藪漕の果て静かな山、奥御坂・王岳へ

(1999/4/17, 山梨県西八代郡上九一色村)


富士山の北西に位置する御坂山塊はこれまで釈迦ケ岳、節刀ケ岳と歩いてきた。どちらのピークも三角形の顕著な頂。釈迦ケ岳はまさに無駄のない鋭いピークで自己主張をしており、片や節刀ケ岳は長い御坂山脈の中間でこれもやや裾野の広い三角形を見せていた。山の名前もいかにも一癖もありそうだし、何よりもどちらも静かな山が気に入るところだった。しかも素晴らしい南アルプスのほぼ全域を間近に俯瞰出来る、という決定打つきであった。

さてそんな中、山脈の西部、奥御坂にこれまた悠然と構える三角形がある。王岳だった。標高こそ釈迦ケ岳・節刀ケ岳に一歩譲っているが三角形の立派さという点では両者を抜いているだろう。ガイドブックの写真ではどっしりとした正三角形がまわりの山脈から突出していた。王岳、という名前も魅力的だった。名実ともにまさに王者の感がある。御坂も王岳あたりまで足を延ばす人は少ない、とのことで静けさは保証されているようなもんだ。人の少なさに比例してか少し薮っぽい、という記事もあり気にはなる。しかし奥御坂の王者に登りたくてうずうずするのだ・・。

* * * *

昨秋に節刀ケ岳から下山した西湖のほとり、根場集落に自転車をデポして精進湖へまわる。前回同様今日も車に自転車を併用してピストンコースではなく縦走をしようという目論見だ。

集落を抜け女坂峠へ。堰堤を越え雑木林のゆるい坂を登っていくと眼下に精進湖が広がっていく。一汗かく頃あっけなく女坂峠に登りつく。風化した石仏に峠道の面影が漂う一角。
(前方遥かに王岳の勇姿が
飛び込んできた。
堂々と、どっしりとした三角形だ)

進路を東に変え高度を稼いでいく。小さな岩峰に登りつくとさっと前方が開け立ちすくんでしまった!王岳だ!重なる山々のその向こうに独り悠然と屹立している。やはり、まさに王者。重厚な三角形はガイドブックで見て一目惚れした通りの姿だった。しかし遠いなぁ。無事行けるものか・・。

しばらく進み何気なく振り返ると今や南アルプスが純白の素晴らしい姿を披露してくれている。おーっと心の中で喝采をあげる。右手から仙丈、北岳、間ノ岳、農鳥岳と同定出来る。塩見から昨夏歩いた悪沢、赤石岳あたりは丁度すぐそこの三方分山に隠されているようで左手にわずかに顔をのぞかしている白銀の峰は聖岳のようだ。期待通り、いやそれ以上の展望に心がウキウキするではないか。そうだ展望の優れた晩秋にも三方分山にでも登ってみるか・・。あそこからなら南アルプスの全山の眺めが心いくまで満喫出来る事だろう・・。

登山道は踏み跡こそしっかりしているが時々枝がうるさい。払いながら進んでいく。このあたりは風の通り道なのだろうか、樹木は概して丈が低く矮小で、笹を交えるその風景は亜高山帯の雰囲気もある。五湖山までゆるやかに登り続けるがピークを過ぎると道に振り掛かる小枝がますます煩くなってきた。登山者も稀なのだろうか道形こそ残っているがこの小枝の傍若無人さはなんだろう・・。ここ数週間すっかり暖かくなったこともあり半袖のポロシャツを着てきたのが災ってか、気をつけないと枝で腕を引っかいてしまう。

肝心の王岳は徐々にだが確実に距離を詰めているようで、樹林ごしの三角形がだんだんと近づいてくる。見れば見るほど立派なピークで早くあの頂上の上に立ちたい。コースは細かいアップダウンを続けながらじわじわと登っていく感じで、新緑の季節にはまだ早いのか木々は枯芝色のモノトーンで一色。まだ眠気覚めやらず、ようやく春を迎えました、という風情だ。クマザサが少しずつ勢力を伸ばしてきて時折コースを塞いでしまう。腕を引っかかれぬように両手を高く上げて進む。

