グリンデルワルトへ、夏の雪中ハイキング 

 (2006/8/12-14)


ここドイツにはお盆休みはないが、そこは日本人、日本での習慣そのままに週末をはさんで4連休とし、昨年末のスキー行以来8ヶ月ぶりのスイス・グリンデルワルトに行くことにする。

目的はグリンデルワルト一帯のハイキングだが、目玉にファウルホルン2681mの登頂をはさみむ。ハイキングと登山の領域が明確に分かれるスイス。今回選んだヴェルナー・オーバーラント地域でハイキングの世界に分類され自分が踏めそうな山頂はこのピークあたりしか目に付かなかった。

デュッセルドルフ - バーゼル(スイス)間はDB(ドイツ鉄道)の夜行ICE。2等車ながら6人用個室がとれ相客は一人のみ。3人掛けシートに横になれたのはラッキーだった。バーゼル-シュピーツ間はミラノ行きのTrenitalia(イタリア国鉄)の特急車両、シュピーツからインターラーケン・オストまではSBB(スイス鉄道)の車両。なかなか楽しませてくれるこの鉄道旅のルートは昨冬のスキー行と全く同じ行程だ。インターラーケン近くなりブリエンツ湖の静かな湖面はいつもの事ながら気分を安らげてくれる。が、その裏手の山は深いガスに覆われている。2週間前にハイキングで丁度グリンデルワルトを訪れた知人の話では山では雪に降られたと言うがどんなものか。

(メンリッヒェン山頂から。視界はさえない) (イワギキョウのような花)
(クライネシャイデックまでは高低差のない道だ) (ガラン・・ガラン・・大きなカウベルの音)

グリンデルワルトへの車窓からは濁流流れる川を右手に見る。昨冬はここからアイガーの信じられない程の荘厳な岸壁を眺める事が出来たのだが今日はガスの中だ。まずは手始めにメンリッヒェン2343mへ。残念ながら天気は雨交じりだ。グルントのゴンドラ駅から一気に上っていく。ここしばらく見ていたスイスの天気予報も、グリンデルワルト付近のライブカメラ映像が見られるスイスパノラマ・ドット・コムでも好天の気配が感じられなかった。ゴンドラの終点近くなってガスの切れ間に覗くアルプが白いのに気づく。雪だ。

メンリッヒェン山頂駅は寒風が吹きすさびひっきりなしに流れるガスに雪が混じっていた。ため息しか出てこないが山頂を目指す事にする。上下をゴア・レインウェアで固めて歩き出す。道は幅が広くゆったりとしたもので視界が無い事以外は問題ない。

それでもメンリッヒェン山頂直下でガスが飛び山頂が見えた。メンリッヒェン頂上。石積みのケルン。わずか20分にも満たない登りだが、ヨーロッパで最初に踏んだ頂上だ。晴れていればブリエンツ湖やトゥーン湖が見えるというこのピークも今日は眼下の雲ばかり。山頂でチューリッヒから来たという子供づれ夫妻と雑談を交わす。子供はまだ小さく3歳くらいだろう。夫婦共に同じオーケストラの団員で、昨年はヨー・ヨー・マと一緒に日本を何箇所もツアーしたとのこと。 日本はとてもいいところで金沢と京都がとにかくラブリーだったと話してくれる。自分は屈折しているのか母国をほめられるとなにかくすぐったく素直ではないのだがそう言われるといいところもあるのか、と 思ったりする。もっとも自分には牧歌的なここグリンデルワルトも大変ラブリーだ。

下山する彼らを見送ると静かな山頂だ。雪の足元をよく見ると可憐な紫の花が積もったばかりの雪に埋もれていた。イワギキョウのような花だ。小さな登頂だが満足して下山する。

