浦島太郎の丹沢山行 - 鍋割山から小丸尾根へ 

 (2011/6/4、神奈川県秦野市)


帰国してきて5ヶ月、その間、山といえばスキー登山しかしてこなかったので、このままではまずい、と焦りがあった。週末は梅雨の晴れ間の天気予報。「歩いて登り下り」する登山に行こう、と地図を物色する。

行程をきちんと歩けるか不安だったので行き先は簡単そうな丹沢の鍋割山へ。新緑のこの時期、丹沢のブナの林にはうまくいけばトウゴクミツバツツジが咲いているかもしれない。日本の山のツツジともしばらくあっていない。鍋割山なら、ブナに、ツツジに励まされて、何とか登ることが出来るだろう。

二俣まで車で入る。大倉の近くからか細い車道をつめる。かつて車で入ったことがあるのだがアプローチが変わっていたようで道を探してしまった。林道は荒れているが我がジムニーは問題なく二俣まで無事に入れる。目指すルートは後沢乗越から鍋割へ登り下山は小丸尾根を使う、という周遊ルート。かつて歩いたルートなのだが時期はいつかといえば1997年であった。もっともこのときは後沢乗越から鍋割山を往復したので、小丸尾根は初めて、となる。靴を履き替えザックを背負う。腕時計の高度計を今のそれにあわそうとするが標高表示をしない。15年は使ったプロトレックなのだが高度計センサーが壊れてしまったのだろうか。

歩く山は昨夏のマッターホルン周辺のトレッキング以来となる。ペースをつかむためゆっくり歩き始める。林道を車で走行しながら気づいたのだが凄く登山客が多い。鍋割山は確かに手ごろで人気のある山だが前後に歩く登山客も軽く10人は超えている。何でこんなに?といぶかしい。しかも、皆さん、若い女の子。それに若い男子も多少。山に若い女の子が、本当に多い。「山ガール」という言葉は聞いていたが、せいぜいヤマケイやBE-PALあたりがつくった造語で一過性のものだろう、程度の認識だった。がどうやら違うようで、山はいつの間にか中高年のテリトリーだけとはいえなくなってきたのかもしれない。自分が日本の山を離れていた6年間で、このあたり変わってしまったのだろうか。

みなさん版で押したようにスポーツタイツに短いスカートや短パンのレイヤードという格好で、いかにもアウトドア雑誌のコーディネイトです、という感じがブームという言葉を感じさせてしまう。もっともチェックのシャツにトレッキングパンツ、はたまたニッカという一昔前のオジサンオバサンのファッションよりははるかに機能的での良いだろう。女性が多い、というだけで山が華やかになったようだ。

(ミズヒ沢分岐ではボッカ募集の2リットル
ペットボトルがデポされていた。)
(後沢乗越でツツジに
出会った。)
(高度を稼ぐにつれブナの尾根道となった。) (鍋割山に登ったのは久しぶりだった。)

しばらくは林道をゆっくり歩く。左手から聞こえてくる四十八瀬川の瀬音が谷に響き耳に届き、そして上空の木々に吸い込まれていく。沢音と緑の林が立体的な空間を作っている。山ガールズも、それに随伴する山ボーイズもペースはおしなべてゆっくりのようで、亀脚の自分が追い越せる程度。何組かパスすると林道終点で大型の4WDが停まっている。鍋割山荘の車だろう。この先に水をつめた2リットルペットボトルが4,50本近くデポしてある。看板を見ると鍋割山荘で使う水のボッカをボランティアしているとの事。山ガールズの一団がそれを見て「すごーい、荷揚げ募集だって」と言うだけで通り過ぎたのを見て、オジサンの心に火がついた。「よし、がんばって担ぎ上げてやろう!」 と、いいつつもボッカするのが1本だけとは情けない。ともかくも2kg増えてずっしりと肩に来るザックを背負いなおして沢沿いに続く九十九折れにとりついた。がんばってしまう理由が、大人気ない。

清冽なミズヒ沢を渡る。汗が早速吹き出るが沢音が心地よい。短時間で沢床を離れると広い地形に導かれ檜の植林帯の中に入った。斜度が緩んで心地よくペースが上がる。植林帯を抜け出すと沢の源頭を巻くように高度を稼ぐ。木の根に気をつけて左手に谷を見ながらトラバースしていくと目の上に早くも稜線が見えてきた。後沢乗越だ。エアリアマップのコースガイドよりも少し時間を切り詰めており、単純にうれしい。

乗越は痩せており反対側の谷が深く落ち込んでいる。何度か来たことがある場所だかこんなに痩せていたっけ、と記憶は定かではない。気をつけてザックをおろす。体がとたんに軽くなった。稜線の南側に鮮やかな朱が目に映った。ツツジだ。ただトウゴクミツバの赤紫色ではなく朱色っぽい花で種類は違うのだろうか。ここから鍋割の山頂までは標高差500mと言った所か。一本登りだ。ザックを担ぎなおして覚悟して登る。コースはよく整備されており登りやすい。

