尾瀬・笠が岳で今シーズンのスキー板収め 

 2019年5月5日 群馬県利根郡片品村


GWの締めの山は尾瀬の笠ヶ岳(2057.5m)に山スキーで登ることとなった。兼ねてからSさん(JI1TLL局)さんが尾瀬の笠ケ岳に登ることを希望 されていたことが頭に残っていた。その希望は無雪気ではあったが、山スキーでも悪いはずが無い。鳩待峠から至仏山へスキーで登るのは非常に一般的 で、また、自分も15年近く前に実際に山スキー(テレマークスキー)で至仏には登頂している。一方で同じ鳩待峠からの入山でも笠ヶ岳に、それもス キーで登るとなるとその記録はかなり少なくなる。面白そうな計画だ、と二人の意見はすぐに固まった。距離的にも至仏山からワル沢などを滑り鳩待峠 にもどるという人気のルートに比べずっと長く、また、ダウンヒルが楽しめそうな斜面にも恵まれていないことが地形図を見るだけで良く分かる。そ う、モノズキの山の類かもしれない。ただ笠ヶ岳そのものは、その名の通りすっきりとした鋭峰で、尾瀬の南端の2000m峰としては存在感抜群の山 であるのも確かだった。

戸倉の駐車場に着いたのは8時半を回っていた。この駐車場で鳩待峠へのバスないしジャンボタクシーへ乗り換えるというシステム一切については先週 に妙高・火打山に山スキーでご一緒させていただいたTさん(JK1NRL局)から詳しく聞いていた。Tさんは暫く前に至仏山に登られていたのだった。おかげさまで滞りなく鳩待峠へ着く。15年以上前に至仏に登ったときはここまで車で来たのだが最近はほぼ鳩待の駐車場は満車と聞く。

9:30、板にシールを貼って歩きだす。疎林帯の中緩い登りが続く。暫くは緩いがやがて明瞭な登りに転じて一汗かかされる。早くも下山してくるツ ボ足登山者ともすれ違う。自分達もちょっと入山が遅くなったようだ。すれ違う登山者ツボ足ばかりで、さすがに至仏の無木立超快適大斜面を右手に控 えているので、わざわざこんな道をスキーで滑ってくる人はいるまい。とはいえ疎林帯で、これはこれでなかなか楽しい滑りが出来そうな斜面ではあ る。

地形図上の1869m峰が目前に近づいてくるとトレースは大きく北側に向かいトラバースするようになった。と樹林が切れ、眼前に小至仏を従えた至仏山がバーンと目に飛び込んできた。ここで10数年前にも写真を取ったことを覚えている。目を右に転ずると尾瀬ヶ原の果てに燧ケ岳が大きい。 あぁ、あのピーク、あの登り、苦労してスキーで登った燧の斜面が愛おしく感じられる。

引き続きの1935m峰も北側をトラバースして行く。いつしか小至仏のトラバース道が手に取るように近づいてきた。十人以上だろうか、トラバース している登山者が見える。

さて我々はここで人通りの多い幹線から超ローカル線に移らなくてはいけない。ここが至仏と笠ヶ岳の分岐になるのだ。トレースの無い雪原を横切ると そこは悪沢岳2043m。11:00、丁度1時間半かかった。ここでようやく前方に笠ヶ岳の全貌を望むことが出来た。がくんと落ち込んではるか先 に、幾重にも重なった山肌の末に小笠(1950m)を従えた綺麗な鋭峰が見えるが、正直、えー、あそこまで行くのかよ。遠いな。というのが最初の 感想だった。予め調べたネットでの山スキー記録では鳩待から悪沢までが1時間、そこから笠ヶ岳までが更に1時間とあったが、それはまるで非現実的 な時間に思えてならなかった。

軽く食料をチャージして430メガを覗くと丁度至仏山頂からJA1DFO局がCQを出し始めたところだったのでこれをコールしタイミングよくヤマ ランのポイントをゲットすることが出来た。ここでシールを剥がすが、左手に大きく雪庇を落としながら大きくうねる稜線の積雪を前にまともに滑れる 気がしない。少し進んで段差が少なくなったところから左手斜面にドロップしてから斜滑降で一気に大斜面を横切った。ここを過ぎるとオオシラビソに ダケカンバの混じる樹林帯へ向けゆっくりと高度を下げて行く。幸いに快適なザラメ雪なのでスキーのコントロールには不自由しなかった。最低鞍部が 海抜1900mで丁度150m下ったことになる。ここからは樹林越しに小笠と笠の本峰が見えるがかなり高く思える。まだ悪沢岳からその行程の半分 も来ていない事に愕然とする。