ゴンドラ駅から先に進み、クライネ・シャイデックまで。TschuggenやLauberhornといったピークをトラバースするこのコースは高低差もなく晴れていればさぞや素晴らしいコースだろう。 あいにくと視界は延びずたんたんと歩くのみ。ただ足元に広がるカール一面に咲く花は素晴らしく紫、黄色と咲き乱れてまるで荒川岳のお花畑の様な感じだ。天気のせいか観光客はゴンドラ駅で回れ右をしているようで前後するのは山慣れた格好の人ばかりだ。日本人夫婦と前後する。彼らは名古屋から来たとのことで、大韓航空の格安チケットでソウル経由で欧州入りをしたという。日本人観光客といえば団体行動パックツアーと相場が決まっているように思っていたがこんな個人旅行も多い。格安チケットの予約も宿の予約もネットでできる今の時代だからだろう。今回はずっと天気が悪いと嘆く彼ら、数日前からツェルマットに入り昨日・今日とグリンデルワルト。明日は山を下りてルツェルンへ回り音楽祭を見るという。そういえばさっきのオーケストラ団員夫婦も「ルツェルン音楽祭には行かないのか?」と聞いてきたが、この有名な音楽祭にもいつかは行ってみたいものだ。

あっという間だろうと思っていたこのコースは思っていたよりもずっと長く、なかなか歩かされる。ガスの中からガランガランと音が流れてきて大きなカウベルをぶらさげた牛がヌーッと現れた。足元には彼らの落し物だらけ。雲の隙間から一瞬アイガー北壁が目の前に立ちはだかった。初めてではないその眺めもやはり思わず立ち止まってしまうほどの大迫力だ。

クライネ・シャイデック到着。冬はあれほどスキー客で賑わっていた駅周辺も今はうってかわって寂しい。昨冬家族でランチをとった小さな山小屋レストランは夏期閉店していた。大きめのレストランに入り Kartoffel Zuppe mit Wurst (じゃがいもスープ、ソーセージ付き)を頼む。冷えた体には美味だった。このままアイガー・トレイルを歩くのも悪くない、と思っていたが結局ここから登山電車でグリンデルワルトへ下りることにする。この天候では雪が多そうで、展望も期待できず、またなによりも疲れたこともあった。

予約してあったホテルはグリンデルワルト駅からすぐ近くのB&Bとでもいうべき簡素なもので、一人歩きで寝るだけの自分には十分すぎた。街でモンベル・ショップに顔を出し、土産物屋で捜していたこの地区の2万5千分の1の地形図を入手。家族連れ観光客の多い街にくると山ではそれ程感じない孤独感を意識する。家族をデュッセルドルフに置いたまま遊びに来てしまう自分にやや呆れる。帰ったら孝行しなくては・・・。

* * * *

翌日は、ハイライトのファウルホルンへ。しとしと降る雨に気落ちしてゴアの上下にザックカバーとは昨日と同じ格好だ。ゴンドラで一気にフィルストにあがる。すると標高2168mのフィルストはすでに深いガスの中で、さらにそのすぐ上からが銀世界だ。皮の登山靴を履いてこなかったことをひどく後悔する。ハイキングコースをあるくのだから、と油断していたのだろう。それにまさか雪とも思っておらず、と足回りは軽装できてしまった。ここからファウルホルンの山頂を経て長躯シーニゲプラッテへの縦走のコースがありそれはこの地区の一般者向けコースとしてはなかなか歩き応えのあるコースなのだが、今や脚に自身がない自分はファウルホルンまで行ってそこからシーニゲプラッテではなく南下してブスアルプへ下りようという計画を立てていた。これだと縦走距離は半分程度になるがグリンデルワルトへ戻る事を考えるとコースとしては悪くない。

(バッハアルプゼーは静かな山上湖だ)

まずは山上湖のバッハアルプゼーまで。道が広く迷うことなく歩ける。がガスを掻き分けただ歩くのみ。あたり一面は真っ白でその中をカウベルをならしながら牛がのんびりと草をはんでいる。ファウルホルンの山頂の小屋で泊まったのか、一足早くバッハアルプゼーを往復してきたのか、何組かの登山者と行き交う。

バッハアルプゼー。標高2265mのこの山上湖は静寂さに満ち溢れ期待通りの素晴らしい湖だったが肝心の視界が延びず残念だ。しかし同時にここは風の通り道のようで吹き付ける雪に目を開けていることが出来ない。物置小屋の陰に隠れ風を避ける。さっきから悩んでいたのだが、本当にこのままいけるものか。ここから目的ピークのファウルホルンまでは標高差315m。天気さえよければどうということもないのだがなにせ雪だ。まずは様子見。ファウルホルンへはここから北に向きを転ずる。湖畔を歩き山肌への登りに転じ少し進むが吹きすさぶ雪で道が判別つきづらい。しかもナイロンのトレッキングシューズでは雪をつよく踏む事も出来ずスリップする。これがあの皮の登山靴だったら、と思うがどうしようもない。頑張ろうと言う気持ちとやめようという気持ちが交錯する。小さな肩まで登ってその先のトレースがすべて真っ白に消えているのを見て諦めがついた。これでガスが更に深くなり視界がもっと悪くなったら本当に危険だろう。ミスコースでもしたら広大なアルプを彷徨う羽目になりそうだ。

