久々の日本の山 丹沢前衛・高取山

 (2006/7/15、神奈川県愛甲郡清川村)


出張による約8ヶ月ぶりの日本一時帰国となった。わずか一日だが時間が取れそうなのであらかじめKさんとSさんにメールで連絡をし山のお誘いをすることができた。お二人ともご一緒していただけるとの事、うれしい限りだ。梅雨のさなかであるが当日は素晴らしい好天となった。ただし蒸し暑い。日差しは強くとも湿気の少ない国に住んでいると、何もしないでじっとしているだけでも汗が出てくるという経験はなかなかすることが出来ない。改めて日本の都会の夏の不快さが身にしみる。ましてやこんな中に丹沢前衛の低山に登ろうとするのだからまあ物好きではある。

今回はKさんに甘えてしまい車で迎えに来ていただいてしまった。保土ヶ谷バイパスから246号線へ、久しく離れてはいるものの車から眺める街の風景には違和感がない。とはいえなんとなく間借りしているような気持ちがあるのはやはり生活の拠点が日本ではないからであろう。母国にいながら同化できないような、不思議な気持ちが妙にくすぐったい。

Kさんとの山は今回で何度目だろう、実際には昨夏の北ア以来なのでもう1年ぶりが近いのだがブランクを感じさせない。まるでいつものように取りとめもない話をしながら厚木の奥部へと車は分け入っていく。これまた経ケ岳や鳶尾山、白山などの御馴染みの山々が何の違和感なく目に入ってくる。入れ子にはまった組細工のようなもうのでやはり自分と日本、自分と日本の低山は切り離すことが出来ないのだと改めて感じる。

清川村役場から土山峠を越えると宮が瀬湖で、目指す登山口はすぐそこにあった。日本を離れてから通勤も車、気軽な低山も皆無、といった環境に身をおいており正直歩けるか自信がない。しかも外気温は33度とある。コースタイム1時間ちょっとなのだがそれが無限にも思えてしまう。

湿っぽいコンクリートの階段を登りきると薄暗いヒノキの林の中に道が伸びていた。昨日あたり降ったのか山肌はすっかり濡れており早くもサウナ状態が想像できる。この道はもう5,6年以上も前か、今ともに歩いているSさんと登ったことがあるのだが記憶は殆どなかった。ヒノキの林の中をジグザグに登っていく。杉やヒノキの林は薄暗くて好きになれない。その中には一年中日の光がさすことはなくどんよりと淀んだ空間、手入れも充分でないせいか地面には落ちた葉が茶色く針のように堆積している。自分の知っているわずかの低山で杉、ヒノキの類に会わないですんだ山は皆無だったろう。いまや商業価値もないというこの手の嫌悪感すら感じさせる無表情な人工林はとにかく伐採して広葉樹に植え替えでもすればどんなにか素晴らしい山になることだろう。実際にどこかの山林では行政自ら乗り出して広葉樹への植え替えをすすめている所があると読んだことがある。時代の経つにつれ価値観も変わるものでもはや杉やヒノキの林が求められる時代は来ることがないと願いたい。

(山頂から宮が瀬湖展望) (雷雨の中傘を
さして下山)
(ヒルが足に六匹も
吸い付いていたとは!)

噴出す汗と絶え絶えとなった息をなんとかこらえながら登っていくと人工林を抜け出して明るい雑木林の中となった。気分が明るくなる。携帯電話の無線中継所らしき建物がありその先のベンチで一服する。全く久しぶりの山なのだが、一応ここまで歩くことが出来て内心ほっとする。もう仏果山から宮が瀬越に至る稜線が近い。あともう少し、と声をかけあい登り始める。

宮が瀬越に登りつくととたんに稜線に向かい側、相模原側からの風に吹かれることになった。わずか標高700m程度の低山でも稜線にはそれなりの風が吹いているものだ。ザックを下ろし吹かれるままになるのは気持ちが良い。これがあと1000m高かったらこの風ももっと冷涼で心地よいものだろうが、それでも登りの汗を飛ばすには文句ない。

雑木林の尾根道、小さなアップダウンを繰り返しながらすぐに高取山(706m)の山頂に着いた。ザックをおろすとずーっと体が後ろのほうに引きずられる感覚がありしばらくは体が慣れてこない。どんな小さな山でもいいので定期的に登らないとつらいよねー、とKさん。全く、その通り、わずか1時間10分の登りではあったが暑さもあってかかなりヘロヘロだ。清川村のコンビニで買った缶ビールがまだ冷えているので、まずは、と3人で乾杯。こんな季節に登るような山ではないのだがそれでもやはり山頂は嬉しいものだ。

