残雪に肝を冷やした高妻山 

 (長野県長野市。新潟県妙高市 2018年5月25日)


昨夜出発して長野戸隠入りして、本日は早朝から念願の高妻山(長野市・妙高市、2353m)へ登ってきました。

従来の一不動経由のルートだと自分には日帰りは厳しいと考えていた山ですが、6年前に長野市が整備した弥勒新道コースだと日帰りも視野に入ると知り、行ってきました。

朝5時、高妻登山用の無料駐車場(海抜1200m)から出発。戸隠牧場の中で、従来コースと弥勒新道が分岐。牧場の道を一本間違えて弥勒新道の取りつきまでは牧草の中をあるきました。のっけからルートミスとはなんだか嫌な予感が。5時40分、沢を渡るといきなり弥勒新道の登りです。これが なかなか思ったよりも登りやすい道で、道もフカフカしており快適に脚が進みます。登るにつれトウゴクミツバがブナの新緑に映え、そして足元にはシ ラネアオイがとても可憐です。コースタイムでは従来の一不動ルートが合流する五地蔵山(1998m)までは2時間半とのことですが、ペース良く登れ、水のみ休憩一本のみでほぼ休みなく2時間10分、と好調です。

五地蔵山で登りつくとここで初めて目の前にドカン、と大きな高妻山が不意打ちを食らわすかのように現れました。残雪をところどころにまとって気高い。ここから標高差は400mもないですが、コースタイムはたっぷり2時間かかります。以前飯縄山から見た高妻山はその鋭角的な三角形が、とりつくしまもないように尖っていたのですが、果たしてルートはどうか。目で追うとそれでも尾根があり、そこにルートは忠実についているようです。今年の暑いほどの5月を考えてもう雪はないだろう、と軽アイゼンは車においてきています。ぱっと見る限りルートは雪田をはずしているようですが。ここで目を転ずると、さすがに妙高・火打・焼山はまだかなり雪をまとっています。ありゃ、しまった、軽アイゼン持ってくればよかった。コースが長いの で極力軽量化して、おいてきてしまったがどんなものか。もっとも最初から4本爪しか持ってこなかったのです。

五地蔵山は六弥勒。6合目と言うことでしょうか。修験道の山らしい。七薬師、八観音、九勢至、と続きます。小さな雪田はありますが九勢至までは快調なルートが続きます。戸隠連峰のとげとげしさを裏から見る、なかなか迫力あるルートが続きます。とここでにわかに最後の詰めよろしく急斜面となったところで、頭上に雪田があり、そこにあろうことか豆粒のように人がへばりついているのが見えました。え、あれ、登るの? あれがルート? しかもさっきから その人は全く動かない。いや、良く見るとしきりにキックして足場を固めています。しかし傍目では微動だにしない。イヤーな予感がしてきました。とにかく行けるところまで行ってみよう。ほどなく登山道が雪田に消えている箇所に出ました。何これ、壁じゃん。これ登るのかよ?腹の中がムズムズしてきます。アイゼンを持ってこなかったことを悔やみますが、所詮四本爪です。こんなところには歯が立ちません。さっきの人はまだ遥か頭上で雪の壁に進退窮まっています。先行していた若者が「諦めます。この装備では無理。」ときびすを返しています。もう独りはここで六本爪の軽アイゼンを装着していますが、いざ雪の壁へ何歩か進んだところで身動きが取れなくなりました。振り返る下は軽く100mは雪が続いておりその先が見えません。この滑り台、高妻山のあの急斜面なのです。

試しに数歩進んで見ます。アイゼンはないですが、雪田の端にあるネマガリ竹の薮を捕まえて登れぬか。そう考えて登ってみます。足元はずるりとして、腕力任せ。頭が真っ白になり喉がからからになります。6本爪の男性は雪田の中に踊り出たはよいものの完全に行動不能で、止まったまま。6本爪 では全く歯が立たないのです。先ほどの豆粒男性がようやく少し進んでいます。私も10mほど登りますが、進退不可能となりました。おい、9合目まできて、ここまで来て敗退かよ。

1人上から降りてきました。ピッケルに12本爪で装備していますが突然ドスンと音がして「あー!」という悲鳴が谷へ落ちていきます。滑って足をとられたか。自分はネマガリ竹をつかむのに必至で、振り返る事も出来ません。なんとか滑落途中で止まったようで、しばし経って「大丈夫デース」と下から声が聞こえます。ほっとしますが、これでガクガクしてしまい、もう心臓が口から出そうです。周りの連中も完全に凍り付いています。

雨の北アルプスの長い尾根を下山して、車道を目前にして豪雨にあい濁流に流されかけた吊橋をみて、回れ右で登り5時間の尾根を叉登り返したという、私の山仲間の一人の勇気ある行動が頭に浮かびます。今の自分はそれよりはずっと楽なはず。戻って降りればよいのです。

