This is a Japanese translation of "The Statement of Randolph Carter" by H.P.Lovecraft.

以下は、"The Statement of Randolph Carter" by H. P. Lovecraft の全訳です。精神障害、疾病、身体障害、人種/民族差別に関係する放送できない用語が含まれます。何ぶん古い作品ですのでご了承ください。


ランドルフ・カーターの陳述

著:H.P.ラヴクラフト、訳:The Creative CAT

Written December 1919, published May 1920 in The Vagrant, No. 13, 41 - 48

あなた方の訊問は無駄だと、何度も繰り返しているじゃありませんか。いつまでも私を拘留しておきたいのならそうすればいいんです。閉じ込めて煮るなり焼くなりしたらいいんですよ、あなた方が正義と称している幻想に捧げる人身御供が必要ならね。それでも、これまで話した以上のことは何も話せません。思い出せる限りのことを、真正直に話してきたんです。曲げた部分も隠した部分もありません。曖昧な部分が残っているなら、それは私の精神を覆っている黒雲のせいです――黒雲と、それを私の上に齎したぼんやりと広がる恐怖のせいなんです。

もう一度言いましょう。私はハリー・ウォランがどうなったか知らないのです。ただ考えていることは――ほとんど願っている、と言ってもいいのですが――あって、彼はいま安らかな忘却の中にいるはずです。この世にそんな恩寵があり得るのならば、ですが。この五年、彼の最も親しい友人だったのは事実ですし、彼が行っていた未知なるものへの恐怖の探求に部分的に参加していたのもその通りです。記憶がはっきりしないのですが、あなた方の証人が見たというように、あの恐るべき夜の十一時半に、二人でゲインスビル丘を通ってビッグ・サイプレス沼へと歩いていたと証言するのも吝かではありません。電池式ランタンと鋤と、機械のついた妙な巻き線を持っていたというもの確かです。身震いするような記憶の中に焼き込まれた一枚のおぞましい光景にこれらの品々が登場するからです。ですが、その後どうなったとか聞かれても、翌朝私が一人で沼の縁に呆然としていたとか言われても、これまで繰り返し繰り返し説明してきた以上のことは知りません。沼の中にも、周囲にもそんな恐ろしい出来事があったような痕跡はなかった、とあなた方はおっしゃる。私は自分が見たもの以上のことは判らない、としか言いようがありません。幻想や悪夢だったかも知れません――あれが幻想が悪夢だったならどれ程嬉しいか―― それでも目撃されて以降私達が過ごした衝撃的な数時間の結果としてそれらの光景が私の心に残っているのです。そしてハリー・ウォランが帰らなかった理由も、彼または彼の影――あるいは何か名もなきあれ――それがあった、と言えるだけで、どんな物だったかを説明することはできないのですが――のことも。

前にも言いましたが、私はハリー・ウォランの怪奇研究のことをよく知っていて、ある程度関わってもいました。彼は禁断の主題を扱った古く異様な稀覯書を大量に収集しており、私も自分がマスターしている言語のものは全て読んだのですが、それでも理解不能な言語で書かれた書物に比べるとほんの一握りに過ぎませんでした。大部分がアラビア語だったと思います。最後に持っていた――彼がポケットに入れたままこの世から持ち去ってしまった――本は悪魔から霊感を受けたようなもので、他のどこでも見たことのない文字で書いてありました。その内容だけはウォランは決して明かしてくれませんでしたね。お前達の研究はどんな性格のものだったかって?――もはや全体像を把握してはいないのだ、と繰り返せばいいのですか? むしろ知らなくてよかったのでしょう。それは恐ろしい研究で、私としてはのめり込んだというより嫌がりながら同時に魅了されたという感じでつき合っていたのです。ウォランはいつも私を支配していて、時々彼のことが怖くなりました。例の恐ろしい出来事の前夜、自説について熱弁を振るっている彼の表情を見てどれほど背筋が凍ったか、今でも覚えていますよ。何故にある種の死体はいつまでも滅びず、千年もの間丸々とした体格で横たわり続けられるのか、という説です。しかし今では彼のことが怖くはありません。彼は私の理解の範疇を越えた恐怖を知ったことでしょうから。今私は、彼を気遣っているのです。

