃になるとガスも薄らいできてくれ、 御池の水辺10m位は見えるようになり、 さらに御池を半周して中岳に着いた頃には、 100m先位までは見えるようになっていた。

この中岳は九州本土最高峰ということであったが、それでも 1,800m に満たず、やはり物足りなさは否めない。

これからどのように進むか考えたが、歌に聞く坊ガツルに行きたいと思い、中岳から東千里浜の方へ下り、 白口谷を下っていくことにした。

こちら側は、ガスも出ておらず、途中多くのミヤマキリシマの群落に出会うことができ、さらに誰ともすれ違わない 静かな味わいのあるコースであったが、 一方で、途中崩れかけた所や、 沢の岩場を歩く所があり、 このような所で足を挫きでもして動けなくなったら、 誰にも発見されず数日を過ごすことになりそうで、 単独行の人には要注意であると思われた。

長く続く沢沿いの道もやがて沢から外れ、そろそろくたびれてきた頃に目の前の展望が開けて、眼下に広々とした坊ガツルの草原と、 それを囲うようにしている笠のような形をした大船山 (だいせんざん) などの山々が見え、 思わず感嘆の声を上げてしまった。
しかし、 そこからの下りが思いの外長く、 はやる気持ちとのギャップで些かウンザリさせられてしまった。

下り着いたところはキャンプ場らしく、水洗い場が設置されている他、コテッジが立っていて、そこから法華院温泉、 そして坊ガツルまでは林道のような整地された道であった。

人で賑わう法華院温泉にてジュース買い求めて喉を潤した後、テントが立ち並ぶ坊ガツルの草原を横切って 大船山に取り付いた。

長い距離を歩いてきたため、さすがに大船山の登りでは身体がなかなか言うことを聞いてくれず、 途中足が痙攣しそうになりながら、 やっとのことで頂上手前の段原というところにたどり着いた。
この段原には、 火口跡の米窪と呼ばれるところがあり、 そこにはミヤマキリシマが一斉に花を開いていて、 あたりがピンク色に染まって大変美しい場所であった。

ようやくたどり着いた大船山の頂上はかなり狭くて、またあとから人が登ってくるため、ゆっくりするヒマもなく、 直ぐに下山にとりかかって駆け足で坊ガツルに戻った。

この後、雨ヶ池越方面から下山するつもりだったのだが、どういう訳か道を勘違いしてしまい、法華院温泉の裏手からキツイ (本当に身体がくたびれていて苦しかった) 登りの山を越え、 いつの間にか今朝通ったスガモリ越に着いてしまうという 大失態を演じてしまった (雨ヶ池越へ行くには坊ガツルから法華院に戻って来る道を 逆に進むべきであった)

恥ずかしいことに、目の前に北千里浜、スガモリ小屋が現れるまでは、この道は雨ヶ池に行くものだとばかり思っており、 それだけに北千里の標識を見たときにのショックと疲労感は大きかった。

後は今朝来た道をまた辿って登山口まで戻ったが、今度はショートカットすることを忘れなかったのは言うまでもない。

麓の長者原 (ちょうじゃばる) で温泉に浸かって汗を流した後、タクシーにて豊後中村に向かったが、 この九重山は 肝心の久住山でガスに囲まれてしまい 少々不満が残ったものの、 山自体は歩き応えのあるなかなか面白い山であった。

いつか、天気の良い時に再度訪れてみたいものである。


九 重 山 登 山 デ ー タ

上記登山のデータ登山日:1991.6.8 天候:曇り単独行前日泊
登山路:九重山登山口−スガモリ越−北千里浜−久住山− 御池−中岳−東千里浜−法華院−坊ガツル−大船山−坊ガツル−法華院−スガモリ越−九重山登山口
交通往路:大村−(大村線)−諫早−(長崎本線)−鳥栖 −(久大本線)−豊後中村−(バス)−九重山登山口(
交通復路:九重山登山口−(タクシー)−豊後中村− 大分()−(バス)−大分空港−(飛行機)−羽田−(モノレール)−浜松町− (京浜東北線)−横浜−(相鉄線)−瀬谷
温 泉:九重温泉
その他:長崎出張を利用しての山行。
6月7日、出張先の長崎から九重山登山口まで行き、翌8日九重山登山。
8日は大分泊、翌9日帰宅。
その他の九重山登山(1) 九重山登山口− −スガモリ越−北千里浜−天狗ヶ城−御池−久住山−御池−中岳−東千里浜−法華院−坊ガツル−雨ヶ池越−九重山登山口(1993.12.12:快晴)
(2) 牧ノ戸峠−沓掛山−西千里浜−久住山−御池−中岳−東千里浜−法華院−坊ガツル− 雨ヶ池越−九重山登山口(1994.11.13:晴れ)


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