年の瀬の安倍奥へ - 十枚山・竜爪山 

 (2011/12/23,24 静岡県静岡市)


安倍奥の十枚山は長らく宿題の山であった。その昔山伏から八紘嶺を歩いた際、南へ伸びる安倍奥の稜線の先に大きく立つ山の姿が目に焼きついた。八紘嶺から安倍峠に下りる稜線からは南を望むと丁度安倍川左岸の稜線をほぼ縦に見る事が出来る。それは空間を圧縮するかのように幾つものピークが重なり合っている眺めなのだが、その重なりの奥に、周りを制してせりあがっている山が印象に残った。何だろう、と気にかかる山であった。帰宅後調べてみてそれが十枚山と分かった。数年後七面山から再び八紘嶺に立ったがここで再び連なる稜線の果ての立派な十枚山の姿に再会した。忘れかけていた感動がよみがえり、登ってみたいという思いが高まった。

以来安倍奥まで再び訪れる機会が無かったのだが、十枚山はいつも気にかかっているピークだった。2011年の忘年山行の行き先を例のごとくSさん(JI1TLL)、Iさん(JL1BWG)と話した際に十枚山を打診するとお二人とも快諾であった。興津川・安倍川周辺の山もたいてい登り終えているSさんも何故か十枚山は残していたとの事、同じく宿題の山のようであった。安倍奥といえば温泉である。梅が島温泉に泊まり、初日十枚、二日目は来年の干支にちなんだわけではないが一等点の竜爪山・文殊岳を手短に登ろう、と、大枠が固まった。

十枚山のアプローチは安倍峠からの縦走を除くと、山梨県側・篠井山の裏から林道で月夜の段と呼ばれる高地まで上りそこからアプローチする山梨側のルートと、静岡県側・安倍川の関の沢集落から林道に分け入り茶畑の広がる南斜面を中の段と呼ばれる集落まで詰めてその先から登り始める静岡側のルートに2分されるが、我々はポピュラーな静岡県側からのアプローチを取る事にした。

* * * *

(トラバースルートでは荒れた沢
をいくつか横切っていく)
(十枚峠は笹原の解放的な、
安倍奥らしい場所だった)
(樹間から望む
十枚山山頂)
(十枚山山頂より。串団子標識は
南アルプス前衛の山、という解釈?)

12月23日、師走の早朝、人の少ない新横浜駅で待ち合わせてSさん、Iさんとともに東名で一気に静岡に向かう。高速を清水で降りて安倍川に沿って北上する。いつの間にか第2東名も開通間近でカーナビに表示されない新しい道もできておりややとまどう。安倍川は緩やかな蛇行を繰り返しながら山裾に分け入っていく。清水から30分も走っていないが左右の山は障壁のように高くなってくる。静岡は海と山が近いな、と再認識する。

関の沢集落の横から東へ細い林道に分け入るとこれが中の段までの道だ。車一台分の簡易舗装の道、林を抜けるとお茶畑の中を一気にジグザグに高度を稼いでいく。九十九折れの度に民家が現れる。空き家もあるようだが実際に生活している家もあるようだ。南斜面で日当たりがよさそうな道を詰めていくと登り切った場所に車の転回所がありその先100mほどで林道は終点となっていた。転回所の一番端に車を停めて、ここから出発だ。現在海抜810m、安倍川の関の沢が海抜435mなので約370mを車で登ったことになる。ただし十枚山の標高は海抜1726m、ゆえ約900mの標高差をこれから登ることになる。最近は山に登る頻度もレベルも下がっているのでこんな「気合の要る」山に今の自分は登れるのか、不安もある。

9:30、登山靴の靴紐を締めて登り始める。十枚山へのコースはトラバース気味に一旦十枚山南部の十枚峠を目指してから主稜線を十枚山へ登るトラバースコースと、一気に十枚山へのぼる直登コースの二本ある。我々の計画はその両方を用いる周回ルートとしたが、Sさんのルート取りはトラバースコースを登りに使うというものであった。過ぐる夏の台風で登山道の崩壊が進んでいるという情報を予め得ていたためである。トラバースルートでの崩壊。それが下山ルートであれば進退窮まるケースもあろう、という判断であった。