又来よう、そう決めて回れ右。下りも緊張しますがネマガリ竹をしっかりつかんで踵から雪を踏みこんでみます。これなら降りれそう。と下から2名上がってきました。 軽く舌打ちした彼らもアイゼンなしですが自分と同じ考えでネマガリ竹を握りながらひょいひょい登っていきます。これを見て、自分は正しかった、ともう一度やってみます。固まっている6本爪の男性も、ネマガリ竹の戦法に変えたようでそろそろと私の後を続きます。とはいえ先行の2名連れも苦しそう。自分も喉がからからで、しかも無理な姿勢と緊張でかここで脚がつってきました。

ここで一体何分、いや何十分かけたのか、登りきると雪の壁は結局50m程度でしたが、無限の長さに感じました。ここで全てを使い果たし、残りは搾りカスです。殆ど夢遊病のように山頂を目指します。岩が累々とした道をいくと十阿弥陀の看板、そしてその先に高妻山山頂が待っていました。標高2353m、疲れきりました。

北アルプスから雨飾、焼山火打妙高、黒姫、飯綱、と素晴らしい山岳展望があるのですが、まだ気分が落ち着きません。行動食を口にして水を飲んでようやく人心地です。豆粒だった単独行、山慣れた二人、六本爪の単独行、そして自分。百名山とはいえ、とても静かな山頂でした。

帰りのことを考えるととても長居する気が起きません。それでもアマチュア無線は430メガを開局。いつものアルインコDJ-S57。RH770 用のSMA-BNC変換コネクタを家に忘れてきたことに気付きます。しかたなく20cm程度の純正ホイップでCQを出すとそれでも新潟市中央区から呼ばれ ました。北信の山では430が結構使えます。

さっさと片付けて下山。今度は雪が僅かな時間差でも緩んでおり、踵のキックステップも利きやすい。とはいえネマガリ竹戦法はそのままで、何度かずるり脚がとられますが、ネマガリ竹を片手に望まぬ尻セードで降ちていきます。腕に力が入りようやく停止。雪田の真ん中まで出て登降するから進退窮まるのです。最初からこの薮をつかんで薮と雪田の境を行けば良いのです。緊張はしました下りはあっという間。ただ、薮で腕の切り傷が何箇所か出来ました。

あぁ、終わった!登山道に戻り自分の10m前を下りていた単独行と思わず笑みを交わしました。緊張が解けたせいでお互いに妙に饒舌なのです。しばらく機関銃のように喋ったあと、急に気が抜けて空虚が襲ってきました。無理やり登ったのは間違え立ったのだろうか。結果はなるほど良かったが、戻るべきだったのか。いや、自分なりに、薮つかみの作戦は上手く行った。緊張はしたものの自分は始終冷静だったはずだ。勝算あって望んだ登りだった、と思います。無事山頂を踏んで、戻れた、そんな事をボーっと考えながら、長いルートを再び下山の途につきました。何人かすれ違いますが、みな、ピッケルをザックにつけている。やはりこの時期の高妻は、そう言う山なのか、と改めて考えてしまいました。

五地蔵山でアマチュア無線は430メガでヤマランポイントを稼いでから、弥勒新道で下山。もう足が言うことをきかず、惰性で下山。戸隠牧場が近くなって沢音が下から聞こえてきます。もう下界だ、と思ったら目の前10mを黒い物体が沢にめがけて横切っりました。熊だ。思ったより小さい。そして機敏な行動です。

足が止まったが思ったより茫然としないのです。雪の高妻山のほうがよっぽど茫然としたのでしょう。それに熊を山で見るのは二度目です。(一度目は奥秩父・和名倉山 から下山して将監峠近くで遭遇) 熊を見てもびくともしない自分。いや、それ以上の緊張が続いていたので、完全に不感症になっているのでしょう。それでも熊を近づけないように、と何度か「オーイ、オーイ」と声を出してから沢を渡って、戸隠牧場に戻ります。午後15時過ぎ帰着。結局10時間の長丁場でした。

戸隠中社の神告げ温泉(600円)に立ち寄り少し心と体が和らぎました。名物の戸隠そばを食べてから帰浜します。長野道、関越道も全く渋滞なく2時間半で長野ICから練馬ICまでノンストップとは新記録でした。

あの雪の壁を前にして、自分の行動が正しかったのか、どうすべきだったのか、いや、あれは正しく考えて選択したんだ、無理はしていない。そう心から思っている自分と、そう思いたい自分が心の中に今でも相克しています。

登り始めて暫く、ブナ林にトウゴクミツバが
映える。まだ穏やかな5月の山だった
シラネアオイが多く
見られ、和む
五地蔵山直下で雪が出てきた。まだこんな
時期だったのか。
五地蔵から高妻まで、時折残雪を踏む場所
が出てきた。
ぐんと高妻山が迫ってくる。良く見ると
稜線にべったり残雪。不安が高まる。
さっきから見ても皆ピクリ
と動かない。急坂なのだ
雪の滑り台。高度感に足がすくんだ。目の前で
滑落もあり、ネマガリ竹を手に進退窮まった
難所を越えてついに高妻山山頂。下山もある
かとおもうと不安が腹の底から湧いてきた

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