繰り返します。私にはその夜の目的がはっきり判りません。ウォランが持ち歩いていた例の本――解読不能な文字で書かれた古い本で、ひと月前にインドから彼宛に送られてきたもの――の中にあった何かに関してなのは間違いありません。しかし、誓って言いますが、自分たちのお目当てのものが何だったかは知らないのです。あなた方の証人は私達が十一時半にゲインスビル丘からビッグ・サイプレス沼へ向かったと言っていますね。多分そうなのでしょうが、はっきりした記憶はありません。私の心に焼き付いている光景は一枚だけ、それは真夜中から随分時間が経った後に違いありません。下弦の月が靄った空に高くかかっていましたから。

場所は古代の埋葬地で、あまりにも夥しい数の有史以前の徴に私は戦慄しました。深くじめじめした穴で、草や苔や奇妙な蔓が茫々として繁茂し、ぼんやりした悪臭と崩れた墓石のせいで馬鹿げた空想が浮かんだものです。どちらを向いても打ち捨てられ衰えた徴候ばかりが見え、ここは何世紀も続く死の場所で、沈黙を破り足を踏み入れた生者といえばウォランと私が初めてなのではないかという考えに私は取り憑かれていたようです。谷の縁にぼんやりと下弦の月が現れ、知られざる地下墓地からにじみ出ると思しき不快な蒸気ごしにその影が見えました。その弱々しい消え行く光に照らされていたものは、古びた墓石や骨壺や墓碑や霊廟のファサードの嫌ったらしい列でした。一つ残らず崩れ、苔むし、濡れて染みが付き、不健全な植生に半ば隠れていたのです。

この恐怖の古代墳墓の中のことでまず思い出す鮮明な印象は、ある半ば崩壊した納骨堂の前で、ウォランと一息ついている場面です。次は、携行していたらしい荷物を降ろす場面で、今思うと、私が持っていたのは電池式ランタンと二本の鋤、相棒が運んでいたのは同様のランタンと携帯型電話機でした。どこで何をするかはもう判り切っていたのでしょう、一言も口をきかず、すぐさま二人で鋤を持って雑草を取り除き、平らな太古の埋葬地の上にある土砂を剥がしていきました。巨大な花崗岩の石板三枚からなる表面をすっかり露出させた後、少し距離を置いて死体安置所の様子を観察しました。ウォランは何か暗算しているようでした。彼は墓地に戻り、自分で持っていた鋤を梃子にして、元は往時のモニュメントだったかもしれない石の廃墟から一番近い部分の隙間に突っ込み、石板をこじ開けようとしました。上手く行かないため、彼は私を呼んで手伝わせました。力を合わせるとやっと石は動き、私達はそれを片側から持上げて、ひっくり返しておきました。

石板をどかすと黒い開口部が現れ、立ち上る瘴気があまりに吐き気を催すものだったので、私達は恐怖にたじろぎました。しかしながら、暫時の後、再び窖に近づくと、悪ガスの噴出が幾分耐えられる状態に収まっていたのです。ランタンに照らされた石段の最上部は地球内奥の忌まわしい霊液の滴りで汚れ、硝石がびっしりと付着したじめつく壁で仕切られていました。ここで初めて言葉を交わした記憶が現れます。ついにウォランがその柔らかいテノールの声で私に向かって宣言したのです。その声は周囲の畏怖すべき状況によっても一向に動揺していないようでした。

「悪いが、地上で待っていてもらうことになるな。」彼は言いました、「誰であれ、君のような脆弱な神経の持ち主をあそこに降りさせたなら、それは犯罪行為になるだろうからね。これから僕はあるものを見、あることを実行せねばならないのだが、それは、これまで君が読んできたこと、僕から聞いてきた話、そういったものを以てすら想像できないのだ。これは悪魔の所業なんだ、カーター、そいつを最後まで見て、しかも正気なまま生きて帰れるとしたら、それは鉄で装甲された神経の持ち主に限られると思う。なにも君に嫌な思いをさせたいわけじゃない。天に誓って君と行きたいのは山々なんだよ。でも責任感というものがあってね。君のような神経の束を、死と発狂の虞があるところに引きずり下ろすわけにはいかないんだよ。あのものが実際にどんなかは想像できないだろうな! しかし、何をするにも電話で連絡するよ――地球の真ん中まで往復しても足りる位長いケーブルを持ってきたからね!」 これらのよそよそしい言葉は、今もなお記憶に鮮明で、自分が発した忠告もよく覚えています。どうやら私は死の淵に向かう友人に同行したかったようなのですが、彼はまるで聞く耳を持たなかったのです。一度など、お前が駄々をこねるなら、発掘自体を中止するとまで言って脅しました。この脅迫は効果的でした。というのも彼だけがあれに至る鍵を持っていたからです。どんなあれを探しているのかは最早わかりませんが、こういったことだけは思い出せるのです。私が不承不承いうことを聞いたのを見て、ウォランはケーブルのリールを取り上げて通話機を調整しました。彼が頷いたので、通話機の一台を持ち、今暴いたばかりの開口部に近い、色あせた古い墓石の上に腰を据えました。すると彼は私と握手し、巻いたケーブルを肩にかけて名状しがたい納骨堂へと消えていったのです。