地形図を見るまでも無くここからは地味な登りが続く。Sさんは板を外しシートラーゲンに移行された。自分の板は電動ドリルの砥石で削った手製の ウロコ板。手製とはいえ多少の登り坂には対応できるはずだ。板の限界の確認にもなるだろうと行けるところまでこのまま行ってみる。オオシラビソの 樹林帯をツリーホールに気を使いながら登る。この板、意外に登坂能力がある。

右手に小笠のピークが見え隠れする。ここも国土地理院2.5万図記載のピークなのでもちろんヤマランポイントにはなるのだが、この際立ち寄る事も 無いだろう。これを無視して更に進むと思ったよりも早く樹林帯を抜け出し、と、目の前に忽然と大きな笠ケ岳が現れた。

Sさんが前方を指差し、あぁ2人降りてくるね、といわれる。確かにツボ足の2人パーティが垂直に見える雪の壁を降りてくる。今からあれに登るの かと思うと正直気が重かった。雪田を抜けて再びすっかり背の低くなった樹林帯を進むと先ほどの2名とすれ違う。ワカンを履いた山慣れた風の夫婦ら しいパーティだ。「もうこの先には誰も居ない」と言う。お礼を言い更に進むとくだんの壁の前に出た。もうこれ以上スキー板は必要なかった。ここで 板をデポする。ここまでシールなしで、手製のステップソールで登ってこれたことは嬉しかった。

高度感のある壁を一歩一歩登って行く。もちろんこの季節の、午後のザラメだ。雪は柔らかくアイゼンの必要性は感じない。プラのテレマークブーツだ がつま先からキックして登って行くと意外に高度を稼ぐことが出来る。壁から今度はリッジ状の細尾根を上って行く。十歩ごとに息を整える。振り返る と高度感に目が回るような気がするので足元を見るのみ。ふと見上げると黙々と登るSさんが見える。気合を入れて乗り切るとハイマツ帯になった。 余りハイマツに近づくと思いのほか深く踏み抜く。注意しながらこれを抜けるともうそこは雪もなく、笠ケ岳2057.5mの山頂が目の前にあるだけ だった。13:05だ。悪沢岳から二
時間かかったのか。

そこは圧倒的な高度感のある山頂だった。また、何よりも360度の展望、既知未知の山々を追うだけでも時間が過ぎた。真南に目の前の武尊山がドカ ンと大きく、そこから西へ目を転ずると奥利根の背稜の奥に巻機山、中の岳、越後駒が続く。さらに目を引くのは長く背中を伸ばした平ケ岳だった。あ の尾根を歩いたのかと思うと感慨が湧く。そしてその右に会津駒の姿を認める。あれも素晴らしい山スキーのピークだった。北の燧からさらに目を東に 回すと日光白根が大きい。去る夏の日にKさん(JK1RGA局)と登った懐かしのピークだった。錫ケ岳の存在感が思ったよりもずっと大きい。なかなか 登れぬ難峰だ。最後に皇海山の特徴あるとんがり帽子を見て一通りの山の検分を終えることにする。これだけで充分に来た甲斐があったといえた。

アマチュア無線は430FM。「山と無線」メンバーのJL1FDIさんが稲包山からでておられたのでSさんに続いてコールする。JI1DIK局は十二ケ岳からオン エアされていた。CQを出すと軽くパイルになり僅か15分で7局と交信することができた。横で50メガSSBを運用されていたSさんに代わって貰い1局交信。もう無線は満腹だ。それよりももはや14時が近い。鳩待峠発の最終バスが16時半、なんとなく頭の中で黄色ランプが点滅し始めてき た。

少し弱まった感のある午後の陽射しを背に、14:15、再び北に向け稜線を下り始める。リッジは踵からブーツをぐさぐさ踏み込み快適に下りる。壁 はSさんに習い尻セードで一気に高度を下げた。これは気持ちがよい。

