秋山二十六夜山、憧れの山は静かな霧の中

(1998/4/25、山梨県南都留郡秋山村)



二ヶ月前に雪で道を失い登りそこねた秋山二十六夜山。こういう山は気になるものでその後ずっと憧れが高まっていた。道志の山は早春か晩秋がベストシーズンだろう。今月は何個所か候補の山があったが新調した登山靴の足馴らしをしなくてはいけない。となると行程の短い山だ。二十六夜山に決定。再訪の機会はあっけなく訪れた。
(憧れの秋山二十六山。
山麓は春。梅の咲く
下尾崎にて)

天気予報では曇天を報じていたが果して朝の秋山街道を走るうちにフロントガラスに雨粒がつきはじめた。登山口の下尾崎の集落でしばらく雨が止むのを待つ。車の天井をたたく雨音は大きい。参ったなぁ、舌打をする。パラパラと音は続く。ここまできて又戻るのはしゃくなので小降りになったのを見計らって車を出た。

新調した靴は中登山靴ともいうべき皮の結構ごついもの。いきなりの雨中行軍は新品の靴には申し訳ないが所詮靴は汚れるのが仕事だ。私は右足が左足よりもほぼワンサイズ大きく靴選びにはいつも苦慮する。この靴は足入れ時に右足にごくわずかの窮屈感を感じたがフィットしていると思えばそうも思える。あとは皮が足の形に馴染んでくれるだろう、と判断して購入したのだった。

山中は雨と霧でムッとする。二ヶ月前に歩いた道も雪がなければ雰囲気もちがう。雪の中ゴウゴウ唸っていた沢も今日は嘘のように水量は少ない。しばらく行くと前回撤退した箇所へ到達した。自分はここからトレースを追い右手の斜面方向へ進みコースが分からなくなったが正規の道はまだまっすぐ沢沿いに延びていた。もっともそこへ入るにはすこし藪がありわかりずらい。雪だと余計そうなのだろうか。迷うにはそれらしい地形があるのか。いや単にトレースを追うだけしか脳のない登山者だからだろう。

道は左右から草木がかぶさり薮っぽい。濡れた草木から雨粒が伝わりシャツもズボンも重たく濡れる。クモの巣が多く手で払い除けながら進むが不愉快このうえない。頭についた木からツツーっと雨粒が首筋を流れる。たまらずゴアの上下を着る。これで不快な藪の雨粒は気にならなくなる。気になっていた靴のフィット感は悪くない。

道はやがて植林帯の中の明瞭なつづら折れとなり高度をかせぐ。雨とも霧ともつかぬ濃いミルク色のガスが杉林の中を漂い、奥の方ではガスの中からボーッと木々が立ち尽くしている。幻想的な眺め。クモの巣が相変わらず行く手を邪魔する。誰もいない。ゴアのカッパの中からムゥーッと汗と体臭の嫌な匂いが漂ってくる。急に不安になり先を急ぐ。尾根に乗ると植林帯を抜け出てここから山頂まではなだらかな道だ。あいかわらず薮っぽい。下界から日用品の移動販売車のものであろうか、音楽と拡声器の声がガスの中から流れてきて思わずホッとして楽になった。里山ではよく下界からのんびりとした村内放送や時報、移動販売車の音が期せず流れてくる事がある。それが不快に思う時もあれば、それに元気づけられる事もある。

ほどなく平らとなりそこには二十六夜塔がごろりと横たわっていた。江戸時代にあったという二十六夜信仰。人々は一月と七月の二十六日に月の出を眺め月光の中に浮かぶ三体の観音を拝んだという。この小さな平坦地でそれが行われていたのだろうか? 田中澄江さんの著書「新・花の百名山」ではこの山と道志村の二十六夜山を都留市の市史と併せて、二十六夜待ちにかこつけて隠れキリシタンの密かな集会・祈りの場に使われたのではないか、と書かれていたが、面白い分析ではないかと感じた。いずれにせよこの地味で薮っぽい山のこの場所で江戸時代の昔に人々が集っていた事は確かな事のようだった。確かに霧に曇るこの場所は、そんな「気」を感じさせる場所ではあった。
(ボォーッとした霧の中。
人寂しい夢幻の中)

肝心の山頂はここから南へ数分。小さな好ましいピークだ。アマチュア無線の準備をしていると足音が聞こえビクッとしたが単独行者が上がってきた。浜沢の方から登ったという。やはりクモの巣に難儀したという。しばらく無線運用をしているとガスが濃くなり木々が霧の中に溶けていく。雨粒が落ちてきたので閉局を決意し山頂を後にする。少し歩いて振り返るとミルク色のなかに山頂が消えていた。

下山は先程の単独行者がとった浜沢への道をとる。クモの巣はお陰で殆どない。行きの道とは違いこちらは尾根上をまっすぐに下りる道で滑りやすい急坂が続く。カチッと下から物音が聞こえ、誰か登ってくるのかと思わず咳払いする。こんなひとけのない山でいきなり人にあうとびっくりする。空耳か、誰も来なかった。

登山道に散る桜の花びら。濡れた山道がピンク色に染まっている。もしかしたらこの山は桜の名所なのかもしれない。東屋を過ぎると高金キャンプ場に着き緊張がとけ歩みをゆるめた。登山靴も悪くない。あらかじめここに自転車をデポしていたのでここからの街道歩きは端折られる。雨に濡れた車道を自転車で走る。顔が濡れるが駐車していた車までわずかだった。

憧れの二十六夜山は地味で静かな山だった。なにか半日ほど霧の中、夢幻の別世界を歩いてきたような気がする。嬉しくなり雨の秋山村を後にした。

(終り)

(コースと標高: 下尾崎9:35−山頂・アマ無線11:00/12:30−浜沢13:25 二十六夜山971.8m)

アマチュア無線運用の記録

二十六夜山

山梨県南都留郡秋山村
1998/4/25 移動者:7M3LKF
自作SSBトランシーバ(1W)
釣竿ヘンテナ
交信局数:6局
最長距離交信: 埼玉県秩父郡 JS1MWD/1・蕎麦粒山
小さな山頂はこじんまりと無線をするのにふさわしいと思う。この辺りでは決して高い山ではないので無線のロケは余り良いとは思えない。

山頂は稜線からわずかに南に外れている。そこまでの雑木林の雰囲気がとても好ましい。訪れる人も決して多くない、小さな静かな山。秋の日溜まりの時期は最高だろう。

(山頂では深い霧にまかれる。単独行一人と出会っただけの静かな好ましい山だった。)

Copyright : 7M3LKF,1998/5/1