解禁開けの木曽御嶽山に登る 

 2019年7月13日長野県木曾郡木曽町 


12日よる横浜を出て13日に御嶽山(3067m)にSさん(JI1TLL局)と共に登ってきました。

7月1日から解禁となった御嶽山ロープウェーを使った黒沢ルートです。

ロープウェー上駅(飯森高原)は海抜2120m、七合目小屋から本格的な登りで、樹林帯の中滑りやすい階段を登っていきます。始発6時のロープ ウェーでしたが我々は6:50の乗車となりました。ずっと雨続きの週末だったせいか、晴天の今日は待ちかねたのかかなりの入山者があり、ひっきり なしに登山者が続きます。自分達に前後する4人連れパーティ、リーダーのザックに百合の花束がついている、とSさん。慰霊登山でしょうか、 2014年噴火災害の被災者の関連のようです。昨年の解禁時とは違いヘルメットの装着は必須ではありませんが、さすがにほぼ100%の登山者がヘ ルメットを持参しています。

滑りやすい登りが続きひと汗かきますが後続するパーティも追ってくるので追い立てられるように上ります。息が上がります。林相にダケカンバが混じ り始めるとすぐにハイマツも混じってきました。森林限界を超えるあたりに8合目・女人堂小屋がありました。ここから三の池へのトラバースルートは 崩落で通行止めとなっています。ここには山小屋の隣に小さな小屋があり、中には神棚と神主さんがいます。お札・お守りを売っています。社務所です が、御嶽信仰の総本山にしては半端な場所です。

硫黄の匂いが風に流れてやってきます。随所に、信仰を示す石像や石碑が立ち並びます。さすがに山岳信仰で有名な山だけあります。青く変色している 石仏もあります。4年前の噴火で噴煙を浴びたものかもしれません。噴石直撃で崩壊したのか、くずれかけた石の鳥居もあります。硫黄のにおいはます ます強くなります。

見晴らしのよいアルペン的な眺めの中を登ってきます。左手に雪渓が長く残っています。9合目小屋の直下からにわかの急登となり、海抜も2800m を超えておりなかなか辛い登りとなりました。9合目小屋を越えるとと廃業しているもう一軒の小屋脇を通り傾斜が緩みます。海抜は2950mあたり でしょうか、御嶽山の頂上部の一部に登り付きました。

ここから山頂に向けて緩い登りですがなかなか足が進みません。3000mを越えて酸素も薄くなっているのです。右手の二の池が小さくなり山頂が近 づくにつれ山頂一体設備の惨状が目に付いてきました。山頂直下の山小屋(御嶽頂上山荘)は完全に崩壊しており木材も散乱しています。4年前の噴火 はこの南側、田野原ルート付近からということですので、この小山も噴石直撃だったのでしょう。重機が入り解体工事が進んでいました。山頂直下の肩 にはコンクリート製の頑丈なサイコロシェルターが3個。数十人は避難ができそうですが時速数百キロで落下すると言う噴石に強度は充分なのかは不明 です。(先日見学した旧・陸軍の旧調布飛行場の三式戦闘機の掩体豪のほうが頑丈そうでした)

山頂へのコンクリートの階段は健在のようでしたが手摺は崩壊、ここに山頂に立つための長い行列が出来ており、牛歩のように進みます。振り返ると富士山から甲斐駒・仙丈・北岳と3000m級が雲の上にずらりと顔を出しています。ようやく登り付いた山頂は山名標識の記念撮影待ちでした。「ここにあった社務所はもうないのか!」とSさん。だから8合目女人堂に移ったのかもしれません。

安全観測は徹底しているのでしょうが、正直今ここでいつ噴火してもおかしくない御嶽山。シェルターも小屋もない場所で4年まえにテレビで見たよう な映像事態に遭遇しても途中でなすすべはあるのか。酸素の薄い3000mの稜線をどうやって何処に逃げるのか?ヘルメットをしっかりしめて、ザッ クに隠れるようにするしかないでしょう。身を隠せるような岩陰もほとんどありませんでした。登山解禁、とはいえこの長蛇の登山者。自分も含め、自己責任と言う名の下に、都合の良い安全解釈をしているのでしょう。

そんな中で、せめても、ということでシェルターのまん前で無線運用。Sさんは釣竿ダイポールとFT817で50メガ、私はDJ-S57に RH770直付けで430FM(2.5W)。CQ一発で間髪をおかず愛知県田原市からコールを受けたその次からは猛烈なパイルに包まれました。 FMのパイルアップはSSBとは違い強い局しか聞き取れませんが、長くコールする局もいるので数局のピックアップは可能です。50メガの要領で手 際よく運用します。コールは止むことがなく40分で20局。新潟・岐阜・三重・愛知と呼ばれますが、ポータブル7は福島県田村市からのコールが あったのは感動でした。こちらは2.5Wのホイップなのですが7エリアまで届いているのか!さすがは3000m級の運用はエキサイティングです。 6mでSさんが大菩薩の小金沢山の仲間の局(JH1QZW局))ともつながったのでそのあと呼ばせてもらいます。昼食を取るSさんに代わりアンテナをお借りして今度は50 メガ。西無線NTS620 (1W)をつなぎます。50メガはやはり430FMのようにCQ一発でコールが来ると言うのはないのですが、数回粘ると富山市から59-59.引き続きは 高岡市からも59-59。意外ですが富山方面への伝播が良いようです。NTS620はボタンスイッチでの各種操作がはやりやりづらいのですが、こ の軽さと単三4本での1Wと言うのは大きな魅力でしょう。Sさんも2mSSBで4エリアと交信されているようです。無線運用にお互い大満足。

二の池小屋まで足を伸ばしてから、丁度待っていたかのように雨が降り始めます。しばらく経つとかなりの降りとなりゴアを着ます。雨の中をアメリカ人の女性パーティ2名と前後しながらロープウェーの駅までせかされるように下りました。

帰路は木曽福島の日帰り湯「せせらぎの四季」(700円)に立ち寄りますが、鉄分含んだ赤銅色の湯はぬるめで気持ちの良いものでした。名物の木曽の蕎麦を食べようと木曽福島市街地の狭い路地をさまよいましたが、もう18時が近くどの店も看板。蕎麦は諦め、渋滞皆無の中央道から圏央道・東名経由で横浜に戻りました。

Sさん付き合いいただきありがとうございました。

信仰登山の山らしく随所に剣や石仏があった 山頂一角に登りつくと山頂までの人が長い。
3000mを超えており行動も辛かった
山頂から下山途中、二の池を見る

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