青空文庫で入力・校正に携わった作品

さようならPublic Domain Day

なし崩し的に著作権保護期間が70年になってしまいました。青空文庫では毎年1月1日を「Happy Public Domain Day」といって祝っていましたが、これから少なくとも20年間、Public Domain Dayはきません。

ええ、20年後にはまた20年延長されるんだろうと思っていますよ。いずれにせよその頃には私は多分あの世に行っていますから、かまいませんよ、ええ。

自由に使える日本語の文章を少しでも増やそうと、青空文庫にちょっとだけ手をだしてきました。最近では、下手な翻訳を載せるより、校正を手伝うほうがよかろうと思っています。作業の備忘録を兼ねて、わたくしことThe Creative CATが校正・入力した作品について簡単に触れることにしましょう。ここにあげた作品の処理状況については、おかもとさんの青空文庫の作業状況(URLが「夜空」w)からご覧下さい。

校正作品

公開が済んだらリンクを張ります。

W. W. ジェイコブズ「井戸」(森郁夫訳)

「猿の手」(陰陽師さんの翻訳)で有名なジェイコブズの怪談。訳文に一箇所変なところがあります。第3部の

「しっかり持っててくださいよ、旦那さま」ジョージが主人の腕に手をおいて、すばやく言った。「傾けると、すぐ紐が焼け切れてしまいます」
の部分です。原文(The Well by W. W. Jacobs)で読むと、
"Hold hard, sir," said George, quickly, laying his hand on his arm, "you must tilt it or the string'll burn through."
となっています。「傾けておきなさい、さもないと紐が焼き切れます」の誤りでしょう。

アルジャーノン・ブラックウッド「秘密礼拝式」(森郁夫訳)

有名な「太古の魔術」と同じく、ブラックウッドのジョン・サイレンスものの一編。ジョン・サイレンスものは全部面白く、以前は「犬のキャンプ」をCC-BYで訳出しようかと思っていましたが、もはや体力がありません。さて、この訳には数箇所変なところがあります。冒頭の

そして、ジョン・サイレンス(沈黙のジョン)が全生涯で最も不思議な事件の一つに接したのは、セント・ポールズ・チャーチャードにあるハリス兄弟商会の若い方の協同経営者が起こした、この気紛れな衝動のおかげであった。というのは丁度そのときハリスはたまたま旅行用背嚢を背負って、そのおなじ地方の山々を徒歩で旅しており、こうして羅針盤の二つの違った方位から、期せずして二人の男がおなじ宿屋へ向かって進んでいたからである。
の原文(Project Gutenberg)では、
And it was to this chance impulse of the junior partner in Harris Brothers of St. Paul's Churchyard that John Silence owed one of the most curious cases of his whole experience, for at that very moment he happened to be tramping these same mountains with a holiday knapsack, and from different points of the compass the two men were actually converging towards the same inn.
となっています。「そのときハリスはたまたま」は「そのときジョン(・サイレンス)はたまたま」であるべきです。もう一つ、
「私は一九七〇年代に在学しておりました」
の部分、原文では単に
I was here in '70.
です。内容から見て1870年代です。さらに
手が咽喉へおりて、頭のまわりを
の「頭」は「頸」の誤植だと思います(原文ではneck)。

成澤玲川「ラヂオ閑話」

旧字旧仮名にビビっている方々、とても読みやすいので怖がらずにどうぞ。

夜の七時のニユースは會合や宴會などのために聽き洩らすことが多いが、九時半のニユースは家庭で聽く機會が多い。
1930年代の日本では、19時には残業は(あっても)終わっていたと。2130には一家団欒できていたと(涙)

泣き言はおいといて、これは面白い作品で、戦前のラジオマニアの姿が描かれています。職務上必要だと称してアメリカの高性能ラジオ(おそらく五球スーパー)を買い、低性能なペントード式(五極管を使った再生検波式ラジオでしょう)は子供に押し付け、ニュースを聞かねばならぬといいながら、海外局の音楽がどうの、どこの女性アナが美声だの顔を見たいだの(笑)

