秋は道志の山歩き−盟主、御正体山へ

(1998/11/14、山梨県南都留郡道志村)


御正体山はここ数年ずっと気になっていた。道志山塊の盟主、最高峰。古くから里人に敬われていた信仰の山。静寂と幽玄に満ちた山。居住まいの大きな奥深い山。渋くて通人向きの山・・。御正体山につける形容詞はいくつもある。何度も行こうとしたが何故かその都度目的地は変更されてきた。そうなればかえって想いがつのろうというものだ。葉の落ちる秋は全体的に薮っぽい道志の山歩きには最適な季節だろう。

交通の便が悪い道志、車での行程が便利だが出来ればピストン山行は避けたい。そこでここ何回かの山行で取り入れている車に自転車をも併用したコースを設定する。

山中湖をまわり山伏峠で自転車をデポ。とここでバス停に立って思案顔の山歩きスタイルの夫婦連れがおり、声をかけるとここで車を置き道志村まで降りて菰釣山に上がりここに戻ってくるコースを設定、道志への午前中一便のバスを待っているとの事。それではと車に同乗を薦める。

「自転車を利用するとは考えましたね・・」と車中夫婦づれはしきりに感心する。
(日溜まりの登山道。
風に黄色い木の葉が舞った)

白井平で彼らを下ろし私も歩きはじめる。しばらくは林道歩き。舗装路が終り更に進むと突如4、5軒の別荘が出現。随分と奥まったところに建てたものだ。ここで林道も終り登山道に。白井平からのこのコースは昭文社のエアリアマップでは破線表示なのだが登山道はしかっりしている。桧の植林帯は薄暗くじめっとして不快だ。暫くは沢沿いだが腕時計の高度表示が標高1070mあたりで沢を離れ尾根に乗り一転急登に。持参した2万5千分の1地形図には沢の表示がここまでは載っていないが尾根に乗るあたりの地形の表示も正しく、改めて地形図の描写が優れているなぁと実感。実は2万5千分の1の地形図を山行に用いるのはこれが初めてなのだ。せいぜい4万分の1のエアリアマップとは違うなぁ・・。

尾根に乗ってからは滑りやすい一本登り。林相もブナの林になり明るい気持ちに。秋の陽射が尾根に満ち溢れている。風が吹き黄色の葉が舞いカサコソと鳴りまるで金色の風が吹いているようだ。一息ついて主脈に乗り道坂峠からの縦走路を併せた。

さぁここからは標高差300mの今日一番の急坂。ゆっくり焦らずに。振り返ると道志から丹沢の山々が広がっており良い気分。さすがに等高線のみっちり詰まった登りは機械的に足を運ぶしかなさそうだ。単調な登りにいささかバテてきたが傾斜がゆるむと一等三角点と祠の待つ山頂だった。

飾り気のない山頂で好ましい雰囲気だ。見慣れた山梨百名山の標識が新参者っぽくまだ回りの風景に馴染んでいない感じ。なかなか機会がなかったけどここ数年間気になっていた山にやっと立つのは良い気分だった。

待望の50MHz無線運用。今回は自作の4Wのトランシーバとヘンテナでオンエア。JJ1KAEはホームから、JH1QZWは丹沢の華厳山に移動している。JS1MLQは小浅間山へ。JK1RGAは予定通り奥多摩の深部、天目山からの運用だ。今日は一杯水の避難小屋泊りとのこと。羨ましいなぁ・・。

このトランシーバはVXOがなかなか安定せずに運用開始から15分くらいは随分とドリフトするようだ。運用出来るようになってまだ日が浅く癖をつかんでいない。弁当を食べながらの無線運用は喉が詰まりそうで大変。JI1TLLとの交信でQRTとする。

