静かな夏の西丹沢−菰釣山から鳥ノ胸山へ

(1999/8/1、神奈川県足柄上郡、山梨県南都留郡)


8月は私でも年に一度の3000mの稜線行を楽しめる時期。今年は南アでも未登の聖岳を目指す予定で、それは一年がかりの楽しみでもあった。ところが、生来ののんびり者の性質が災ったか、アマチュア無線局7M3LKFの5年に一度の無線局免許証(局免)の延長手続を怠り失効させてしまう、という事態に陥った。これはつまり局免が失効する1999年8月3日以降はアマチュア無線の運用が出来なくなるという事で、早速再開局の申請をしたものの通常1ケ月以上かかるプロセス故に夏休み・お盆休み中に聖岳からオンエアするという事は事実上不可能となってしまった・・。なんたる失態!自分のうかつさを悔いたがもうどうしようもない。50メガのオンエアなしに苦労して聖岳へ登っても後悔を残すだけとなる・・。憧れの山には万全の気分、体勢で臨みたい。夏山は取り止めだ・・・心の中に暗い気持が広がった。

さてなってしまった事を反省はすれどいつまでも悔いても仕方が無い。後は局免が失効するまで出来るだけ山と無線を楽しもう・・・。失効10日前の7月25日、上州は浅間隠山へ。そしてその1週間後、事実上免許の失効する直前の日曜日、丹沢を歩く事にした。ホームページの名前に丹沢の名を冠しているものの実は最近は丹沢に全くご無沙汰なのだ。家族を連れて前衛の山に出かけて「お茶を濁している」程度。これでは丹沢に申訳がない。行ってブナ林の空気を吸おう・・。この季節、西丹沢なら静かで良いかもしれない。菰釣山から大界木山、そしてやや欲張って鳥ノ胸山まで足を延ばしてみようか。菰釣と大界木は歩いた事があるがいづれも無線は運用した事が無い。鳥ノ胸は登った事も無く、丁度良い。

* * * *

道志の森キャンプ場の東沢・水晶橋に車を停める。やや下流にはオートキャンパー、上流のロケのよさそうな所にはボーイスカウトのキャンプが張られている。歩きはじめると東沢林道は未舗装ながらよく整備された林道で山肌のセメント固め等の補強工事もしっかりされている。そんな必要あるのか疑問でもあるが。

40分ほどで下から上がってくる西沢林道をあわせ車道はおしまい。登山道の標識に導かれる。豊かな沢にそってしばらく進むと登山道は左手に分岐し沢音が遠ざかる。左手の枯れ沢をすこし詰めるとあっけなく稜線。やや西に進むと見覚えのある菰釣山避難小屋に出た。
(稜線に出て数分で避難小屋。ブナの
大木の下にテントを張ったのは
もう5、6年前の話だ。)

もう、5、6年も前になるだろうか、この尾根道は一度歩いた事がある。あの時は会社の先輩Y氏との山行で、山中湖東端の集落・平野から菰釣山を経て畦ケ丸、そして箒沢へと残雪の稜線を歩いたのだった。今は夏草ボウボウの、丁度この小屋の前で幕営したのだ。小屋には酒が入ってご満悦を通り越して自分勝手になりつつあったパーティと、それに囲まれて気の毒そうな若い単独行が居たっけ。ゴトリと小屋の扉を引いてみる。毛布などもあり、あの時、いやそれ以上に清潔さが保たれている。備付けの登山者日誌をめくってみる。最新は7月31日、昨晩だ。登山者は三国山から畦ケ丸、箒沢を目指しているようで今朝早く小屋を出たのかもしれない。富士の眺めがよかった、と書かれている・・。

避難小屋からは緩い登りが続いている。前回は丁度ここを下りてきたのだが、あの時は雪がくるぶしあたりまで残っていてザックザック踏みながら下りた、そんな記憶が蘇ってくる。縦走路は小さなアップダウンが大きくその上下と予想外の残雪にほとほと疲れ果て小屋はまだかと焦ったが、Y氏にいざとなったら何処にでもテント張れるからのんびり行きましょうと言われ安心した、そんな事も昨日のように思い出された。