ところがこのあと十年も経たないうちに、スーパーヘテロダイン式受信機は、持っていると憲兵に捕まってしまう「悪い道具」になってしまったのでした。

小倉右一郎「裸體美に就て」、三岸好太郎「ロマンチツクな絵本」「黄色い鋼鉄船」「上海の絵本」

たまたまネットで見た日本画家の寒河江智果さん(インスタ)の作品が好きになり、美人画小品を何点か手元においています。日本画の技法/素材/発想で描かれた現代の諸相が大変気に入っています。そんな関係で、彫刻家や画家の作品を校正することにしました。小倉作品は今なら炎上必至な内容を含んでいますが、「なぜ彫刻家がヌードを扱うのか」がわかります(寒河江さんにヌード作品が多いのは、彫刻家であるお父様の影響だとおっしゃっていました)。

金森徳次郎「素人圖書館人の手記」「涙をもつて正義をささえる」

憲法学者で国会図書館の初代館長になった金森徳次郎の著作です。「素人図書館人」は電算機(死語)のない時代から図書館のデータベース機能に注目していた著者の慧眼に感服。「涙をもって」は講演録なのでちょっと文章がよれていますね。ネット上のPD文書としては、Wikisourceに私の履歴書/金森徳次郎Commentary of Minister of State Tokujiro Kanamori on the Constitutionがあります。

島秋人「遺愛集」

獄中から短歌を投稿していた死刑囚歌人の歌集。青空文庫の顔である大久保ゆうさんが入力した作品。窪田空穂はいうまでもなく、前坂和子という方がなかなか凄い人だと思います。並の高校生にできることではありません。この件を扱ったNHKの番組についての記録が死刑囚 日日の改心 -- 島 秋人(しま あきと) -- というサイトにあります。前坂さんご自身の著作はAmazonにありますが、かなりのプレミア付きです。しかし、こういうご時世だと、この作品を読んでも「死刑囚の扱いがヌルすぎる、目も耳も指も潰してしまえ!」という声だらけになるのでしょう。

平光吾一「戦争医学の汚辱にふれて —— 生体解剖事件始末記 —— 」

遠藤周作「海と毒薬」で有名な(有名だった?)九大生体解剖事件の関係者が後に書いた手記。何もいいますまい。読者諸賢の判断に任せましょう。

吉野秀雄「ひとの不幸をともにかなしむ」

これまでにスコープの外にいた書家墨人の文章を楽しめるのも工作員の味わい。みなさんもどうぞ。

山川方夫「歪んだ窓」「予感」

いますぐ山川方夫作品リストの「愛のごとく」「演技の果て」「その一年」をどうぞ。敗戦後の虚脱した人間像が味わえます(ただし健全な青少年向きではありません(笑))。

菱田春草「画界漫言」

日本画の巨人。作中登場する晩年の『落葉』は永青文庫このページで見られます。同サイトには同じく晩年の『黒き猫』もあり、いずれも重要文化財です。さて、敬愛する寒河江智果さんのような美人画家の大先達としてよく挙げられるのが上村松園です。青空文庫は上村松園の文章を数多く収蔵していますのでどうぞ。

森律子「とっておきの話 三度會つた巡査」

日本における喜劇女優の先駆け。若かりし日の英国旅行での失敗談を軽妙に語って愉快です。旧仮名ですが読みやすい文ですよ。

ヘンリー・E・シゲリスト「偉大な医師たち」「文明と病気」

九大医学部名誉教授水上茂樹先生の訳。立派な業績を重ねるかたわら、医学史関連の訳業を精力的になされ、それらは多く青空文庫に収載されています。残念ながらホスティングしているYahoo! Geocitiesが閉鎖されるため、青空文庫形式に変換して本体収納にすべくボランティア作業が繰り広げられています。わたくしもちょっと猫の手を貸しました(実際には大久保ゆうさんなどの「中の人」の仕事を増やしているだけな気もします)。「弱い人間を生かすためのカネは無駄だ」みたいな言動がこともあろうに医師・介護職から発され、ニュースを騒がせている昨今、再び読まれるべき名著です。

今の国立大学医学部の教授がこんなのを訳して公開したら激烈なバッシングにあうのでしょうね。昔の東大医学部出身者には水上先生のような気骨のある方が多かったと耳にしたことがあります。