檜の林の中を進むがやがて植林帯を抜けたようでブナの林の中を登るようになった。見上げると青空の下にブナの葉が映え、清涼感満点だ。ブナに励まされなおも登っていく。時折ツツジも混じるがトウゴクミツバではない朱色の花だ。エアリアマップによると後沢乗越から山頂まで1時間20分との事。とにかく登るしかなかない。2万5千分の一図で時折現在位置を確認する。一本調子の登り道で高度計もなく現在地の把握が難しい。尾根がいったん平坦になるやや小広い箇所まで登ってようやく現在地がわかった。地形図から見て標高1170m付近だろう。山頂まであと標高差100mか。地形図によると再び登り一旦小ピークに立ち、そこから鞍部へ20m程度下降、そして再び登って山頂と読める。もう、少しだろう。

山頂直下まで登る。ガスが出て遠望は効かない。平坦なり木道が現れた。こんな道は以前はなかった。それを抜けてやや進むとガスの中から人々の声が聞こえてきた。山頂だろう。久しぶりの鍋割山だ。鍋割山荘は昔のままの佇まいだが区画整理のされた山頂一角は少し様変わりしたようだ。以前の山頂はカヤトの原が無造作に広がっていただけだったと記憶する。コースタイムをここでも少し切ることが出来た。まともに山に登れないか、と危惧していたので満足。

(鍋割山稜を行くとガスが流れてきてブナの木が
浮かびあがるようだった。)
(トウゴクミツバの紅紫が
美しい。)

小屋に入りボッカの2リットルペットボトルを小屋番に渡すと肩の荷が下りた。ここは鍋焼きうどんが名物なのだが今まで食べたことがなかった。いつか食べようと思っていたので良い機会と思い頼む。出てきた鍋焼うどんは椎茸やかぼちゃのてんぷら、そして落とし卵まで入っており本格的だった。小屋のご主人は小屋の資材すべてをボッカした方で有名な方であるが、厨房越しに拝見したら以前と変わらずお元気そうであった。そういえば鍋割山は食事もおいしい小屋とかつて紹介されていたことを思い出す。丹沢の主稜線から外れているため縦走の拠点としては使いづらい小屋であるが、静かな冬に一度泊まりに来るのも良いか、そんな気がする山小屋だった。

山頂は登りついた山ガールで一杯だった。レジャーシートを広げてお菓子などを食べている。こちらは一仕事、アマチュア無線(50MHz)の運用だ。鍋割山はすでに過去運用済みのポイントなのでがつがつ交信するつもりもない。もっとも鍋割山稜は大倉尾根がブロックしているせいか関東方面にはVHF波の飛びは良くないピークなのだ。6年ぶりに使う自作のトランシーバを取り出す。自宅で試し運用した時点ではファイナルもフロントエンドも無事だったようだったので心配はあるまい。バンドをスイープすると知り合いの局が奥武蔵の蕨山に移動していたのでコールする。かなりロケが良いようで新潟あたりからも呼ばれているようだった。

下山は小丸尾根とする。小丸まではアップダウンのある稜線歩きだが歩き出してすぐにガスに包まれた。ブナの木々に小さなガスの粒子がまとわりついて視界が延びない。シルエットのように浮かび上がるブナの林を歩いていくが、この幻想的な眺めは梅雨時ならではのものだろう。一旦鞍部まで降りて登り返していくと目の前に見事なツツジが現れた。深い赤紫色のトウゴクミツバだ。5月から6月の山歩きえではやはりツツジに出会う事が大きな楽しみだろう。愛鷹山、奥秩父、西上州、そして丹沢。ツツジに出会うためにこの時期に出かけたいくつかの山を思い出す。ガスの中に浮かび上がるブナの新緑とツツジの紅は梅雨の山の最大の楽しみかもしれない。

小丸のピーク。ここではまだアマチュア無線運用のポイントを稼いでいなかったので50MHzのダイポールを上げる。CQ何度かで大磯の局が呼んでくれた。小丸からは下山するのみ。初めて歩く道だがコースは悪くない。ぐいぐい高度を下げ始める。あまり使う人がいないのだろうか、静かなコースだ。しばらく降りると山ガールが二人、コースの真ん中で地図を見ながら止まっている。声をかけるとあまりに人がいないので道に迷ったのかと不安だったとの由。ここは小丸尾根で二俣まで降りるルートであることを伝えると安心したようだった。彼女らが手にしている地図はエアリアマップであったが、やはり山には2万5千分の1図が必要だろう。もっとも本当にここが小丸尾根であることがわからないとしたら地図以前の問題ではある。

あとはひたすら降りていくのみ。木の根も多く注意して下降していく。檜の植林帯になると道は安定しておりやすい。やがて林道に降り立って、車を駐車した二俣まではすぐだった。

* * * *

久しぶりの山、久しぶりの丹沢。 本格的な山歩きはまさに浦島太郎だったが、山ガールに驚き、ブナとツツジの美しさに魅せられ、なによりも自分の足で無事に歩けたという満足感が大きかった。

二俣9:45-ミズヒ沢分岐10:00-後沢乗越10:27/35-鍋割山(1272m)11:35/12:45-小丸(1341m)13:10/13:30-林道14:45-二俣14:55


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