山頂には中年の夫婦連一組が軽食をとっていたが後はシーンとして誰もいない。富士は雲に隠れていたが時折自衛隊の演習場から演習の音が低く伝わる。右手には昨年秋に登った御正体山が大きな高まりを見せており、その様はさすがに道志の盟主たる堂々さだ。アマチュア無線・50メガを運用。菰釣山は丹沢といっても関東平野からは奥深い場所にあたるので電波の飛びを懸念したが、思ったより悪くない。福島県喜多方市と交信できる。CQを出していると奈良県吉野郡などにもよばれる。今日を最後にしばらく無線も閉局なのでこのように楽しめるとありがたい。

* * * *

菰釣山避難小屋に戻る。この季節、ここから先に大界木山方面への稜線は歩く人が少ないのか途端に笹に深く覆われた薮道に一転する。

ザアザア、ザーッ。ポキポキ

笹を掻き分け水分の抜けた枯枝を踏みながら進む。時折倒木を乗越える。笹はおおむね肩までの高さで登山道は深く隠されてしまう。背伸びをして方向を確認する。辛うじて笹が低く伸びて続いているのが道だろう。

おいおい、これは結構くるな。いくら夏とはいえここは東海自然歩道だろう・・。この薮はひどいな・・。

前回は季節が早春だったとはいえよく踏まれたコースだった。最近ここを歩く人が少ないのか、それとも一旦夏ともなるとかようにも笹は奔放に成長するものか・・。半袖の腕が笹にかすれて痛痒い。汗がしみる。シーズンオフを痛感する。城ケ尾峠で一度薮から開放されるが再び薮っぽい道が続く。ここまで誰にも会わない。たんたんと歩く。

登りついた大界木山で少し遅い昼食。遮蔽物の少ない山頂に容赦無い夏の太陽がふりかかり暑い事この上ない。途中で飲んでは後の行程に影響が出ると、と後回しにしていた缶ビールにたまらず手を出す。もうぬるくなっているが苦みが喉にまわってクラクラする。蝿や蜂の類がぶんぶん飛びまわってくる。余りに暑く不快だが山ランポイントは稼がなくては。430メガで数局交信した後山頂を後にする。

鳥ノ胸山へのコースはこの甲相国境尾根上からはほぼ北に延びる。が、昭文社のエアリアマップでは一般コースではない事を示す破線表示のコースとなっている。さてどんなものか。

大界木の山頂から5、6分城ケ尾峠方向に戻ったところに鳥ノ胸山へ、と示す小さな標識が木の幹に付いている。注意しなければ見逃しそうな程小さい。意を決して一歩踏込んでみると薮はさほどでもないが踏跡は希薄だ。やはり利用者は少ないのだろう。うーん。目を凝らしてよく見てみると何となく道はわかりそうだ。これなら行けそうだ。道は2.5万分の1地形図の示すが如くぐんぐん高度を下げていく。草木の生え具合から登山道のありかは想像がつく。目で追いかける。実際は笹に覆われた今までの縦走路よりも歩きやすいかもしれない。心配が安心に変りつつある。

右手下方から道志の湯から延びてきた林道が近づいてきた。こんな立派な林道は期待していなかった。とここで踏跡は突如急なつづらおれでその林道に強引に下りていく感じとなった。これでは林道に出てしまう。鳥ノ胸へは稜線続きのはずだ。林道に下りるのを取やめて稜線上を目前にのびるかすかな踏跡に踏込んでみた。途端に薮の密生となる。ああ、これは違うな。これはどう考えても廃道だ。元に戻る。仕方なく林道へのつづらおれを下っていくと数段のハシゴを経て林道に出た。途端に謎が解けた。林道は少し先で大界木から鳥ノ胸に続く稜線に対して直角に無理矢理削り取った形でクロスしていた。ブルドーザか何かの力仕事で斜面を削って切通しにしてしまったようだ。想像するにかつての尾根続きに林道を切通しで通したために登山道も付け変ったのではないだろうか・・。昭文社エアリアマップには目立たぬ字で浦安峠と書かれているここには実際は立派な林道が通っていたのだ。

林道をはさんだ反対側には鳥ノ胸山へという看板が出ており迷いようもない。実際ここからの道は今までのどこのコースよりも快適なコースだった。薮も無く踏跡も明瞭この上ない。ここもエアリアマップでは破線表示なのだがそれは何故だろう・・。