スキーを履いてあとは戻るだけだ。とはいえ、標高差150mを登り返し悪沢岳に戻るのは得策ではない。往路でもすでに検分はしていたが改めて地形 図をじっくり見て、1950mコンターで悪沢岳の直下を、その南斜面をトラバースすることに決める。少し距離は長くなるがぐるっと回りきり 1935m峰の丁度西側の鞍部に到達するように進むとその先で往路の登山ルートに合流する。ここでお互いの高度計を確認し、海抜1950mまで 登ってからトラバース開始しようと掛け声をかける。楽をして1900mコンターでトラバースするとその先沢筋が明瞭になり、これを巻くのは手間取 りそうだという判断だった。ゆっくりと登り1945mあたりから意図して右手に進路を取ると、先ほどの2人パーティのワカン跡もそちらに続いてい た。成程彼らも、こうきたか。

このトラバースは地味に長かった。鳩待峠発の終バスが気になるが時計を見て焦ることはあえて避けた。安全を担保した自分のペースで進むしかない。 間に合わなかったらタクシーを呼ぶまでだ。ステップカットが絶妙に効いて緩く上りながらトラバースが出来るが未だ先が見えない。自分のトレースか らスノーボールが無木立の谷にコロコロと落ちて行く。明瞭な沢の源頭を2箇所横切ると目の前に目指す1935m峰が見えた。

来たね!と二人して顔を合わす。いつしか時刻は16:05、ここで往路の登山道にようやく合流した。さぁここからは滑るだけだ。鳩待峠まで標高差 350mか。2人とも無言でスキーを回して行く。すでに登山道はツボ足でぼこぼこでそれが夕刻の雪の温度かすでに一部固まりかけておりここを滑る のは余り得策ではない。少し外してザラメの大斜面を一気につっきって高度を下げて行く。樹林帯の緩斜面になり木に激突せぬよう注意しながら縫うよ うに滑る。調子に乗るとトレースを外すので絶えず赤リボンを気にしながら進む。

見えた、鳩待峠だ。ここまでノンストップでスキーの機動力全開、一気に下りてきた。ここで再び時計を見る。16:27。バスの発車まで後3分。急いで板を脱ぎ、ここでバスにダッシュするSさんとチケットを買う自分に分かれる。半ば走ってマイクロバスに飛び込んで、バスはすぐに出発した。

シートに座り大きく汗をぬぐう。ザックをもどかしく開けペットボトルの炭酸水をごくごくと飲み干す。喉が焼けて目が回る。アー今この時、こんなに 美味い飲み物は、ちょっと他には思い浮かばない。「お疲れ様」、と自然に声が出た。

「イヤー笠、悪沢の山頂から見たとき、正直キツイと思った。」
「それは同感ですよ」。

そう、2人とも遠い山だと感じていたのだが、なんとか無事いってこれたのだ。Sさんとは此れまでに何度と無く山スキーを ご一緒させていただいているので、本当に無理なのか、ややストレッチすれば行けるのか、このあたりの呼吸は分かっている。今日はストレッ チにもう少し無理が乗っかっていたか。ただそれを覆したのはやはり笠ヶ岳の素晴らしい山姿であったことは疑う事も無いだろう。悪沢岳から見た笠ヶ岳は確かに遠かったが、同時に、とても魅力的な姿だったのだから。

片品温泉で汗を流す。残雪の尾瀬の山を、長い尾根を歩き、滑ったこの満足。いつものように山スキーの後の充足感は何にも変えることができない。もうこれで今シーズンは板収めか、と考えると一抹の寂しさを感じるのであった。

尾瀬ヶ原、燧ケ岳、そしてその奥に会津駒
と懐かしの山々と再会できた
久しぶりの至仏山。もう15年以上昔、
同じくこの季節にスキーで登ったのだった
悪沢岳を少し進んで初めて前方に尖る
笠ヶ岳を見た。遠い。これが第一印象だった
笠ヶ岳直下。緩急混ざるルートには
ウロコ板の機動力の高さを感じる
悪沢岳はトラバースで逃れた。ワル沢の源頭部
へ差し掛かる。早く稜線に出たいと焦る。
鳩待峠への最後の斜面を追われるように
滑り降りる

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