フーッ、結構手間どるなぁ。さして距離はないのにガイドブックのコースタイムが長い時間を表示していたのはこれが理由だったんだな・・。

ここしばらくハイキングコースの山や丘などに行っていたので、これは久々に満喫出来る山、という感じもある。もっとも薮っぽいとはいえ道がはっきりしているからそう言えるので、これで踏み跡も不明瞭なら自分にはとても手が負える山ではないだろう。

地形図上の1330mピークあたりからだろうか、背の丈ほどもありそうな笹の密藪が行く手を遮った。踏み跡は完全にその密藪の中に消えているのでこれに分け入るしかあるまい。ザザーッという音が波のように響きたつ。完全に身を没する笹薮で前を向いていられない。腕をクロスに組みボクサーのガードのようにしながら進む。少しかがむと中は空洞のようになっており踏み跡を目で追う事が出来る。笹のトンネルだ。100m近く進んでひょっこり密藪を抜け出すとほっとする間もなくスズタケの枝が腕に絡んでくる。たまらずザックを下ろし防寒用に持ってきたウールの長袖シャツを羽織る。暑いが枝に引っ掛かれるよりは数倍ましだろう。

これで随分歩くのが楽になったぞ。少しペースをあげて進もう。が足元の藪の下に見えない枝や倒木などが隠れており足をたたかれる。あぁ厄介だなあ・・。再びザックを下ろし水を飲む。ついでにお握りを一つ頬張る。元気を、出そう。
(潅木の枝、クマザサ、野バラなどに
行く手を遮られる。ザァザァと藪を
進む音が流れる)

似たような登降を繰り返しながら進むと樹林ごしの王岳はいよいよ素晴らしい姿で眼前に迫り来る。立派な三角形。カッコイイなぁ。惚れ惚れするような姿だ。登頂する前からこんなに期待させる山もそうはないのではないだろうか・・。

地形図から見る分にはこの辺が「ヨコ沢の頭」のようだ。でも指導標の類は一切ない。再び密藪は勢力を伸ばし厄介この上ない。スズタケもさることながら何よりも野バラは不快の極みで小さな刺がウールのシャツの生地に引っかかってくる。目や耳の穴の中にも遠慮なく枝が飛び込んでくる。こりゃたまらん。耳を隠す帽子やゴーグルまで欲しい気分だ。

密藪を抜けるとようやく王岳への最後の斜面に取り付いた。遠望していたあの素晴らしい三角形を登のだ。さすがに手を使うような急登で、ゆっくりと登る。コースは西側から北側に回り込むような感じで高度を稼ぐとようやく空が近づき平坦になる。再び背丈ほどのクマザサの密藪を漕ぐとひょっこり前方が開け、待望の王岳山頂に飛び出した。

期待通りの静かな山頂だ。背後に高年夫婦のパーティが一組、足を延ばし休んでいる。今日初めて会う登山者だ。

「あー着いた。疲れた・・」
「いやー、てこずったでしょう!」
「こんな山には慣れていないので大変でしたよ・・」
「でもまだ道がはっきりしているから良い方ですよ・・」

山慣れた風の彼らは僕より丁度1時間半早く精進湖を出発したとの事とだった。

ザックを下ろし富士を眼前にしながらアマチュア無線の機材をセット。生ぬるくなった缶ビールを流し込む。うーん、美味い。自分には初めてのかなり薮っぽい山だったがここまで無事に来れた。静けさも楽しめ、何よりもあの憧れの、素晴らしいピークの上に居るのだ・・。

