癖になりそうな上越国境の山 - 平標山 

(1997/9/6、新潟県南魚沼郡湯沢町)


(上越国境の稜線は天候の移り変わりが激しかった) (山頂では風とガスの中)

急遽新潟県の山に行こうと思い立った。関東地方の50MHzアマチュア無線局にとって新潟県の局との交信は結構珍しいようで、ロケーションの良い箇所からの運用だとそれなりのパイルを浴びることが可能と聞いたことがある。実際家からワッチしていても新潟県からの運用は滅多に聞こえないし、聞こえてパイルアップになっているのを何度かワッチしたこともあった。新潟県といっても谷川岳から三国峠に続く上越国境の山は群馬と新潟の県境のため関東平野に対してのロケーションは良いはずだ。いくつかの山を検討して、容易に登れそうな平標山に行くことに決定した。

関越道を途中で仮眠して元橋登山口を目指す。途中、苗場スキー場の前を通るが雪のないそこはまるで巨大なゴーストタウンのような空虚さに満たされたいるのに驚く。

元橋駐車場に車を停める。平元新道と呼ばれる、途中まで林道を利用した簡単なコースで歩こうと考えている。新潟の山はなにしろ初めての経験で、こころなしか歩く林道すら歩き慣れた神奈川近郊の山より山が深く感じるのは気のせいか。緑深い中を歩いていくがどこかに熊が居そうな気もしてくる。そこまで過敏なせいで山が必要以上に深く思えるのかもしれない。

やがて林道の左手に登山道入り口が現れた。ザックを下ろし一本立てる。しばらくは緩い登りだがやがて急になってきた。ブナを透過して降ってくる陽の光は何ともいえない緑色でそれが心地好く体を包む。やはりブナの天然林は心地好い。登りの中に笹が混じってくるともう尾根は近いようだ。灌木帯となりそれも抜け出すと森林限界を越えて熊笹茂る稜線だった。上越国境の山は標高2000mクラスだがその厳しい気象条件もあってか森林限界が低い。

平標山の家は素朴な山小屋という感じで、丁度管理人が部屋を開け放し箒がけしているところだった。風通しの良さそうな小屋だ。小屋の前からは部分的に最近出来上がった風の木製の階段混じりの歩道が続いていた。こんな階段の整備などは必要ないかとも思うが新潟県は資金が潤沢なのだろうか、あるいは保護すべき高山植物群でもあるのかもしれない。正面の高みはまさにこれから登る平標山で右手には仙ノ倉山から万太郎山に続く上越国境尾根が望まれた。高層湿原も点在する稜線だ。それはずいぶんと人寂しい風景でもあり、湿原のある山に登った経験のない自分にとっては物珍しくかつ気に入るものであった。が、そんな風景も登るにつれてにわかに濃くなってきたガスの中に消えてしまった。

たんたんと木道を登っていく。風が強くなってきた。白いガスがそれに乗って踊り狂ったように流れてくる。登り初めから平標山の家まではあれほど天気がよかったのにこの変わり様はなんだろう。さすがに天候激変で名高い上越国境の山だ。太平洋気候と日本海気候がいつもこうして攻めぎあっているのだろう。押し合うようにへしあうように流れてくるガスの軍勢の中を押し分けるように登っていくと山頂に着いた。期待していた展望はこれではかなわない。

山頂の一角に座る。手短にアマチュア無線・50MHzのアンテナを設営する。受風面積の少ないヘンテナだ。吹き乱れる風の中設営を終えるともってきたツェルトが役に立つ。それを広げ灌木に結びつけ中に潜り込んだ。風とガスがシャットダウンされさすがに中はほっとする。こんなナイロンの薄生地一枚で天と地の違いがある。

ピコ6に自作の10W出力のリニアアンプをつなぐ。バンドをスイープするが沢山局が出ている。これなら大丈夫だろう。空き周波数をみつけCQを出しはじめた。新潟県南魚沼郡湯沢町移動。さすがに新潟県だけの事はある。たちどころにパイルに包まれた。小さなピコ6が震えるようなパイルアップで、これは大変なことになった。普段そんなハイペースで呼ばれたこともなくこちらのオペレーションが追いつかない。ノートにコールサインを書き取るのもままならない。とにかく必死での運用を続けていく。無我夢中で65局との交信を続けるといつのまにか2時間20分が経過していた。

風の唸りとカッパのフードのはためく音
の中、まだ見ぬ山頂を頭に浮か
べ、背をかがめてただ登った。)

無線機の電源を消してツェルトから出ると立ちくらみなのかふらふらする。乳白色のガスが忙しそうに流れる山頂には誰も居なく視界も効かない。あぁ、こんなもの寂しい処に居たのか、と改めて感じる。誰も居ない、ガスが渦巻き風が低く唸っているだけの山頂。こんな処にたった一人で居ていいものだろうか。時間はもう1時を回っていた。これでは当初考えていた仙ノ倉山への往復は無理だろう。もっとも無線運用に熱中するその最中でその気持ちは消えてしまっていたが。ともかく早く下山しなくては、こんな視界の効かない危険な箇所から、無事に下りられるのか、急に不安になった。

ザックを仕舞い松手山コースで下山する。慌てるように、なにかに追われるかのように、足早に下りていく。早くガスの中から抜け出たい。ザックが背中で左右に踊っている。肩ベルトを締め直して小走りに下りていくと足を岩角に引っ掛けそうだ。慌ててはだめだ、と自戒して深呼吸。クマザサの広がる高層湿原は結局山頂に到着する直前にその片鱗を覗いただけで、あとは終始ガスの中だった。やがて急降下が始まり、そのうちにすっとガスの下へ抜け出した。そこはダケカンバの点在する霧に濡れた山肌で、カッパのフードから垂れたガスに濡れた前髪を払うと一瞬視界が滲んだ。山頂が見えぬかと振り返っても真っ白なガスが見えるだけ、ガスの流れる音が低くくぐもったように聞こえるだけだった。もう安全なところに下りついたか、とホッと一安心するとともに少し寂しさを感じた。

なにやら気が抜けてしまった。ゆっくりと松手山へ緩く登り返すとあとはもう少しだ。地元のハイカー数人が休んでおり、彼らと前後しながら下りていくと傾斜が緩み元橋バス停に出た。

乾いた服に着替えてさっぱりとする。初めての新潟県の山。山頂では期待していた展望はガスで得られなかったが、それなりの満足感を味わうことが出来た。ガスの中一人でもの寂しい山頂で居たせいだろうか、無線の熱中を終えふとわれに返ったときのあの寂寥感。あの追われるような焦り。それも無事下山してくると決して悪い記憶ではなくなってしまう。また山頂での無線もやはり目論見どおりの好成果を収めることができたと言える。遠出してきた甲斐があったというものだろう。これは癖になりそうな山だった、とそんな事を考えながら上越国境を後にして横浜までの長い帰路に着いた。

終わり


アマチュア無線の記録

平標山 1984m (新潟県南魚沼郡湯沢町) 50MHzSSB運用、65局交信、Mizuho MX-6S+自作10Wリニアアンプ、ヘンテナ


(戻る) (ホーム)