しばらくは杉の植林帯の中を登っていく。20分も登ると直登コースとトラバースルートの分岐となった。9:50、迷わず右手のトラバースルートを進む。トラバースと言えば水平巻道のイメージもあるのだがここは谷の斜面をひたすら斜めに上っていくだけである。確かに標高差900mなのだから当然と言えば当然だろう。季節が季節なだけに凍結もあろうかとザックの中に軽アイゼンを忍ばせてきたのだが目下のところ必要そうな雰囲気はない。植林帯に雑木が混じるようになってくると木々の合間から右手上に稜線と空を仰ぐことができた。まだ随分と高い。ガイドブックにあるように何本かの沢を横断する。山肌の崩落が進んでおり真新しい桟道が架かっている個所もある。

何本目かの沢では沢筋が崩壊しており注意深く足場を選んでわたるとそのまま山肌をトラロープ頼みに強引に上るような箇所も出てきた。Sさんの読みの通りで、これを下山ルートに選ばなかったのは正解だろう。Sさんが慎重に足場を選んで通過して私もそれに倣う。崩壊箇所を過ぎてさらに上るとやがて右手に高かった稜線も少しづつ近づいて来た、それを頼りに頑張るとやがて周囲は笹の道となり十枚峠まではもういくらもなかった。

十枚峠到着11:30。海抜1584m。ザックを放るように下して汗をぬぐった。やれやれ、主稜線に乗ったわけだ。気になる山梨県側からの登山ルートであるがここから見る限りでは踏み跡は余りしっかりしていないようだ。やはり静岡県側ルートが主流、ということだろうか。一方目指す十枚山のピークは左手にありまだ一仕事待っている。右手は下十枚山。こちらは割愛して十枚山を目指し主稜線を北上する。灌木の点在する笹原の気持ちの良い展望が広がるそのさまは山伏や八紘嶺に相通ずるものがあり、やはりここも安倍奥の一部であることを雄弁に物がっている。

(今回のルート図。カシミール3D地形図利用。GPSデータ取得JL1BWG局)

しばらく進むと十枚山ピークに向けての登りに転じた。上の方から人の話し声が聞こえてきた。とすぐに夫婦だろうか2人連れパーティが山慣れた足取りで降りてくる。今日初めて会った他のパーティである。そのまま登りつめていき、ふと顔を上げるとと踏み跡の切り開きのその上に鉄製の鐘が見えた。12:00、十枚山山頂1726m。串団子標識とは懐かしい。この山も南アルプス前衛だから、という解釈だろうか。反対側奥には山梨百名山の標識も立っている。八紘嶺でともかくも初めて南に見たクジラの背のように長かった安倍奥主稜線の、そのメインピークにようやく登る事ができた。感慨もひとしおである。事前に危惧した標高差も今のところは何とかこなせたのは嬉しい。山頂からは南にまだまだ主稜線が長く、静岡は山の県であるという思いが高まる。富士山が東に裾野を広げてのんびりしている。篠井山が目の前に立っているが思いのほか低い。笹が刈りはらわれた山頂は思ったよりも小広く気持ち良い。おりしも太陽が雲に隠れてしまい急に肌寒くなった。

Iさんがヘンテナを設営し始めた。山頂の片隅にて50MHzを開局する。FT817でIさんはしきりにCQを連呼するがなかなか引きがない。海抜1726mとはそれなりの標高でもあるのだが、1エリアからは富士山がブロックしているのだろうか。何局かの交信の後オペレーションを譲ってもらう。私も1局との交信がようやくであった。標高が高いだけあって指先がかじかんできた。後から上がってきた登山者がカップ麺を食べているが暖かさそうで羨ましい。こちらはテルモスに湯を入れてくるのを忘れたのが悔やまれる。寒いので立ったままコンビニお握りを頬張る。お握りも冷たく、冬はやはりパン食の方が冷たさを感じない。Sさんも一通り交信を終えたので下山にかかる。

13:30、カンと鐘を鳴らしてから西へ延びる直答コースを取る。すぐに急な下りとなった。ひたすら下るだけの道だ。じきに植林帯に入る。時折伐採後の斜面となり、ここで足を取られて転倒したら100mは何もない伐採跡地を転がり落ちるだろう、と考えると足の裏がムズムズしてくる。幸いに夏に新調した登山靴の真新しいビブラムのお蔭もあってかがっちりと地面を踏んで降りていく事ができる。急坂は延々と続くが、これを登りに使うのは辛いだろう。やがてジグザグ気味に樹林帯を下りていくようになると往路に取ったトラバースコースとの分岐は近かった。14:35、往路を合わせてあとはゆっくりと林道の駐車地点に戻る。14:55、到着。心配していた凍結もなく軽アイゼンは結局ザックの中の肥しであった。