さて「文明と病気」には一箇所気になる訳があります。第2章の「労働の意義」の最初のあたり

壊れた自動車の修理に成功した工員はモーターの最初の破裂音を聞いたときに儲けになることではなく自分の能力を確かめて優れていることに満足する。
「モーターの最初の破裂音」だと、洗濯機が脱水中に壊れたみたいな感じがします。原文(これを書いている現在、http://www.geocities.jp/minakami30jp/disease/edisease.html にありますが、geocitiesと共に消滅しますのでリンクしません)では
The mechanic who succeeds in repairing a brokendown car feels satisfaction when he hears the first explosion of the motor, not just because it means money for him but because he has tested his skill and found it good.
です。自動車修理工の労働価値という文脈なので、わたくしなら「原動機/発動機の初爆」あるいは少し意訳して「エンジンの始動音」、これだとセルモータの音だと誤解されると思えば「エンジンが蘇った音」と訳します。もっとも、the first explosion of the motor で頭に思い浮かぶのは単車の押しがけだったり、耕耘機のヤンマーディーゼル(7馬力)をえっちらおっちら始動した幼い日のことだったり。

ジョン・スノウ「コレラの伝染様式について」

同じく水上茂樹先生の訳。科学の方法論を体現した疫学勃興期の名著です。コレラの病原体がまだ見つかっていない時代に、観察と推論を武器に飲料水を介した伝染であることを見出していきます。医療関係者だけではなく、本格探偵小説ファンが読んでも楽しめるでしょう。

ウィリアム・オスラー「近代医学の興隆」

またまた水上茂樹先生の訳。現実を誠実に観察し記録し公表することが文明(当然医学も)を進めるために必須であることがよくわかります。第5章でファン・ヘルモントに言及する部分で

彼の著書のあるもののスタイルは、炎のそばの哲学者、Toparcha in Merode、Royenborch、であり、彼に取り組むのは容易でなかった(*意味不明)。
というのがありますが、原文は
The Philosophus per ignem, Toparcha in Merode, Royenborch, as he is styled in certain of his writings, is not an easy man to tackle.
です。この箇所は
彼の著作のいくたりか、例えば Philosophus per ignem、Toparcha in Merode、Royenborch の文体からして、取り組みやすい人物ではない(あるいは「読みにくいことおびただしい」)。
と訳すといいように思います。

ルドルフ・シェーンハイマー「生体構成物質の動的状態」

またまたまた水上茂樹先生の訳。放射性同位体を使った研究成果から、体を作っている物質は常に入れ替わっていくという事実を説明しています。

間所紗織(芥川紗織)「表紙絵について」「美容院にのぞむこと」「“青い顔”」

早世した画家の随筆です。ART FAIR TOKYO 2018 作品紹介 | 芥川紗織にある生涯や作品の印象とはちょっと違う穏やかな文章です。

久坂葉子「幾度目かの最期」

こちらも早世した薄幸の作家、久坂葉子の遺作です。すでに青空文庫にあるもの(六興出版)とは底本が異なります(講談社文芸文庫)。大きな相違点としては:

  1. 「だから、私は、過去の人とのやぶれた夢を彼に再現させようとしたのではないのです。」(講談社文芸文庫)
    「だから、私は、過去の人とのやぶれた夢を彼に再現させようとしたのです。」(六興出版)
  2. 六興出版版では「私が傍へゆくと、ぽんと私の頭をたたき、すぐに仕事をつづけてました。それからいよいよ舞台稽古。」の「それからいよいよ」で節が分かれる。
  3. 六興出版版では作家の家庭事情を描く長い節
    「小母さん。私は、昨夜、書きかけていた、公園での出来事を後まわしして、私の家庭のことを、ここで詳しく説明する必要があるようです。(中略)父をごまかしてしまいました。」
    および節の一部
    「さて、その日、朝電話がないので大阪へゆこうと思いましたが、兄が、朝家を出る時、もうかえらない、とか死ぬんだとかくちばしって出て行った為、家の中は大騒ぎ。(中略)そのことは、私が両親から依頼された兄への慰めと飛んだ反対のものだったに違いありません。」
    がほぼ削除されています。

