三条の湯から雲取山へ

 

(1993/11/22,23、山梨県北都留郡・東京都西多摩郡)



1・好展望を求めて再び雲取山へ :  
(振り返れば雲取山(中央)からの
主脈縦走路が長かった。
北天のタル付近にて)

6月に登った雲取山、東京都の最高峰に立てたという喜びはあったものの霧に包まれ展望には全く恵まれず心残りであった。空気の澄んだ秋ならば展望に恵まれるのではないか、と考えY氏と再び山頂を目指し た。今度は山奥のいで湯、三条の湯まで車で入り、雲取山に登り一泊。翌日は奥秩父主脈縦走路を西へ飛竜山まで足を延ばし、三条の湯に戻る、という周回コースだ。 

晩秋というより初冬の関東地方。今回はテント泊はさすがに無理だろう、と判断して山頂の避難小屋泊とした。テントが減った分だけザックは軽くなるべきなのだが、どういう訳かそうはいかない。寒さを警戒しての防寒具を持ちすぎたかな? 2日間とも昼間は小春日和を思わせる暖かさで汗ばむほどだった。同時に当然ながら好展望にも恵まれ、最後に三条の湯で汗を流し、満足の山行であった。 


2・山の眺め・心の眺め :  

三条の湯から雲取山めざして喘ぎつつ登っていくと背後に長い山脈が現れる。大菩薩嶺から小金沢連嶺にかけての山群だ。2ケ月前にあの山脈を歩いた事を思いだした。今日のようにY氏と二人で歩いた二日間、その時はそう思わなかったがこうして離れて見ると結構起伏があるのに驚く。朝露に濡れた笹原と湿った倒木の樹林帯が交互に現れる縦走路だった・・。自分の歩いた山を離れて見るのは結構良い気分だ。風にのってピィーと鹿の鳴き声が届いた。 

三条ダルミで大学のワンゲル部一行に会う。リーダーの号令一発、一斉にキスリングを下ろし整理体操。腰が抜けそうな程重そうなザックだ。「はい、ビスケットの配給です。一年生は一枚、二年生は二枚、そして三年生は三枚です!」。Y氏と顔を見合わせる。あっけにとられる。キスリングザックを見たのも初めてだったし、配給制ビスケットを見たのも初めてだった!! 

15時30分山頂。東京都最高地点は今日も霧だった。2017・1メートル、吹く風は冷たい。今宵の宿、雲取山山頂避難小屋はすぐそこだ。避難小屋のなかは暖かい。シュラフを広げてほっとする。展望は、と期待して外へ出る。氷点下5度。展望どころか霧に混じってヒョウが飛んでくる。肌にまとわりつくようなしっとりとした霧の粒子。富士山を撮るためにもう三日間ずっとこの避難小屋に泊まっているというカメラマンが「夕方はいつもこうだね、ここは。でも朝は晴れるよ。」 期待する。 

朝5時。慌ててシュラフを抜け出し外に出る。昨日の霧はどこに消えたのか、プラネタリウムのような空だ。星が多すぎて逆に星座を見つけるのに苦労する。北西にオリオン座。日の出。周りの稜線の起伏がだんだんと明らかになってくる。大菩薩らしい稜線の奥に異様に大きな山影。富士だ。日が昇るにつれて富士がだんだんとその容積をはっきりとさせてくる。気がついたら星々は白んだ空に消えていた。憧れの北岳はどこだろう・・、探すが判らなかった。

縦走路を西へ目指す。晴れた朝なのに氷片が舞っている。何故だろう、不思議だな。よく見れば樹木に張り付いた氷が霧氷となって風に吹かれ飛んでいるのだった。 

標高1900メートルの稜線、奥秩父主脈縦走路は良く踏まれているものの南面にすっぱりと斜面が切れ落ちた、そんな崖の上を通過する箇所が多く続く。足場を探しな がら露岩を越える。滑り落ちたら谷底、「三点支持、三点支持」と心の中で唱える。濡れた岩が滑り易く肝を冷やす。崖の上の木橋の桟道。半ば朽ち掛けているのもあり隙間から十メートル近い下の谷が見える。足がすくんだ。腰がひけた。今までの山歩きでは感じなかった恐怖感を感じた。今迄もこの位の路はあったのかもしれない。でもその時は恐いと思わなかった。山を甘く見ていたのかもしれない。危険そうな箇所は言うまでもなく、考えてみれば縦走路の陰に潜む危険はそこかしこにあるのだ。重なった落ち葉の下がしっかりした土の路とは限らないのだ。慎重に行くしかないのだ。重要な事に全く無頓着でいた自分に気付いた。 

飛竜山手前のハゲ岩の展望は素晴らしい。幾重にも重なった奥秩父の山々が目に飛び込んできた。いかにも山男という風の人が野太い声で国師、北千丈、甲武信、といった山々を一峰づつ教えてくれる。これらの山へと、縦走路はまだずっと先へ延びているのだ。いつの日かマイペースで歩いてみたいものだ。 
(路肩でY氏との昼食。ストーブの音と
ラーメンの匂いが漂う)

北天のタルまで戻り三条の湯への下山路に入る。Y氏との山歩きは楽しい。交わす言葉は少なくとも同じ山を歩き同じ展望を共にする、それだけで満たせれてくる気持ち。歩調の遅い私にあわせて私の少し後をついてくれる。足音だけで安心出来るのだ。彼も楽しんでくれているだろうか・・。

少し下りたところで開けた路肩で腰掛けランチタイム。MSRとオプティマスが盛大な音を立て、コッヘルから美味しそうな香りが漂う・・。

三条の湯は素朴な山奥の鉱泉宿だ。山小屋、というべきかもしれない。2日間の垢を ゆっくり流す。主人の話ではつい先月もすぐそばで熊が出たとの由。2人してビビッていると「まぁ山奥だから熊くらい出ないとおもしろくないヨ」と笑う。そうか、山には熊も出るのだ・・・。山は危険だらけなのか・・。


 * * *   


休日の下り青梅街道は大渋滞だ。赤いテールランプがずっと続く。山の危険、についてまだ不十分かもしれないが初めて気がついたようだ。こんな安易な気持ちで登り続けていいのだろうか? 頭の片隅では次はどこを登ろうか考えながらも、ちょっと引掛かってしまう帰路であった。 


(林道終点9:40、三条の湯10:15、雲取山荘14:45、雲取山山頂 15:30、翌日7:15発、北天のタル10:05、飛竜権現10:50、 三条の湯14:00着、林道終点15:15)  


Copyright : 7M3LKF Y. Zushi 1998/9/30