湖まで戻る。同じ道を歩いて戻るのもしゃくなのでここからブスアルプへ抜ける事も考えたが、その登山道は地形図によると標高差150m程度を登って海抜2400mの尾根を反対側に乗越すようなコース取りをしている。この積雪・降雪で尾根を越えるのは厄介そうな話だ。結局往路を戻る事にする。

かなり気落ちしてフィルストに戻る。丁度ここが雨と雪の境のようだ。レストランに入り暖かいスープにほっとする。行かなくて正解だったんだ、と自分を納得させる。隣のテーブルに座った山の格好に身を包んだ日本人夫妻もファウルホルンを目指していたとのこと、おたがい諦めモードだった。これでは上高地に来て明神池を散歩したようなものだ。もうどうでもいいや、と思いゴンドラでの下山を考えるが、せっかくだから、歩く事にする。ここからもブスアルプまで歩くコースがあるが本来の下山予定地へ違うコースで行くのもしゃくだ。反対方向のグロース・シャイテックへ歩くことにしよう。

おまけと思っていたこのコースがなかなか素晴らしいものだった。シュバルツホルンの真南をトラバースするこのルートは眼下に雄大なアルプと、雲の下に隠れたグリンデルワルトの村を望むさながら展望コースだ。ガスが一旦晴れ、ヴェッターホルン、マッテンベルグ、アイガーと障壁のように居並ぶ岩の大伽藍には声を失ってしまう。長閑でまるで「アルプスの少女・ハイジ」でも住んでいそうな山小屋が点在するアルプは愛らしい。展望に満足しグロース・シャイデックに到着。タイミングよく30分後にはグリンデルワルトへ折り返すバスが下から登ってきた。

* * * *

最終日は午後の電車でデュッセルドルフに戻ることにしており余り時間もない。こういう日に限って天気は好転傾向とは悔しい限り。一日づれていたら昨日はファウルホルンも行けたか、とただ悔しい。手短なコースとして選んだのが上グリンデルワルト氷河。グリンデルワルトからフィングスティックまでロープウェーで上がりそこからヴェッターホルンの基部まで歩くと言うもだ。道はマッテンベルグの岸壁直下をトラバースしていくもので見上げると迫力に溢れる。道自体は丁度樹林帯と岩の境をいくもので歩きやすい。ミルヒバッハシャレーという名のレストランまでは1時間のお気楽なコースだ。このレストランのテラスから丁度ヴェッターホルンとマッテンベルグの切れ目を見ることが出来、その間に氷河が流れていた。これが目的の上グリンデルワルト氷河。もっと近くまで登る有料コースもあるがバスの時間を考えてここからの眺めでよしとする。氷河はここ20年でかなり後退してしまった、とレストランの親父さんが昔の写真と共に説明してくれた。

フィルスト方面を遠望する。ガスがまだフィルストから上にはかかっている。まだあのガスの中は雪が吹雪いていて欲しいものだ、と悔し紛れに思ってしまう。それでも3日間のグリンデルワルト・ハイキング、それなりに満喫できたのではないだろか。

グリュッサ、という挨拶もようやく板につきかけてきたのに山を下りるのはやはり寂しいものだ。今回は夏と言うのに雪中ハイキングとなってしまった。登山靴など装備の点でも考え直す事は多い。よおし、今度こそ、来夏こそはファウルホルンを踏みに、また来てやるぞ、そんな想いを胸にグリンデルワルトを後にする。乗換えで下車したインターラーケンは夏の昼下がりとはいえ冷涼な風が吹き、そこはもう秋の気配に満ちていた。

(グロースシャイデックへの道。登頂した
メンリッヒェンが前方右端に見える)
(グリンデルワルトの街は雲の下。先にアイガー) (V字谷の奥の白い塊は
上グリンデルワルト氷河。)

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