久坂葉子「女」「鋏と布と型」「四年のあいだのこと」

同じく久坂葉子の作品。「幾度目かの最期」で言及されているのは「鋏と布と型」ですね。

山浦貫一「新憲法の解説:解説」

1946年11月3日、日本国憲法公布(「文化の日」の由来です)に伴って内閣から発表された「新憲法の解説」の解説本体です。この時公布された憲法本文もどうぞ。

この校正はなかなかつらいものがありました。国政のトップの手で行われてるあれこれを目の当たりにしますと、ミステリのいじめ描写を思い出さざるを得ません。

金森徳次郎「親は眺めて考えている」

憲法学者で国会図書館の初代館長になった金森徳次郎の教育論。

芥川多加志「四人」

芥川多加志は芥川龍之介の次男で、学徒出陣から復員することができませんでした。作家を目指していた若者の貴重な小説です。原稿の紛失箇所にはどんなドラマがあったのでしょう。

ノワイユ夫人「生けるものと死せるものと」(堀辰雄訳)

オリジナルは Anna de Noailles "Les Vivants et les Morts" 冒頭の 'Tu vis, je bois l’azur' です。Wikisource で読むことができます。

アポリネエル「青い眼」(堀辰雄訳)

同じく堀辰雄の訳で幻想的な短編を一つ。

五十公野清一「一休さん」「先生と父兄の皆さまへ」

子供向けの一休さんの説話と父兄(←古い言葉ですねえ)向けの説明です。読み継がれて欲しい話として、学校閉鎖期間に間に合わせたかったのですが、校正が遅くなってしまい orz

ダンセイニ卿「兎と亀」(菊池寛訳)

兎と亀のお話をダンセイニ卿が語るとこうなります。オリジナルは Fifty-One Tales by Lord Dunsanyにでてくる"The True History of the Hare and the Tortoise"ですね。

新村出「キセルの語源」

広辞苑の編者が「キセル」の語源を考察します。薩摩守のことではなく、実用品の方ですよ。

高村光太郎「道程」

「道程」は「僕の前に道はない」あれです。このような有名作が青空文庫になかったのにまず驚き、次に、中身を全然覚えていないのに再度驚きました。ああ恥ずかしい。光太郎で思い出す中では本間千代子さんの「湖畔の乙女」で触れられている「十和田湖畔の裸像に与ふ」がすっくと立つ良い詩で、底本を探して入力したいものです(本間千代子さんの歌も素敵ですよ)。


28, Nov., 2018 : とりあえずあげます
6, Dec., 2018 : ついか
10, Dec., 2018 : ブラックウッドリンク
14, Dec., 2018 : 成澤玲川リンク
3, Jan., 2019 : ついか
7, Jan., 2019 : ついか
18, Jan., 2019 : ついか
27, Jan., 2019 : ついか
11, Mar., 2019 : ついか
16, Mar., 2019 : ついか
18, Mar., 2019 : 金森徳次郎リンク
20, Apr., 2019 : 三岸好太郎リンク、コレラリンク
2, Jun., 2019 : 平光吾一リンク
28, Jun., 2019 : 小倉右一郎、金森徳次郎リンク。ウィリアム・オスラーリンク、芥川紗織(間所紗織)ついか
27, Sep., 2019 : 吉野秀雄、菱田春草、森律子、三岸好太郎リンク。シェーンハイマーついかリンク、久坂葉子ついか
11, Jan., 2020 : 島秋人、久坂葉子リンク
17, Jan., 2020 : 山浦貫一ついか
20, Apr., 2020 : 間所紗織、山川方夫、久坂葉子、三岸好太郎リンク。金森徳次郎、芥川多加志ついか
3, May, 2020 : 堀辰雄ノワイユ夫人ついか、山浦貫一リンク
15, Sep., 2020 : 堀辰雄アポリネエル夫人ついか、山川方夫、金森徳次郎リンク
14, Feb., 2021 : 久坂葉子、堀辰雄、山川方夫リンク、五十公野清一、菊池寛ダンセイニ卿ついか
28, Mar., 2021 : 久坂葉子リンク、新村出光太郎ついか

面白いことに、このコンテンツは一度Googleにクロールされ、然るべきキーワードを使えば検索できたのですが、あら不思議、いつのかまに検索結果から消えてしまい、したがってインターネットから事実上消えてしまいました。これも忖度でしょうか(苦笑)←また出てきた。文句は書いてみるものですね(違う気が)

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