しばしの間、彼のランタンの灯が見えて、その後をケーブルを手繰り伸ばしていくガサガサとした音が追いました。ですが、石段の角を曲がったのか、明かりは不意に見えなくなり、音も突然聞こえなくなりました。私は一人きりでしたが、絶縁体で覆われた魔法の縄によって未知の深みに呪縛されていたのです。その魔法の縄は下弦の月に照らされてぽつんと緑色に見えました。

この灰色に古び孤絶した密やかな死者の都市の中で、私の心にはこの上なくぞっとするような幻想が去来し、グロテスクな聖堂とモノリスの群れは、一つの悍ましい人格――半ば知覚のある――を担っているように見えました。不定形の影たちが草で塞がれた暗い窪に潜み、崩れそうな岡辺の墓間を通りぬけた何か冒涜的な葬列のようにひらひらと舞っていました。青白い目で覗きこむ下弦の月には作り出し得ぬ影でした。

私は始終ランタンの光で腕時計を見、焼けつくような気持ちで受話器の音に耳をすましました。だが、十五分以上何も聞こえてきませんでした。その時、電話機から微かにカチッという音がし、私は緊張した声で下の友人を呼びました。心配していたのにも拘らず、私は不意を突かれてしまいました。不気味な地下納骨堂からやってきた言葉にはそれ程の警戒と戦慄があり、ハリー・ウォランがこんな声を出すのをこれまで聞いたことがありませんでした。ついさっき私を置き去りにした時はあんなに冷静だったのに、今、地下から聞こえる声は震える囁きで、声の限りに喚くよりも一層不吉な感じがしたのです:

「神よ! 今僕が見ているものを君が見られたら!」

私には答える言葉がありませんでした。できたのは黙ったまま待つことだけでした。すると再び逆上した声がやってきました:

「カーター、恐ろしい――悍ましい――信じられない!」

今度は声が出て、送話器に向かって興奮した質問の奔流を浴びせたのです。恐れつつ、何度も繰り返しました、「ウォラン、何だ、それは何だ?」

再び友人の声がしました。恐怖に声が枯れたまま、しかし今や絶望の色を交えて:

「言えるもんか、カーター! あまりに思考を超越している――とても言えないよ――知ったら生きていられない――大いなる神よ! まさかこんなのとは夢にも思わなかった!」

再び沈黙が落ち、震える私の取り乱した質問だけが響きました。すると、ウォランの肝を潰すような怒声が飛んできたのです:

「カーター、後生だから石板を戻してここから出るんだ、できるなら! 急げ!――他のものは全部ほっといて外に出ろ――君が助かるにはそれしかない! 言うことをきけ、理由は聞くな!」

これを聞いても、私は半狂乱の質問を繰り返すことしかできませんでした。周りには墓と暗黒と影だけがあり、下方には人間が想像できる範囲を超えた何らかの苦難がありました。ですが、友人は私以上に危険な立場に置かれていて、私は自分の恐怖を通じて、なんとなく憤慨していたのです。彼は、こんな状況下で私が彼を見捨てることができると考えているかと。もう一度カチッという音がし、一呼吸おいてウォランの哀れな叫び声がしました:

「ずらかれ! 頼むから、石板を戻してずらかれ、カーター!」

明らかに困難な状況にある相棒が吐いたガキっぽいスラングの中の何かのせいで、私は自由を取り戻しました。身構え、決意を叫んだのです、「ウォラン、しっかりしろ! 今行く!」と。ところが、この申し出を聞いた彼の声の調子は、この上ない絶望へと変じました:

「やめろ! 君には理解できない! もう手遅れだ――自業自得だよ。誰であれ、できることはない!」

声の調子が再び変わり、今度は柔らかな感じになっていきました。もう駄目だと諦めがついたかのように。それでも心配でたまらない私にとっては張り詰めた感じが残ったのです。