ビールがぐーっと効いて来て何もする気が起きない。二十メートル以上はあろうかという展望台が立っており登ってみると宮が瀬湖から相模原まで広い展望が得られる。アマチュア無線運用を久々に行う。今回は50MHzのピコ6を持ってきた。S氏のダイポールを借りてバンドをワッチすると4エリアがいきなり入感した。Esが開いている。これではダメだろうとCQを何度か出すが引きは無く、ようやく川崎の局が呼んでくれたのを気に閉局する。それでも久々に今まで自分が散々楽しんできた50MHzに再び触れることが出来て満足である。

オペレーションをS氏に代わり、しばらく展望台の影の下で昼寝をする。暑いがそれでも標高が700Mあれば多少はしのぎやすいものだ。S氏もなかなか苦戦しているようで空振りCQが続いているようだ。それを耳にしながらうつらうつらする。こうして山にいると、昨夏まではそれでも毎月一回はなんとか山に行っていたのか、という事が思い出される。ドイツに住んでいるとこんな手軽な山歩きはなかなか疎遠である。もちろんドイツの街並みは森や林が自然に溶け込んでおり緑の豊富さには驚かされる。が、こんなに簡単に手ごろな山がある日本はやはり良いものだ。

先ほどからゴロゴロと空が鳴っていたが急に大粒の雨が降り出した。と思ったら空に閃光が走り猛烈な雷音が響いた。閃光は止む事が無く、しかもすぐ近くで光っているように感じる。

やばいよ、これは。そこを離れて、下りましょう

とKさん。確かに、こんな雷雨にあうのは今まで滅多になかった。アンテナを仕舞いザックを片付けることの早いこと。忘れ物チェックもそこそこに慌てて下山の徒につく。横着してカッパを持ってこなかったので折りたたみ傘だけが雨しのぎの道具だがこんな大粒の雨には効果が無い。3人とも転がるように小走りに歩く。鳴り響く雷鳴のなかを稜線を伝って宮が瀬越まで戻るのは正直怖かった。

宮が瀬越からトラバース気味に下山の尾根に入り一安心。このなかなら雷も来ないだろう、と気を取り直して歩く。それでも気がせいてかあっというまに宮が瀬湖に戻ってきた。

どうもさっきから足がちくちくしていると思って見るとなんとヒルが足についていた。思わずヒステリックにとりはらうがこれがなかなかとれない。ようやく手でむしりとり靴で踏んづけるが今度はこれがなかなか死なない。およそ原始的な生命の持ちぬで踏みつけてヒルから出てきたのは吸われた自分の血だった。合計6匹、しかも一匹は靴下の繊維の中にどうしたものかもぐりこんでおり、一苦労だ。Kさんも同様に何箇所かやられていた。宮が瀬湖周辺の山はヒルが多いと聴いてはいたがこの雷雨に乗じて出てきたのだろう。

まだ体のどこかに居るような気がしてしかたなく湯で流したい。。それではいつものように、と近場の公営温泉に向かう。別所温泉にあった別所の湯にかけこむとどうもこれ以上ヒルは居ないようだ。でもこうしてK氏と山を終え湯に入っているとこれが約1年ぶりだ何てとても思えない。湯上りのビールを堪能してからゆっくりと横浜への帰路についた。

久々の日本の山、久々のKさん、そしてSさんとの山。つかの間の自分の日程に合わせていただき山に付き合っていただき嬉しい限りだ。さぁ明日の朝早くには成田に戻り遥か西へと飛ばなくてはならない。緑豊かなライン川、馴染みの低山のある神奈川県、どちらも自分の住む場所、どちらも自分にフィットする場所。とはいえ自分は一体何処に住む人なのか、一体何処の国籍を持つ人なのか、なんだか不思議な気持ちに包まれる久々の母国だった。

(終わり)


コースタイム 10:17 仏果山登山口-10:50 電波中継所-11:11 宮ヶ瀬越-11:25 高取山頂 13:30頃下山開始
アマチュア無線運用記録 高取山706m 神奈川県愛甲郡清川村 50MHzSSB運用、ミズホMX6S+ダイポール・1局交信、430MHzFM IC-3J+ホイップ・1局交信


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