標高差900mの、懸念していた自分にとっては「気合の要る」山もなんとかこなすことができたのは嬉しい限り。何よりも長年そのピークに憧れていたのだから言う事はない。筋肉痛を残さぬよう念入りにストレッチングをしてから中の沢の林道を安倍川に向けて下りていく。今宵の宿は梅が島温泉はコンヤ地区にある大野木荘。ナビで探しながら進むと県道から一本奥に入った道に宿はあった。山の料理と温泉。ビールも進み、Sさん、Iさんとともに過ごす楽しい一夜であった。

* * * *

翌朝12月24日、外に出てみると路面が凍結している。車のフロントグラスも真っ白だ。昨日は山では不要だった軽アイゼンだが下界では冷え込んだのだろうか。今日は、簡単に済む山として昨日と同じく安倍奥主稜線上に位置するものの十枚山からはずっと南側の竜爪山と、そのお隣一等三角点の文殊岳が目的。竜爪山下の穂積神社までは車道で行けるので容易なルートとのこと。

一旦清水の市街地まで安倍川を南下、国道一号線バイパスまで下りる。丁度ここらあたりで地形上は安倍奥主稜線が末端で平地に消える箇所だ。それを東へ回り込んでから再び北上していく。道はやがて山道となり一気に標高を稼ぎ始めた。左手にこれから登る竜爪山・文殊岳が近くなった。

穂積神社はこんな山中にと思うほど立派な社だった。10:00、駐車場に車を停めて歩き出す。ここから竜爪山までは直線距離ではいくらもないが標高差は300m。簡単に上れると思っていたが結構な急坂が待っていた。登り始めてすぐに分岐があり右が比較的新しい金属製の階段が設置されたコース。左手には昔ながらの登山道。迷ったがしっかりしてそうなので階段コースをえらんだがこれがなかなか厳しいコースだった。昨日の足の疲れがありなかなか歩みが進まない。Iさんから「今日はペースが上がらないねー」との声。何段上ったかわからないほど登ると稜線に上りついた。10:45、思ったより手間取った。昨日の十枚山から延々と南へ向けて続いてきた稜線に、再びつまみ食いのように登りついたわけだ。

(穂積神社への途中から望む
右・竜爪山、左・文殊岳)

稜線はさすがに灌木と笹原というわけにはいかず杉林だ。数分も進むとそこが竜爪山山頂1051m。10:47。ここは日も射さないので簡単に430MHzハンディ機でポイント稼ぎをする。Sさんがバンドをスイープすると小無間山手前の避難小屋からのCQを捕まえた。この時期に大無間を狙うのか、とSさんの顔がほころんだ。積雪が多く大無間は諦めて今日はここから下山する、という内容であったが、私も敬意を表して交信させてもらい11:10、竜爪山を後にする。

ここから一旦南へ下り登り返すと11:20、一等三角点ピークの文殊岳・1041mだ。ここは展望も開け目の前に駿河湾が大きい。日当たり満点で12月末とはいえポカポカ陽気でトカゲをするには持って来いだ。富士山も妨げなく立派だが何よりも嬉しいことに北側の樹林帯の隙間からは懐かしい聖岳と赤石岳が良く見える。純白のジャイアンツは何時見ても神々しい。

もう時間の縛りもないのでここで各局のんびりとする。50MHzヘンテナは今日もなかなか1エリアの電波をとらえることは出来なかったが展望と陽気にそんなことも大した問題ではないように思える。竜爪山から穂積神社までの下山は階段ではなく旧来の登山道を用いたが、階段路よりも遥かに歩きやすい道であったことを特記しておこう。

清水の街に下りる。このまま高速道路に乗って横浜に戻ってもよいのだが、Sさんが地元グルメ情報をしっかり仕入れてきてくれていたのには思わず顔がほころんでしまった。清水港に海鮮市場がありそこに地元でも有名なレストランがあるという。さっそく行ってみる。新鮮な刺身定食に駿河湾名物の桜海老のかき揚げ。静岡の海の幸はやはり美味しい。静岡は山の国、と昨日は感じたが今日は一転、海の国だ。懐が深い。

帰りの東名高速は例の調子で大井松田を超えたあたりから渋滞となったが秦野中井から買って知ったる裏道で横浜を目指す。忘年山行もこうして無事に終えることができた。山の仲間とともに宿題の安倍奥の山を二日間、締めにグルメがつけばもう何も言う事はない。さて来年の忘年山行はどこにしようか、と早くも来年の事を考え始めるのだった。


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