西丹沢らしい心地よいブナ林の中をゆっくりと進む。中天にあった陽も今やだいぶ西に傾いたようだ。ヒグラシが一斉に鳴きだして夏の午後、という思いが高まる。遥か昔に、四国の田舎での夏休み、ヒグラシの鳴声を毎日聞きながら海や川や神社で遊んだ遠い思い出がふと思いだされる。少年にとっての夏休みは毎日が夢のように楽しかった。が、いつ終るとも知れぬ長い休みもやがては終り、去る日がやってくる。祖父・祖母の見送りの中ディーゼルカーに乗り田舎の町を去る日、木の電柱にとまっていたヒグラシが一斉に鳴き出した。その鳴声には哀傷があった。去り行く夏の日への悲哀だった・・。

* * * *
(今日一日歩いた稜線を振り返る。
西に傾きかけた陽射の中、
静かな夏の午後。)

道志の森キャンプ場への分岐を分け穏やかな尾根道から鳥ノ胸山南面の最後の急登となった。ここだけ檜の植林帯で妙に薄暗い。喘いで登り15分、今日最後のピークの鳥ノ胸山山頂。キャンプ場から登ってきたのかボーイスカウト7、8人のパーティがおり今朝の菰釣山以来初めて人に会った。季節外れだからだろうがここまでいかにも静かな山だった。

山頂の東から南は人工林で西から北にかけて展望が得られる。山梨百名山の山名標識の向うに夏の道志谷の眺めが広がった。 50メガで数局交信して下山する。先程の分岐に戻りキャンプ場へ下りる。これもエアリアマップ上では破線表示コースだが確かに下草が奔放でやや歩きづらい。見晴しの良い斜面に出ると真正面に今日歩いた菰釣山からの稜線道が夏の夕方の陽射に明確なコントラストを刻んでいた。随分な距離を歩いたようにも思える。静かな、ほんとうに静かな夏の午後・・。

静寂の菰釣山から予想外の薮道だった甲相国境尾根、そして道の良かった鳥ノ胸山まで、一日静かな西丹沢を堪能した満足感が大きい。林道から道志街道で出て東へ向うと、車のフロントグラスから溢れそうなボリュームで目の前に先程までその山頂に居た鳥ノ胸山がすっと立っていた。

(終り)


(コース:東沢林道水晶橋7:50−東沢林道終点8:30−避難小屋9:05/9:10−菰釣山・アマチュア無線運用9:32/11:20−中ノ丸12:15/12:20−城ケ尾峠12:55−大界木山・アマチュア無線運用13:30/14:10−鳥ノ胸山分岐14:14−浦安峠・林道14:33−雑木ノ頭15:03−鳥ノ胸山・アマチュア無線運用15:32/16:00−雑木ノ頭16:20−キャンプ場16:50−東沢林道水晶橋17:05)


アマチュア無線運用の記録
菰釣山 (こもつりやま、こもつるしやま)
1379m、神奈川県足柄上郡山北町
50MHzSSB、13局交信
最長距離交信:奈良県吉野郡、福島県喜多方市
設備:ミズホピコ6+自作5W軽量リニアアンプ、釣竿ダイポール
丹沢の中では関東平野からみて最も奥まった場所に位置する山頂。電波の飛びを懸念したが奈良県吉野郡などにも呼ばれた。

山頂は静かで三角点はやや南の少し低いピークにある。が、夏草ボウボウの中、探索は取りやめた。
大界木山 1246m
山梨県南都留郡道志村
430NHzFM,3局交信
STANDARD、C710(1W)+ホイップ
甲相国境尾根(東海自然歩道)上の1ピーク。顕著な高まりも無く山ランにこだわらなければまず無線をする事もなかったかと思う。
時間勝負の時は手軽で局数も多い430MHZの出番だ。
鳥ノ胸山 1207m
山梨県南都留郡道志村
50MHZSSB、3局交信
最長距離交信:茨城県那珂郡
設備:ミズホピコ6(1W)、釣竿ダイポール
道志街道を山伏峠から東に進めば結構目につく山。前々から山頂での50メガ運用を時々耳にしていたので自分もやりたかった。
山頂は東側が植林帯で気分をそがれてしまう。ボーイスカウト登山のメッカのようだった。

Copyright:7M3LKF,Y.Zushi, 1999/8/31