「早く――間に合う内に!」

私はそれを聞き入れようとせず、麻痺状態をなんとか破り、助けに行くという誓いを果たそうとしたのです。しかし、彼の次の囁き声を聞いた私は、再び正真正銘の恐怖の鎖にがんじがらめになっていたのです。

「カーター――急げ! 無駄なんだよ――君は行かなきゃ――二人より一人のほうがましだ――石板を――」

少し間をおいて、もう一度カチッと音がし、ウォランの声が微かに聞こえました:

「殆ど詰んだ――それをこれ以上辛いものにしないでくれ――糞ったれた階段を捨てて命がけで逃げろ――時間を無駄にするな――これまでだ、カーター――もう会えないな。」

ここでウォランの囁きは叫びへと膨れ上がり、叫びは次第に万古の恐怖を伴う絶叫になったのです:

「呪われろ、この地獄のものども――万軍め――ああ神様! ずらかれ! ずらかれ! ずらかれ!

この後、沈黙が訪れました。どれほど長い時間呆然としたまま座っていたかわかりません。送話器に向かって、囁き、つぶやき、呼び、喚きながら。永劫の間、私は、囁き、つぶやき、呼び、叫び、喚いたのです、「ウォラン! ウォラン! 返事をしろ――そこにいるのか?」

最悪の恐怖が到来したのはこの時でした――信じ難い、考え難い、ほとんど名状し難いもの。先に述べた通り、ウォランが最後の絶叫を放って後永劫と思われる時間が経ち、忌まわしい静寂を破ったものは私自身の叫び声だけだったのです。しかし、しばらくして受話器からもう一度カチッという音が聞こえ、私は耳を峙てました。再び呼びかけました、「ウォラン、いるのか?」 これに応えてあれが聞こえました。これが私を覆う黒雲を齎したのです。皆さん、私はあれ――かの声――を詳述しようなどとは思ってもおりません、最初の数語を聞いてそのまま意識を失い、病院で目覚めるまでの間、何も判らない状態になっていたからです。なんと言いましょうか、その声は、深く、虚ろで、膠質で、遥けく、地上のものでなく、非人間的で、肉体を離れていたとでも? 私の経験はそれで終わりで、私の話もそれで終わりです。聞きはしましたが、それ以上のことは判りかねます――窖の中の知られざる埋葬地に座ったまま石のように固まって、辺りは崩れた墓石と朽ちた墓、伸び放題の雑草、有毒な蒸気で――それが聞こえてきたのです、暴かれた嫌ったらしい墓の内奥から、私が呪われた下弦の月の光を浴びて踊る不定形で屍食性の影を見つめている間に。

それは言いました:

馬鹿め、ウォランは死んだわ!


翻訳について

青空文庫の西尾正「墓場」を読んでいたら、どうも我慢できなくなって訳しちゃいました。最後の一行があまりにも有名。(藁)とか w とか付けたくてたまらないのを辛うじて我慢しました。他にも「ランドルフ・カーターの弁明」「ランドルフ・カーターの証言」という訳題があり、怪奇探求のお師匠さんの名前の表記はハリー|ハーリー|ハーリィ、ウォレン|ウォーレン|ウォーラン|ウォランの各種があります。こんなに地味に登場したランドルフ・カーターがああなるとは、明智小五郎先生もびっくり。

底本はWikisource版で、適宜The H.P. Lovecraft Archive版を参照しました。この翻訳は独自に行ったもので、先行する訳と類似する部分があっても偶然によるものです……が、やっぱり影響は受けているでしょうね。この訳文は他の拙訳同様 Creative Commons CC-BY 3.0 の下で公開します。TPPに伴う著作権保護期間の延長が事実上決定した現状で、ほとんど自由に使える訳文を投げることには多少の意味があるでしょう。

固有名詞:Harley Warren、Gainsville pike、Big Cypress Swamp

愛用のはんぺん型 MacBook がメカニカルな意味で壊れてきたので代替機が欲しいのですが、こんな不景気なご時世では新しいマックなど買えません。東芝の初代 chromebook が中古で安かったので導入。この原稿の2/3はそれで打ったものです。iso-2022-jpですむ文書がUTF-8になっているのはそのため(他のマックでiso-2022-jpにしました)。


11, Jun., 2016 : とりあえずあげます
5-7, Aug., 2016 : ちょっと修正、ISO-2022-JPに
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