人気の山なので入れ替わり何パーティかやってくるが驚いた事に読売旅行のバッチがついた団体が細野の方から登ってきた。おっと大変、良いタイミングだったようだ。

まばらな林の平坦な山頂部から山伏峠への登山道はかなりの急降下だ。地形図では200m程の下り。途中今度は朝日旅行のバッチがついた大パーティが登ってくる。30,40人はいるか延々と上がってきて道を譲りしばしの休憩。しかしスゴイなぁ。これが北アルプスなら分かるが道志の山で旅行社のツアー登山とは。あの山頂で読売旅行のパーティと鉢合わせをしたら大変だ。座る場所も無いだろう・・。これでは静寂と幽玄もあったものではない。御正体山の祠もさぞや驚くに違いない・・。

(逆光の中、富士が大きかった)

鞍部までおり1471mピークに登りかえし再び急降下。木の葉を落した広葉樹の中、似たような光景が続く。南南西に向かう縦走路は傾きかけた秋の日で汗ばむほどだ。少し登って中岳。通り過ぎて100m程の下り。縦走は小ピークの登降が大変だがいかにも山歩き、という感じがありピストン山行とは格段に気分が違う。このあたりから笹が深くなり足元が隠れる。ザァザァと笹を鳴らしながら今度は60m程登りかえすと前岳。ここには送電線鉄塔があり高圧電線が南北に走っているが、何とこれが2万5千分の1地形図には載っていない。この地形図は昭和63年測量とのことなのでこれらはその後の建設、という事だろう。ここからの展望は四周ぐるりと開けており素晴らしい。逆光の中に富士が立っていた。

ここから10分ほどで山伏峠と石割山方面への分岐があり山伏峠へ。ぐんぐんと高度を下げていくが途中バラの枝がうるさく思いっきり腕をこすってしまう。短い登りかえしが数箇所あり右手に降りると廃虚化したホテルの前に出て今朝出発した山伏峠の駐車場だった。

懸案の御正体山も無事終了。長く片思いしていた人にようやく話かけられた感じ。質素さが好感を呼んだ山頂だった。

見るとデポしておいた自転車のハンドルにビニール袋がぶら下がっている。開けると小さなチョコレートとメモが出てきた。そこには丁寧な字でこう記されていた。

「今朝はお世話になり有難うございました。無事下山しました。2:20。お気をつけてお帰り下さい。子供さんのお土産にたった一つですがチョコレートをどうぞ。」

ああ彼らも無事菰釣山から戻ってきたんだなぁ・・。よかったよかった。又どこかで会えるかな・・。名前も知らない、ほんの一瞬の出会い・・。

白井平まで下るだけの自転車。吹き付ける秋の風はもう冷たいが、心の中には何か暖かい気持ちが大きかった。


(コースと標高:白井平8:50−林道終点9:15−沢を離れる9:35−稜線10:25−御正体山・アマチュア無線11:20/13:30−中岳14:15−前岳14:45−山伏峠分岐15:05−トンネル上15:25−山伏峠駐車場15:30−(自転車)−白井平15:50、御正体山標高1681.6m)


御正体山 1681.6m、山梨県南都留郡道志村、1998/11/14
無線機:自作4W機(アイテック電子のキットTRX602をベースに4Wへ改造)、アンテナ:ヘンテナ
21局交信(50MHzSSB)、最長距離交信:長野県北佐久郡JS1MLQ/0(小浅間山)、茨城県常陸太田市JN1QXT
標高1681.6mは道志山塊の最高峰。堂々とした大きな山容は盟主の名に恥じないものがある。山頂は雑木に覆われ展望はない。信仰登山の名残を示す祠。素っ気無い山頂で好感を持てる。秋のこの季節は葉も落ちそれでも多少風通しがあるが夏などは鬱蒼としているのだろう。

無線のロケはさすがに最高峰らしく気持ち良く飛んでくれる。

(赤い屋根の祠をバックに。自作のトランシーバでの運用は良い気分が味わえる。)
Copyright : 7M3LKF,Y.Zushi, 1998/11/15