無線機をONにするがあまり聞こえてこない。やはりここから関東平野までは少し遠いな、と言うのが実感だ。CQを出すと毎度の事ながらJG1OPH/1に呼ばれる。奥積さん、いつもありがとう。山の仲間の消息を尋ねるが今日はあまり出ていないとの事だった。CQを出し続けるがあまり呼ばれずまぁこんなものかな、とも思う。電源を落す前にもう一度バンドをスイープすると大月市・扇山移動のJF2HBH/1・堤さんをみつけしばしラグチュー。

弁当を食べおわり機材を収納する。無線運用中に鍵掛峠方面からやってきた7、8人のパーティも店じまいするところで彼らを追って名残惜しい山頂を後にする。しばらく進み忘れ物が気になりもう一度ザックの中を調べていると、何と無線機用の鉛電池がザックに無造作に放り込んでいたアルミ板に触れてショートしていたようで熱くなっているではないか!運が好かった。このまま知らずに入れば電池の爆発や発火もあったかもしれない。ドキドキしながらザックを締めなおす。

やはり鍵掛峠からこの山頂をピストンする人が多いらしく、道は途端によくなる。勿論枝は絡むが先程までの比ではない。ペースをあげたいところだがさっきのビールが効いているのか息が上がりがちになる。手強い山に気力も体力も使ったせいなのだろうか、酔いがなかなかとれない。

吉沢山・コダ山といった小ピークを越えていくはずだが例によって指導標がないのでよくわからぬまま酔いに任せて無関心に通り過ぎる。道が良いので空白な気分で歩いていく。と黒土の斜面に足を取られずるりと滑ってしまう。不安定な格好で転んだなのか尻を痛打し立ち上がるのに時間がかかってしまう。あぁードキドキする。気を抜いちゃぁ駄目だなぁ。まだ気が落ち着かないのかしばらくうつろな気分だ。手が痛いので見てみると擦り傷が出来ていた。どうもこの転倒といい先程の電池のショートといい、ボーッとしているせいに違いない。ビールは考えものだな。注意していかなくっちゃ。足元を見据えて進みはじめる。眼下遥か下に下山地となる根場の集落がパノラマ図のように広がっているのが見える。

好ましいブナ林を進み鍵掛峠で先程のパーティに追いつく。そのまま進み歩きやすい登山道をジグザグに下りていく。やがて植林帯に突入していよいよ里近しの感が高まる。そういえば今日はここまで殆ど自然林の中を歩いてきたなぁ。低山につきものの杉や檜の植林帯とは今回全く無縁だった。人工林と違い自然林を歩くとすごくいい気分になるのだ。

根場集落に飛び出しデポしておいた自転車まで歩く。眼上遥かに先程までいた王岳から続く稜線が障壁のように高く連なっている。久々の山、という感じで今日は本当に満喫した・・・。静けさ、藪道、満足の山頂、自然林。正直言って自分にはちょっと無理をした、手に余る山だったような気もするが無事に終った・・。歩きとおした後に残るのは快い充実感だ。さあ後は自転車で精進湖に戻るだけ。次は何処でこんな素晴らしい山を楽しもうか。

(終り)


(コースと標高:精進湖8:50−女坂峠9:35−五湖山10:10/10:15−王岳・アマチュア無線12:10/13:45−鍵掛峠14:35−根場15:20、王岳標高1623m)


アマチュア無線運用の記録
王岳
山梨県西八代郡上九一色村、1623m
バンド:50MHzSSB、12局交信
最長距離交信:滋賀県近江八幡市、JJ2BUL/3
設備:自作トランシーバ(4W)+軽量ヘンテナ
御坂山塊の西の果てに聳える三角形の頂。関東平野に向けてはこれより東により標高の高い鬼ケ岳や節刀ケ岳などのピークもあるせいか電波の飛びは今一つ、と言う感じがする。

山頂は切り開かれた感じで藪も無く南面の展望のみが得られる。富士山の眺めを満喫する事が出来る。

Copyright:7M3LKF,Y.Zushi,1999/4/18